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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第1部 BRAVE OF GLORY

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【BOG-23】最果ての狙撃手(後編)

 鈍重な輸送機であるゲンブに攻撃を回避する運動性など期待できない。

「被弾した! クソッ……護衛機は何をしている!?」

損傷箇所をチェックしながら無線に向かって(まく)し立てる機長。

敵機――オーディールMから放たれたミサイルやレーザーが命中した結果、貨物室の与圧や複合サイクルエンジンに異常が起こっていた。

すぐに墜落するというワケではないが、このままでは目的地へ辿り着く前に力尽きてしまうだろう。

「機長、こちらミナヅキ。危険だと感じたら脱出しろ」

「み、ミナヅキ隊長!」

年下の上官が通信へ応じたことに驚き、彼女には見られていないのに慌てて姿勢を正す機長。

「これより私と副官は対MF戦に移行する。あなたたちは自分自身の安全を優先するんだ……いいね?」

ニレイは自分の任務に付き合ってくれたこの機体の乗員を心配しており、彼女たちだけは無駄死にさせないと決めていた。

そして、上官の「願い」を機長たちも察していたのだ。

「……了解しました。ミナヅキ隊長も……どうかご無事で!」

損傷状態の確認を終えた副操縦士へ操舵輪を託し、黒煙を噴きながらもゲンブは離脱を試みるのだった。


「あの輸送機、想像以上に頑丈だな」

瀕死の相手にトドメを刺すべく、操縦桿のトリガーへ人差し指を掛けるアヤネル。

「アヤネル、後方に敵機がいるわ! 私がフォローしてあげる!」

「頼む! このままじゃ落ち着いて照準できない!」

ここはスレイの厚意に甘え、後方のカバーを任せつつレーザーライフルの照準へ集中することにした。

敵機の攻撃を最小限の回避運動と防御兵装でやり過ごし、ライフルの銃口だけは輸送機の方へ向け続ける。

「(ミサイルアラートがうるさい……こういう雑音は苦手だ!)」

レティクルの中に輸送機の姿を収めること自体は容易なのだが、周囲を飛び回るツクヨミやヤタガラスが射線に割り込むせいで攻撃チャンスが掴めない。

邪魔だからいっそのこと撃ち抜いてやろうか――と考えたものの、レーザーライフルの残弾数が少ないので無駄撃ちはできないのだ。


「こいつら、どこから湧いてくるのよ!? いくら落としてもキリがない!」

同僚の援護を買って出たのは良いが、スレイ自身もしつこく纏わりつく敵機にイライラしている。

「……作戦変更だ。ルナサリアンどもがお望みなら相手をしてやる」

彼女の様子を見かねたアヤネルは先に敵護衛機を減らすことを提案する。

輸送機は既に黒煙を噴きながら飛行しており、放っておいてもいずれは墜落すると判断したからだ。

――おそらく、セシル隊長も全く同じことを言うだろう。

「そうね、機体性能ならこっちが上! 2機1組で戦えば腕前もフォローできるはず!」

「後ろは任せるぞ、スレイ。お前の援護攻撃は頼れるからな」

包囲網が構築されつつある中で何とかフォーメーションを組み直し、スレイとアヤネルは敵戦力の撃滅を試みるのだった。


「本当にモビルフォーミュラを乗せて飛んでいる……地球の技術恐るべし、と言ったところか」

MFがMFを乗せて華麗に空を翔ける姿は、そういった運用方法を持たないルナサリアンにとって物珍しい光景だった。

「感心している場合じゃないよ。奴らを倒して我が隊の名声を上げるんだ」

敵の姿に見惚れる副官を優しく窘めると、ニレイは計器投映装置に浮かび上がる「単分離」という表示へ右の人差し指をかざす。

「追加装備を外さないといけない距離まで近付いたのは、あんたたちが初めてだよ……!」

MFの上に乗っているフェリス迷彩のMF――スターメモリーのドライバーに向かって不敵な笑みを浮かべるニレイ。

次の瞬間、彼女が駆るツクヨミ指揮官仕様の姿に変化が起こる。

背中に抱えていた白い箱のような装備を切り離し、地球人が見慣れた「プレーンなツクヨミ指揮官仕様」としての姿を晒したのだ。

「私の機体は射撃仕様で少々重いけど……格闘戦もできるんだ!」

そして、左腰に予備武装として装備されている光刃刀を抜刀。

ニレイのツクヨミ指揮官仕様は俊敏な動きで敵機へと牙を剥く。

「隊長! 援護に就きます!」

副官の機体もすかさずそれに続き、戦いは2対2の様相を呈するのだった。


「(バックパックの追加装備はスナイパーライフルのエネルギー供給用か……?)」

敵機の装備パージを確認したセシルは上に乗っかるヴァイルへ合図を送る。

「ヴァイル、君は砲台役をやれ」

自分たちも相手も2機なら好都合――というわけで一度は散開を考えたが、ヴァイルの実力が未知数である以上、今回は博打に出ず彼女を乗せたまま戦うことにした。

当然ながらノーマル形態へ変形すると振り落としてしまうため、必然的にファイター形態による一撃離脱戦法を取らなければならない。

「エリダヌス3、了解。攻撃は任せてください!」

「ああ、頼むぞ。ドックファイトへ持ち込まれないよう、高速戦闘に入るからな」

ヴァイルの力強い返答に安心したセシルはスロットルペダルを思いっ切り踏み込み、愛機オーディールMを加速させる。


「素早いッ……! ヨミヅキ隊からは聞いていたが、凄い機動力だ!」

ツクヨミ指揮官仕様を容易く振り切る、驚異的な加速力に思わず目を見張るニレイ。

ゲイル隊の戦果はもちろん、彼女らが駆るオーディールMの高性能ぶりについてもルナサリアンの間では噂となっていた。

「格闘戦は難しそうですね。ここは相手のやり方に乗せられず、すれ違いざまに攻撃を仕掛けるべきです」

一方、敵機の機体特性をある程度把握した副官は冷静に意見具申を行う。

相手のペースに乗せられてはならないことぐらい、ニレイ並みのエイシなら十分理解している。

「分かっているよ。相手の攻撃時こそ反撃の機会だ……行くぞ!」

焦って動いたほうが負ける――兵法の鉄則を守り、ニレイと副官は「待ち」の戦法で攻撃チャンスを窺うことにした。


 最初に攻撃を仕掛けたのはセシルとヴァイルのコンビだった。

「エリダヌス3、ファイア!」

「落ち着いて狙えよ! 敵の攻撃は当たらないようかわし続けてやる!」

敵機が放つ蒼い光線をセシルは巧みな操縦技術で回避し、逆にヴァイルが攻撃しやすい状況を作ってあげる。

だが、相対するニレイと副官のコンビも鋭いマニューバで攻撃をかわしていく。

互いに一撃も加えられないまま、状況は振り出しへと戻った。

「ふむ……相手のマニューバも中々のモノだがな」

その後もニレイたちへヒット&アウェイを繰り返しつつ、セシルは意味有り気に呟き始める。

「そもそも、君自身が射撃より格闘に向いているのかもしれない」

ヴァイルの攻撃を見た限り、どうも彼女は「高速且つ不規則に移動する目標への精密射撃」が苦手らしい。

高い技量を持つセシルでも百発百中とはいかないが、それ以上に命中率の悪さが気になったのだ。


「ええ、教官にも同じ事を言われてました」

「そうか。ならば、君の操縦センスを活かせる戦法へ切り替える必要があるな」

そう言いながらセシルはヴァイルに対し散開を指示する。

「互いに1機ずつやるぞ。私が隊長機、君は片割れの相手でいいだろう?」

「1対1……私の実力で大丈夫なのだろうか」

操縦訓練時の成績が非常に良かったとはいえ、ヴァイルは内心で自らの技量に不安感を抱いていた。

同世代ながら既にエースドライバーとしての地位を確立しているセシルやリリスには敵わないし、ましてやライガ・ダーステイやレガリア・シャルラハロートといった伝説級のエースには一生追い付けないだろう。

「心配するな! 弱いのが嫌なら強くなればいい」

戦友のことを気遣っているのか、セシルは彼女なりの言葉でヴァイルを激励する。

「大丈夫、『生きて帰る』という強い意志が君を守ってくれる――今できる全力を尽くせ」

「……了解! 散開して敵戦力に対処します!」

そして、彼女に見守られながらヴァイルのスターメモリーは空中戦へ身を投じるのだった。


 上に乗っかっていた「客」がいなくなったことでセシルのオーディールは身軽になり、ついに得意な格闘戦へと移行する。

「機体性能も実力もこちらが上だ!」

「地球人如きに操縦技量なら負けない!」

一進一退の鍔迫り合いを幾度となく繰り返すオーディールとツクヨミ指揮官仕様。

セシルが縦斬りを繰り出せばニレイは横持ちにした光刃刀で切り払い、彼女が渾身の水平斬りを放つとセシルもビームソードの二刀流で弾き返す。

互いに技術と機体性能を引き出せるからこそ、ここまで激しいドックファイトが実現するのだ。

「ナキサワメを沈めた連中の隊長機……やはり強いな!」

だが、少しずつ追い詰められているのはニレイのほうである。

射撃が得意な彼女は不利を承知の上で格闘戦に挑んでいたが、相手は格闘武装の扱いにかなり長けているらしい。

基本的な斬撃を組み合わせた連続攻撃も容易く読まれ、早々に打つ手を無くしてしまう。

残念ながら、彼女にスズランやユキヒメのような華麗な斬撃は期待できないのだ。

「2対1の状況に持ち込めれば……キミエ! こっちを手伝ってくれ! ――無理そうかな?」

さすがにマズいと判断したニレイは副官へ援護を要請するが、彼女からの応答は無い。

聞こえてくるのは強烈なGを堪えているであろう、荒い息遣いだけだった。


 一方、副官ことキミエも相手の強烈な攻撃に苦しめられていた。

「(荒削りな攻撃だな……でも、それ故に動きを予測するのが難しい!)」

才能ばかりで実戦経験が足りないヴァイルの斬撃はまだまだ不安定だ。

寸分の狂いも無いセシル機の振り方と比べたらよく分かる。

しかし、その一撃は当たれば決定打になり得る、鋭く研ぎ澄まされた刃でもあった。

「甘いッ! 致命的な隙を晒したな!」

スターメモリーの刺突を間一髪で回避し、光刃刀による反撃を叩き込むツクヨミ。

「ッ……!」

だが、ヴァイルの反応速度も負けていなかった。

彼女が咄嗟に操縦桿とスロットルペダルを操作するとスターメモリーは身を翻し、光刃刀の斬撃をシールドで受け止める。

攻撃を防ぐのと引き換えにシールドは失われてしまったが、機体を守れたと考えれば消耗品の損失など些細なことだ。

そして、シールドを放棄したスターメモリーは間合いを取るためにツクヨミへ前蹴りを叩き込む。

この機は逃さない。

バックパック上部に装備されているもう1基のビームソードを左手で抜刀し、体勢を崩したままの敵機へ斬りかかるスターメモリー。

「でぇぁぁぁぁぁ!」

ヴァイルの咆哮と共に二刀流のビームソードが振り下ろされ、ツクヨミのコックピットを溶断していく。

彼女はその瞬間を直視できなかった。

「……隊長――!」

混線により否が応でも聞かされる敵ドライバー――キミエの断末魔。

コックピットを完全に潰されたツクヨミはそのまま海上へと墜ちていくのだった。

「(……隊長と先輩は断末魔さえ残せず消えていった。それに比べたらあんたは……)」


「キミエ!? 無事なら返事をしてくれ!」

副官機の反応が消失したことに気付いたニレイは空しく呼び掛けるが、二度とキミエは帰って来ない。

その現実を実感し始めた時、普段陽気な彼女の心の中にさえ「憎しみ」という感情が生まれる。

これが戦争だと分かっていても、ニレイはまだ若いのだ。

「……たった4機相手にこの損害、全く割に合わないね」

憎しみを抑え込むように彼女はサバサバと言ってのける。

キミエと彼女のツクヨミ、足場代わりにしていたゲンブ1機、そして十数機のツクヨミ及びヤタガラス――ナキサワメを沈めた悪魔を相手取った結果、これだけの貴重な戦力を失ったのだ。

機体は消耗品だから補充すれば良いが、人材はそうもいかない。

……それだけがニレイにとっての心残りだった。


「時間的にも頃合いか……白1より健在する全機、輸送機の護衛に戻れ。これ以上戦闘は帰還に支障が生じる」

彼女が全ての味方機へ命じると生き残りのツクヨミ及びヤタガラスはすぐに戦闘を中止。

針路を反転し輸送機の編隊を追い掛けるように飛び去って行った。

撤退間際、ニレイは蒼いモビルフォーミュラを鋭く睨みながらオープンチャンネルの回線を開く。

「地球人のエースドライバー……次はお前の大切な者を撃ち抜いてやる」

そう言い残すと彼女は愛機ツクヨミ指揮官仕様の推力を上げ、迅速に戦闘空域から離脱していくのだった。

「(内容は分からなかったが、あの言葉は私に対する呪詛(じゅそ)だったのか……?)」

月の言葉を完全には理解していないセシルでも感じ取れたのだ。

お前の大切な者を撃ち抜いてやる――そこに込められた報復の意志を。


「――繰り返す、ルナサリアンの兵士は戦闘を中止し、これから指定する場所へ投降せよ――」

セシルたちが戦っていた間にチューレ前線基地は陥落の時を迎え、防衛ラインを張っていたルナサリアン残存艦隊はいつの間にか撤退。

管制塔に掲揚されていたルナサリアンの国旗は降ろされ、代わりにアメリカ軍兵士たちが掲げたのは彼らの誇りたる星条旗であった。

開戦以来初めての大勝に歓喜するアメリカ軍。

一方、艦載機の帰艦を待ちながら黙々と撤収作業を進めるオリエント国防海軍第8艦隊。

これで北アメリカ戦線におけるルナサリアンの動きが鈍くなれば良いのだが。


 セシルのオーディールMの隣へ近付くフェリス迷彩のMF。

「セシル中佐、今日はありがとうございました」

ヴァイルが敬礼するとセシルも機体を振ってそれに答える。

「部隊は違えど同じO.D.A.F(オーダフ)だからな。困っている戦友を助けるのは当然のことだ」

ゲイル隊とエリダヌス隊は母艦が異なるため、即席混成部隊はもうそろそろ解散しなければならない。

母艦のアカツキへ帰るぐらいはさすがにヴァイル一人で問題無いだろう。

「じゃあね、ヴァイルちゃん! 戦争が終わったらゆっくり話そうね!」

「ウチの部隊に転属したかったら、私たちはいつでも歓迎してやるぞ!」

スレイとアヤネルも思い思いに別れの言葉を述べ、戦友が母艦へ戻って行くのを見送る。

「お前たち、帰艦するまでが作戦行動だぞ。リラックスするのはシャワーを浴びてベッドに寝転がるまで我慢しろ」

もっとも、嬉しそうにしているのは何と言ってもセシル自身であった。


 開戦からまだ1ヶ月。

北アメリカ戦線の流れは早くも変わろうとしていた。

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