【BTF-72】三者三様
オリヒメによる懐柔策はスターライガメンバーの横槍により失敗に終わった。
「……そう、残念だわ。あなたは良いお仲間に恵まれているのね」
彼女は無理に言い寄っても逆効果だと判断し、今回はライガの説得を断念する。
どちらかが戦死しない限りはもう一度ぐらいチャンスが訪れるだろう。
「交渉失敗と言ったところかしら。彼は一度決意を固めたら梃子でも動かない性格よ」
「姉上……決断を下すべきだ。あの男は……ライガ・ダーステイの存在は我々に対する最大級の脅威となる」
だが、一連の流れを見守っていたライラックとユキヒメは彼の翻意には期待せず、脅威度の高さを考慮し"倒せる時に倒すべきだ"と忠告を行う。
「分かっているわ、彼への未練は私自身の手で直接断ち切ってみせる」
同志や妹からの意見具申を受け、オリヒメは心残りがありながらもライガと戦うことを決める。
「ならば私は"月の裏切り者"を粛清しよう。オウカには申し訳ないがな……」
姉の心情を汲み取ったユキヒメは散開して行動することを提案し、自分は月の裏切り者――レンカに制裁を下すことを告げる。
アキヅキ姉妹の側近にしてレンカの妹であるオウカには気の毒だが、国賊に堕ちた同胞を放って置くのは皇族としてのプライドが許さなかった。
「じゃあ私は娘たちの相手をするわね。あの娘たちには少々"躾"が必要なようだから」
そして、大方の予想通りライラックは"らしい"言い回しで2人の娘の相手を買って出る。
「各々の因縁にはここで決着を付けましょう……!」
それぞれが倒すべきターゲットの確認を終えると、オリヒメは"月の専制君主"ではなく"一人のエイシ"として戦闘開始の号令を下すのであった。
右腕でサキモリ用無反動を扱いつつ、左腕に装備されているシールド一体型レーザーライフルで牽制射撃を行いながら交戦距離に入るライラックのエクスカリバー・アヴァロン。
「フフッ、前に戦った時よりも更にできるようになったみたいね」
今回は自身に忠実なバイオロイドたちを別行動させ、あえて自分一人で娘たちとのドッグファイトに臨む。
これは彼女の余裕の表れだろうか。
「茶化さないでッ!」
「姉さん、挟撃で仕掛けるわよ!」
後手に回るスタートとなったがリリーとサレナは冷静に牽制射撃を回避し、双子の姉妹らしい巧みなコンビネーションで母親を迎え撃つ。
「母親に向かってその態度! やはり、あなたたちにはお仕置きが必要だわ!」
以前よりも操縦技量と機体性能が上がったぐらいで得意になっているのが気に食わないのか、ライラックは表情を引き締め"本気モード"で娘たちを相手取る。
「行けッ! 我が僕たちよ!」
彼女は音声操作でエクスカリバーのバックパック側面に装備されている6基のオールレンジ攻撃端末を射出。
リリーのフルールドゥリスとサレナのクリノスにそれぞれ3基ずつぶつける作戦だ。
「(今の私なら分かる! オールレンジ攻撃の動きが手に取るように!)」
スペースコロニー「桃源郷」では散々苦戦させられ、撃破寸前まで追い詰められたオールレンジ攻撃。
しかし、イノセンス能力に目覚めたリリーは"純化された思考"で端末の動きを先読みし、一切の無駄を排した最小限の回避運動で蒼い光線をかわしていく。
「こっちがガラ空きよ!」
「くッ! 私の知らない装備が追加されているというの!?」
その間に別方向から間合いを詰めていたサレナのクリノスが隙を見てワイヤーアンカーを発射。
2本のカーボンナノチューブ製ワイヤーをライラックのエクスカリバーに巻き付かせ、腕部を含めた上半身の拘束に成功する。
エクスカリバーは下半身に武装が施されていないため、このままでは自力脱出は困難だ。
「捕まえた! ライラック・ラヴェンツァリ……あなたを殺す!」
「ワイヤーアンカーで動きを止めれば、いくら母さんと言えど……!」
リリーのフルールドゥリスも同じように2基のワイヤーアンカーで白いMFを捕らえ、妹と同時攻撃を仕掛けるべく拡散レーザーライフルを構え直す。
「……フフッ、甘く見てもらっては困る!」
だが、万事休すかと思われたライラックは不敵な笑みを浮かべていた。
次の瞬間、先ほど射出したオールレンジ攻撃端末で4本のワイヤーを全て撃ち抜き、彼女のエクスカリバーは容易に拘束状態を振りほどくのだった。
一方その頃、ラヴェンツァリ姉妹に別命を与えたライガはクローネとのコンビでオリヒメに挑もうとしていた。
「クローネ、相手はルナサリアンの総大将――そして実力が未知数の敵だ。絶対に俺から離れるなよ」
「一国の指導者が自ら戦場に立つ――地球じゃ絶対にあり得ませんね」
正直なところクローネの存在は足手まといになる可能性が高いが、この激戦区に若手を単身放り出すほどライガは鬼ではない。
「……来るぞ! 散開!」
どうやらこの距離は既に相手のレンジに入っているらしい。
先制攻撃を察知したライガはすぐに散開を指示し、二条の蒼い光線をかわしてからクローネのシューマッハと再合流する。
今の攻撃は一目で分かるほど威力が高く、仮に直撃を受けたら被撃墜は免れないだろう。
「この距離では至近弾にもならないか。さすがはスターライガの精鋭とそのオマケと言ったところかしら」
牽制射撃と呼ぶには少々強力過ぎるレーザーを掻い潜っていくと、ついにその攻撃を放っていたオリヒメの機体が姿を現す。
「オマケ扱い……!?」
「日本艦隊と戦った時の機体とは違う。それがお前の新たな乗機か」
オマケ扱いされたことに噛み付くクローネをよそに、オリヒメの搭乗機が以前とは全く異なる機種となっていることを指摘するライガ。
以前――約3か月前は専用にカスタマイズされたツクヨミに乗っていたはずだ。
「そう、この機体の名はイザナミ。同志であるライラック博士が私のために設計開発してくださった、スターライガと互角以上に戦える機体よ」
新たな愛機について言及されたオリヒメは自信満々にこう答える。
「ほう……機体性能が同じなら、腕はこちらの方が上だな」
彼女のイザナミを一瞥したライガは性能面は確かに互角だと評しつつも、"操縦技量なら負けていない"というエースドライバーらしい評論を返す。
「機体性能の差が勝敗を分かつ絶対条件でないことを教えてやる!」
専用レーザーライフルを二丁持ちで構え直すライガのパルトナ・メガミ。
「望むところよ! 多少の技量差は機体性能で補うまで!」
2基の長銃身大型光線銃を両脇で挟み込むように持ち、真っ向勝負で迎え撃つ姿勢を見せるオリヒメのイザナミ。
この二人が戦場でぶつかり合うのは意外にも今回が初めてであった。
「ファイア! ファイア!」
先手を打ったのはやはり実戦経験豊富なライガだった。
彼は相手よりも先に動き出し、後手に回ったイザナミに向けてレーザーライフルの連射攻撃をお見舞いする。
「ビームシールド……! 狙い所をもう少し考えないといけないか!」
だが、白と紫のサキモリは両腕から光の盾――地球で言う"ビームシールド"を発生させることで攻撃を全て受け流してみせた。
両腕の発生器から安定して出力されている点がミソであり、それを確認したライガは力技で抜くことは困難だと悟る。
地球側には両腕で同時にビームシールドを出せる機体はまだ存在しない。
「ライガさん、援護します!」
「お前はサポートに徹しろ! 奴とは直接対決で決着を付ける!」
"オマケ"なりに援護を買って出てくれるクローネをサポート役に回し、あくまでもタイマン勝負に拘るライガ。
「高機動誘導弾、発射!」
今度はオリヒメのイザナミが攻撃を仕掛ける番だ。
白と紫のサキモリの大腿部前面のカバーが開き、その中からマイクロミサイルが一斉に発射される。
「"イタノ"みたいにしつこいミサイルだ! CFでやり過ごす!」
"高機動"の名に噓偽り無い誘導性にはライガほどの実力者でも手こずらされ、彼は愛機の運動性を活かした回避運動、レーザーライフルによる撃ち落とし、防御兵装の散布といったあらゆる手段を駆使して何とか切り抜ける。
「ミサイルにはミサイルで返してやるぜ!」
お返しだと言わんばかりに大量のマイクロミサイルを撃ち返すライガのパルトナ・メガミ。
ミサイルを使い切ったらオプション装備のマイクロミサイルポッドを切り離し、少しでも機体を軽くしていく。
「悪いけど、背中から斬らせてもらう!」
回避運動に集中して周辺警戒が疎かになっている隙を見逃さず、クローネのシューマッハはビームソードを抜刀しながら白と紫のサキモリに迫る。
「さっきのオマケちゃん? あなたは端っこで指を咥えて見ていればいいのよ!」
「な……!?」
しかし、オリヒメは特に動じること無くイザナミのフレキシブルアームを操作すると、その先端部から出力された蒼い光の刃で斬撃を切り払うのだった。
先鋒として本隊に先駆けて戦闘を展開している皇族親衛隊。
当初は本隊到着後速やかに合流する予定であったが、敵の排除に時間が掛かり機会を失っていた。
「思っていた以上にやるわね……」
自身の見立ての甘さに今更後悔しつつも、"勝てない相手ではない"という判断から戦闘を継続するスズヤ。
「苦戦しているようだな、ヨミヅキ! 私も加勢してやろう!」
その時、本隊がいるはずの方角から見慣れない新型機が現れ、聞き慣れた凛々しい声と共に皇族親衛隊へ合流する。
「ユキヒメ様! 大変恐縮ですが、貴女の手を煩わせるわけには……」
存外の応援にスズヤは驚くが、親衛隊隊長としてのプライドもあり一度は加勢の申し入れを断ろうとした。
「我らの期待を裏切り、穢れた大地に堕ちた罪深い女はこの手で粛清しなければならんのだ!」
「……分かりました、我が小隊は援護に回ります」
だが、彼女は新たな愛機を駆るユキヒメが裏切り者――レンカの抹殺に並々ならぬ執念を燃やしていることを感じ取り、すぐに考えを改めて上官の加勢を受け入れる。
「周囲の取り巻きも実力者揃いです。包囲されないよう気を付けてください」
「そう聞くと俄然やる気が出る。その実力が見聞通りか否か……空戦で確かめるぞ!」
レンカ率いるΖ小隊の戦闘力についてスズヤが忠告すると、強者との戦いが大好きなユキヒメはこれ幸いとばかりに闘志を滾らせるのであった。
「あいつ、単独で突っ込んで来る……!」
「気を付けろ! ああいう手合いは余程のバカかトップエースのどっちかだ!」
単身吶喊を試みる白と赤のサキモリを確認したカルディアは、近くで行動していたアンドラと即席のエレメントを組み迎撃態勢を整える。
「格闘機と見た! あれの相手は私がやる!」
一方、自分の実力の自信を持つコマージは新手を引き受けることを宣言し、愛機クオリアを人型のノーマル形態に変形させ一騎討ちに備える。
「正面からぶった切ってやるよ!」
両手でビームソードを握り締め、勇敢にも真っ向勝負に臨むコマージのクオリア。
「この私と"イザナギ"の前に立ちはだかるとは良い度胸!」
それに応えるように白と赤のサキモリ――ユキヒメのイザナギも二振りのカタナを抜き、完璧な一閃を決めるべく集中力を高める。
2機の機動兵器による居合の結果は……。
「コマージ……!」
カルディアが悲鳴に近い声を上げた直後、黒と緑の可変型MFは大量の破片をばら撒きながら急降下していく。
「バカな!? こうも簡単にやられるとは!」
幸いにも搭乗者のコマージは無傷であり、自身の敗北に驚きながらも咄嗟に機体を立て直すことで墜落を回避する。
腕利きの彼女を容易く仕留めたイザナギは次の獲物を狩るべく飛び去っていた。
「奴の狙いはレンカか! カルディア、お前はコマージのフォローに回れ!」
機体を中破させたコマージのフォローをカルディアに任せると、アンドラは白と赤のサキモリを追いかけるべく愛機アマテラスを加速させる。
「(あの太刀筋は只者じゃない……本気で挑まないとマズそうだな)」
30代の中堅メンバーの中ではトップクラスの実力を持つコマージを歯牙にもかけない強者――。
自分が対抗できるかは分からないが、それでもアンドラは小隊長を守るべくオリエンティアの蒼空を翔け抜けるのだった。
【Tips】
高機動誘導弾はその名の通り運動性に優れるミサイル。
回避運動だけでは振り切れない誘導性を持つうえ、ロケットモーターの推進剤が尽きるまでしつこく追尾し続ける特徴を有する。
コストの高さから通常型マイクロミサイルのように大量搭載はできないが、ここぞという局面では役立つ武装である。
なお、目標追尾時の挙動が通常型とは全く異なるため、慣れれば容易に見分けが付くらしい。




