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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-62】亡き従者の為のセプテット

 シャルラハロート邸に残されている鐘の音が悲しげに鳴り響く。

かつては時を刻むために鳴らされていたが、より正確な時計が普及した現在は"特別な出来事"を知らせる目的で使用される。

ちなみに、今回奏でられているリズムには"これより葬送を執り行う"という意味がある。

「――かの者の勇気に満ちた魂が、冥府女神ヘカートナの下へ辿り着かんことを」

スターライガメンバーを筆頭とする参列者たちが見守る中、聖職者の男性は日本で言うお経に当たる「サンテマール」を全て読み上げ、人々に一礼してから喪主のレガリアへと歩み寄る。

「レガリア様……故人の肉体に別れを告げる覚悟は整いましたか?」

「……はい」

「大切な人の亡骸に自らの手で火を点けるのは確かに辛いことでしょう。しかし、その役目を貴女が果たせば故人は最低限の苦しみで"星の海"に還れるのです」

彼はレガリアにモミの木から作られた松明(たいまつ)を握らせると、その先端部にライターで"聖なる炎"を灯す。

同時にあえて残された者の手で火を点ける理由を伝え、不安感や悲しみが少しでも和らぐよう取り計らう。

「分かっております……火付け役は父の葬儀で務めたことがありますから」

過去に父親――前当主の火葬を行ったことがあるレガリアはゆっくりと頷き、力強く燃えている松明をメイヤの遺体が収められた棺の上に置く。

木製の棺はたちまち炎に包み込まれ、バチバチという音を立てながら焼け始める。

「メイヤ・ワタヅキよ……天に昇れ……!」

星空に向かって故人の名前を叫び、天高く伸びていく煙を見上げるレガリア。

この瞬間、肉と骨だけの(むくろ)は現世から消滅し、メイヤの魂は真の意味で"星の海"へと旅立ったのだ。

「(いつか星の海で――か。ねえ……天国なんてあるのかな)」

雲一つ無い夜空には数え切れないほどの星々が美しく(またた)いていた。


「(ごめんなさい、メイヤ。急な出来事だったから遺灰はしばらくここに置くけど……墓の用意が済んだら改めて埋葬してあげるからね)」

葬儀が執り行われた翌日――。

朝早くに目覚めたレガリアは未だ手が付けられていないメイヤの自室を訪れ、キャビネットの上に飾られている遺影の前で手を合わせる。

この遺影は昨年12月のクリスマスパーティの際に撮られた写真を加工した物であり、メイヤは大人の女性らしい穏やかな笑みを浮かべていた。

「レガリアさん……!」

「どうしたの?」

黙祷を終えたレガリアが部屋を出て行こうとしたその時、彼女を探し回っていたと思われるニブルスがドアを開けて入ってくる。

「じつはお見せしたいニュースが二つほどありまして……まずはこれなんですけれど」

そう言いながら私物のスマートフォンを取り出し、画面上にニュースサイトを表示するニブルス。

"ヴワル会談は失敗――地球・月双方の指導者層は強硬姿勢の維持を明言"というセンセーショナルな見出しの下には、卑怯な地球人類には屈しないことを強調するルナサリアンの声明文が引用されていた。

「ふむ……これは仕方ないわね。メンバーに再招集を掛けて準備しておかないと」

ホテル・マルチプレックスでの出来事が戦争終結の可能性を潰してしまった現実を受け入れ、じきに始まるであろうオリエント連邦本土空襲への備えを考えるレガリア。

「もう一つのニュースは?」

「ええ、こちらの方が悪いニュースです。レンカさんの正体が世間にバレ始めています」

しかし、次のニュースは扱いに困るシロモノであった。

あの場に居合わせた誰かがうっかり――あるいは故意に情報を漏らしたのか、スターライガメンバーの一人であるレンカが"ルナサリアンのスパイ"だとマスメディアが騒ぎ立てている。

記事内ではレンカがスターライガ加入時に提出した履歴書とされる書類が流出しており、経歴表に記載されている大学やオリエント国防陸軍曰く「当該人物が在籍していた記録は存在しない」とのことだ。

「(もう言い逃れはできないか。ならば、記者会見を開いて意思を明確にする必要がある)」

少しだけ考える素振りを見せた後、レガリアはニブルスに対し"手伝い"をしてほしいと頼むのだった。


 約3か月間の遠洋航海を終えたスカーレット・ワルキューレはスターライガ本部の地下ドックに入渠(にゅうきょ)し、艦載機である32機のMFもオーバーホールのため本部内のワークショップへと運び込まれていた。

全ての機体にアップグレードが行われるほか、一部の機体には大掛かりな追加装備の実装が用意されている。

また、かねてより開発が進められていた新型機もこのタイミングで引き渡される予定だ。

「……こいつが実戦投入される前に戦争が終わってほしかったがな」

改修作業が進行しているパルトナ・メガミの様子を見に来たライガは、愛機の横に置かれているオプション装備と新型シールドを眺めながら「本当は使わずに済んでほしかった」と嘆く。

「『KNM106』をバックパックに追加装備したパルトナ・メガミ――無理強いはしませんけど、作戦遂行に際して重武装が必要だと感じたら使ってください」

彼の心情に一定の理解を示しつつも、技術者という立場から新装備の積極運用を勧めるロサノヴァ。

"KNM106 アキツシマ"はパルトナ専用のウェポンモジュールであり、標準装備のバックパックへ被せるように装着される。

数々の追加武装と補助スラスターユニットはもちろん、ライガのイノセンス能力に対応可能な新型OSによって火力及び動力性能を飛躍的に高めた、まさに"決戦仕様"と呼ぶに相応しい換装形態だ。

「私だって無駄な戦いは御免だ……しかし、ルナサリアンが祖国を蹂躙するつもりならば返り討ちにしてくれる」

一方、同じくオプション装備が追加されたシルフシュヴァリエを前にサニーズは闘志を燃やし、侵略者が相手ならば遠慮しないことを宣言する。

「シルフシュヴァリエには『イカロス』をベースに開発したブースターユニットを装備しているよ。推力が跳ね上がった代わりに操縦性は悪化しているけど、父さんの技量なら完璧に乗りこなせるはず」

この機体の説明に際してロサノヴァは"サニーズの娘"という立場を取り、父の卓越した操縦技術ならば性能を最大限発揮できると太鼓判を押す。

極端な運動性重視で機動力に難があったシルフシュヴァリエは、ロサノヴァの愛機シルフィードの装備から発展した2基のブースターユニット"GF-03 ルーネイトエルフ"をフレキシブルアームを介して装着。

それに伴う改修が施された白と青緑のMFには「シルフシュヴァリエBST」という新名称が与えられていた。


「三人とも大変よ! レガリアが何か緊急会見を開くんだって!」

3人が改良された機体についてより深く議論しようとしたその時、あまり落ち着きが無さそうな瑠璃色ポニーテールの女性――チルドがワークショップを訪れ、肩で息をしながら作業員用休憩スペースの方を指差す。

「ああ、もうそんな時間か」

愛する妻がぜぇぜぇ言いながら重大ニュースを教えてくれたにもかかわらず、それを気にすること無くスマートフォンで時間を確かめるサニーズ。

「……あれ? もしかしてみんな知ってる感じ?」

「知ってるも何も……俺は"午後過ぎに会見をする"って事前に本人から聞いてるぜ」

夫の素っ気無い態度を訝しんだチルドが疑問を口にすると、ライガは苦笑いしつつ「会見については知っていた」と答える。

「でも、内容は教えてくれなかった。会見の場で何を語るのか気になるな」

ロサノヴァも会見が行われるという噂自体は耳にしていたが、同時に情けない母親をフォローするためか"具体的な内容"は知らないと指摘する。

それについてはライガでさえ聞いていないため、彼らはテレビが置かれている作業員用休憩スペースへ向かうことにした。

「おいおい、なんでレンカが参加してるんだ?」

壁掛けテレビの前に集まる作業員たちを掻き分けたライガが目にしたのは、レディーススーツ着用で記者会見に臨もうとしているレガリアとレンカの映像。

前者はともかく、後者が会見に同席するという話は全く知らされていない。

「そこは聞いていなかったのか?」

「レガリアのヤツ……まさか、この場で"アレ"を弁明するのか」

会見の目的はレンカの"正体"に関する論争を鎮めること――。

サニーズの問い掛けなど気にも留めず、ライガは噛り付くようにテレビを見ていた。


「皆様、本日は緊急会見にお越し頂きありがとうございます」

カメラのフラッシュが焚かれる中、会場入りしたレガリアはメディア関係者に挨拶を述べてから着席する。

彼女はヴワル市内にある民放局のスタジオを貸し切り、特設の記者会見場としていた。

「既にご存知かと思われますが、現在世間ではスターライガのある人物について"好ましくない憶測"が広まっております」

話すべきことはいくつかあるが、レガリアはまず初めに会見を開く必要性が生じた経緯について説明する。

「今日はその噂について真偽をハッキリとさせるため、当事者であるレンカ・イナバウアーを連れてきました。ここからは彼女に直接説明してもらいます」

一通り話し終えたところで彼女は隣に座るレンカの存在に触れ、最も大事な部分の説明を当人に託す。

「改めて自己紹介をさせてもらいます。私はスターライガにてMFドライバーを務めているレンカ・イナバウアーであります」

出番を回されたレンカはスッと席から立ち上がり、自分が"スターライガの一員"であることを改めて強調する。

「そして……お話しを始める前にもう一つ知ってもらいたいことがあります」

しかし、それと同時に知ってもらわなければならない事実の存在についても伝える。

「私の本名はホシヅキ・レンカ――皆さんが『ルナサリアン』と呼称する月の人類の一員です」

自身の頭から生えている特徴的なウサ耳を触りつつ、レンカはここで初めて自分の本名と出身地を世間に公表するのであった。


「ルナサリアンはこの蒼い惑星(ほし)への帰還を目指し、数十年前から極秘裏に地球侵攻計画を進めていました」

ざわめき始めるメディア関係者たちを制止し、ルナサリアンの地球侵攻計画が超長期的なプロジェクトであること明かすレンカ。

これは地球人はおろか月の一般国民でさえ知らない、"戦争の発端"に関する議論を覆すほどの最重要機密だ。

「"未確認飛行物体"という概念は皆さんもご存知ですよね? じつは過去30年間で目撃されている物のうち、約7割はルナサリアンの調査用無人航空機だと云われています」

同時に彼女は所謂"UFO"と呼ばれる存在の正体についても触れ、この会見を見ているかもしれない一部のUFO研究者を歓喜させる。

UFO=異星人の乗り物という説に初めて具体的な根拠が述べられた瞬間だった。

「そして、計画の終盤においては将来的な"上陸"を想定した現地調査が求められ、多数のルナサリアンが実際に地球へと赴きました」

少々脱線してしまった話題を軌道修正すると、レンカは多数のルナサリアンが既に地球へ潜伏していることを告げる。

「……私もその中の一人です。私は25年前に潜入調査と特別任務の遂行を目的にオリエント連邦へやって来ました」

彼女から次々と明かされる衝撃の事実に言葉が出ないメディア関係者たち。

一方、会見前に(あらかじ)め内容を把握していたレガリアは静かに耳を傾けている。

「大気圏突入時のトラブルで負傷した私を手厚く看護してくれた"現地住民"の優しさに触れた結果、私は地球という星についてもっとよく知りたいと思うようになったのです」

自分より先に地球へ亡命していたヨルハやエリンの存在をぼかしたうえで、レンカは次のように語る。

任務とは関係無しに蒼い惑星(ほし)に興味を持ったのだ――と。


「私に与えられていた特別任務の内容が"現地住民"の命に関わるものだと知った時、私は使命よりも恩義に報いることを選びました」

現地住民――月の裏切り者であるヨルハとエリンの抹殺がレンカに課せられた任務だった。

それに気付いた瞬間、彼女は月に従順な特殊工作員ではなくなった。

「表向きは地球上で入手した各種情報を月へ流しつつ、地上ではカモフラージュも兼ねて"現地住民"の世話係を務めていました」

作戦期間を終えた後もレンカは帰還命令に従うこと無く地球に残り、上層部へ貢献する姿勢を見せつつヨルハたちと共に暮らし始めた。

当然、"ターゲット"の所在や生死については伏せたうえで、だ。

「……そのうちの一人は残念ながら守れなかったのですが、もう一人は今も生きております」

今から15年前、業を煮やした上層部から差し向けられた刺客の奇襲に遭い、エリンを守り切れなかった悔しい出来事を振り返るレンカ。

しかし、エリン博士が身を呈して守り抜いたもう一人は今もこの星にいる。

「彼女の名はヨルハ・リュヌイヴェール――またの名をフユヅキ・ヨルハ。アキヅキ家のクーデターによって故郷を追われた、月の王族の生き残りです」

レンカがもう一人――ヨルハの名前を挙げた時、メディア関係者たちが再びざわつき始める。

確かに、ミステリアスな資産家として知られるヨルハの出自には色々と憶測があった。

だが、"地球外出身"という斜め上の答えなど誰も予想していなかったのだ。

「かの有名な『カグヤヒメ』と同じく罪人として地球に流されてきたヨルハ様……しかし、彼女はこの戦争を終わらせるべく月へ戻るという決心をなされました」

尊敬するヨルハを東洋の古い物語に登場するお姫様に例え、レンカはこの会見を視聴している全ての人々に向かって語りかける。

自分たちの決意を知ってもらうために。

……そして、"地球人の誇りを持った月の民"として生きていくために。


「ありがとう、レンカ。皆さん……彼女が述べたことは全て事実であり、"戦争終結のためアキヅキ家による独裁体制を打倒する"という志は我々も見習うべきではないでしょうか」

自らの思いを伝え切ったレンカに労いの言葉を掛け、ここから先はレガリアが説明責任を引き継ぐ。

「確保した捕虜の無断解放や情報漏洩、コンピュータシステムに対するクラッキング――彼女のせいで辛酸を嘗めさせられてきたのもまた事実……」

開戦からこれまでにスターライガを悩ませてきた問題の多くにレンカが関わっており、その決定的証拠を掴むのに時間が掛かってしまったことを明かすレガリア。

「ですが、彼女は絶対に解雇しません。我々は――いや、私は"スターライガのレンカ・イナバウアー"を信じています」

レンカが内通者であることは残念ながら明白だ。

しかし、それを知ったうえでレガリアは大切な仲間を切り捨てないと断言する。

「仲間に剣を向ける者は誰であろうと容赦しない……たとえ、それが同じ地球人であったとしても」

様々なカタチでルナサリアンに利していたことはレンカ自身も認めている。

だが、彼女が"スターライガの一員"として戦ってきたことをレガリアは決して否定しなかった。

「最後に……この会見をテレビで見ているスターライガの皆に伝えます。私の判断に不服があれば、いつでも異議を申し立てなさい。退職届の提出も受け付けているわよ」

外野や他の仲間が何を言おうと関係無い。

レガリアはこれまでの経験からレンカが信頼に足ると確信しており、尚且つ"戦争終結と戦後に必要な人材"だと考えていたからだ。

【ヘカートナ】

オリエント神話に登場する冥府の女神。

上位の神だけが名乗ることを許される"トナ"の称号を持つ。

死者の生前の行いを裁き、魂の行き先を決める閻魔のような役目を担っている。


【聖職者】

オリエント圏は宗教信仰が禁止されているため(ゲトラ教のような例外もあるが)、聖職者の主な役割は死者の供養や人々の救済である。

近代までは社会的地位が低く働き口の少ない男性が就くケースが多かったことから、現代においてもオリエント圏では珍しい男性優位の分野となっている。


【サンテマール】

オリエント圏の葬儀で聖職者が読み上げる文章。

日本語に直訳すると「聖文」という意味になり、端的に言えばお経のようなモノである。

内容は全てオリエント古語で書かれており、故人の立場によってパターンが変わることが特徴。


【カグヤヒメ】

竹取物語はオリエント圏にも輸出されており、正式なタイトルは日本語をそのまま音写した「タケトリ-モノガタリ」である。

ただ、一般的にはヒロインの名前に由来する「カグヤヒメ」という通称で語られることが多い。

ルナサリアンとの戦争が始まって以降、電子書籍版の売り上げが急激に増したらしいが……。

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