【BTF-71】天帝、降臨
ヨミヅキ隊と皇族親衛隊の参戦は戦局に大きな影響を及ぼした。
月の精鋭たちの戦闘力は一般部隊を遥かに上回っており、長時間戦闘で疲れてきたオリエント国防空軍の航空戦力を着実に削っていく。
「スカイロジックより各機、我が方の戦力に少なくない被害が生じている! 生き残っている機体は迎撃を急いで!」
「クソッ、そんな簡単にできたら苦労しないっての!」
防衛ラインの崩壊を防ぐため更なる奮起を促すAWACSスカイロジックに対し、今日だけで既に15機以上の敵を撃墜しているリリカはオールレンジ攻撃を制御しながら悪態を吐く。
この戦場の誰もが必死に頑張っているのは間違い無いが、膠着状態を切り崩すにはまだまだ足りないのだ。
「でも、ここで踏ん張らないと負けちまうぞ!」
その時、リリカの愚痴を窘めるかのように何者かの声がオープンチャンネルで響き渡る。
「援軍か!?」
「敵の増援だと!?」
ドッグファイトを繰り広げていたリティスとスズランはこの声の主が誰なのか知らない。
一つだけ断言できるとすれば、"彼女"は地球人であるリリカに対して話し掛けていた。
「遅くなってすまない! スカイロジック、あたしたちトムキャッターズも管制下に入る!」
"彼女"――ヤンはトムキャッターズの母艦ケット・シーと共に戦場に現れ、当初の予定通りスカイロジックの管制下に入ることを宣言する。
これは猫の手も借りたい地球側にとっては嬉しい朗報であった。
「へッ、遅いんだよこの野郎!」
許容範囲内とはいえ遅れてやって来たヤンを笑いながら詰るブランデル。
「ヤンの機体、何か追加装備をぶら下げているみたいだけど……」
一方、ヤンの愛機ハイパートムキャット・カスタムを目視したニブルスは、機体下部に吊り下げられている巨大水中モーターのような物体に目を丸くする。
「こいつは"S-1 ウェポンコンテナブースターユニット"。ありったけの火力をぶちまけるためのオプション装備だ」
敵味方から好奇の視線に晒されていることを察したのか、ヤンは誰に言われるでも無く自機のオプション装備――正式名称"S-1 ウェポンコンテナブースターユニット"について説明し始める。
その名の通り多種多様な射撃武装を満載するコンテナに増速用ブースター2基を接続した、拠点攻略用の大型オプション装備である。
本来はホワイトウォーターUSAとの決戦で投入予定だったが、トムキャッターズの技術力の問題で約3か月遅れの実戦投入になってしまった。
「S-1装備……調整が間に合ったんだね!」
「データ提供の件はありがとよ。そのおかげでメカニックたちの努力が実を結んだんだ」
開発に際しては部外者ながら親身に協力してくれたロサノヴァに対し、実際に作業に当たったメカニックたちの分まで感謝の言葉を述べるヤン。
「機体よりデカいオプション装備とかワケ分かんねえな」
「これを考えた奴は間違い無くクレイジーだし、実戦で使おうとする奴はもっとイカれてると思うぜ」
だが、ハイパートムキャットよりも遥かに巨大なS-1にアレニエが呆れていると、それに同意するようにヤンも"考案した奴と使う奴は狂ってる"と自嘲気味に答える。
「うッ……」
薄々自覚しているとはいえ、実際にそう言われるとぐうの音も出ないロサノヴァ。
「ま……正気で戦争はできないからな。ならばせめて、この"狂気の産物"で真っ当な戦い方をするまでだ」
もっとも、あまり彼女を困らせると父親が怖いので、ヤンは申し訳程度のフォローを入れてから戦いに参加するのだった。
「……さあ、S-1装備のお手並み拝見と行こうか!」
S-1のコンテナ内に収められている武装は使い捨て式高出力レーザーキャノン、戦闘機用空対艦ミサイル18発、32連装マイクロミサイルユニット20基、対地用小爆弾散布ディスペンサー3基と多岐に渡る。
これに加えてハイパートムキャットが元々装備している武装も使用可能であり、S-1を使い切ってもMF単体で戦闘を継続することができる。
「(敵は全て航空機か……そういう時はマイクロミサイルだな)」
敵戦力が全てサキモリ及び戦闘機であることを確認し、火器管制システムを対空モードに切り替え武装はマイクロミサイルを選択するヤン。
「やってみせろよ、ヤン! お前のデカブツを見せてやれ!」
「フェアリングパージ!」
彼女と仲が良いルミアの煽りに答えるかのように赤橙のMFはS-1のフェアリングをパージ。
フレームを中心に取り付けられた武装の数々を見せつけつつ、後端部のブースターで速度と姿勢を制御することで敵の射程外から攻撃態勢に入る。
「な、何なのよアレは!?」
ルナサリアンの思考回路ではまず思い付かないであろう設計コンセプトに戦慄するスズヤ。
「ターゲットロック! マイクロミサイルの雨を食らいなッ!」
愛機に搭載されている新型レーダーで多数の敵機をロックオンし、ヤンは右操縦桿の兵装発射ボタンを押す。
次の瞬間、S-1に装備されているマイクロミサイルユニットから無数の小型ミサイルが一斉に発射され、文字通り"ミサイルの雨"となってルナサリアンへ襲いかかるのであった。
実際に使用されたのは半分の10基とはいえ、32連装×10――すなわち320発のマイクロミサイルによる攻撃を避けることは容易では無い。
だが、裏を返せば攻撃範囲の広さは誤射のリスクにも直結していると言えよう。
「クソッ、なんておっかない攻撃だ! 射線上に入ったら巻き込まれる!」
マイクロミサイルには敵味方識別機能があるとはいえ、たまたま射線上に入ってしまい被弾する"事故"は当然起こり得る。
ナスルは近くの敵機に誘導しているミサイルを回避すると、ヤンのハイパートムキャットの攻撃を遠回しに非難する。
仲間に撃ち落とされることだけは避けたいところだ。
「同士討ちはしたくないからちゃんと退避しろよ!」
「こんなの"マップ兵器"と変わらないじゃん!」
無論、ヤン自身も同士討ちを防ぐため最低限の警告はしているものの、その攻撃範囲を目の当たりにしたリリーは有名なビデオゲームに例えながら緊急回避に徹していた。
「地球の軍事技術……やはり侮れんな。たった一回の一斉発射でかなりの味方をやられるとは」
「だけど、もう遅い! 本隊到着までの時間は稼いだ!」
今回ばかりは冷静沈着なスズランも少なからず動揺を見せるが、姉のスズヤは"自分たち先鋒の仕事は完了した"と強気な姿勢を崩さない。
「本隊ですって?」
「我々の役目はあくまでも露払いに過ぎない。我らの主君がこの戦場へ舞い降りた時――それが国賊たる貴様の最期だ」
彼女は光刃刀でレンカが駆るルーナ・レプスと本日15回目の鍔迫り合いを繰り広げつつ、自分たちの後方には本隊たる主君――つまりアキヅキ姉妹が控えていることを明かす。
「ッ! この感覚……間違い無い、大本命たちが来るぞ!」
そして、スズヤの発言と同じタイミングでライガは"3つの強烈なプレッシャー"を感じ取り、仲間たちと友軍に対し最大限の注意を呼び掛けるのだった。
「ライガさんの言う通りよ! 戦闘空域に侵入する敵艦隊及び航空部隊を捕捉したわ!」
コンソールパネルのレーダー画面で敵戦力の規模を確認したスカイロジックは驚愕する。
「……なんて数なの! これがルナサリアンの本気ってわけ!?」
画面上の一角が敵勢力を示す赤い光点で埋め尽くされていたからだ。
少なくとも序盤の航空部隊や先遣艦隊の比ではない。
「私たちを狙って主力部隊をぶつけてきたか。フッ、人気者は大変だな」
戦術データリンクで最新情報を受け取ったルナールは、敵は自分たちスターライガとの直接対決を前提に主力を割いてきたのだと推測する。
「相手は二個艦隊――いや、下手したらそれ以上の規模だぞ! 第8艦隊だけで押さえ切れるのか?」
「やるしかないんだ! ここを貫かれたらヴワルの総司令部をやられる……そうなってしまったら本当に終わりだ」
これまでとは桁違いの戦力差を前に珍しく弱音を吐くパルトネルを叱責し、困難な戦いだと分かっていても仲間たちや自分自身を奮い立たせようとするリゲル。
「こういう時に限ってレガとワルキューレが不在なんてツイてないわ」
「いない人のことをどうこう言っても仕方がないでしょ! 今ある戦力で何とか持ちこたえないと!」
どちらかと言うと楽観主義的な印象が強いメルリンが愚痴り始めると、今度は彼女よりも遥かに若いクローネがベテラン勢を鼓舞するべく意地を見せる。
「ああ、姉さんとワルキューレは必ず復活する……だから、どんな時でも決して諦めるなよ!」
「絶望的な状況は見慣れたが……これはなかなかだな……」
それに続くようにブランデルも姉レガリアに代わって奮起を促すが、現実主義者のシズハはそこまで楽観的にはなれなかった。
「フフッ、健気なモノね……やはりスターライガには逆境がよく似合う」
困難に立ち向かうスターライガを"健気"と評するこの人物の声をラヴェンツァリ姉妹はよく知っている。
「この声は……母さん!?」
「……そっちから戦場に出てきたのなら好都合! 今日は絶対に仕留めてみせる!」
オープンチャンネルで聞こえてきた実母ライラックの声に反応し、サレナとリリーはプレッシャーが発せられている方向を睨みつける。
姉妹の視線の先にはライラックと彼女の愛機エクスカリバー・アヴァロンの姿が小さく見えていた。
「やる気は認めるけど、私だけを相手しているわけにはいかないでしょう? ねえ、姫様?」
自身の打倒に闘志を燃やす娘たちを軽くあしらいつつ、ライラックは同志たる"姫様"に対し意見を求める。
「姫様――今回はオリヒメも出撃しているのか!?」
「その通りよ。率先して戦場に立ち、兵たちの士気を高める――それが月の女王の役割の一つだもの」
彼女の言う"姫様"の正体をライガが察すると、その答え合わせをするかのようにオリヒメが通信を入れてくる。
「あなたにも分かるでしょう? 私の出陣と同時に戦場の空気が変わったことが」
先ほどまではプライベーター同盟+正規軍混成部隊とルナサリアンの戦いは拮抗していた。
だが、オリヒメが指摘している通り"月の専制君主"が戦場に現れた瞬間、ルナサリアン側の戦意高揚によって流れが変わり始めた。
「(この圧倒されるようなプレッシャー……こないだの"お忍びデート"の相手と同一人物とは思えん!)」
イノセンス能力に目覚めたからこそ分かる、オリヒメのような限られた者が持つ"チカラ"――。
それを感じ取ったライガは不本意ながらも頷くしかなかった。
ライガを筆頭とするスターライガチームをアキヅキ姉妹は敵ながら高く評価しており、あわよくば自分たちの方へ引き込めないかと以前より画策していた。
「スターライガよ……貴様らは敵にしておくのが惜しいほどの強者揃いだ。これが最後の戦いとなってしまうのが残念だよ」
彼らに対しユキヒメは"戦士"として最大限の賛辞を贈ると同時に、月の民の未来を切り拓くにはこの強者たちを倒さなければならないという現実を嘆く。
「ライガ、最後にもう一度だけあなたに問うわ」
一方、オリヒメは"個人的なお気に入り"であるライガに狙いを定め、これをラストチャンスにするつもりで質問を投げかける。
「私の下に来なさい。あなたの良いも悪いも全てを受け入れ、その才能を最大限活かせる環境を与えてあげるから……」
彼女の言葉は非常に直接的であった。
お前が望む全てを与えるから、私の男になれ――と。
「何を言っているんだ彼女は?」
「戦場のど真ん中で勧誘なんて卑しい女!」
当然、あまりにもド直球且つ下心丸出しな勧誘にルナールとリリーは怒りを覚え、本人を差し置いて強く反発する。
「奴に心を許すなッ! 貴様は"スターライガのリーダー"なんだぞ!」
そして、サニーズのこの一言が少なからず動揺していたライガを落ち着かせ、深謀遠慮に富んだ策謀を一蹴する決め手となった。
「……オリヒメ、聞こえているか? 俺は心の底から貴女を憎んでいるわけではない。むしろ、もっと違うカタチで出会えていれば友達ぐらいにはなれたかもしれない」
オープンチャンネルのままオリヒメに話し掛け、前提として彼女個人に対する憎悪は無いことを告げるライガ。
彼は"お忍びデート"の一件で地球側のプロバガンダとは真逆の人物像を知り、公人の立場から切り離されたアキヅキ・オリヒメという女性にはむしろ好感さえ抱いていた。
「だが……それでも俺は"お前のやり方"を否定する!」
そのうえでライガはこう言い返し、愛機パルトナ・メガミのレーザーライフルを遥か彼方のオリヒメに向ける。
有形無形の力に頼ったやり方は決して認めない――と。
【対地用小爆弾】
俗にクラスター爆弾とも呼ばれる面制圧に特化した対地兵装。
小爆弾一個当たりの破壊力は低いが、これを適切な高度から散布することで広範囲に攻撃を行える。
装甲が薄い目標や一般的な建造物に対しては特に効果的であり、国際条約による厳しい制限を受けながらも全ての列強諸国が製造・保有している。
なお、小爆弾を収納するディスペンサーはこれ自体が撃ちっ放し能力を備え、発射後に母機が素早く離脱できるようになっている。




