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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-61】Scabiosa

 ホテル・マルチプレックスを無事に脱出できた一行は現場で警察に事情を説明した後、ホテルから最も近い筆頭貴族の屋敷であるフォルティシモ邸に立ち寄っていた。

なお、レガリアは意識不明の重体に陥ったメイヤの付き添いでヴワル市内の病院へ向かったため、この場にはいない。

状況に変化があったら連絡をするように頼んでいるが……。

「あなた、ソフィ! 無事だったのね……!」

「ええ、スターライガの腕利きたちに助けられたわ」

ヴワル会談の出来事はセンセーショナルに報道されていたためか、一行を出迎えたカティヤ夫人は愛する(リア)と娘の顔を見るなり安堵の表情を浮かべる。

「パパ! ソフィ姉さま! お帰りなさい!」

カティヤの後ろからは10歳ぐらいの少女が付いてきており、彼女は大好きな姉に抱きつくと笑顔を見せる。

この少女の名前はロッテ。

フォルティシモ4姉妹の末っ子で長女ソフィ(23歳)とは13も歳が離れている。

「ただいま、ママとフェナお姉ちゃんたちの言うことをちゃんと聞いてた?」

「うん!」

腰を屈めたソフィから"良い子にしていたか"と尋ねられると、ロッテは子どもらしい元気な返事で答える。

「あらあら、可愛らしい妹さんね」

「あ! ルナサリアンの人……!」

しかし、彼女はオリヒメの声と姿に気付くや否や、伸ばされた右手から逃げるようにソフィの背中へ隠れてしまうのだった。


 フォルティシモ家当主リアの判断で屋敷内へ招かれた一行はダイニングルームに通され、そこで軽食を取りながら今日の出来事について議論を交わす。

「――とにかく、今日は互いに災難だったな。参加者が全滅せずに済んだのは奇跡的と言える」

ユキヒメが指摘している通り、多数の死傷者を出しながらも全滅を免れたのはまさに奇跡であった。

それを成し遂げたのはスターライガメンバーの勇気ある行動のお陰と言っても過言では無い。

……もちろん、アキヅキ姉妹も状況打開のために相当体を張っていたが。

「あの……お飲み物とお菓子です。お口に合うかは分かりませんが」

珍しく会話で盛り上がっている彼女に対し、一人の少女がティーカップとクッキーが乗せられた小皿を差し出す。

「うむ、ありがとう。君は……フォルティシモ家のご令嬢か?」

「リーン・フォルティシモです。御用があればまたお声掛けください」

少女――フォルティシモ4姉妹の三女リーンはユキヒメに向かって一礼すると、早歩きでその場から立ち去って行く。

「ごめんなさいね、誰に似たのか知らないけどあれは気が強くて」

今年18歳になったばかりの娘の後ろ姿を見ながらタメ息を()き、本人に代わって失礼な振る舞いを詫びるリア。

「フッ、敵の親玉が家に来たら緊張するのは仕方あるまい。いやはや、あの娘は良い目をしている……将来は戦士になるかもしれんな」

他方、ユキヒメはリーンが取った態度について擁護するだけでなく、自身を見ていた時の少女の眼差しを高く評価していた。

初対面の相手とはいえ、彼女は"戦士としての本能"でリーンの気性を見抜いたのだろう。

「我が一族出身の戦士はソフィだけで十分です。平和な世界になれば軍隊など必要無いのですから」

勝気な三女をそう評価されたリアは首を横に振り、自分が望んでいるのは"戦士を必要としない世界"なのだと答える。

「平和か……残念だけど、あなたたち地球人と和平を結ぶ気は失せたわ」

そして、その話を聞いたオリヒメは思い出したかのように重大な決断を告げるのであった。


 ダイニングルームにいる人々の視線が月の専制君主に注がれる。

「あなたたちと共に行動するのは大歓迎よ。でもね、今日の一件で地球人の大半が私たちを敵視していることも改めて痛感させられたの」

オリヒメは"地球人に対する憎悪は無い"と断りを入れたうえで、自分たち月の民を憎む地球人の存在を指摘する。

「私も姉上と同意見だな。自分たちを暗殺しようとした連中と和平? フンッ、どこまで我々をナメる気かと小一時間問いたいところだ」

それについてはユキヒメも全面的に同意しており、卑怯にも暗殺を謀るような異星人との共存などできないとふんぞり返る。

「……誤解を招かぬように言い直すが、貴様たちのことはとても気に入っている。ただ……我々は"友達"にはなれんということだ」

もっとも、その直後に彼女は姿勢を正しながら紅茶を飲み、貴様たち――スターライガの面々は嫌っていないと訂正する。

実力と武士道精神を併せ持つ者に心を許すところは何ともユキヒメらしい。

「確かに、"友達"は気安いかもしれないが……少なくとも俺はルナサリアンともう少し仲良くしたいと思っている」

「私だって地球人全てを憎んでいるわけではない。しかし、スウィングラーのように月の滅亡を望む輩がいる限りは――」

それに対してライガは"もっと歩み寄りを図りたい"と語るが、ユキヒメは悩ましい顔をしながらスウィングラーという悪例を挙げる。

今思えばスウィングラーはとんでもないことをしでかしてくれたものだ。

「話の途中で悪いが、レガリアからの電話だ。少し席を外させてもらう」

その時、ライガのスマートフォンがバイブレーションで着信を知らせる。

画面にはレガリアの名前と電話番号が表示されていた。

「(……)」

親友が電話を掛けてきた時点で彼は覚悟していたのかもしれない……。


 国立オリエント学園大学附属病院――。

ヴワル都市圏を広くカバーする国内最大級の総合病院であり、これまでに数多くの難病患者や重傷者を救ってきた実績を持つ。

だが、それほどの病院を以ってしても既に心肺停止状態となっていたメイヤを救うことは叶わなかった。

彼女の亡骸は医師による検案を終えた後、レガリアに付き添われながら病院地下の霊安室へと移される。

「この方のご家族への連絡ですか?」

「いえ、彼女は天涯孤独の身ですので……各種手続きは私が行います」

スマートフォンを一生懸命操作しているところを看護師にそう尋ねられ、首を横に振りながら故人(メイヤ)が天涯孤独であることを伝えるレガリア。

「……分かりました。遺体搬送の準備が完了したらまたお呼びしますので、それまでは故人の方に付き添ってあげてください」

事情を察した看護師は少々申し訳なさそうに一礼し、霊安室のドアをそっと閉じる。

「ありがとうございます」

必要最低限のお礼を述べると、部屋に一人残ったレガリアは備え付けの椅子をベッドの前に動かしてから腰を下ろす。

「……」

遺体の顔に掛けられている白い布をめくってみる。

メイヤの表情は少し青ざめているが、それを除けば生前とあまり変わらない。

しかし、すっかり冷たくなってしまった身体が否応無しに現実を突き付けていた。

「喪主を務めるのはこれで5回目かしらね。両親と父方の祖母、父の代から仕えていた使用人……そして、貴女まで見送ることになってしまった」

白い布を丁寧に掛け直し、二度と物言わぬ従者に向けてレガリアは"葬式の実戦経験"を語り始めるのだった。


 ヴワル会談が行われた日の夜――。

病院を出発したドクターヘリがシャルラハロート邸敷地内のヘリポートに着陸し、機内からメイヤと付添人のレガリアを降ろす。

本来は自動車で運ぶべきであるが、市内の交通規制の都合でヘリコプターによる空輸となった。

訃報はライガ経由で関係者全員に連絡されており、葬儀開始まで遺体が置かれるメイヤの自室には既に大勢のメンバーが集まっている。

「メイヤ……今朝『姉さんをよろしく』って頼んだのに……こんなカタチで帰ってくるなんて……」

姉の代わりに屋敷で留守番をしていたブランデルは動揺を隠せず、メイド秘書の変わり果てた姿に耐えかねて部屋から出て行ってしまう。

彼女は廊下の壁際に座り込み、ミノリカやコマージに慰められながら人目も(はばか)らず泣いていた。

「うぅ……ぐすっ……メイヤさん……!」

「……」

泣きたいのは屋敷で働いている使用人たちも同じだ。

メイヤはシャルラハロート邸の全使用人を統括する"メイド長"を務めていたため、頼れる上司の死に慟哭(どうこく)している使用人も決して少なくない。

「……すまない。スターライガメンバーが何人もいたのに、彼女を守れなくて……」

自身も初めてメイヤの遺体を確認した後、廊下で待っていた仲間たちに対し謝罪するライガ。

彼だけでなくレガリアやレンカ、それにルナールやオータムリンク姉妹など白兵戦をまあまあこなせる面子が揃っていたにもかかわらず、かけがえの無い最古参メンバーを(うしな)ってしまった。

「お前は悪くねえよ。もちろん、他の連中もな」

「事情は少しだけ聞いている。とにかく……今はメイヤさんの冥福を祈ろう。それが死者に対するせめてもの手向けだ」

その言葉を聞かされたルミアとサニーズは親友の肩に手を置き、"誰も責めることはできない"と精一杯フォローするのであった。


 ある者は夜を徹して葬儀の準備を行い、またある者は明日に備えて睡眠を取る。

喪主を務めるレガリアは準備を使用人たちに任せると、自らは一晩中メイヤに付き添うことを選んだ。

「今夜はここで過ごすのか?」

「ええ……このご時世だし葬儀は手短に済ませるつもりだけど、今日はもう遅いから」

微力ながら準備を手伝ってきたシズハはメイヤの自室を訪れ、そこで故人の傍に座り込んでいるレガリアと言葉を交わす。

葬儀は8月30日の午後11時に開始予定となっている。

日没後に式を執り行うのは「死者の魂は星の海(=宇宙)に還る」というオリエント圏の死生観があるからだ。

「ほら、ホットミルクをやるよ。本当はミノリカにあげるつもりだったんだが、この状況でのんきに寝てやがった」

昼間の疲れからかさっさと寝てしまった妹について愚痴りつつ、元々は彼女のために作ってきたホットミルクを片方分けてくれるシズハ。

「フフッ……彼女らしくていいじゃない」

「明日は昼過ぎまで雨予報だとさ。夜までに晴れてくれるといいんだがな」

メープルシロップ入りホットミルクで心と体を温めつつ、レガリアとシズハは明日の懸念事項について語り合う。

法律や国内情勢を考慮すると葬儀は早めに行いたいところだが、死生観を重視するならば「星がよく見える夜」という条件もできれば満たしたい。

8月30日の天気予報は雨のち晴れ――雨が上がらない場合は簡単な告別式に変更し、日を改めてから火葬する必要がある。

「……そんな悲しい顔をしていたらメイヤさんが心配するぞ。何か手伝えることがあったら相談してくれ」

「ありがとう、シズ……」

空になったマグカップを手に部屋を出て行くシズハを見送ると、レガリアはブランケットに(くる)まりながら寝息を立て始めるのだった。

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