【BTF-41】寄港
オリエント・プライベーター同盟はイギリス軍残存艦隊と共にヨーロッパ方面から撤退。
現在はノルウェー海とバレンツ海の境界線付近を輪形陣を組みながら航行している。
もう少し進めばロシアのムルマンスクに入港できるため、そこで必要最低限の補給は受けられるだろう。
ロシア側の態度次第ではイギリス艦隊の保護も押し付け――もとい引き継げるかもしれない。
「これからの予定? んなの決まってるだろ……今この艦が通っているのは北極海航路だ」
冷蔵庫から取ってきたコーラ缶を開けながらソファに座り、先ほど受けた質問に答えるブランデル。
彼女たちがくつろいでいるのは、スカーレット・ワルキューレのMF格納庫に隣接する搭乗員待機室。
スクランブル発進の要員を待機させ、速やかな緊急対応を実施するための大部屋だ。
「ワシントンからマンチェスターの連戦で大分消耗してるし、帰国するにはちょうどいい頃合いなのさ」
「BAF(イギリス軍)の連中を安全な場所まで連れて行かないといけないしな」
「ま、この世界に安全な場所なんて無いだろうよ」
「『人類に逃げ場無し』とはよく言ったもんだ」
現在のシフトの担当メンバーはブランデル、パルトネル、ルミア、リュンクスの4人。
これは諸事情によって組まれた臨時編成であり、傍から見ると不良の溜まり場にしか見えなかった。
その時、待機室内にけたたましいサイレン音が鳴り響く。
正直言ってあまり聞きたくない音だ。
「はぁ……こんなところにもルナサリアンが来るのかよ? 勘弁しろってんだ」
スクランブル発進時の小隊長を任されているルミアは大げさに頭を抱えると、肩をすくめながらブリッジとの直通電話を手に取る。
「――そうなのか? ああ、了解した。他の連中にも伝える」
ところが、受話器越しにミッコ艦長と話しているルミアは肩透かしを食らったような表情を浮かべていた。
「やけに落ち着いているな、ルミア」
「ブリッジからの連絡だ。スクランブル要員はそのまま待機だとさ」
それを気にしたパルトネルの問い掛けに対し、彼女も含めた全員に指示内容を通達するルミア。
「何だ? 敵じゃないのか?」
「接近している航空機はO.D.A.F所属の戦闘機らしい」
リュンクスの疑問も尤もだが、現時点ではルミアも「オリエント国防空軍機がワルキューレに接近している」「緊急対応の必要無し」としか聞かされていなかった。
ムルマンスク――。
ロシア北部に位置する同国最大の港湾都市であり、ムルマンスク港は軍港としての機能も有している。
しかし、今はロシア海軍よりもオリエント国防海軍(O.D.N.F)の艦艇の方が多く停泊していた。
「お久しぶりです、ミッコ先輩」
北極圏の冷たい風が吹き付ける中、O.D.N.F正規空母「アカツキ」の飛行甲板上で客人を出迎えたのはサビーヌ・ネーレイス中将。
アカツキの艦長及び第8艦隊司令官を兼任する、非常に優秀な女性士官である。
「しかし、奇遇なものね……あなたの指揮する艦隊がムルマンスクに寄港していたとは」
自慢の後輩との再会に驚きつつも、固い握手を交わし互いに生き残ってきたことを喜ぶミッコ。
第8艦隊は本国で再編成中と聞いていたので、ここでの再会は本当に予想外だったのだ。
「スターライガをお迎えに上がったのです。人使いが荒い軍上層部の命令ですよ」
立ち話は冷えるからと艦内へ入るよう促すと、ミッコを先導しながらムルマンスクまでやって来た目的を伝えるサビーヌ。
「総司令部が?」
「ええ、ウクライナのオデッサという都市はご存知でしょうか?」
後輩の行動がオリエント国防軍総司令部直々の命令である可能性を訝しむミッコに対し、それをはぐらかすようにサビーヌは露骨な質問を投げかける。
「緒戦でルナサリアンに占領された港町ね……なるほど、オデッサ奪還作戦に私たちも参加してほしいと」
「ご名答です」
わずかなヒントだけで先輩が正解へ辿り着いたことを受け、青髪の海軍将校は苦笑いしながら自分たちの任務を明かすのであった。
「ふむ……」
アカツキの格納庫の端っこに折り畳み椅子を置き、そこへ座りながらタブレット端末を見ている一人の女性士官。
本来の母艦が近代化改修でドック入りしているため、彼女が指揮するMF小隊は一時的にアカツキ飛行隊へと配置転換されていた。
「暇を持て余してるみたいだね、セシル」
そんな彼女――セシル・アリアンロッド大佐の所へ歩み寄り、親しげに声を掛けているのはリリス・エステルライヒ少佐。
アカツキ飛行隊配属のMF小隊「ブフェーラ隊」を率いるエースドライバーにして、訓練生時代から長い付き合いを持つセシルの親友である。
「一緒にスターライガでも見学しに行かない? 私やあんたの部下は乗り気みたいだけど」
「暇じゃないぞ。機体の調整を見守っている」
オリエント国防空軍のOBが多いスターライガに興味を示すリリスの提案をバッサリと断るセシル。
興味が無いわけではないが、休暇明けに配備された新型機――RM5-25M2 オーディールM2型の調整で忙しいのは本当だ。
「それにな……おそらくだが、スターライガの人たちは神経質になっているはずだ。あまり話は聞けないと思うがな」
そう言いながら折り畳み椅子から立ち上がると、セシルはタブレット端末の画面を親友に見せる。
彼女は軍関係者の間で評判が良いニュースサイトを閲覧しており、画面には先日のワシントンやマンチェスターに関する記事が表示されていた。
「あんたの言いたいことも分かるけどさ……とにかく、私は若い連中の引率でもしてくるよ」
渡されたタブレット端末をセシルに返し、軽口を叩きながらその場を立ち去っていくリリス。
「(もっとセッティングを詰めればパフォーマンスを引き出せるはずだ……でも、これ以上どこを変えればいい? あるいは私自身が向上すべきなのか……)」
この時のセシルは内心焦っていたのだ。
機種転換訓練をしっかりと済ませたにもかかわらず、新たな愛機から十分なパフォーマンスを感じられないことに……。
「おいおい、俺たちが知らないうちに随分と要塞化しているな」
つい最近撮影されたオデッサの衛星画像を確認し、一目で分かるほどの攻略難易度の高さにライガは考え込んでしまう。
彼を含むスターライガ上層部は空母アカツキのブリーフィングルームにいた。
「ルナサリアンは戦争初期からオデッサを東ヨーロッパ方面の拠点としています。彼女らにとっては重要な場所なのでしょう」
映像通信用の大型スクリーンに映っている男性はウクライナ軍の上級将校。
オデッサは当然ながらウクライナの都市であり、奪還作戦に際しては再編成されたウクライナ軍が主力を担う。
これは政治的な事情を考慮したうえでの判断だ。
「それに加え、我が国やオリエント連邦に爆撃機を飛ばせる距離でもあります。事実、不確定ながら大規模な部隊が集結しているとの情報も……」
同じスクリーンの別枠にはロシア軍参謀総長の姿も映されており、オデッサに配備されている敵戦力について報告している。
ロシアは航空宇宙軍を中心とする戦力を派遣し、オリエント国防軍と共にウクライナ軍の支援を行う。
「オデッサを取り戻せば、ルナサリアンの侵攻を足止めできる――というわけね」
ブリーフィングに参加している各人の話を総括しつつ、オデッサ奪還の意義について再確認するレガリア。
「ええ……しかし、それは簡単なことではありません。この資料を見ていただけますか?」
だが、彼女やライガと同席しているサビーヌはまだ話すべきことがあるらしく、ノートパソコンを操作しながら「この資料」とやらを表示するのだった。
2人の軍関係者が映っているワイプが縮小され、代わりにオデッサ周辺の地図に何かの範囲を加えた画像がデカデカと映し出される。
「これはウクライナ空軍による強行偵察で導き出された、8月11日時点におけるオデッサ周辺の防空システムの予想範囲です」
「広いわね……防空網の隙間を縫って侵入するのは困難だわ」
サビーヌから大まかな説明を受けたレガリアは、予想範囲を示す円形を一目見ただけで「敵に発見されずに行くのは不可能」と結論付ける。
実際の範囲はもう少し狭いかもしれないが、どちらにせよ敵との接触は避けられないだろう。
「この建物にカモフラージュされた施設は何だ?」
一方、ライガは普通の建物――のように見えるレドームらしき建造物に注目していた。
「それが厄介な施設みたいです。偵察任務から生還したパイロットの報告によると、その施設の周辺では強力なジャミングが発生し、航空機のレーダー及びFCS(火器管制システム)が使用困難になるとのことです」
待ってましたと言わんばかりに説明し始めたサビーヌ曰く、カモフラージュされたレドーム内には強力なジャミング装置が隠されているらしい。
当然、敵襲を察知するレーダーサイトや迎撃用の対空兵器も多数配備され、容易に近付けないほどの防空システムが構築されているはずだ。
「なるほど、簡単なゲームとは言えないな」
手元のタブレット端末に表示された画像を指先でなぞり、次は少々困難な戦いになることを覚悟するライガ。
しかし、この地域を抜ける以外にオデッサへ向かう現実的なルートは無かった。
「……それでサビーヌ中将、俺たちにはこの防空システムの無力化を頼みたいんだな?」
「え? あ……は、はい! あなた方の卓越した能力を頼りたいのです」
ライガが思考を先読みしてきたことに驚いたのか、明らかに動揺しつつもスターライガに対する「依頼内容」を伝えるサビーヌ。
「RCS(レーダー反射断面積)が小さく、尚且つ機動力に優れる少数のMFならば奥深くまで接近できるはずです」
彼女はスターライガが本作戦に適している理由として、MFを航空戦力として扱った場合の特徴を挙げていく。
この世界で最も上手くMFを運用できる組織はスターライガ以外にあり得ない。
「しかも、誘導兵器以外の武装は元々ジャミングの影響を受けにくいのよ」
その説明にレガリアはMF乗りだからこそ分かる強み――誘導兵器への依存度の低さを付け加えた。
例えばレーザーライフルや無反動砲は直接照準ができるため、ロックオン不可能な状況でも攻撃を当てられる可能性がある。
一応ミサイル類もロックオンせずに発射可能だが、それは運用マニュアルから外れた方法なので推奨されていない。
「やり方が分かればなんてことは無い。最大の問題は出せる機体が少ないことだな」
防空システムの攻略方法は理解できたと述べつつも、ライガは前の戦いでボロボロになってしまった愛機の姿を思い出す。
スターライガ製MFはワンオフに近い機体が多く、量産機よりも補修部品の在庫が少ない。
そのため、補修部品を使い過ぎると稼働率低下に直結しやすいのだ。
「俺たちも負け続けの連戦でキツイのさ」
「機体が使えないとできることは限られるわね……」
ライガのパルトナ・メガミもレガリアのバルトライヒも修理がまだ済んでいない。
主力メンバーが軒並み欠けている以上、次の作戦は参加させる面子を吟味する必要がありそうだった。




