インタールードⅢ
オリエント連邦・リバールトゥール市――。
国内最大の河川であるサンズ川に沿うように発展してきた、この風光明媚な都市にアリアンロッド家の屋敷は存在する。
「――そういうことだ。仕事を押し付けて悪いが……技術面についてはそちらの方が強いからな」
久々に休暇を貰い実家へ帰省したセシルだったが、生真面目な彼女はたとえティータイム中であっても電話には応じていた。
「ああ……それじゃ、また出発日に会おう」
「軍からの電話ですか?」
別れの挨拶を交わしてから電話を切ると、それを見越していたかのようにローゼルが紅茶のおかわりを注いでくれる。
……客人が逆に甲斐甲斐しく接待しているのも変な話だが。
「私のチーフエンジニアからだ。先日の戦闘で大破させた機体の代わりについての話だった」
通話相手はセシル専属のチーフエンジニアとして機体整備を指揮しており、ローゼルも度々世話になっているミキ・ライコネン技術大尉。
内容は大規模修理が必要なオーディールM2型の現況及び代替機に関する話であった。
「機種転換前に乗っていたM型を改造した機体を提案されたのだが、結局は予備機のM2型を手配してもらうことにした」
セシルが現在の乗機であるオーディールM2へ機種転換した際、開戦以来共に戦ってきたオーディールM型は製造元のRMロックフォード社に引き取られた。
本社敷地内の企業博物館で展示されるものと思っていたが、実際には開発チームの手で技術実証機として生まれ変わっていたらしい。
「スレイとアヤネルがM2型に乗っていることを考慮した場合、私だけ違う機種を選ぶと連携が難しくなるからな」
話で聞いたスペックは確かに魅力的且つ興味深かったものの、結局セシルは機体性能よりも部隊全体での戦闘力を選んだ。
その代わり、"オーディール技術実証機"とでも呼ぶべき機体の試作武装をゲイル及びブフェーラ隊へ回すよう頼んでおいた。
「賢明な判断だと思いますわ。セシルお姉様の搭乗を期待していた方々にはお気の毒ですけれど」
アリアンロッド家のメイドが焼いてくれたクッキーを食べながらお姉様の判断を支持するローゼル。
「君に手配されるよう根回ししてもいいんだぞ?」
「私は今の機体が気に入っていますので」
子どもの頃と同じようにセシルとローゼルは優雅なティータイムを楽しむ。
「(子どもの頃からよく見上げていた月……あそこが最後の戦いの舞台になるのか)」
談笑の最中、セシルはふと窓の外に浮かぶ半月へ視線を移す。
それは決戦の時を待ち侘びるかのように地上を見下ろしていた。
ヴワル市南部の郊外には「デイモンの丘」と呼ばれる小高い丘がある。
ヴワル市街地を一望できる程度の高さに位置しており、かつて勇者の王と没落貴族の令嬢が添い遂げた場所という伝承が残ることから、現在は"恋愛成就の聖地"として大人気デートスポットとなっている。
「ここに来るのも久しぶりね……」
「ああ、君に指輪を渡してプロポーズしたのもここだった。俺たちにとっては大切な場所だ」
ルチルとライガの夫婦も伝承にあやかり、この場所で永遠の愛を誓ったカップルであった。
それから数十年後、今も夫婦円満な二人は思い出を振り返るため久々に聖地を訪れたのだ。
「ルチル……どうしても話しておかなければいけないことがある」
「月へ向かうんでしょ?」
手すりに腕を置きながらライガが話を切り出すと、ルチルは先手を打つように"月"というキーワードを提示する。
「……母さんから教えてもらったのか」
「軍事機密に関わるから詳細は伏せられたけど、大まかな事情だけは聞かせてもらったの」
なぜそれを知っているのか察したライガに対し、"義母の方から話があった"と答え合わせをするルチル。
「行ってきなよ」
彼女は灯火管制中の市街地を見下ろしている夫の隣へ歩み寄り、この言葉と共に彼の背中をポンッと叩く。
「いいのか? へッ、泣きつかれて制止されるのを少しは期待していたんだけどな」
「私はそんな新妻みたいなことをしないわよ。それに……」
意外そうな顔をしながら見上げてくるライガ(158cm)に向かって苦笑いしつつ、ルチル(190cm)はそこまで感傷的になれるほど若くないと肩をすくめる。
「それに?」
「あなたはどんな遠い場所に向かったとしても、必ず無事に帰って来る――そう信じてるから」
だが、歯切れの悪さを夫に捉えられた時は決して誤魔化さず、妻としての願いを打ち明けるのであった。
地球と月、二つの星の決戦の時は近い――。
その先にあるのは待ち望んでいた平和か、それとも果て無き戦いの環か……。
どちらにせよ、人類は未来を信じて戦わなければ生き残れない。
【勇者の王と没落貴族の令嬢】
この伝承には後年「嵐の中、輝きの婚礼」という仮タイトルが付けられ、オリエント圏では様々な作品のモチーフに使われる題材となっている。
最近はハリウッドでも映画化されたが、これについては「伝承がアメリカナイズされてしまう」と否定的に捉える層も多かった模様である。




