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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第1部 BRAVE OF GLORY

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【BOG-28】風よ、吹雪をも呑み込め(前編)

 南の方角から飛来してくる敵部隊を捕捉し、ゲイル隊及びブフェーラ隊は正面から迎え撃つべく針路を変更する。

「全機、方位1-7-1……上空から奇襲攻撃を仕掛けるぞ」

今回の作戦で重要なのは、可能な限りスターライガに敵機を近付けさせないことである。

そのため、発見次第早急に処理していく作戦をセシルは組み立てていた。

「敵部隊は雪雲の下……見えないところへ急降下(ダイブ)するのか?」

「おいおい、アーダ。今さら怖気付いたのかよ?」

未来位置が視認できない状況での急降下攻撃に対し、躊躇を見せるアーダ。

一方、それをからかうアヤネルも恐怖が無いわけではない。

自分たちがレーダーで捕捉しているということは、相手もこちらの存在を既に把握している可能性があるのだ。

そもそも、この空域へやって来たのは「所属不明機」の正体を探り、場合によっては撃墜するためだろう。

「ゲイル1よりブフェーラ3へ、不安なら隊長機にしっかり追従しろよ」

敵部隊との位置を計算しつつ、僚友への配慮も怠らないセシル。

そして、攻撃タイミングを導き出した彼女は2つの部隊へ指示を下す。

「よし、降下するッ! 最初の会敵までは私について来い!」

6機の蒼いMFは右旋回しながら速度を上げ、真っ白な雪雲の中へ緩降下で突入するのだった。


 雪雲の中へ入るとコックピットの全天周モニターに水滴や雪華が付き、風圧によって後方へ流されていく様子がよく分かる。

MFや戦闘機に乗らなければお目に掛かれない光景だが、いつまでも見惚れているわけにはいかない。

オーディールの火器管制システムは敵機がマイクロミサイルの射程圏内にいることを教えていた。

「今だッ! 攻撃開始!」

次の瞬間、セシルの指示に合わせて6機の蒼いMFから大量のマイクロミサイルが放たれる。

数十発ものミサイルの雨を確認した敵部隊は、回避運動へ移行しつつチャフ及びフレアを散布し、バラバラの方向へ散開することでターゲティングの分散を図った。

「外した……!? いや、今回の敵はかなりデキるらしいな」

攻撃が全く命中しなかったことに一瞬戸惑うが、セシルはすぐに落ち着きを取り戻す。

散開した敵部隊の戦力はツクヨミと思われる機体が6機。

迎え撃つゲイル隊及びブフェーラ隊も6機――数が同じなら、機体性能も技量も負けていないはずだ。

「全機、これより部隊ごとに散開して敵部隊を殲滅する。単独戦闘は可能な限り避けろ」

散り散りになった敵部隊を効率的に排除するため、戦い慣れた3機小隊へ戻るよう命令を出すセシル。

単独戦闘へ入らないよう事前に釘を刺したのは、最初の攻撃の際にある違和感を抱いたからであった。

「(多かれ少なかれ歩調を乱すと思ったが……おかしい。いくらなんでも冷静すぎる)」

セシルの脳裏に浮かんだ疑問。

その答えを彼女たちは実戦で知ることになる。


 一面の銀世界が広がる中、敵機の背後を奪ったセシルは愛機オーディールをノーマル形態へ変形させ、ドッグファイトによる撃墜を試みる。

そして、雪雲の中を抜けたことで初めて敵機の姿をハッキリと視認できるようになった。

「(機種はやはりツクヨミ……だが、塗装はあの時の白いヤツか!)」

ここでセシルの抱いていた疑問が解決される。

超兵器潜水艦撃沈作戦の時に相手取った真っ白なツクヨミ。

無人機を彷彿とさせるマニューバで少なからずゲイル隊を苦しめた敵だ。

ルナサリアンとは異なる動きを見せる彼女らの正体はやはり……。

「こちらブフェーラ1、敵機の動きにはルナサリアン特有の癖が無い。皆も気を付けろ」

「……なるほど、これが幻のバイオロイドMF部隊というわけか」

「!? ねえ、セシル……少し疲れてない?」

戦友の発言に思わず耳を疑ったリリス。

「何が? 疲れているのなんて、みんな一緒だろう」

一方、彼女の心配をよそに優等生的な答えを返すセシル。

べつにそういう事を聞きたいのではない。

疲れ過ぎて変な幻覚でも見ているんじゃないだろうか。

……30年前の事件の決着として、生き残っていたバイオロイドは全て殺処分されたというのに。


 無論、セシルだってそれは分かっている。

彼女が生まれる数年前に起こった、世界規模の無差別テロ事件。

その顛末は現代史の教科書に載っているし、インターネットで調べれば公開されている資料を閲覧することもできる。

だが……もし、世の中に流布している事実がほんの一部だとしたら?

そもそも、生産されたバイオロイドを全て殺処分したと分かる、確実な証拠を一体誰が示せるのか。


「捉えた! ゲイル1、ファイア!」

HIS上のレティクルと敵機の背中が重なった瞬間、セシルは操縦桿のトリガーを引く。

普通の相手なら機体のどこかに命中するはずだったが、白いツクヨミは急旋回を決めながら蒼い光線をかわしていた。

「(素早いッ! 次はどう出てくる……!?)」

敵機が旋回した方向を見渡していると、突然コックピット内に警告音が鳴り響く。

その音で背後に付かれていることが分かり、操縦桿とスロットルペダルを駆使し回避運動を試みるセシル。

彼女が駆るオーディールMの近くを蒼いレーザーが掠めていった。

とにかく、機動性重視のファイター形態でのドッグファイトは自殺行為に等しい。

セシルはHISに表示された変形ボタンへと左手を伸ばす。

人間工学に基づくなら変形用のスイッチは手元へ配置すべきだが、オーディールは非可変機からの機種転換をある程度容易とするため、あえて操縦装置から変形操作を省いているのだ。


「(視界が悪い……! モニターの補正が無ければ、こんなものか!)」

人型のノーマル形態へ変形するとコックピットは吹き曝しになり、ヘルメットのバイザーへ大量の雪が付着する。

寒冷地仕様のバイザーを取り付けてきたとはいえ、定期的にティアオフシールドを剥がさなければ視界の確保は困難だろう。

そんなことを考えながら周辺の様子を探っていると、真っ白な空の一点が突如蒼く光った気がした。

「(レーザーか……ここはシールドでしのぐ!)」

回避運動は間に合わない。

反射的にオーディールMを防御態勢へ移行させ、左腕のビームシールドを展開し攻撃に備える。

次の瞬間、複数のレーザーが蒼いMFに襲い掛かり、その中の1発が光の盾に覆われた左腕を直撃した。

幸い、ビームシールドがエネルギーを中和してくれたため、機体へのダメージはほぼ皆無だ。

「(ハドソン湾の時はお遊びだったというわけか。これがバイオロイドの本気のマニューバ……!)」

ビームシールドを展開したまま、セシルのオーディールMも右手に構えたレーザーライフルで反撃へ転じる。

決して楽な戦いではないが、バイオロイドの鋭いマニューバは彼女を奮い立たせるのに十分なモノであった。


 互いのレベルが高いと遠距離戦闘では決着が付かないことも多く、ドッグファイトは格闘戦へと(もつ)れ込む。

セシルは複雑且つ俊敏なマニューバで敵機に攻撃チャンスを与えない一方、相手が少しでも隙を見せるタイミングを窺う。

ただ闇雲に動いているのではなく、バイオロイドのミスを誘うように機体を振り回しているのだ。

とはいえ、相手は機械のような奴らである。

そう簡単に惑わせることはできない。

仲間やスターライガの様子にも気を配りつつ、確実な一閃を決められる瞬間を待ち続ける。

――そして、時は来た。

近くで戦っているスレイ機が放ったマイクロミサイルの流れ弾がこちらへ飛来し、それを見た敵機のドライバーが僅かながら首を動かしたのだ。

おそらく、高精度センサー並みの危険察知能力がつい出てしまったのだろう。

セシル機への注意が一瞬逸れたことで、鋭いマニューバもほんの少しだけ鈍くなる。

「(この機は逃さない!)」

時間にして僅か2秒程度の刹那だったが、超人的な反射速度を持つ者同士の戦いでは決定的な差を生む。

絶好のチャンスだと判断したセシルはすぐにスロットルペダルを踏み込み、最大推力で白いサキモリへ吶喊(とっかん)を仕掛けるのだった。


 右手首に内蔵されたビームソードを抜刀し、固定式機関砲による牽制射撃を行いながら敵機との間合いを詰めるオーディールM。

一方、ツクヨミは左腕の実体シールドを構えつつ回避運動へ移行する。

「もらったッ!」

セシルの叫び声と共にオーディールMから繰り出された鋭い刺突。

だが、彼女の蒼い刃は敵機のシールドを貫いただけにすぎない。

そして、オーディールMの動きが止まっている間にツクヨミは反撃へ転じる。

事前に右手で構えていた光刃刀を敵機の左脇腹へ突き立てようとしたのだ。

「ッ……!」

攻撃に気付いたセシルはすぐに右操縦桿を引き、シールドへ突き刺さったままのビームソードを強引に振り上げる。

自機へ向かって来る刺突に対しては蒼い光の盾を素早く展開し、左腕を振り下ろしてのシールドバッシュで無理矢理弾き返す。

盾を活かした器用なカウンターを防がれ、若干前のめりになるカタチでバランスを崩すツクヨミ。

「(確実に決めるッ!)」

1~2秒だけとはいえ敵機は反撃できない。

この隙にセシルのオーディールMはビームソードを逆手持ちへ切り替え、必殺の一撃を放つ準備を整える。

ツクヨミのドライバー――バイオロイドが厄介な敵機を見上げると、蒼い閃光によって彼女の目は眩まされた。


 視力を奪われながらもバイオロイドは反射的に操縦桿を動かし、左腕のシールドで光を遮ろうとする。

だが、その努力も空しく彼女の身体は文字通り「蒸発」してしまう。

理由は明白、シールドを貫通するほど高出力なビームソードがツクヨミのコックピットを焼き払ったからだ。

無残な状態のコックピットを覆い隠したまま、主を失った白いサキモリは雪原へ落下。

墜落地点で爆発が起こると、銀世界ではあまりにも目立つ黒煙を上空から確認できた。

……あれで搭乗者が生きているとは、撃墜した張本人であるセシルでさえ考えていない。

「(ルナサリアンのエースほどでは無いにしろ、普通の敵よりは桁違いに強かったな……)」

無意識のうちに高機動戦闘を行っていたためか、セシルの息遣いは明らかに荒くなっていた。

彼女は呼吸を一旦落ち着かせ、仲間たちの状況を確認する。

ピンチに陥っていたら援護へ駆け付けなければいけないからだ。


「ゲイル1より各機、状況を報告しろ」

「こちらブフェーラ1、何とか1機仕留めたが……ハッキリ言って手強いぞ」

真っ先に反応してくれたのはやはりリリス。

バイオロイド相手に1対1のタイマンを仕掛けた彼女は、オーディールが得意とする一撃離脱戦法に徹した結果、ヘッドオンで見事撃墜したのだ。

セシルとは対照的に格闘戦は分が悪いと判断していたらしい。

「ゲイル3より1へ、現在ゲイル2と共に1機を追い詰めている! ……スレイ、撃て撃て!」

一方、アヤネルとスレイは隊長の指示通り単独戦闘に奔らず、2機1組のコンビネーションで強敵へ対抗していた。

彼女たちは彼我の実力差をよく分かっているようだ。

「ブフェーラ2と3……ローゼル! 大丈夫か!」

それに対してローゼルとアーダの返事はなかなか来ない。

代わりに聞こえてくるのは、ローゼルと思わしき荒い呼吸音だけだった。


 ローゼルとアーダも当初は2機1組のコンビネーション――所謂「ロッテ戦術」でバイオロイドの駆るツクヨミへ果敢に挑んだ。

だが、バイオロイドたちは更に一枚上手だった。

彼女らは巧みな連携攻撃でロッテ戦術の網を切り裂き、2機のオーディールが単独戦闘を強いられる状況へ追い込んだのである。

「(後ろに回り込んでくる……! でも、運動性ならこっちも負けていない!)」

その点においてアーダはよく健闘していた。

敵機のペースに呑まれないよう注意深く動きを観察し、慎重且つ大胆なドッグファイトへと移行する。

本人にあまり自覚は無いが、彼女も数々の戦闘を経て強くなっているのだ。

「(ローゼルは大丈夫なのか? 何とか合流したいものだが……)」

この時のアーダは知らなかった。

戦友の機体が重大なトラブルを抱えていることを……。


「(推力が上がらない……!? いつもなら、もっと速く飛べるはずなのに!)」

その頃、別のツクヨミとドッグファイトを繰り広げていたローゼルは機体に違和感を覚える。

持ち前の加速力で敵機を引き離そうとするが、スロットルペダルを限界まで踏み込んでもなかなか速度が乗らない。

むしろ、複雑なマニューバを挟むたびに距離を詰められている気がする。

「(落ち着くのよ、ローゼル・デュラン。即座に墜落するトラブルでなければ大丈夫)」

HISで機体状況を確認しつつ、自分自身へ語り掛けるローゼル。

これは帰艦した後の分解調査で分かったことなのだが、スラスタートラブルの原因は「推進剤の凍結」であった。

どうやら、本来なら寒冷地仕様の推進剤を用いるところで何らかの手違いが生じ、温帯仕様など極低温環境に弱いタイプを充填されてしまったらしい。

あまりの寒さによって推進剤が内部で凍り付き、燃焼させることができなかったのだ。

幸運だったのは凍結した箇所が少なく、使えるスラスターだけで必要十分な推力を得られたことである。

オーディール系列機の優れたフォールトトレラント設計が功を奏していた。


「(アーダは大丈夫なのかしら? とにかく彼女と合流しなければ……)」

その時、ローゼルの思考を遮るように警告音が鳴り響く。

この電子音は自機に対しミサイルが発射されたことを知らせるものだ。

防御兵装を作動させ急旋回で振り切ろうとするが、頭の良い数発はなおもオーディールへ食らい付いてくる。

そして、長時間の高機動戦闘は若きドライバーの体力を必要以上に消耗させていた。

「(こんなところで……セシル姉さまが見ている前で墜ちるなんて……嫌……!)」

視界がブラックアウトしていく中、被撃墜という屈辱の瞬間を覚悟するローゼル。


 その時、彼女の機体に向かって急速接近する蒼い影があった。

ティアオフシールド

MFドライバーが着用するヘルメットのバイザーには薄い保護フィルムが複数枚貼られており、汚れが付着した場合はこれを1枚剥がすことで視界を確保する。

一般的には「捨てバイザー」とも呼ばれている。

手で直接拭うと汚れを自ら広げることになり、状況を悪化させてしまうためである。

昔は機外へ投げ捨てることもあったが、現在は環境保護の観点から帰還までコックピット内で保管することが多い。

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