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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-54】オロルクリフ家

 サイヨウ市――。

オリエント連邦中南部のプリズムリバー高地に位置する、オリエンティアでも特に長い歴史を持つ由緒正しい大都市だ。

オロルクリフ家はかつてサイヨウ一帯を統治していた貴族であり、現在も旧城下町のストラディア区に屋敷を構えている。

「はぇー、大きい……」

「フッ、シャルラハロート家の屋敷には多少負けるがね」

車の窓から見える屋敷に感嘆しているリリーの反応を楽しみつつ、自嘲気味にシャルラハロート邸よりは小さいことを教えるルナール。

彼女はそう言っているが、一般人の感覚からすれば十分すぎるほど巨大な屋敷であることに変わりは無い。

「リリーちゃんはウチに来るのは初めてだっけ?」

「ええ、写真とかでお屋敷を見たことはあります」

運転席でハンドルを握るメルリンがバックミラー越しに視線を合わせながら尋ねると、後席のリリーは「オロルクリフ邸に招かれるなんて思ってもみなかった」といった感じで答える。

ちなみに、3姉妹の三女であるリリカは新型機の最終調整のためスターライガ本部に留まっており、今回の里帰りには同行していない。

「メイドがたくさんいて面食らうかもしれないけど、まあ気楽にしてよ。お父様以外は良い人たちばかりだから」

相も変わらずニコニコしているメルリンの言葉に深い意味は無いのだろう。

「……"お父様"は?」

しかし、後半部分の一言をリリーは聞き逃さなかった。

「気難しい人なのさ、父上は……」

オロルクリフ姉妹の父親――現当主の人柄について、助手席に座るルナールはただ一言「気難しい人」とだけ答えるのであった。


 ストラディアの中心部から離れた高台に建つオロルクリフ邸の正門を抜けると、玄関前のロータリーに数名のメイドが待機している姿が確認できる。

「お帰りなさいませ、お嬢様方」

メルリンの運転する高級セダンが玄関前に停車し、彼女やルナールたちが降りてきたところを一斉にお辞儀で出迎えるメイドたち。

「ご苦労様。少し荷物があるから、それを運ぶのを手伝ってくれる?」

「何人かは客人を案内してくれ。私は父上と話をしてくる」

車のトランクを開けながらメルリンがリーダー格のメイドに指示を出す一方、自分の荷物を取り出したルナールは別のメイドたちに客人――リリーを屋敷内へ案内するよう伝える。

本当は自分自身でやるべきなのだろうが、久々に実家へ帰ってきたルナールは父に色々と釈明しなければならない。

「かしこまりました。ルナッサ様はこの時間は自室におられるかと」

「ああ、半年ぶりの帰省だからな。相当怒られることは覚悟しているよ」

オロルクリフ親子の複雑な関係を知るベテランメイドの後押しを受け、苦笑いしながら屋敷の玄関ドアを開けるルナール。

「悪いねリリー、屋敷の案内はメルリンにしてもらってくれ」

心配そうな表情で見送るリリーに向かって軽くウインクすると、ルナールは約半年ぶりに実家へと足を踏み入れるのだった。


 オロルクリフ邸は建築当初から存在する地上4階に加え、20世紀末に増築された地階を含む計5階層で構成されている。

このうちオロルクリフ一家の生活空間となっているのは3階及び4階であり、現当主ルナッサの自室は4階北側――バルコニーからストラディア市街地を見下ろせる位置に設けられていた。

「お帰りなさいませ、ルナール様」

「君たちも元気そうで何よりだ。疎開はしないでいいのかい?」

廊下ですれ違うメイドたちと挨拶を交わしながら父の部屋を目指すルナール。

さっさと目的地に向かわないのは、やはり父との確執が足取りを重くしているのだろう。

「私たち住み込みメイドはこの屋敷のシェルターに避難します」

「そうか……父上が君たちの安全を考えてくれているようで良かった」

ルナールたち3姉妹は普段はヴワルの方に住んでおり、屋敷に定住しているのはルナッサだけだ。

129歳と高齢な彼女一人では屋敷の維持管理は難しいため、長年オロルクリフ家に仕えていたり遠隔地から就職したメイドの中には、24時間対応を条件に住み込みが認められている者も少なくない。

ルナールが今話し込んでいるメイドも、3姉妹が幼い時からこの屋敷で働いている大ベテランの一人である。

「ルナッサ様に会われるのですか?」

「明後日の会談に向けて話がしたくてね」

その大ベテランメイドから単刀直入に4階へ上がってきた理由を問われ、ルナールは一番の目的を答えながら再び廊下を歩き始める。

屋敷の間取りはちゃんと覚えているつもりだ。

「(ここに立つ時はいつも緊張するな……)」

子どもの頃、事あるごとに呼び出されては説教を受けた日々を思い出す。

よくよく考えると、自らの意思で父の部屋を訪ねるのは久しぶりのことかもしれない。

「父上、私です。入ってもよろしいでしょうか」

ルナールは深呼吸で気持ちを落ち着かせると、ドアを3回ノックしてから入室許可を求めるのであった。


 ルナッサ・オロルクリフ――。

筆頭貴族序列3位であるオロルクリフ家の現当主にして、かつてはオリエント連邦首相を務めたこともある政界の重鎮。

首相退任後も右派の筆頭として政財界に強い影響力を持っていたが、愛妻レイラに先立たれたのを機に第一線からは退いている。

「……入れ」

娘たちの中でも特に手を焼いてきた長女の声を聞き、閲覧中の書類に目を通しつつ入室許可を出すルナッサ。

「失礼します」

「そこに座れ」

畏まった様子で部屋に入ってきたルナールの姿を確認すると、ルナッサは書類を置きながらようやく娘と視線を合わせる。

「この親不孝者が! よくもぬけぬけと顔を出せたものだ!」

半年ぶりに帰省してきた娘へ投げかけたのは、労いの言葉ではなく自由奔放さを詰る罵倒の嵐。

「すみません……」

いい歳のわりに落ち着きが足りないことは自覚しているのか、項垂れながら一言だけ詫びるルナール。

「まあいい……そんなお前がわざわざ家へ帰ってきたのは、明後日の会談についてだな?」

「はい、父上が隠居生活に入って久しいことは存じております」

事務作業用の眼鏡を外したルナッサから帰省理由を尋ねられ、ルナールは顔を上げて質問に答え始める。

母が亡くなった辺りから父が急激に覇気を失い、世間との距離を置き始めたことは彼女もよく知っている。

「しかし、ルナサリアンとの会談はこの国の――いえ、この星の運命を決める分岐点なのです」

だが、この世に在る限りはオロルクリフ家の当主として使命を果たさなければならないのだ。

若干厳しい物言いであることは理解しつつも、ルナールは父に対し「8月29日の会談」の重要性を説く。

「歴史上最も重要なものとなり得る『賢人会議』には代理人ではなく、父上自身が招集に応じるべきかと……」

そして、最後に彼女はこう告げる。

賢人会議にオロルクリフ家代表として出席するのは、次期当主候補の自分よりも現当主の父上であるべきだ――と。


「……分かっている。確かに私は世捨て人のようなものだが、オロルクリフ家の当主まで捨てたわけではない」

ルナッサの答えは初めから決まっていた。

娘の言う通りだ。

いつか彼女に当主の座を譲るその日まで、オロルクリフ家の当主として――父としてのあるべき姿を見せ続けなければならない。

「父上……!」

「連邦首相命令への返答は既に終えている。次の賢人会議には私が代表として出席しよう」

久々に見た"頼もしい父"の姿に目を輝かせるルナールに対し、背中を向けたまま明後日の会談に「筆頭貴族オロルクリフ家代表」として出席することを告げるルナッサ。

じつは数日前にシャルラハロート家やシルバーストン家から催促を受けていたため、どちらにせよ会談の舞台となるヴワル市には赴くつもりだったのだが……。

「ルナール、お前にも補佐役として付いてきてもらうぞ」

「もちろんです」

背中越しに視線を向けながら会談時の補佐役を務めるよう求める父の言葉を受け、力強い返事でそれを快諾するルナール。

「(主目標はこれで達成……と。さて、私にとってはここからが本題だぞ)」

緊張で滴り落ちる冷や汗を拭き取りつつ、彼女が次の話題へ移ろうとした瞬間のことであった。

部屋のドアが遠慮がちにガチャリと開けられ、その隙間から一人の女性が顔を覗かせていたのは……。


「……リリー!?」

「誰だね? この私の部屋にノックもせず入ってくる礼儀知らずは?」

似た者親子ということだろうか。

反応こそ異なるものの、ルナールとルナッサがドアの方を振り向いたタイミングは全く同じであった。

「あ……ごめんなさい、図書室と間違えたみたいです」

緊張感が漂う部屋を見渡しながら、申し訳なさそうにペコリと頭を下げるリリー。

彼女が探している図書室はルナッサの部屋の真下(3階)にあるのだが、どうやら階層を勘違いしてしまったらしい。

「君が詫びることは無い。どの階層も似たような間取りで迷いやすい屋敷だからな」

娘と話していた時は対照的な柔らかい表情を見せると、リリーの粗相を許したうえでフォローを入れるルナッサ。

「お取込み中みたいなので失礼します……!」

「待ちたまえ! この部屋に偶然入ったのも何かの縁だ……話をしようではないか」

オロルクリフ親子が大事な話をしていることを察したリリーはその場から立ち去ろうとするが、ルナッサは不敵な笑みを浮かべながら「話がしたい」と引き留める。

「は、はぁ……」

そこまで言われたら"厚意"に甘えた方が良いと判断し、リリーは戸惑いながらもオロルクリフ家当主の部屋へ足を踏み入れるのだった。


「(この小娘、まさかとは思うが……)」

リリーの姿を見たルナッサはすぐに"ある人物"の面影を思い浮かべ、眉間に(しわ)を寄せる。

「君、名前は?」

「リリー・ラヴェンツァリと申します……」

「ラヴェンツァリ……やはりか」

そして、名前を聞いたことでルナッサの疑念は確信へと変わり、彼女の表情がより一層険しくなる。

ラヴェンツァリ――それはオロルクリフ家にとって因縁のある名前だからだ。

「くどくど説明する手間が省けたな。彼女と私は結婚を前提に付き合っている」

それを知ってか知らずか、ルナールはおどおどしているリリーを抱き寄せながら恋愛関係にあることを告げる。

「メルリンとリリカから話は聞いていたが……」

次女や三女を介して噂では知っていたとはいえ、長女が(ことごと)く「オロルクリフ家に都合の悪い人間」ばかり愛することには感心さえ抱くルナッサ。

長女の初恋の相手であったライガも今の恋人であるリリーも、オロルクリフ家にはどうしても迎え入れられない理由があるのだ。

「父上、貴女の娘としての最後のワガママです。リリーとの結婚を認めていただけないでしょうか」

ああ、なぜルナールはオロルクリフ家の長女に生まれてしまったのだろうか。

筆頭貴族の令嬢でさえなければ、家のしきたりに翻弄されること無く幸せになれたはずなのに……。

【賢人会議】

オリエント連邦においては筆頭貴族の代表者が招集される会議のことを指す。

連邦政府は賢人会議を開催する「権限」を持ち、筆頭貴族はそれに応じる「義務」を有している。

開催自体は政府により一定の制限を受けているものの、賢人会議が国政に与える影響力は極めて大きく、その政治的重要性から「貴族院」と揶揄されることもある。

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