【BOG-24】それぞれの思惑
「ねえねえ! 中尉の階級章見せてよ!」
「触らせて!」
「イン○タ○ラムに写真晒してもいい?」
正式な昇進手続きを済ませた帰り道、夕食にありつくためアドミラル・エイトケンの艦内食堂へ立ち寄ったスレイは乗組員たちに囲まれてしまう。
「しょうがないなぁ……ほら、貰ったばかりの階級章!」
そう言いながら彼女はドヤ顔で中尉の証――7つの雪の結晶が描かれた階級章を見せびらかす。
ところが、乗組員たちの反応は思ったよりも薄い。
「……よくよく考えたらさ、空軍中尉なんてたくさんいるよね?」
「セシル中佐にくっ付いてるだけでドヤ顔されてもねえ」
「だいたい、ネットで調べれば階級章なんてすぐヒットするよ」
冷静になった彼女たちから途端に弄られ始めるスレイ。
「いきなり手の平返しなんて酷くない!? さっきまであんなに目をキラキラさせてたのに!」
頬を膨らませながら彼女は胸ポケットへ階級章を隠してしまう。
……それはともかく、ゲイル隊(とブフェーラ隊)の華々しい活躍は末端の乗組員たちまで知れ渡っていたのだ。
一方、ここはアドミラル・エイトケンのMF格納庫。
報告書を提出したセシルは格納庫を訪れ、過密スケジュールの中で機体を仕上げてくれたミキたちメカニックを労う。
「いつもなら他人の階級は興味無いんだが、あんたは別格だよ。昇進おめでとう」
「礼を言うのはこっちだ。良いメカニックのおかげで安心して機体を扱えるからな」
信頼の証としてミキとセシルはグータッチを交わし、互いの働きぶりを称え合った。
他のオーディール系列機運用部隊と比べてもゲイル隊の機体はコンディションが良く、高い稼働率と信頼性を誇っている。
それはメカニックたちの高度な整備技術によって実現しており、彼女らのモチベーション向上のためにはドライバーとの信頼関係が重要なのだ。
メカニックに愛されるドライバーは長生きできる――。
オリエント国防軍総司令官レティ・シルバーストンが現役時代に残した格言である。
「……ところで、ミキ。あいつは私の機体に何を貼っているんだ?」
その時、自身の搭乗機で作業するメカニックを見つけたセシルが首をかしげる。
答えはそれに気付いたメカニックが自ら答えてくれた。
「中佐の機体にパーソナルマークを付けているんです」
ニッコリと笑う彼女をセシルは責めなかったが、貼っているデカールの内容が妙に気になる。
「そのパーソナルマーク、ウチの家紋じゃないのか?」
交差する2本のサーベルと銀の車輪が描かれた紋章――。
間違えるはずが無い。
メカニックが貼っているのはデカールにされたアリアンロッド家の家紋だった。
ウィ○ペ○ィアに記事が存在するほど有名な一族なので家紋は調べればすぐ出てくるだろうが、まさか自分の機体に貼り付けられてしまうとは。
これではまるで第1次世界大戦の戦闘機みたいじゃないか。
「だって、カッコいいじゃないですか。大昔のエースパイロットみたいで我ながら妙案だと思ってます」
家紋のデザインを褒めてくれるのは素直に嬉しいものの、同時に少し照れ臭くもある。
「時代錯誤な気もするがな……」
「まあ、そう言うなよ『現代のリヒトホーフェン』。私は一目で気に入ったぞ」
恥ずかしそうに頭を掻くセシルの肩を笑いながら叩くミキ。
とはいえ、気に入ったこと自体は本当である。
ミキの一族であるライコネン家は政治家や学者が多く、家紋を掲げて活動する機会は多くないからだ。
「……貼ってしまったモノは仕方あるまい。だが、ほどほどにしておけよ」
そう言うとセシルはミキの手を振り払い、肩をすくめながら格納庫から立ち去るのだった。
その頃、自室へ戻っていたアヤネルは空軍士官に支給されるラップトップパソコンでニュースサイトを調べていた。
元々は機体のフライトレコーダーから抽出した各種データの分析に用いるのだが、フィルタリングが厳しいもののインターネットでウェブサイトを見ることもできる。
オリエント国防海軍第8艦隊がポーツマスを出港した後、ヨーロッパ方面では色んなことがあったのだ。
「(スウェーデンでの首脳会談、結構波乱の展開だったらしいな)」
ブラックコーヒーを飲みつつアヤネルは気になった記事を読み始める。
約2週間前の話である。
可能な限り穏便な戦争終結を模索するため、バチカン市国やサンマリノ共和国の提案により地球人とルナサリアンの対話が企画され、スウェーデン中部の都市エレブルーで史上初の首脳会談が行われた。
だが、貴重な対話のチャンスは呆気無く潰えてしまう。
所属不明のMF部隊による奇襲攻撃で穏健派の要人が多数喪われたうえ、セキュリティの甘さがルナサリアンの指導者アキヅキ・オリヒメを激怒させたのだ。
結局、「エレブルー首脳会談」は成果どころか取り返しのつかない損失を招くことになり、地球側の厭戦気分は一掃。
各国は「報復」という大義名分の下で徹底抗戦の意志を強調し、ルナサリアン側も「野蛮人などに話す舌は無い」と口撃。
今、ヨーロッパに限らず世界中のあらゆる戦線が泥沼化の様相を呈しつつあった。
「(所属不明のMF部隊、か。隊長の言う通り、一段とキナ臭さが増してきたな)」
椅子から立ち上がるとすぐにベッドへ横たわり、全身を伸ばしながら思索に耽るアヤネル。
――今日戦ったルナサリアンのドライバーやパイロット。
彼女たちと平和な蒼空を飛ぶことができたら、どんなに幸せなのだろうか?
その可能性は地球側の失態で永遠に失われたのかもしれない。
ドイツの南西部にホッケンハイムという都市がある。
F1ドイツグランプリを開催するホッケンハイムリンクというサーキットが有名だが、今はルナサリアンの占領下に置かれており、街中を闊歩するのはウサ耳を生やした女性軍人ばかりだ。
激戦地から無事に戻って来た彼女たちの楽しみはドイツ名物のヴルスト(ソーセージ)とザワークラウト、ビールに舌鼓を打つことである。
ところが、占領軍の間で人気の店の扉には「貸し切り」という看板が掛けられていた。
「見ろ!」
この店を貸し切っていたのは、ホッケンハイムへ視察に訪れていたユキヒメと彼女の付き人たちである。
フランスやウクライナの前線基地から送信された地球側の新聞のコピーを壁に貼り付け、しっかりと目を通すよう促す。
「内容を翻訳した兵士曰く、『ルナサリアンの超兵器を沈めた勇者たち』といった文章らしいな」
それを聞いた付き人がユキヒメへ質問を投げ掛ける。
「ルナサリアン? 野蛮人の暗号か何かでしょうか?」
「いや、彼らの間で『月の人間』を意味する言葉らしい」
新聞記事の内容はルナサリアンの超兵器――ナキサワメを撃沈したMF部隊を讃えるものであった。
「しかし……敵ながらこれは称賛に値する。彼女らは真っ向勝負で我が軍のナキサワメに挑み、見事勝利を収めたのだからな」
そう語るユキヒメはとても生き生きとしている。
だが、次に取り出した写真を貼る時は険しい表情へと一変していた。
「地球人が卑怯者ばかりでないことは分かった。だが、姑息な破壊活動で我々に歯向かう愚か者がいるのも事実だ」
写真にはあり合わせの装備で抵抗するドイツ陸軍兵士の姿や、占領後を見越して設置されたと思われるブービートラップが写っている。
「現在、各地の戦線が泥沼化しているのは皆知っているはずだろう。しかし、我々は思い知らせねばならんのだ!」
壁に貼られた写真をバンッと叩くユキヒメ。
「誇り高き月の民が姑息な野蛮人に敗北することなど、決してあり得ないと! 卑怯な真似をすれば必ずツケが回ってくると! そして、我々は仲間を傷付けられたら絶対に復讐を誓い、地獄の果てまで追い詰め死を以って償わせるとな!」
即席の演説を聴いた付き人たちは拍手喝采を以って上官に応える。
「……店主よ、貴様もそう思うだろう?」
その様子を見ていた店主に対しユキヒメは笑顔を向ける。
一見すると時折部下たちへ見せる表情のようだが、彼女の目は全く笑うことなく店主を睨んでいた。
「な、何のことでしょうかね……?」
視線を逸らしながら答える店主の男。
生粋のドイツ人である彼はルナサリアンの言葉を理解できないが、これだけは分かる。
――彼女たちが自分に向けているのは「怒り」だと。
「フンッ……しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
ゆっくりと立ち上がったユキヒメは店主の前に近付き、突然カウンター席のテーブルへ両手を叩き付ける。
よく見ると、後ろにいる付き人たちが拳銃を構えているのも確認できた。
「レジスタンスだか何だか知らんが、貴様たちが街中に仕掛けた罠のせいで作業が進まんのだ! それに、我々に恭順の意を示した利口な市民たちの生活にも支障が生じている! 恥を知れッ!」
理解できない言語で捲し立ててくるルナサリアンの女に対し、店主の男もドイツ語で反論を開始する。
「先に戦争を仕掛けてきたのはお前たちだろうがッ! とっとと月に帰りやがれ、ウサギ女め!」
「裏は取っているぞ、ヘルベルト・ヴァルヒ。貴様……この一帯で活動するレジスタンスの指導者らしいな」
「!? なぜ俺の名前を知っている……!」
未知の言葉の中で聞き取れた自分の名前に動揺するヴァルヒ。
「貴様の同志を何人か捕らえ、白状させたのさ。敵ながら人望の薄さには同情するよ」
そう、この店を貸し切った目的はレジスタンスを率いるヴァルヒを逮捕し、ホッケンハイム周辺の抵抗勢力を弱体化させることだったのだ。
ホッケンハイム以外にもルナサリアンは占領下に置いた各都市で抵抗勢力狩りを行い、支配体制の確立を図っている。
「素人集団だからあまり期待はしてなかったが……どんな色仕掛けを使った? お前たちのような女がヤることなど――」
次の瞬間、店主の言葉を遮るようにユキヒメは短刀を突き付ける。
その刃先は首の皮を切り裂きそうなほど近かった。
「野蛮人などに話す舌は無い……セッカ、セイガイハ! この男を拘束しろ!」
「「了解!」」
短刀を鞘に収めながら2人の付き人へ指示を出すと、ユキヒメは壁に飾られていた一つの写真をじっと見つめる。
「(ヘルベルト・ヴァルヒの家族か……? 両親の顔など……とうの昔に忘れてしまった)」
付き人たちは誰も気付かなかったが、両親のことを思い出そうとする彼女の表情は憂いに満ちていた。
北アメリカ大陸にある世界最大の淡水湖「スペリオル湖」。
この湖には1隻の全領域航空戦艦がカモフラージュされた状態で停泊していた。
――正体はスターライガの母艦、スカーレット・ワルキューレである。
「なるほど……どうやら、我々が思っている以上にあの娘たちはデキるみたいね」
軍艦とは正反対のオシャレな雰囲気を醸し出す艦内食堂。
ワルキューレ自慢の場所でレガリアはホットティーを味わいつつ、オリエント連邦の新聞のコピーを読んでいた。
当然、記事の内容は超兵器潜水艦を沈めた勇者たちの話だ。
「どれどれ、見せてみろ」
そこへホットチョコレートが入ったカップを持ったライガが現れ、レガリアの手元にある新聞記事を覗き込む。
彼の特徴であるサーバルキャットのような獣耳がぴょこぴょこと動いているあたり、やはり記事内容に興味があるらしい。
「少し前にお前が言っていたエースドライバーの部隊か。たった6機で超兵器を仕留めるとは、良い腕と指揮能力を持っているな」
ホットチョコレートを飲みながら感心したように頷くライガ。
「ええ、隊員たちも優秀な人材だと思うけど……やはり、『隊長』の卓越した能力が彼女らを支えているのね」
ここでレガリアが指している「隊長」とはセシル・アリアンロッドのことである。
彼女やライガと比べたら非常に若い――親子以上の世代差があるセシルだが、その実力は既に20代だった頃のレガリアたちを凌駕しているといえる。
「若い世代が着実に育っているようで何よりだ。彼女たちが最前線で頑張るのを見ていると、老いぼれの俺らも負けていられないな」
「フフッ、それだけの意気込めるのなら大丈夫よ。それに、あなたのお母様からすれば私たちの世代も若者でしょう?」
若いドライバーたちへの対抗心を覗かせる戦友を微笑みながら見守るレガリア。
ライガのお母様――レティ・シルバーストンは120歳を超えているが、オリエント人なので一人息子を産んだ頃と変わらない容姿のまま国防軍総司令官の執務に励んでいるという。
オリエント連邦の基準でも年寄り扱いの彼女が元気に働いている以上、今年100歳を迎えたライガやレガリアが頑張れるのは当然なのかもしれない。
「……親からすれば、何歳になっても子どもは子どもか」
目を瞑りながらそう呟くライガ。
思い出すのは1世紀ほど前、今よりもずっと大きく見えていた母親の後ろ姿だった。
「これが噂のMF小隊か」
「スターライガならいざ知らず、正規軍の一部隊如きがここまで戦局に影響するとはな」
会議室に置かれた円卓を囲むのは数人の中年男性たち。
彼らの手元にはカナダのとある新聞の一面記事のコピーが握られている。
記事の見出しは「鉄の雨の脅威は去った! 北の国からやって来た勇者たちの偉業」。
ナキサワメ撃沈のニュースは各国の大手新聞社のみならず、カナダやアメリカの地方新聞でさえ大々的に報じていた。
「……こやつらに戦争を終わらせてはならぬ」
一人の男が記事のコピーを握り潰し、怒りの炎を静かに燃やす。
「そうだ、戦後の主導権を握るのはオリエント連邦ではない」
「我々アメリカ合衆国が世界の指導者となるのだ」
他の男たちもそれに同調する。
どうやら、彼らはオリエント連邦の台頭を良しとしない勢力らしい。
「諸君、静粛に」
その時、リーダー格と思わしき男がメンバーたちに対し静かにするよう促す。
「偉大なる協力者と通信が繋がった。粗相の無いように気を付けろ」
彼が手に持っていたリモコンを操作すると、円卓中央のHIS表示装置に立体映像が映し出された。
『博士』が言っていた通り、ネズミの巣穴みたいな湿っぽい場所で話し合っているのね。
立体映像の中の女がニヤリと笑う。
「それはともかく、今後に向けた話し合いを始めましょう――『地球の裏切り者』さん?」
傲慢不遜な態度を見せる、この女は一体……?




