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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第1部 BRAVE OF GLORY

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【BOG-26】青空を翔ける疾風(後編)

 高度63000ft――。

地球製の輸送機では到達し得ない成層圏を「アメハヅチ・キ-39 ゲンブ」は飛んでいるのだ。

美しいデルタ翼にT字尾翼を組み合わせたその姿は、いつまでも見ていたくなるほど個性的なフォルムである。

そして、高度63000ftとはさすがのオーディールでも簡単に失速してしまう、航空機にとってはチャレンジングな環境といえる。

高高度戦闘を想定した推進剤のブレンドで作戦に臨んでいるとはいえ、宇宙に近い高さまで自力で上昇するのは大変だろう。


「あれがルナサリアンお手製の輸送機か……! まるで宇宙船のようだな」

遥か彼方に浮かぶ灰色の飛翔体を発見し、アヤネルは感心したように呟く。

「感心している場合じゃないぞ、ゲイル3。あの高度まで上がるのは大変だ」

それに対して任務へ集中するよう窘めるセシル。

とはいえ、彼女は高高度を飛行する敵機への対抗手段を既に用意していた。

「ゲイル1から2へ、お前が持って来た『新装備』のお手並み拝見と行こうか」

「ゲイル2、了解。誘導中はカバーリングをお願いします」

スレイのオーディールには見慣れない大型空対空ミサイルが4発装備されている。

このミサイルこそが「新装備」であり、正式名称は「SAAM-5 スケアクロウ」という。

スケアクロウは22世紀のミサイルとしては珍しいセミアクティブ方式で誘導されるようになっており、発射時は母機が攻撃対象に対しレーダー照射を続けなければならない。

ミサイル本体に高精度な誘導装置を搭載できるようになるとセミアクティブ方式は廃れてしまったが、各種コストの安さや電子妨害に対する一定の耐性が再評価され、オリエント国防空軍では主に対大型機用のミサイルとして配備されているのだ。

誘導装置をシンプルにできる分、限られた内部空間を弾頭の強化や推進剤の増加へ回せるようになるため、使い所を見極めればアクティブ方式のミサイルにも劣らないのである。


「ゲイル2、シュート! ホーミングオープン!」

交戦規定に(のっと)ってそう宣言したら、スレイは操縦桿のボタンを押し「スケアクロウ」を発射する。

既に攻撃対象となる敵輸送機はレーダーで捕捉している。

ホーミングオープン――誘導モードへ移行するとHIS上にレーダー照射範囲を示すサークルが表示されるため、その中へ敵機を収め続けるように操縦しなければならない。

回避運動などでサークルから敵機を外してしまった場合、撃ったミサイルは無駄となってしまう。

もう一度サークルへ入れ直せば再誘導できるのだが、敵機に警戒されてしまうため命中することはまず無いだろう。

遠距離且つ敵機が鈍重なおかげで誘導しやすいとはいえ、決して気を抜くこと無くHISと睨めっこを続けるスレイ。

そして、陽の光を反射しながら成層圏へ到達したミサイルは敵輸送機の尾部に見事突き刺さり、与圧を失ったと思わしき機体は瞬く間に高度を落としていく。

これ以上追撃する必要は無い。

少なくとも、あのゲンブは長く持たないのだから。


「よしッ、敵機撃墜を確認!」

ミサイルによる超長距離攻撃に成功したスレイは思わずガッツポーズを決める。

「こちらからも確認した。よくやった、ゲイル2」

E-787の強力なレーダーで一連の攻撃行動を確認していたポラリスからも賛辞が送られてくる。

「だが、喜んでばかりはいられないぞ。エドモントンを離陸した敵増援が間も無く本空域へ到着する」

水を差すようで悪いと思いつつもAWACSは現実をゲイル隊へ突き付けた。

護衛戦闘機をある程度掃討したことで戦力比は地球側有利となっているが、1個大隊規模と見られる敵増援に合流されたらとても厄介だ。

また、ゲイル隊など遠隔地から飛来してきた部隊は帰りのことも考えなければならない。

元々空中給油機の手配を予定しているとはいえ、彼らに余分な燃料を積ませるのは気が引けるのだ。

「全機、もう護衛機には構うな! 輸送機の撃墜を最優先せよ!」

作戦行動中の全機に対しポラリスの指示が飛ぶ。

彼の言う通り、護衛戦闘機を落としてスコア稼ぎをする余裕は無いだろう。

同じ1機なら軍需物資を満載した輸送機を落とす方が、より敵側へ痛手を負わせられるのである。


「隊長、もう一度超長距離攻撃を試みます」

「ダメだ、ゲイル2。それでは時間が掛かり過ぎる」

先程と同じ攻撃方法を提案したスレイをセシルは容赦無く退ける。

セミアクティブ方式ミサイルは複数の目標に対する同時攻撃ができないため、敵を短時間で捌くのはどうしても苦手である。

おそらく、スレイが1発1発撃ち込んでいる間に敵増援は本空域へ到着し、これまでの戦闘で消耗した地球側へ追撃を仕掛けてくるかもしれない。

それを避ける方法の一つは、オーディールの機動力を活かした一撃離脱戦法で敵輸送機を素早く仕留め、敵増援が戦闘態勢へ移る前に撤退することだ。

無論、敵機と同じ高度まで上がるのはそれなりにしんどいため、遠距離武装の有効射程ギリギリから攻撃を仕掛けることになる。

「ゲイル2、お前はミサイルの誘導を行いながらついて来い。ゲイル3は私と一緒に高高度戦闘を仕掛けるぞ」

そこで、セシルは自分たち前衛と後衛のスレイによる連続攻撃で素早く輸送機を落とす作戦を立てた。

スレイ機の装備する「スケアクロウ」が敵機を一撃で仕留める攻撃力を有しているのは分かったので、後はセシルとアヤネルがもう片方の輸送機を如何に手早く処理できるかに懸かっている。

「ゲイル1より各機、先程説明した通りに行動しろ。ルナサリアンにこの空が地球人のモノであることを教えてやれ!」

「了解! ゲイル2、シュート! ホーミングオープン!」

隊長の指示を受けたスレイは早速「スケアクロウ」を発射し、速度を調整しながら僚機を先行させる。

「さーて、成層圏まで翔け上がるとするか!」

「最大推力で行くぞ! 失速には気を付けろよ!」

前に出たアヤネルとセシルはスロットルペダルを踏み込み、成層圏の敵輸送機に攻撃可能な位置を目指すのだった。


 その頃、高度約20000mという高さを飛行するゲンブの機内は緊迫した空気に包まれていた。

「野蛮人め……宇宙からならまだしも、低高度から直接狙い撃ちだと!?」

副操縦士が悪態を吐くのも無理は無い。

なぜなら、輸送機では極めて珍しいデルタ翼を持つゲンブの設計思想は「超高高度飛行で燃費と速度を稼ぎつつ、対空ミサイルや敵戦闘機による迎撃が困難な高さを飛ぶ」だからである。

そもそも、C-17MやC-5Nと異なりゲンブは「全領域戦略輸送機」なので、成層圏のように揚力が少ない高度で安定飛行できるのは当然と言える。

……だが、僚機を撃ち落とした連中は確かに低高度から攻撃を仕掛けてきた。

そして、ゲンブの機首に搭載された電探も成層圏まで上がって来る敵機を捕捉している。

「この機体に積んでいる物資だけは運び抜くぞ! 推力最大!」

「機長、もうやってますよ! これ以上速度は上げられません!」

スロットルレバーに右手を掛けようとした機長を制止する副操縦士。

一見するとコミカルな遣り取りだが、本人たちは至って真面目である。

「こちら橙3、敵の長距離誘導弾接近! ……ダメだ、かわしきれない――!」

そうこうしている間にも隣を飛んでいた味方輸送機が被弾し、胴体後部から真っ赤な炎を噴きながら墜ちていく。

「橙3、応答しろ! 無事なら返事をしてくれ! ……ッ!」

被弾したゲンブの搭乗員へ通信を試みるが、聞こえてくるのは虚しいノイズだけだった。

機長は乱暴に通信機を外し、悔しさを噛み締める。

軍需物資を運ぶだけの簡単な仕事だったのに、どうして今日に限って凶悪な連中と出くわしてしまったのか。

「バケモノめ、もうこの高さまで上がって来たのか。このままだと護衛機が到着する前に撃ち落とされるぞ……!」

レーダー画面を確認した副操縦士が忌々しげに呟く。

成層圏まで上昇できるほどの強敵――ゲイル隊のオーディールMはすぐ後方に迫っていた。


「仕掛ける……ゲイル3、ファイア!」

成層圏までやって来たゲイル隊は敵輸送機の斜め下後方を取り、まずはアヤネル機の「ストライダー」が火を噴く。

ところが、射撃しながら彼女の機体は落ちるように急降下してしまう。

「くッ……あの程度の機首上げで失速するなんて……!」

サブスラスターの噴射である程度カバーできるとはいえ、揚力が少ない状況では僅かな操縦の誤差が失速に繋がる。

アヤネルは絶対的な飛行時間が少ないため、コンディションの見極めに必要な経験がまだ足りないのだろう。

「まだまだだな、アヤネル。時には上昇するために下降することも重要だ」

失速状態から回復した部下の機体を見やりながら、今度はセシルが攻撃態勢へと移行する。

「隊長……また超上級テクニックを使うのか?」


 少しずつ上昇していったアヤネルに対し、セシルの場合は敵輸送機の下方へ向かってわざと急降下を行う。

機体を横回転させたことで世界がひっくり返り、頭上には薄っすらと陸地が広がっていた。

もちろん、こうしている間もスロットルペダルは踏みっ放しである。

「(58、57、56……)」

HISに表示された高度計及び昇降計の変動へ目を光らせるセシル。

「(55、54……53000! ここで上昇(ピッチアップ)!)」

高度計の数値が53000ftを指した瞬間、操縦桿を慎重且つ大胆に引く。

引き起こしが急過ぎると想定以上の速度低下やブラックアウトを招くからだ。

「(良い引きだ、これなら敵機の下から突き刺せる!)」

急降下から急上昇へ移った蒼いMFは昇り龍のように成層圏を翔け上がっていく。

彼女の視線の先には無防備な胴体下面を晒す、鋼鉄の巨鳥がいた。

「(土手っ腹に叩き込んでやる……!)ゲイル1、ファイア! ファイアッ!」

ゲンブの輸送機らしい胴体を真っ正面に捉えたセシルが操縦桿のボタンを押すと、オーディールのG-BOOSTERから十数発ものマイクロミサイルが放たれる。

間合いの近さや攻撃対象の大きさもあり、飛跡を残しながら発射されたマイクロミサイルは見事に全弾命中したのだった。


「――機長! ――に被弾! ――与圧――きます!」

「最期まで――! 急降下――るぞ!」

敵輸送機の乗員と思わしき会話が混線でセシルの耳に入ってくる。

被弾のせいで通信装置がイカれてしまったのだろう。

緊迫した会話の内容は激しいノイズであまり聞き取れなかった。

とはいえ、その程度で攻撃の手を止めるほどセシルは甘い女ではない。

……生身で成層圏へ投げ出されるぐらいなら、いっそのこと楽にしてやるべきだ。

「(逃がすものか……再攻撃で確実に仕留める!)」

輸送機の主翼と胴体の接続部付近をすり抜けるように上昇していくと、蒼いMF――オーディールは約500ft上空で失速状態へ移行する。

ただし、これは「制御された失速」であり、機体がバランスを崩さないようセシルはサブスラスターを繊細に操作していた。

頭上には胴体が燃えながらも飛行を続ける敵輸送機の姿がある。

「(今だ、ここで急降下(ダイブ)!)」

経験と直感を基に最適な急降下タイミングを導き出し、スロットルペダルを踏み込みつつ操縦桿も一緒に引く。

ヴェイパーが生じるほど鋭い引き起こしを見せたオーディールは、そのまま猛禽類の如き急降下で敵輸送機へと襲い掛かる。

コックピットの中でセシルが見据えていた場所はただ一つ――敵機のコックピットだ。

「ゲイル1、ファイアッ!」

HISに表示されたレティクルと敵機のコックピットを完全に合わせ、セシルは躊躇無く操縦桿のトリガーを引く。

オーディールのレーザーライフルから放たれた3発の蒼い光線は、確かにゲンブのコックピットを貫いていた。

撃墜確認などするまでも無かった。


「あれが『ドラゴンスロープ』からの『ドラゴンダイブ』……! シミュレータでは試したことがあるけど、まさか実践を目の前で拝めるとはな!」

セシル機の鮮やかな且つ冷酷な仕事ぶりを目の当たりにし、アヤネルは感動さえ覚えていた。

低高度からの急上昇で敵へ襲い掛かる「ドラゴンスロープ」、そして余分な運動エネルギーを利用した急降下で再攻撃を行う「ドラゴンダイブ」。

本来は非常に使い所が限られるMF用高難易度マニューバだが、セシルの場合は初動から離脱まで完璧であった。

少なくとも、アヤネルが見ていた限りミスは全く無かったと断言できる。

「こちら管制機ポラリス、全ての敵輸送機の撃墜を確認した。生き残っている機体はすぐに撤退せよ。繰り返す、敵増援との交戦を避けながら撤退せよ!」

スレイが自力撃墜していた1機も含め、レーダーで輸送機の全滅を確認したAWACSから撤退命令が下される。

勝利を祝うのは無事帰還してからにしろ――ということなのだろう。

「ゲイル各機、AWACSの話を聞いたな? これより戦闘空域を一気に離脱するぞ。カナダ軍の安全圏までは絶対に気を抜くなよ!」

「ゲイル2、了解!」

「ゲイル3、了解。遠足も軍事作戦も帰るまでが重要ですからね」

編隊を組み直したゲイル隊は全速力で「空中回廊」から離脱していく。

ルナサリアンはこの空路を使うリスクを「壊滅的な損害」という目に見える結果で思い知ったことだろう。


「空中回廊」での航空戦から数日後、撃墜した敵輸送機を調査するためカナダ陸軍のヘリコプター「CH-147 チヌーク」がこの空域を訪れていた。

「おい、ジャック。これを見ろよ」

ヘリコプターから降りた兵士が輸送機――ゲンブの真っ黒に焦げた残骸を指差す。

「この機体を落とした奴は相当えげつない性格なんだろうな。ほら、コックピットを正確に撃ち抜かれて――!?」

そう言いながら彼は何気無く残骸のコックピットへ近付いていったが、内部の惨状を見た瞬間思わず閉口してしまう。

「どうした、ランス? 何か見つけた……いや、これはあまり見たくないな」

ジャックと呼ばれた兵士も戦友の隣へ歩み寄り、すぐさま目を逸らした。

なぜなら、焼け焦げたコックピットの中に「人間のようなもの」を認めてしまったからだ。


「ルナサリアンは俺たちホモ・サピエンスよりも頑丈だと聞く。こいつらは……即死だったのか?」

「……ジャック、痛々しい話はやめてくれ。それは俺の心に(こた)える」

この2人が言う通り、ホモ・ステッラ・トランスウォランスと同等の身体能力を持つとされるルナサリアンは、華奢な見た目のわりに頑丈なことで知られている。

つまり、ランスやジャックが即死するような大怪我であっても、ルナサリアンは瀕死の状態にとどまる可能性もあるのだ。

……もし、ひしゃげたコックピットの中で悶死するまで炎に巻かれていたかもしれないと思うと……。

「これじゃあウサギのバーベキューどころか、ただの炭作りだな……クソッ! 我ながら笑えない冗談だぜ」

炭化した遺体を確認しながら首を振るジャック。

「遺体を近くに埋葬したら、機密資料が残っていないか調べよう。火事場泥棒みたいで気は進まないがな」

気持ち悪さからかランスはしばらくうずくまっていたが、何とか立ち上がり遺体の搬出を開始するのだった。

セミアクティブ方式とアクティブ方式

発射した母体のレーダー照射によって誘導するのがセミアクティブ方式、ミサイル自体がレーダー照射を行うのがアクティブ方式である。

攻撃目標自体が発する電波を捉える「パッシブ方式」は対レーダーミサイルに用いられている。

なお、マイクロミサイルなど比較的短射程向けのミサイルは赤外線誘導方式が中心である。


ホーミングオープン

この符丁を用いるのはオリエント国防空軍と旧オリエント連邦構成国のみ。

アメリカ軍及びその同盟国では「FOX1」とコールされる。

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