【TLH-2】ヨルハの提言
ルナサリアン本土攻略作戦は事実上の特攻――。
地球への帰還を考慮しない片道切符の戦いとなる。
「帰れる見込みが無い作戦に兵士たちを送り出すことは……」
「……いえ、方法はあります」
レティたち地球人が沈痛な面持ちを浮かべていたその時、唯一の月出身者であるヨルハは解決策が残されていることを告げる。
「月面には艦艇用燃料の備蓄基地があるはずです。戦闘中にその施設を最優先で制圧し、帰路の燃料を確保すればいいのでは?」
彼女曰くルナサリアン本土の軍事施設の中には備蓄基地が存在しているらしい。
そこを地球側が押さえれば敵の補給線を断ちつつ、自分たちが地球へ帰るための燃料も得られて一石二鳥というわけだ。
「そうか! ルナサリアンの艦艇も私たちと同系統の推進装置を使用している……ならば、燃料も似たような物だと考えるのは確かに一理ある」
「相手は我々と酷似した文明を持つ異星人――そこまで考えが及ばなかったとは情けない」
ルナ・ダイアル計画最大の懸念事項を解決可能なアイデアを提示され、頭を抱えていたレガリアとオフィーリアの表情が一気に明るくなる。
「分かりました。貴女の言う備蓄基地を作戦目標に加えるよう修正しておきます」
「あの……蛇足で申し訳ないのですが、ついでにもう一か所だけ攻撃目標を追加していただけないでしょうか?」
妙案を受け入れたレティが赤ペンで作戦計画書にメモを始めると、それを見ていたヨルハは他にも"狙ってほしい場所"があると付け加える。
「それは内容次第となりますが……」
「ホウライサン議会議事堂――時の権力者が国民向けの演説を行う場所であります」
初めはこれ以上の計画修正には消極的なレティだったが、ヨルハが提示した施設にはその考えを改めざる得ないほど戦略的価値があった。
「首都包囲戦の混乱に乗じて議会を掌握し、ヨルハさんの演説によって反アキヅキ派に決起を促すのですね」
さすがは現役で政治をやっている人間と言うべきか、ヨルハが議会議事堂にこだわる理由を即座に見抜くオフィーリア。
「独裁国家における議会など単なる飾りに過ぎません。ですが、情報発信の場としては最適だと考えています」
今のルナサリアンは議会が正常に機能していない――そう指摘する一方で、国民たちに声を届ける手段になり得るとヨルハは語る。
「あの議事堂には月面都市全域の放送網に割り込むシステムがありますから」
彼女の証言によりルナサリアンのディストピア的実態が次々と明らかにされていく。
「……その役目、スターライガに引き受けさせて頂けないでしょうか?」
静かに話を聞いていたレガリアは少しだけ思案した後、"スターライガの最高責任者"として困難な仕事を引き受けることを志願する。
「我々には優秀な白兵戦要員で構成される保安部がおります。彼女たちならば確実に貴女を目的地へ連れて行くことができます」
今日の話し合いでも護衛を任せている保安部を例に挙げ、スターライガチームにはヨルハの願いを叶えるだけの能力があると主張するレガリア。
「私個人としては構いませんが……元帥と首相の意見を聞かなければなりません」
ヨルハは元々スターライガチームに同行するつもりだったので異論は無いだろうが、レティとオフィーリアがどう思っているのかは分からない。
「そうですね……正規軍の戦力も非常に厳しい以上、スターライガチームが手伝ってくれるのならば大歓迎ですわ」
正規軍の捻出できる戦力が限られている現状を告げると、スターライガの行動を事実上認める旨を示すレティ。
「私は政治家です。政治面での助言ならできますが、軍事面に関してはレティ元帥やレガリアさんの方が詳しいかと」
オフィーリアの方も"自分はあくまでも政治家である"という理屈を持ち出し、この件に関する決断を武官であるレティへと委ねる。
つまり、首相も元帥もレガリアの提案に乗り気であった。
「……レガリアさん、改めてよろしくお願いします」
「お任せください! 必ずや貴女を月へ送り届け、この戦争を終わらせるべく尽力いたしましょう!」
安心したかのように微笑むヨルハの会釈を受け、レガリアは胸を張って"約束は必ず守る"と誓うのだった。
首相官邸における話し合いから2日後――。
作戦計画書の修正を済ませたレティはオリエント国防軍の幹部たちを招集し、ルナ・ダイアル計画の最終案について自ら説明を行っていた。
オリエント国防軍総司令部のシチュエーションルームには四軍の司令官はもちろん、未知の戦場で指揮を執ることになる艦隊司令官たちも集まっている。
「――以上がルナサリアン本土攻略作戦の内容となります」
より最適化された作戦内容についての説明を終え、上座に近い位置に座る8人の艦隊司令官の表情を観察するレティ。
「サビーヌ・ネーレイス中将!」
彼女の答えは既に決まっていた。
「はッ!」
「貴官を本作戦の最高指揮官に任命し、戦争終結に必要なあらゆる権限を与えます」
名前を呼ばれ素早く立ち上がったサビーヌに対し、レティはルナサリアン本土攻略作戦の最高指揮官となることを命ずる。
これは一人の将官に"地球代表"としての全権を一時的に託すという、前代未聞にして各方面から批判が予想される采配であった。
「あなたにも家族がいることは知っています……ですが、本作戦を完遂できる指揮官はあなた以外にあり得ないとも思う」
妻子を持つ者を――いや、そもそも兵士を生還率の低い死地へ送り込むなど、本来ならば決してあってはならないことだ。
しかし、開戦から本土防衛戦までの戦いぶりを評価した結果、人類史上最も困難な作戦の指揮はサビーヌが適任だとレティは結論付けていた。
「作戦計画書の初期案に目を通した時、『いくらなんでもこれは無謀だ』と感じました。しかし、修正案の方であれば地球人として命を懸ける価値があると判断します」
当初はルナサリアン本土攻略作戦に否定的だったことを明かしたうえで、今は"戦争終結"という最終目標のために全身全霊を尽くす覚悟があると語るサビーヌ。
「ありがとう。最新情報を基に内容を修正した甲斐があったというものよ」
その決意を認めたレティは安堵の表情を浮かべる。
「この人事に不満がある者は挙手を」
最後に彼女は反対意見の炙り出しを行うが、軍高官たちの返答は沈黙という名の肯定だった。
「……異論は無いみたいね。作戦開始日は9月11日、それまでは身体を休めて英気を存分に養うように」
シチュエーションルームの面々の姿をもう一度見渡しつつ、作戦開始日を伝えると同時に最終決戦に備えた休養を促すレティ。
「総員、解散!」
彼女が解散の号令を出した次の瞬間、サビーヌを含む軍高官たちは配布資料を手に退室していく。
「(さて……あの子にも追加説明をしておくべきかしら)」
全員が部屋から出て行ったのを見届けると、一人残ったレティはスマートフォンを取り出し電話を掛け始めるのであった。
首相官邸における話し合いから3日後――。
国防軍総司令部から修正版作戦計画書を受け取ったオフィーリアはその日のうちに連邦議会を招集し、多少強引ながらもルナサリアン本土攻略作戦の承認に成功。
「――以上が我が国の議会にて賛成多数で可決された、対ルナサリアン戦争政策修正案の詳細説明であります」
彼女は連邦議会終了後直ちに亡命中の各国首脳を集め、今度は自分と同じ国家元首相手に説明を行っていた。
「ふむ……なかなかにハイリスクな戦略かと思いますが、戦争を終わらせるには賭けに出るのも致し方無しですな」
「もはや人類に逃げ場などありません。生き残りたければ戦うしかないという英断――我がラオシェン共和国は支持いたします」
聖ノルキア王国のレヌース・アラド首相とラオシェン共和国のイナ・リワン国家主席は元連邦構成国の首脳ということもあり、オリエント連邦の判断に概ね賛成する意向を示す。
「……しかし、カラドボルグ首相が説明なされた軍事戦略は"オリエント連邦主導"という前提条件があるように見えます」
一方、アメリカ合衆国のフィリップ・ハウトン大統領代行は自国の意見が取り入れられていないと感じたのか、否定とまではいかないにせよルナ・ダイアル計画修正案に対し懸念を表明する。
「今回の修正案を煮詰め直すべく、各国首脳を交えた協議を検討すべきかと……」
「そんな時間的余裕はありません!」
日本の紺野 道明総理大臣も慎重な判断を求めるが、その悠長な考えをオフィーリアは大声で一喝。
「ルナサリアンはアフリカ大陸、南アメリカ大陸、オセアニア地域――そして南オリエンティアという広範囲を未だ実効支配しており、それらの地域に配置している戦力が総動員されたら防衛など不可能!」
彼女は地球の約半分がルナサリアンの勢力下に置かれている現実を示し、先日に匹敵する規模の総攻撃を再び防ぐことはできないと断言する。
「我が国のやり方が気に食わないのならば、戦争が終わった後に国際司法裁判所へ申し立てればいい」
この期に及んで対立構造を持ち出す日米両首脳に苛立ちつつ、"不平不満があるなら戦後に受けて立つ"と怒気を含んだ声で言い放つオフィーリア。
「もっとも、ルナ・ダイアル計画が失敗したら終わるのは地球の方だと思いますがね」
普段のイメージとはかけ離れた威圧感に委縮したのか、彼女がこう付け加えると日米両首脳は不満げに首を横に振っていた。
「(戦後処理は私たちとヨルハさんでやらなければ……間違っても日米に主導権を握らせるわけには……!)」
オフィーリアはルナ・ダイアル計画について話し合う過程でヨルハと"密約"を交わしており、それを果たすためにはオリエント連邦が戦争を終わらせなければならないのだ。
【Tips】
実際のところ、地球-月程度の距離であれば多少のタイムラグ込みで通信可能である。
表向きはサビーヌへの全権委任だが、彼女に対しては地上の作戦司令室から適宜指示が送られることになるだろう。




