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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-60】冥夜への誘い

 2階のバルコニーならば比較的安全に外へ脱出できる――。

レガリアの突飛な提案を受け入れた一行は黒煙に包まれつつある非常階段を降り、目的の2階へと進入する。

だが、この時点で2階の大部分は既に火の手が回ってしまっていた。

「おいおい、この火の海を突っ切るのかよ!?」

バルコニーへ向かう唯一のルートが燃え盛っている惨状を目の当たりにし、さすがのライガも悪態を()いてしまう。

「ここで躊躇っていたら焼き殺される! 何も考えずに走るしかないわ!」

「レガリアさんの言う通りです! 軽い火傷なら後で治療できるので、今は全力で走ってください!」

逆にレガリアとレンカは思い切って突き進む覚悟を決めており、他の面々に対しても"死ぬ気で走れ"と促す。

「ねえ、消火器を見つけたわ! これで火を弱めながら進めないかしら?」

その時、両脇に赤い物体を抱えたオリヒメが消火器の発見を報告する。

彼女は妹のユキヒメと共に消火用具入れを力尽くで抉じ開け、中に備え付けられている消火器をいつの間にか取り出していたらしい。

「オリヒメ様……!」

消火器を渡されたレンカは"本来仕えるべき指導者"に笑顔で応えると、慣れた手つきで安全栓を引き抜いて先陣に躍り出る。

「私と誰かで消火器を噴射しつつ進みます! 皆さんは熱気を直接吸い込まないようにしつつ、とにかく前へ!」

それと同時に消火剤の噴射を開始し、道を切り拓くべく真っ赤な炎へと立ち向かうのであった。


「(火の手が回ってきている……この状況では簡単には生き残れまい)」

一方その頃、密かに会場を抜け出していたスウィングラーはスーツ姿の男たちを引き連れ、ホテル・マルチプレックスからの脱出を図ろうとしていた。

彼が計画している脱出ルートは奇しくもスターライガの面々と同じ「2階バルコニーから地上へ降りる」だった。

「それは私が提供した試作型男性バイオロイドのおかげだということ……忘れていないでしょうね?」

しかし、スウィングラーたちの前に白衣を纏った一人の女が表れた瞬間、その計画は大きく狂わされてしまう。

「き、貴様は……なぜここにいる!?」

「オリエント連邦は私の祖国――別におかしな話じゃないわ」

狼狽を隠せないスウィングラーからの問い掛けに対し、一人の女――ライラック・ラヴェンツァリは壁にもたれ掛かりながら流暢な英語で答える。

確かに、彼女がオリエント連邦出身であることは事実だが……。

「目的は二つ。まずはバイオロイドの能力の視察。そして、あんたに"利子"が高く付くことを教えに来たのよ」

待ちくたびれたといった感じで背筋を伸ばす仕草を見せつつ、焼け落ちつつある火災現場に危険を冒してまでやって来た目的を述べるライラック。

「何? それはどういうことだ?」

「私が望むのは混迷する世界。その礎の一片として青二才の命を捧げてもらう」

少々回りくどい表現さえ理解できない大統領代行の脳ミソを憐れに思ったのか、ライラックはより直接的な言葉でスウィングラーの死を望んでいることを告げる。

「寝言を言いやがって! 誰が貴様のようなマッドサイエンティストに命などくれてやるかッ!」

当然ながら易々と自分の命を差し出せるはずが無く、彼女の言動を裏切り行為と見做したスウィングラーは(しつけ)がなっていない犬のように吠え立てる。

「フフッ、彼女たちに追い詰められてもまだ強がるのかしら?」

「クソッ! あの女に引き止められていたばかりに!」

これ以上話す舌など持たんと言わんばかりにライラックが引き揚げた時、スウィングラーの後方には彼女たち――スターライガの面々が追い付いていた。


 火の海を強行突破してきた一行はスウィングラーとライラックの会話を途中から聞いており、それで一連の出来事の真相を知ることになった。

「もう追い付いてきただと……ば、バケモノどもめ……!」

「私たちがバケモノならば、あなたはさしずめ"悪魔"と言ったところかしら」

絶体絶命の危機的状況を突破した一行の姿を目の当たりにし、彼女たちのことをバケモノ呼ばわりするスウィングラー。

一方、危うく(なぶ)り殺しにされるところだったオフィーリアは、全ての元凶である大統領代行を「悪魔に魂を売った男」だと糾弾する。

「話は聞かせてもらいましたわ。デリック・スウィングラー――棚ぼたの権力に(すが)り付こうとするあまり、今回のような暴挙を犯した臆病で矮小な男よ」

普段温厚なレガリアも今回ばかりは相当怒っており、スウィングラーの神経を逆撫でするように厳しい言葉を突き付ける。

「所詮はまぐれで成り上がった男。やること為すこと全てが小さくて惨めだわ」

「卑怯な策で我々を排除しようとした代償……貴様の穢れた命で支払ってもらうぞ」

続けざまにオリヒメとユキヒメも戦争終結の芽を摘み取った男を非難し、「惨め」だの「死んで償え」だのと一思いに叩き始める。

「……ここにいる連中はマジギレしているが、俺は同じ男として情けを掛けてやる」

女性陣がこれでもか言うほど怒りをぶちまける中、数少ない男性であるライガは同情からか救いの手を差し伸べる。

「自首をして罪を認めろ。それで過ちが清算されるとは思えんが……まあ、罪を抱えたまま地獄に落ちるよりはいいだろ?」

たとえ犯した罪が消えないとしても、せめてもの償いとして自分の行いを悔いてほしい――。

彼はスウィングラーが少しでも良心の呵責(かしゃく)を感じてくれることに期待していたが……。


「ククク……アッハッハッハッ!」

だが、大統領代行から返ってきたのは謝罪の言葉ではなく、壊れた人形のような狂気に満ちた笑い声であった。

「い、今のどこに笑う要素が……?」

「地球人の敵であるルナサリアンと行動を共にしているお前たちが何を言う!? 罪の重さでは俺と何ら変わらんわ!」

その姿にソフィが戦慄しドン引きしているにもかかわらず、スウィングラーは自分のことを棚に上げてスターライガの面々を非難する。

7月の直接会談――スターライガとルナサリアンの接触が公になって以降、世間のスターライガに対する目が若干厳しくなったことは否めない。

ましてや、不可抗力とはいえアキヅキ姉妹を守るように行動しているならば尚更だ。

「己が権力欲の為だけにこのような惨事を引き起こした罪――私にはそちらの方が重く見えるのだけれど」

「そのサブマシンガンで俺を殺すのか? アメリカ合衆国大統領であるこのデリック・スウィングラーを!」

天井がバチバチという音を立てながら焼け落ちる中、レガリアは先ほど入手したマイクロUZI(ウージー)の銃口でスウィングラーを睨みつける。

「あなたは『大統領代行』でしょう? そこを間違えるべきではないわよ……小僧!」

彼女はスウィングラーという男を知った時から嫌悪感を抱いていた。

様々な要因が複雑に折り重なった結果、幸運にも引き金を引くタイミングが訪れただけだ。

「クソッ、あのババア本当に撃ちやがった! 俺の命を狙うヤツは全員射殺しろ!」

すぐそばに立っていたエージェントが庇ってくれたことで奇跡的に難を逃れ、悪態を吐きながら脅威の排除を命じるスウィングラー。

「逃がさない!」

彼を確実に撃ち殺すべく駆け出そうとするレガリアだったが、この時の彼女は少し冷静さを欠いていた。

感情に任せた行動が取り返しのつかない悲劇を招いてしまうとも知らずに……。


「……」

エージェント――試作型男性バイオロイドたちの情報処理能力は"ナチュラルボーン"な人間よりも優れており、命令を受けた0.1秒後にはアタッシュケース型サブマシンガンの銃口を目標(レガリア)に向けていた。

「お嬢様! 危ないッ!」

次の瞬間、スーツ姿の男たちによる一斉射撃がレガリアに襲いかかる。

しかし、実際に大量の銃弾を食らったのは咄嗟に身を呈したメイヤだった。

「メイヤッ!!」

「援護射撃をッ!」

自分を庇って凶弾に倒れたメイド秘書を抱きかかえるレガリアをカバーするため、レンカは素早い判断で援護射撃の指示を出す。

10名近い銃器所持者による一斉射撃はいくら高性能なバイオロイドといえど避け切れず、全身に鉛弾を浴びた彼らは生命活動を停止する。

人間もバイオロイドも"死"に関しては平等だ。

「お……お怪我はありません……か……?」

そして、致命傷を負っていたメイヤもその運命からは逃れられない。

彼女は自らの死を受け入れ、今にも事切れそうな弱々しい声で仕えるべき主の身を案じる。

「メイヤ……私を庇って……」

「自分を責めないで……ください……それよりも……あの男を……追いかけ……て……」

呆然とした表情で固まっているレガリアを励ますように精一杯の笑みを浮かべ、最期の力を振り絞りスウィングラーを討つことを託すメイヤ。

「メイヤ!? しっかりして! ねえッ!」

レガリアが紅い瞳を潤ませながら叫ぶ中、役目を果たしたメイド秘書は眠るようにそっと(まぶた)を閉じる。

「……スウィングラーの始末は私が引き受けます。2~3人ほど付いてきてくれるとありがたいのだけれど」

悔しそうに唇を噛み締めた後、マイクロUZIをリロードしながらレンカは"元凶"を追い詰めるために人手を求める。

「あの男には個人的に言いたいことが山ほどあるのよ。同行させてもらってもいいかしら?」

「奴の最期を見届ける絶好の機会か……フンッ、面白い」

その要望に快く応じてくれたのは、今日の出来事で一番割を食ったオリヒメとユキヒメであった。


「(ひ、避難はしごはどこだ!? ここまで来て死ぬわけにはいかんのだぞ!)」

一行の相手をエージェントたちに任せたスウィングラーは一人逃亡を図り、平時はビアガーデンとして使われている2階バルコニーから地上へ降りる手段を探し回っていた。

「待ちなさい!」

「き、貴様らァ……エージェントたちを返り討ちにしたのか!?」

だが、避難はしごが見つからず足止めを食らっている間にレンカたちに追いつかれ、いよいよ進退窮まってしまう。

優秀なエージェントたちが容易く排除されたことをスウィングラーは知る由も無かった。

「性能は良かったが、まだまだ改良が必要だな」

「フフッ、私たちを相手にしたのが不運だったわね」

彼と同じくバイオロイドを利用している立場から嫌味を述べるユキヒメとオリヒメ。

「スウィングラー大統領代行、これが最終通告です。あなたが知っていることを然るべき場で素直に話していただければ、我々は銃を下ろします」

それに続いてレンカはサブマシンガンを構え、スウィングラーに対し自首しなければ命の保証は無いことを告げる。

ここで彼を殺害したとしても、生存者の証言を証拠資料とすれば本人死亡のまま告訴ができる。

また、スウィングラーの行動に犯罪性が認められた場合、レンカの"大統領殺し"も何かしらの裏工作で処理される可能性が高い。

「俺は"大統領"だ! そのトリガーを引いて大統領殺しができるならやってみ――!」

オシャレな手すりを背にしているスウィングラーの負け惜しみを銃声が遮る。

「……不意討ちは素人が簡単に狙えるものじゃないのよ」

レンカのマイクロUZIの銃口からは細い白煙が立ち昇っていた。


「ち、調査報告書で見たことがあるぞ……お、お前はエリア51を襲撃したスターライガメンバーか……!」

正確無比な射撃で撃ち抜かれた右手首を押さえ、灼けるような激痛に苦しみながらも自分を撃った女が調査報告書に載っていたことを思い出すスウィングラー。

約4か月前に発生したエリア51襲撃事件についてはアメリカ政府内で大きな問題となり、内通者の摘発と同時にタカ派主導での独自調査が進められていたのだ。

「……」

その指摘についてレンカは何も語らず、饒舌(じょうぜつ)な男を威嚇するようにサブマシンガンの銃口で睨み続ける。

「まさか、アキヅキ姉妹の下僕だったとはな……クックック、これは面白いモノが見れた」

ルナサリアンの指導者姉妹を守るように銃を構えている女性エージェント――。

それを見たスウィングラーはついにレンカの正体を悟り、マスコミが食い付く特ダネになりそうだと笑い出す。

「……他に言い残したことは?」

「バカ野郎、俺を殺せるものなら殺してみやがれ……!」

ここまで言われたらさすがにレンカも反応を示すが、往生際が悪いスウィングラーは中指を立てながら手すりを乗り越えようとする。

殺されるぐらいなら自分で飛び降りてやるということだろう。

しかし、彼が背中を向ける瞬間をレンカとアキヅキ姉妹は見逃さなかった。


 オリエンティアの曇り空にマイクロUZIの銃声が響き渡る――。

「うぐッ……さ、先に地獄で……うわぁぁぁぁぁぁぁ……」

背中を蜂の巣にされたスウィングラーは最期の力で後ろを振り向き、怨嗟(えんさ)の断末魔を上げながら転落していく。

直後に地上から聞こえたのは……人間の骨が砕けるような音。

「(権力欲と覇権主義に憑りつかれた男の末路か……)」

アスファルトに叩き付けられた男の姿をバルコニーから見下ろし、サブマシンガンの安全装置をロックするレンカ。

「オリヒメ様、ユキヒメ様、他の人たちと合流して速やかに脱出しましょう」

「お前……信じたくは無かったが、本当にルナサリアンだったんだな……」

彼女は一斉射撃に協力してくれたアキヅキ姉妹に礼を述べるつもりで振り返ったが、その後方にはいつの間にかライガを始めとする面々が全員揃っていた。

【ナチュラルボーン】

本来は英語で「生まれつきの」「生まれながらの」という意味の形容詞だが、バイオロイド関連の話題においては言語を問わず「遺伝子操作を一切行われること無く生まれた人間」を指す。

基準となるのはあくまでも"遺伝子操作の有無"であり、自然妊娠か代理出産かは問われない。

遺伝子工学が人間を生み出せるほどにまで発達したことで作られたレトロニムでもある。

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