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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-49】帰らざる日々

 レンカとテアが揃って銃を向けているにもかかわらず、アキヅキ姉妹は特に動じているようには見えない。

「……一つだけ教えてあげる。ここで私たちを討っても戦争は終わらない」

「オリヒメ様ッ! それ以上近付いたら、本当に撃ちます!」

それどころかオリヒメは堂々とした様子でレンカの方へ歩み寄り、この場での出来事は大局には影響しないと告げる。

「私とユキヒメは躊躇い無く撃ち殺せるとして、目撃者である(オウカ)の口封じができるかしら?」

「ッ!」

自分たち姉妹の死という重要情報の伝達を遅らせたい場合、それを行える人物――すなわちオウカも殺さなければならない。

妹の存在をダシにしたオリヒメの挑発は、妹想いなレンカにとっては効果覿面であった。

「ご両親が悲しむわよ。我が身を犠牲に娘たちを守ったのに、長女が次女の命を奪うなんて」

しかし、かつて反逆者として処刑したホシヅキ姉妹の両親の最期を持ち出したのはやり過ぎだった。

オリヒメはこの情報は知るはずが無いと踏んでいたが、実際にはレンカは両親の死の真相についてある程度知っていたのだ。

「今更何をッ! 父と母を殺したのは貴女が送り込んだ刺客でしょうにッ!」

元凶自らのネタばらしに激昂し、これまでに無いほどの剣幕で両親の仇に銃口を向けるレンカ。

「姉さん……ごめんなさい!」

だが、その直後に響き渡った銃声は彼女のハンドガンのモノでは無かった。


「お、オウカ……!」

右脚を撃たれたレンカは驚きの表情のまま地面に膝を付き、自分を撃った人物の方向を見つめる。

その視線の先にはいつの間にか銃を抜いていたオウカの姿があった。

「姉さんが生きてる姿を見れて嬉しかった……でも、地球人の『(テア)』を連れている姿は見たくなかった」

彼女は大きく乱れている呼吸を何とか落ち着かせると、銃をゆっくりと下ろしながら姉を撃った理由を答える。

オリヒメを守るためというのは結果論に過ぎない。

「昔の私たちみたいに仲良くしているのが羨ましくて……憎いから」

本当は自分がいるべき場所で妹のように振舞っているテアを疎ましく思い、発作的に引き金を引いてしまったのだろう。

「ふざけるなッ! お前らの侵略行為のせいでどれだけの人が死んだと思ってやがるッ!」

あまりにも個人的な理由での行動に普段冷静なテアも怒りを爆発させ、オウカに向かってハンドガンを発砲する。

距離が離れているため一発も命中しなかったが、テアの射撃には明確な殺意が込められていた。

「どいつもこいつも! ルナサリアンは地球から出て行けッ!」

そして、「ルナサリアン」の中に自身が含まれていることを悟ったレンカは顔を歪める。

「……全くもって正論ね。今日のところは引き下がりましょう」

テアの悲痛な叫びを受け、意外なほど素直にこの場からの撤収を宣言するオリヒメ。

「よいのですか、姉上? あのような(やから)には制裁を下すべきでは?」

「強者は寛容であるべきよ。それに……ああやって真っ向からモノを言える()、私は好きだけどね」

地球人(テア)の言動を見逃していいのかと尋ねるユキヒメに対し、オリヒメはこの状況で微笑んでいられるほどの余裕を示していた。


 状況がひとまず収束したことでレンカは自宅内に担ぎ込まれ、銃撃で負った傷の手当てを受ける。

この程度の怪我なら特殊工作員としてのサバイバル技術でも処置できるが、今回は「医療従事者」がいるのでそちらに任せることにした。

「……姉さん」

「何?」

「さっきは……その、熱くなってすまなかった」

冷静さを取り戻したテアはレンカの右脚に包帯を巻きながら先ほどの言動を詫びる。

「『ルナサリアンは地球から出て行け』とは言ったが、あんたやヨルハ様――それにミクを含んだつもりは無かったんだ」

何人かの知り合いが戦争で犠牲になっている以上、ルナサリアンに憎しみを抱いていることは否定しない。

だが、戦争遂行者たるアキヅキ姉妹とそれ以外の月の民を同列視するのは本意では無かった。

たとえ真実が明らかになったとしても、テアとレンカとヨルハの間に築かれた信頼関係は誰にも壊せないのだ。

「あなたは悪くない……むしろ感謝してる。オウカを撃った時、わざと外してくれてありがとう」

白い包帯が巻かれた右脚を押さえながら「実の妹」を撃った件について言及するレンカ。

彼女はテアがあの状況で気を利かせてくれたと思っているらしい。

「へッ、たまたまさ。手が震えていて狙いを付けるどころじゃなかったからな」

しかし、あの時のテアは無我夢中でハンドガンの引き金を引いており、正直なところヘッドショットを決めるつもりで射撃していた。

一発も当たらなかったのは……本当に手が震えていたからかもしれない。


「容態はどう? ――うん、見た感じは問題無さそうね」

イナバウアー姉妹の話題が尽き始めていたその時、まるでタイミングを見計らったかのようにヨルハが軽食を持って来てくれる。

メニューはレンカの好物である冷製ニンジンスープだ。

「幸いにも掠り傷で済みましたから」

「それは良かったわ……はぁ、地球侵攻作戦が始まった時からこうなることは覚悟していたのだけれど」

彼女の傷が軽いことを知ったヨルハは胸を撫で下ろし、コルクボードに貼られている写真を眺めながら今日の出来事について見解を述べる。

「アキヅキ姉妹が直接手を下しに来ることをですか?」

「ええ、あの二人は子どもの頃から行動的だったもの。よく現場を視察しているのは貴女もご存知でしょう?」

短期間の「研修」で随分と地球文化に適応したミクから質問を受け、若い頃のアキヅキ姉妹の現場主義を例に挙げるヨルハ。

「そう言われてみれば……」

それを聞いたミクは数か月前のことを思い出す。

確かに、今になって振り返るとアキヅキ姉妹――特にユキヒメは皇族ながら積極的に現場へ赴き、末端の者たちとも言葉を交わしているイメージが強かった。


「(咎有りて死せず――フユヅキの娘としての宿命、今こそ果たすべきというわけね)」

フユヅキ家とアキヅキ家は月において対等とされていた一族。

自らの命惜しさに月から逃げ出してきた「咎」を清算すべく、ヨルハは楽しかった隠居生活を終えることを決断する。

「3人とも、少し(わたくし)の話を聞いてくださいな」

彼女は手をパンパンと叩くことでレンカとテアとミクに注目を促し、自身が今のルナサリアンに抱いている印象を話し始めた。

「今回の戦争……これがアキヅキ姉妹の独断であることは明白。政権は一族の支持者で固められ、国民が政治に関わる機会も制限されているはず」

地球で隠居生活を送るヨルハが得られる情報はごく限られているが、先ほどの出来事やアキヅキ家のやり方から推測していけば、独裁体制を敷いていることは容易に想像できる。

「つまり、内部からオリヒメさんの独裁体制を切り崩すのは非現実的だと言えるわ」

「内側がダメなら、外側から力尽くで壊すしかない――というわけか」

閣僚や国民による革命には期待できない――そう述べるヨルハの言葉に対し、聡明なテアは外部からの体制打倒なら可能かもしれないと答える。

「そういうことよ。そして、月に潜んでいるであろう反アキヅキ派に必要な旗頭は……」

テアの模範解答を褒めるヨルハだが、それを実現するには多くの困難が伴うだろう。

何かしらの方法でアキヅキ姉妹とそのシンパを排除したうえで、健全な政治体制を取り戻さなくてはならないのだ。

(わたくし)が引き受けようと思います」

月と地球の双方に最善の未来をもたらすべく、ヨルハはあえて過酷な道を進むつもりであった。


 翌日(8月26日)――。

自身の計画を伝えるべくスターライガ本部へ向かうことを決めたヨルハは荷物をまとめ、家財道具や貴重品の整理を手短に済ませていた。

「(戸締りはこれでよし……っと)」

こんな辺鄙な土地に空き巣が来るとは考えにくいが、念には念を入れ全ての窓とドアを施錠しておく。

「(地球での思い出が沢山詰まった家……もう帰ってこないかもと思うと寂しいわね)」

今は誰も使っていない空室を見渡し、約60年にも及んだ地球生活を振り返るヨルハ。

彼女が進むのは苦難が予想される過酷な道のり。

帰れるかも分からない旅路なのだ。

「ヨルハさん、私たちは先に車に乗ってます。貴女も準備ができたら来てください」

「ええ、分かったわ」

家族の一員として早くも打ち解けてきたミクから呼び出しを受け、ヨルハはジェスチャーで自分もすぐに行くと伝える。

「それじゃあ……行ってきます、エリン」

空室に残されている一枚の写真に向かって微笑むと、彼女は部屋の電気を消しドアをそっと閉じるのだった。

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