【BTF-50】オリヒメと紫色の花
ヴワル市南部の高級住宅街ヴェレンディア区には、富裕層及び外国人観光客向けのショッピングセンター「サウス・ヴワル・モール」が存在する。
国内外の高級ブランド目当ての買い物はもちろん、施設内に入居しているレストランも一流ばかりだ。
お金に余裕があるカップルの間では「絶好のデートスポット」としての地位を確立している。
「(こんなベタな場所を指定してくるとは……ライラック博士の入れ知恵だな)」
戦時下で客足がまばらなフロアを歩きつつ、同じ階にいるであろう待ち合わせ相手を探すライガ。
広い街中よりは確かに人探しがやりやすい場所ではあるが……。
「(性別レベルで勘違いされているのなら好都合だ。リリーの提案も捨てたもんじゃない)」
今日(8月26日)のライガは珍しく――というより生まれて初めて変装をしている。
伸び気味のもみあげを三つ編みにすることで大きく印象を変え、衣服も体格が近いラヴェンツァリ姉妹から借りてきた女物を身に纏うなど、結局は当初想定していなかった女装をするハメになってしまった。
元々中性的な顔立ちと声をしているためか、周囲は彼を「いいトコロのお嬢様」ぐらいに思っているようだ。
「(さーて、博士に騙されてないならこの辺りにいるはずだが……)」
ライラックからのメールで事前に指示されている場所へ辿り着き、ライガはスースーする足元を気にしながら周辺を見渡す。
「(……あの女っぽいな。屋内でサングラスとかセレブ気取りかよ)」
彼は日光が入らない屋内でサングラスを掛けている不思議な女性を発見し、それが目的の人物だという確信を抱きながら近付いていく。
「あの、すみません。貴女がアキヅキ・オリヒメ様でお間違いないでしょうか?」
「……あら? 随分と可愛らしい変装をしていらっしゃるのね」
ライガ(女装)が女の子のような立ち振る舞いで声を掛けると、不思議な女性――オリヒメは視線隠し用のサングラスを上げながら微笑むのだった。
「俺にも色々と事情があるんだよ。敵国の女王様と一緒にいるところを撮られたりしたら、言い訳のしようが無いからな」
人目に付きにくいベンチまでオリヒメを案内し、スカートがめくれないよう気を使いながら隣に座るライガ。
女だってズボンを履いていいはずなのに、リリーの強烈なスカート推しに抵抗しなかったことを今更ながら後悔する。
「だからって女の子になる必要があって?」
「……個人的には不服だが、変装において性別を偽るのは効果的だからだ」
オリヒメから至極当然過ぎる質問を受け、ライガは一見すると理に適っていそうな答えで茶を濁す。
実際問題、女装によるカモフラージュは極めて効果的に機能している。
ここまで来る移動手段も普段の愛車ではなくレンタカーにするなど、念には念を入れてきた甲斐があったというものだ。
「フフッ、とても似合っているわよ」
からかっているのか本気なのか分かりづらいオリヒメの相手をしていると埒が明かない。
「お世辞はよせよ。ここで喋ってるよりは開いている店でも回った方が有意義だろ?」
「今日は『エスコート』をよろしくね、完全で瀟洒な紳士様♪」
いきなり疲れ始めたライガが周辺散策を提案すると、オリヒメは覚えたての外国語を使って乗り気な姿勢を示すのであった。
お忍びデートを始めたライガとオリヒメを物陰から監視する女が一人――。
「(彼のためとはいえ、なんでこんな不審者紛いのことをしてるんだろう私……)」
黒衣の復讐鬼のような服装で植え込みの後ろにしゃがんでいるサレナは首を横に振る。
彼女は今日の密会を知らされている数少ない人物であり、ライガからの頼みで監視役兼ボディガードを引き受けていた。
本当はリリーがやりたがっていたのだが、諸事情により急遽サレナへ押し付けられてしまった。
「な、何をしているんだあの男は……破廉恥な恰好で姉上を誘っているのか!」
「え? あ、ああッ!?」
すぐ近くで別の女が自身と同じようなことをしている姿に今更気付き、動揺のあまり思わず大声を上げるサレナ。
幸いにも人が少ないおかげで視線が集まる事態には至らなかったが、情けなさと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「うお!? 急に大きな声を上げるな……!」
挙句の果てには赤の他人に叱られるときた。
「ごめん……って、問題はそうじゃなくて! あなたアキヅキ・ユキヒメでしょ!?」
ところで、その人物の顔はどこかで見覚えがあるし、話し方の訛りも少々怪しい。
不審に思ったサレナはダメもとで名前を叫んでみることにした。
「貴様はライラック・ラヴェンツァリの娘か。名前は確か……リリーといったか」
相手――ユキヒメの方もサレナについては資料で知っているようだが、よりにもよって本人の前で痛恨の人違いを犯してしまう。
「はぁー……私はサレナ、サレナ・ラヴェンツァリ。リリーの双子の妹よ」
勘違いされることに慣れているサレナはクソデカいタメ息を吐き、ユキヒメのミスをすぐに訂正するのだった。
「――そうか、貴女も自由奔放な姉に振り回されて大変なのだな」
「そりゃ……イラっとする時もあるけど、一緒に過ごしていて楽しいことの方が多いし、何よりもたった一人の姉だもの」
お忍びデートの様子を見守りながら互いの身の上を語り合うユキヒメとサレナ。
両者には「自由奔放な性格の姉がいる」という共通点があり、そのおかげで意外なほど会話が弾んでいた。
「姉妹は互いを支え合う関係でなければならない――それを知る者と出会えたのは良い意味で誤算だった」
ラヴェンツァリ姉妹が強い絆で結ばれていることを知り、ユキヒメは「姉妹とはそうあるべきだ」と何回も頷く。
対照的な性格をしているアキヅキ姉妹を繋いでいるのも「絆」なのだ。
「ねえ、なぜあなたのお姉さんはライガに興味を持っているの? 彼女の執心は並大抵のモノでは無いように見えるけど」
話が十分すぎるほど通じる相手だと分かったところで、サレナは更に一歩踏み込んだ話題を切り出す。
これはあくまでもライガ自身の愚痴から得られた情報だが、どうもオリヒメは彼に対して並々ならぬ関心を抱いているらしい。
「それが分かれば苦労はせんよ。姉上は貴女の母親からライガ・ダーステイに関する情報を聞き、その影響を受けているようだが……」
男が絡む話についてはあまり免疫が無いのか、露骨に不機嫌そうな表情をしながら姉がライガに興味を持ったキッカケを語るユキヒメ。
表情や仕草を見る限り、彼女はライガのことを「自分から姉を奪っていく存在」だと認識しているようだ。
「(母さんがねぇ……あの人がなぜライガの話を?)」
しかし、サレナにはどうしても分からないことがあった。
母さん――ライラック博士が今日の密会をセッティングした真意はどこにあるのか……。
監視役二人の心配をよそに、ライガとオリヒメは色とりどりの花が並べられたフラワーショップへと立ち寄る。
「わあ……綺麗な花……!」
ルナサリアンにとって地球の花は大変珍しいのか、まるで無邪気な子どものように目を輝かせるオリヒメ。
先日のプロパガンダ放送で地球に無条件降伏を迫っていた人物と同じだとは思えない。
「花、好きなのか?」
「ええ、休日はよく庭いじりをしているの。品種改良でより美しい花を生み出そうとしたりね」
オリエント連邦には自生しない南方系の花を眺めながらライガが尋ねると、オリヒメは様々なカタチで花に触れ合うことが好きだと答える。
「人の手で弄り回された花など――いや、そこは主義主張の違いだな。とやかく言うのはやめよう」
喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、店の中にあるレジカウンターで店員へ何かを頼み始めるライガ。
彼はクレジットカードに使用履歴が残らないよう現金払いで清算を済ませ、女性店員から受け取ったプレゼントボックスを手にオリヒメの所へ戻って来る。
「これって?」
シンプルにラッピングされた箱をオリヒメが興味深そうに開けると、その中には先ほど彼女が綺麗だと絶賛した紫色の花が詰め込まれていた。
「それは『プリザーブドフラワー』と言って、生花の水分を特殊な方法で抜いた物だ。土産品として持って帰るならそっちの方が良い」
照れくさそうに三つ編みを弄りながらライガは言わば「永遠に枯れない花」であることを説明する。
「オリエント語は読めないんだけど、何ていう花なの?」
オリヒメはネイティブスピーカー並みにオリエント語を扱えるが、読み書きはまだ勉強中で値札を見ても花の名前が分からない。
「……ライラック。この国での花言葉は『友情』」
箱の中を眺めながら悩んだ末、彼女が選んだ花の名前をライガは正直に答えるのだった。
現在時刻は12時18分――。
昼食を取るには丁度いい頃合いだ。
「ふむ、もうこんな時間か。開いている店は少ないけど……せっかくだから地球の飯でも食べていくか?」
「いいわね。あの赤と黄色の看板のお店が気になるわ」
スマートフォンで時間を確認したライガが食事を提案すると、オリヒメは既に目星を付けていたであろう店を指差す。
彼女が興味を示したのはアメリカ資本の世界的ハンバーガーチェーンだ。
「おいおい、月の女王様にしては随分と庶民的だな。まあ、平民の食生活を知ることは良い王族の条件かもしれん」
意外なほど庶民的な感性をしているオリヒメをからかいつつも、彼女の真っ白な手を引きながらライガは一緒に店の中へと入っていく。
「……サレナさん、あれは何をする店なのだ?」
その様子を柱の陰に隠れながら見ていたユキヒメは、姉たちが入った店についてサレナに尋ねる。
地球人なら誰もが知っている店だが、月にはさすがに出店していないらしい。
「飲食店よ。注文してから短時間で料理が提供され、手軽に食事を取ることができる――この星で言う『ファストフード』と呼ばれる物ね」
目の前にあるハンバーガーチェーンの形態についてサレナが極めて簡潔に説明した直後、どこからかお腹の鳴る音が聞こえてくる。
「腹の虫が……いやはや、恥ずかしいな」
その音の発生源が自分であることに気付き、腹をさすりながら苦笑いするユキヒメ。
「あの店で何か奢ってあげるわよ。どうせ地球のお金は持ってないんでしょ」
「かたじけない。普通なら断るところだが、残念ながら今日は貴女の言う通りだ」
監視という名目で店内に入ることをサレナに勧められ、朝食を最後に何も食べていないユキヒメはプライドよりも食欲を優先してしまうのであった。




