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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-56】賢人会議

 2132年8月29日――。

世界中が期待と不安を抱きながら待っていた日がついに訪れた。

今年4月以来となる地球・月首脳会談がオリエント連邦・ヴワル市の最高級ホテル「ホテル・マルチプレックス」で開催されるのだ。

「ひえー、さっすがは筆頭貴族と世界中の亡命政府が集まる会談! アリ一匹通れないほどの厳重警戒だねぇ」

ホテルが立地するエアロポリス区内に多数設けられた検問所を全て通過し、正面駐車場の様子を見たメルリンはハンドルを握りながら感嘆の声を上げる。

平時は宿泊客用に使われている正面駐車場だが、今日に限っては施設警備を担当する連邦警察及びヴワル市警察の仮拠点となっていた。

「本当にヴワルのど真ん中だな。ここを会場に選ぶとはオフィーリア首相も大胆じゃないか」

出席者として会場入りするルナールは純白の建物を眺めつつ、普段から礼服として愛用している漆黒の燕尾服の裾を整える。

彼女と同じく後席に座っているルナッサも細部が異なる燕尾服を着用しており、これがオロルクリフ家において「男役」に当たる者の正装であることが分かる。

ちなみに、運転手など裏方仕事に徹するメルリンは動きやすいレディーススーツで今日に臨んでいた。


「姉さん、お父様、私がドアを開けるから待っててね」

ホテルの正面玄関前に車を停め、先に降りてから改めて後席のドアを開けるメルリン。

自分の家柄を鼻に掛けない気さくな性格で知られる彼女だが、洗練された立ち振る舞いはさすが筆頭貴族の令嬢と言うべきだろう。

「行ってらっしゃい。この警備体制だから大丈夫だとは思うけど……気を付けて」

「ああ、分かっている。一昨日は色々あったが……父上は必ずお守りするつもりだ」

不安げな表情を笑顔で誤魔化しながら見送ってくれるメルリンに笑い返し、自分と父のことは心配しないでいいと告げるルナール。

オロルクリフ家代表という大役を担うルナッサは先ほどから沈黙を貫いているが、次女の言葉へ同意するように力強く頷いてくれる。

「それじゃあ私は第2駐車場で待機しているから、また後で会いましょう」

姉と父が正面玄関のボディチェックをクリアしたのを見届けると、メルリンは車を指定場所まで移動させるため再び運転席へと乗り込むのだった。


 オロルクリフ家を皮切りに筆頭貴族の代表者を乗せた車両が続々と会場入りし、そこから降りてきた関係者たちをカメラのフラッシュが襲う。

「ミカ様、本日の会談に求めるモノをお聞かせください!」

「……」

明るくハキハキと"仕事"をこなすリポーターの姿には目もくれず、ライコネン家の当主ミカ・ライコネンは早歩きでホテルに入っていく。

今日の会談は関係者以外立ち入り禁止の非公開となっているため、マスメディアが建物内まで追いかけることは叶わない。

「リア様、貴女が当主を務めるフォルティシモ家は会談に前向きだったとのことですが」

「人類は戦争よりも平和を望まなければいけません。その願いは地球人もルナサリアンも同じだと信じております」

一方、冷静沈着なリポーターからマイクを向けられたフォルティシモ家当主のリア・フォルティシモは、急ぎ気味ながらも丁寧な口調で答えてくれる。

フォルティシモ家は筆頭貴族の中では穏健派に属しており、今日の会談には当初より前向きな姿勢を示していた。

「長女のソフィさんは今回補佐役での参加――あ、待ってください! 何か一言!」

「ごめんなさい、早めに会場入りして準備が必要なので……」

リポーターはリアの補佐役として同行するソフィにも取材を試みたが、彼女は頭を下げながらそれを断るのであった。


「ええっと、次は……見えました! あれはオブライエン家の車両です! 乗車しているのは現当主アヴェルス様と妹のニブルスさんだと思われます!」

カメラのフラッシュが焚かれる中、明朗快活なリポーターは地元ヴワルの筆頭貴族オブライエン家の会場入りを伝える。

公営カジノの運営や公認娼館の元締めなど、あまり良いイメージでは語られない一族だが……。

「お二人とも、一言でいいので本日の会談について意気込みを!」

「チッ……」

それでも勇気を出して取材に臨むリポーターに対し、視線隠し用のサングラスを外しながら彼女のことを威嚇するアヴェルス。

「ひッ……!」

それなりに職務経験を積んできたリポーターもこれには怖気付き、生放送中であるのを忘れて後ずさりしてしまう。

「行くよ、ニブルス」

「姉さん……リポーターの()が怖がってるわよ」

「き、気を取り直して……次はアリアンロッド家当主ペローズ様の到着を待ちたいと思います……」

アヴェルスとニブルスのオブライエン姉妹がホテルへ入っていくのを見届けると、落ち着きを取り戻したリポーターは次に会場入り予定の筆頭貴族について紹介するのだった。


 2~3分後に会場へ到着したのは、筆頭貴族の中でも"右寄り"として知られる一族だ。

「ペローズ様、軍人の家系であるアリアンロッド家の代表として、今回の会談についてどう思われますか?」

「軍人だから戦争が好きなわけではない。平和的解決が望めるのならばそれがベストだ」

冷静なリポーターにコメントを求められたアリアンロッド家当主のペローズ・アリアンロッドは、差し出されたマイクに向けて淡々と一族の総意を述べる。

「次期当主候補である長女のカリーヌさんはお連れではないのですか?」

「彼女や次女には国防空軍軍人としての責務がある。今日はそれを優先させているまでだ」

次の質問――補佐役に娘のカリーヌやセシルを同伴させていないことについて尋ねられ、当たり障りの無い返答をしながらホテルに入っていくペローズ。

「フェニシア会長、今回の会談の成否がアークバード社の経営戦略に影響するとお考えでしょうか?」

リポーターが続いて取材を行うのは、世界有数の軍需企業であるアークバード社の会長職を務めるフェニシア・アークバードだ。

彼女は15年前に亡くなった父親(女性)の後継者として、会長職とアークバード家当主を受け継いでいる。

「国防軍へ納入する製品の数が変わるかもしれませんが、経営戦略を大きく転換する可能性は低いでしょう」

アークバード社は戦争によって利益を上げられる可能性が高い軍需企業。

その点を遠回しに示唆しながらフェニシアは警備員によるボディチェックを受け、補佐役の社長秘書と共に建物の中へと消える。

「コメントありがとうございました。えー、スタジオのリサリーティ博士は筆頭貴族の方々のコメントを――」

事前調査で判明している会談参加者のリストを確認しつつ、CM入りの時間が近いと判断したリポーターは番組進行をスタジオの方へ戻すのであった。


「事前情報によれば、まだ来ていない筆頭貴族はシルバーストン家だけだと思われますが……」

CM終了と共に映像が再び現場へと変わり、最後に会場入りするのがシルバーストン家であることを報じる冷静沈着なリポーター。

「あ、到着しました! あれがシルバーストン家の専用車両です!」

「今日の会談では補佐役にあのライガ・ダーステイ氏を起用しているとのことです。スタジオのリサリーティ博士はこれを『興味深い抜擢』と指摘しています」

明朗快活リポーターと冷静沈着リポーター、両者が一番の"取材対象"に気付いたのは奇しくも同じタイミングだった。

「レティシア様、遠路はるばるお疲れ様です。これからの会談について何か一言いただけますか?」

まずは明朗快活なリポーターがシルバーストン家当主レティシア・シルバーストンの長旅を労い、狡猾にもそのタイミングで視聴率が取れそうなコメントを求める。

「そうね……我々地球人類には切り札がある」

マイクとカメラを一斉に向けられたレティシアは意味深な言葉を述べ、それと同時に隣を歩くライガを抱き寄せる。

「今日この日を以って戦争終結に目処が立つ可能性は高いわ」

彼女が後継者候補である甥に対する信頼を見せつけた瞬間、カメラのフラッシュが一斉に焚かれ始める。

マスメディアは「史上初の男性当主」になる可能性が高いライガに注目しているのだ。

「ライガさん。最前線でルナサリアンと戦うあなたにとって、今日の会談にはどういった意味がありますか?」

今度は冷静沈着なリポーターが彼にマイクを差し出し、非常にデリケートな質問をぶつける。

「僕は補佐役でしかないので明確なコメントは控えさせてもらうけど、今日が地球と月の双方にとって極めて重要なことは確かだね」

フォーマルスーツに身を包んでいるライガはあくまでも"補佐役"に徹しており、優等生的な回答でメディアの追及を()なしていくのだった。


 前日から会場入りしているシャルラハロート家やオータムリンク家も含め、「賢人会議」への参加義務を持つ筆頭貴族32(はしら)は全てホテル・マルチプレックスに集結した。

日米欧の亡命政府代表も既に到着しており、後はルナサリアン側の参加者――つまりアキヅキ姉妹を待つだけだ。

「え? ああ……確認してみます」

冷静沈着なリポーターはCM中にアシスタントディレクターと話し込み、アキヅキ姉妹の到着予定時間について再度確認し合う。

ルナサリアン側にとっては敵国内での行動になる以上、警戒して到着を遅らせたり最悪すっぽかす可能性も考えられる。

「テレビの前の皆さん、間も無くルナサリアン側の代表であるアキヅキ氏を乗せた車両が到着するとのことです。もうしばらくお待ちください」

テレビカメラの前で頭を下げ、しばらくは有意義な報道ができないことを謝罪する冷静沈着リポーター。

しかし、彼女の心配はすぐに杞憂へと変わる。

「あ、たった今一台の車両が私たちの前に停車しました! 見慣れない車です! あれがルナサリアンの皇族専用車両でしょうか?」

リポーターが駐車場の方を振り向いた次の瞬間、電気自動車特有のモーター音を響かせながら一台のセダン車が正面玄関前へとやって来る。

近未来的でSFチックなデザインのその車は、誰がどう見ても地球製の自動車ではない。

そして何より、車から降りてきた人間たちにはウサ耳が付いていたのだ。


「月の絶対君主に直接話を伺える貴重な機会です! ……と言いたいところですが、取材は少し難しそうです」

明朗快活なリポーターはそれを突撃取材のチャンスだと捉えるが、実際にはアキヅキ姉妹を護る親衛隊員の壁をすり抜けるのは極めて難しい。

「アキヅキさん! 地球の人々に対して何か伝えたいことはありますか?」

それでも彼女は臆すること無く親衛隊員たちの間に腕を潜り込ませ、凛とした表情のオリヒメにコメントを求める。

「今日戦争が終わると我々は認識してよろしいのでしょうか?」

一方の冷静沈着リポーターも負けじとユキヒメにマイクを向け、ルナサリアンにとってもこれが戦争終結のチャンスなのかと尋ねる。

「一言だけでいいんです! お願いします!」

無礼を承知の上での叫びも届かず、険しい顔つきのユキヒメは一言も発すること無くホテル内に入っていく。

「今からホテル内は会談関係者以外立ち入り禁止です! メディア関係者もお引き取りください!」

そして、警察官たちの手で無情にも正面玄関が閉ざされてしまい、これ以上の取材はもはや不可能となってしまう。

次に開放されるのは約1時間後のことであるが、その時には既に取材どころの話ではなくなっていた……。

【男役】

オリエント圏においては「男性的な役割・考え方を持つ女性」を指す。

基本的には男勝りな女性だと捉えればよい。

本作のキャラクターではルナールやルミア、そしてセシルなどが該当する。


【公営カジノ】

オリエント連邦政府が認可しているカジノのこと。

オリエント連邦のカジノは上流階級の社交場が起源とされており、近代までは各地の筆頭貴族が取引場所兼収入源として運営していた。

社会主義時代の連邦政府による管理制度を経て、現在は富裕層及び外国人観光客向けの娯楽施設となっている。

2132年時点で国内には12の公営カジノが存在するが、この全てをオブライエン家が筆頭株主となっている会社が運営している。


【公認娼館】

19世紀中頃、売春の限定的な合法化に伴い国が設置を推し進めた性風俗店のこと。

公認娼館の設置が認められている地区は日本語からの借用で「アカセン」とも呼ばれる。

公認娼館で働く売春婦の大半は旧連邦構成国からの出稼ぎ労働者であり、一概には言い切れないが治安が悪い傾向にある。

公営カジノと同じくかつては国が直接管理運営していたが、現在はオブライエン家の創設した会社が経営を掌握している。


【柱】

オリエント語では物を数える時に助数詞を付けることは無いが、筆頭貴族に限り特別な助数詞が使われる。

この助数詞を正確に翻訳することはできないため、日本語では神様を数える時に用いられる「柱」と意訳される。

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