【BTF-42】防空システムに飛び込め(前編)
Date:2132/08/21
Time:11:00(UTC+3)
Location:Odessa,Ukraine
Operation Name:RUSSIAN TIME
8月21日午前7時19分――。
午前11時より開始予定のオデッサ奪還作戦を約4時間後に控え、スカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームには出撃メンバーが集められていた。
「こう言うのもアレだけどさ……随分と個性的なメンバーを招集したね」
招集された面子を見渡しつつ、ベストな人選とは言えないことを遠回しに指摘するコマージ。
「難しい作戦ならライガとかレガが行けばいいじゃん」
「機体が万全なら私が出るつもりだったんだけどねえ」
その意見にリリーが同調した時、彼女の疑問へ答えるかのようにレガリアがタイミング良く入室してくる。
明らかに愚痴が聞こえていた反応だが、幸いにも苦笑いするレベルで済んだようだ。
「姉さん、バルトライヒの修理は終わらないのかい?」
「補修部品の在庫が苦しいのよ。だから、本国へ戻るまで大掛かりな修理はできないわ」
事情をある程度把握しているブランデルからの質問に対し、自身の愛機が置かれている厳しい状況を率直に述べるレガリア。
変形機構を持つバルトライヒは消耗が激しい機体であり、安全性を考慮すると修理を満足に行えない状況での運用は難しいだろう。
「さあ、みんな静かにして。これよりブリーフィングを始めます」
妹との会話が一段落したところでレガリアはパンパンと手を叩き、室内の全員に気を引き締めるよう促すのだった。
もしかしたらみんな知っているかもしれないけど、我々はオリエント国防軍の要請によりオデッサ奪還作戦へと参加します。
もっとも、実際に都市部まで進攻するのはウクライナ軍の仕事だから、今回は民間施設の存在を過剰に意識する必要は無いわよ。
あなたたちが担当するのは正規軍の航空部隊が通過する空域の安全確保。
この地図を見てちょうだい。
ルナサリアンはオデッサ周辺をカバーするように高度な防空システムを構築している。
シミュレーションであらゆるパターンを試してみたけど、対空レーダーの有効範囲をすり抜けることは事実上不可能だわ。
つまり、オデッサへ向かうには発見される前提で臨まなければいけないというわけ。
当然、防空網に引っ掛かったら対空砲火や迎撃機が飛んでくるわよ。
防空システムにカバーされていない黒海まで迂回する余裕は無いわ……残念だけどね。
ルナサリアン占領下のオデッサを爆撃する航空部隊の飛行ルートはこんな感じ。
ウクライナ中央部を縦断するE95号線を目印に南下していき、爆弾を全て落としたらキエフ近辺のボルィースピリ国際空港へ戻る。
この波状攻撃を数回繰り返すことで都市部の防空システムを壊滅させた後、奪還を担うウクライナ陸軍第25独立空挺旅団が敵司令部を制圧する手筈よ。
地上戦は精鋭部隊とされる彼らに任せて、あなたたちは露払いに集中してちょうだい。
作戦エリアに入るまではロシア空軍のSu-34M戦闘爆撃機がジャミングで支援してくれるわ。
また、ロータス・チームからはナスルとショウコ、オリエント国防空軍からはゲイル隊及びブフェーラ隊がそれぞれ合流。
前者はあなたたちと同じ対地攻撃、後者は迎撃機を引き付ける囮役を担当してくれます。
とにかく……本作戦は防空システムを何とかしないと始まらない。
各員の健闘を期待しているわよ。
最後に出撃メンバーの編成を再確認しておきましょう。
今回は機材トラブルによる欠員が多く生じているため、稼働できる機体を集めて再編成させてもらったわ。
再編成後の部隊分けは次の通りよ。
Aチームはルミア、チルド、コマージ、カルディア。
Bチームはブランデル、ニブルス、ソフィ、レンカ。
Cチームはルナール、メルリン、レカミエ、リリー。
Dチームはヒナ、パルトネル、リュンクス、クローネ。
Eチームのリゲル、シズハ、アンドラ、ランには母艦の直掩をお願いするわね。
小隊長は各チームで最初に名前が挙がった人、航空部隊の指揮権はAチーム小隊長のルミアに預けます。
慣れ親しんだ編成とは異なる組み合わせでの出撃になるけど、やることはいつもと変わりません。
作戦目標の達成と帰還率100%――この二つを以って作戦成功と見做します。
何か質問はあるかしら?
――それじゃあ、私たちの分も無理のない範囲で頑張ってきてね。
以上でブリーフィングを終了します。
総員、解散!
ロシア中部まで南下したスカーレット・ワルキューレから発艦後、スターライガMF部隊はウクライナ及びベラルーシとの国境付近でロシア空軍機と合流。
「こちら空中給油機パダローク。スーパースティーリア、クオリア、クオーレの各機は給油態勢を取れ」
ロシア語で「贈り物」という意味のコールサインを持つIl-78M-90B空中給油機は3本のホースを展開し、Aチームの機体へE-OS粒子及び推進剤の補給を開始する。
構造上同時に補給できるのは3機までのため、一番腕が良いルミアはしばらく待つことになる。
「なあ、ルミア」
空中給油中は暇で暇で仕方ないのか、自機に繋がっているドローグを見ながら突然話を切り出すコマージ。
「どうした? こっちから見た限り、給油位置への移動は完璧だったが」
「それは知ってるよ。ブリーフィングで聞き忘れたんだけど、ワルキューレに残る連中は何をするんだい?」
彼女はルミアのボケを自画自賛であしらいつつ、自分たちが出撃している間の居残り組の役目について尋ねる。
あちらのメンバーだけお休みというわけではないはずだ。
「モスクワ西部の空域に飛行船型ジャマーを浮かべる作業を手伝うらしい」
「仕方ないとはいえ、なりふり構わずって感じだね」
今度はボケること無くルミアが真面目に答えると、コマージは両腕を組みながら地球側の苦境を嘆く。
「ロシアが堕ちたらホントにヤバいからな。それが起こってしまった時、次にルナサリアンが狙うのは間違い無く私たちの国だ」
そして、ルミアはこう付け加えた。
このままではオリエント連邦での本土決戦も時間の問題だ――と。
オデッサの北部には豊かな大地を活かした穀倉地帯が広がっており、小麦畑の上を低空飛行するのはなかなかに心地良い。
しかし、地上のE95号線に多数設置された検問所やバリケードが視界に入ると、今が戦時中であることを否が応でも思い出してしまう。
「レーダー画面のノイズが激しくなってきた……」
作戦エリアに近付いている証拠だろうか。
カルディアを含む数名のドライバーがレーダーの不調を訴え始めている。
「ここからはアビオニクス全般が使いづらくなるはずよ。要するに……ハイテクに頼り過ぎるなってこと」
とはいえ、それは作戦開始前から予想できていたことだ。
夫サニーズの不在を埋めるべく気合が入っているのか、珍しくベテランらしい風格を醸し出しながら助言を授けるチルド。
「ラードゥガ1よりスターライガ、我々が随伴できるのはここまでだ。本当はもっと付き合いたいんだがな」
4機のSu-34M フルバックで構成されるロシア空軍戦闘機部隊「ラードゥガ隊」は一先ず仕事を終え、統一感のある動きで針路を北に向ける。
ここまで全く敵に見つからなかったのは、彼らの機体がジャミングを掛けてくれていたおかげだ。
「我が隊はボルィースピリへ帰投した後、装備換装して次の段階に備える。防空システムの無力化は任せたぞ」
「こちらフェイスオフ、了解。お前たちは朗報に期待しときな」
後事を託しながら離脱していくラードゥガ1に向け、TACネームを使うことで機密を守りつつ感謝の気持ちを伝えるブランデル。
「スターライガ全機、仕事の時間だ! 後続部隊の障害となるターゲットを全て破壊しろ!」
ラードゥガ隊が遠方まで離脱したのを確認すると、ルミアは航空隊指揮官として初の命令を下すのであった。
「作戦エリア内の住民は全員疎開しているとのことだ。地上への被害は気にしないでいい」
この辺りに住んでいた人々はオデッサ陥落後すぐにウクライナ北部へ疎開しており、戦闘になっても非戦闘員を巻き込む可能性は低い。
ルナールは仲間たちにその旨を伝え、余計な心配をせずに戦えるよう取り計らう。
「のどかで良い景色ね。こういう場所でさえ戦場になってしまうのが残念だわ」
「戦争が終わればみんな戻って来れる。そのためには仕方ないのよ」
人々が暮らしていた土地を荒らすことに心を痛めるヒナに対し、レンカは「オデッサを取り返せば元通りになる」と気遣いの言葉を掛ける。
「こちらロータス・チーム、ペンデュラムとゴルトティーガーです。これよりスターライガの指揮下に入ります」
「そういうことだから、いつでも――を――ぞ!」
ロータス・チームのナスルとショウコも作戦開始直前にスターライガと合流したが、どうやらショウコの方は無線の調子が悪いらしい。
最後の方は特にノイズが酷くてほとんど聞き取れない。
「おい、よく――ねえぞショウコ。ジャミングの――なの――?」
ノイズの入り方からリュンクスは通信不良の原因を看破できたものの、彼女の貴重な報告は雑音にかき消されてしまう。
「そちらの――も――せん、――さん!」
リュンクスの声が聞き取れなかったソフィは内容を繰り返すよう求めるが、残念ながらその要請が届くことは無かった。
一方その頃、計6機のオーディールM2型で構成されるゲイル隊及びブフェーラ隊は、防空システムの範囲ギリギリで空中待機していた。
本作戦はスターライガとの連携が重要であり、独断専行で足を引っ張るわけにはいかないからだ。
「ゲイル1よりシャルフリヒター、応答を……クソッ、低空だとジャミングの影響が酷いか」
スターライガ側の前線指揮を務めるルミアとの通信が上手くいかず、どうしたものかと首を傾げるセシル。
「どうする? このまま遊覧飛行をしているわけにもいかないだろう?」
「本当はあちらの意見を聞きたいところだが……仕方ない。私たちも防空網に突っ込むぞ」
遠回しに防空システム範囲内への侵入を求めるリリスの言葉に後押しされたのか、セシルは意外なほどあっさりと親友の提案を受け入れる。
「スターライガの人たちは既に防空システムに引っ掛かっているはずだ。迎撃機が緊急発進していても不思議じゃない」
彼女の僚機であるゲイル3――アヤネル・イルーム中尉も的確な根拠を述べ、隊長の判断を支持する姿勢を見せる。
他の小隊員たちは特に何も言わないが、それは単に反論する必要が無いからだろう。
「ああ、何をするべきかは決まりだな。ゲイル及びブフェーラ各機、FCS(火器管制システム)のセーフティを解除しろ」
全員の意見が一致したところでセシルは戦闘態勢への移行を指示し、同時に部隊の針路を真南――防空網の方角へと向ける。
「敵機を発見次第交戦を許可する。全部こちらに引き付けるつもりで行け」
囮役というMFドライバーとしての実力が問われる仕事を果たすべく、6機の蒼い可変型MFは編隊を維持しながら戦闘空域に飛び込むのだった。




