【BOG-22】最果ての狙撃手(中編)
「そこのスターメモリー! お前だ! 戦場でぼさっとするんじゃない!」
フラフラと単独行動する1機のスターメモリーを発見したセシル。
見た感じ隊長機ではなさそうだが、同じ部隊の僚機とはぐれてしまったのだろうか。
「……あ、はい! すみません……」
「お前、ルーキーだろ? 僚機はどこに――クソッ、危ない!」
あまりにも若いルーキー――ヴァイルを叱責しようとした時、空が一瞬だけ蒼く光ったのをセシルは見逃さなかった。
彼女は全速力でヴァイルの機体へと近付き、何を思ったのか味方機に対し突然体当たりを炸裂させる。
「なんだ? 仲間割れか?」
偶然その様子を見ていたルナサリアンのエイシは呆気に取られるが、それは単なる誤解であった。
なぜなら、ヴァイルのスターメモリーがいた場所を蒼い光線が通過したからである。
「乱暴な援護防御で申し訳なかったな……機体に異常は無いか?」
味方機を守るためだったとはいえ、事前通告無しに手荒な方法で突き飛ばした非礼を詫びるセシル。
声で回避を促しても遅いと判断し、機体ごとぶつかるカタチでヴァイル機を敵の射線から無理矢理どかしていたのだ。
「いえ、謝るのはこちらの方です。貴女が割り込まなかったら私も隊長たちと……」
隊長と先輩の墜ちる瞬間が脳裏でフラッシュバックし、ヴァイルは言葉を詰まらせる。
年齢のわりに経験豊富なセシルはその様子だけで彼女が置かれている状況を察することができた。
「……君、所属部隊はどこだ?」
「国防空軍3-10、ヴァイル・リッター少尉であります」
ヴァイルの言う「3-10」とは前が航空師団、後ろが飛行隊を意味している。
「3-10……エリダヌス隊か! あの手練れの部隊が壊滅するとは……」
確かに、ヴァイルが駆るスターメモリーの肩部に描かれている部隊章――「星が流れる大河」はまさしくエリダヌス隊のそれだ。
軍内部では有名な部隊の壊滅を知り、さすがのセシルも驚きを隠せない。
つい数時間前にエリダヌス隊の隊長と会話を交わしていたのに、それが最後になるとは思ってもみなかった。
「隊長……この娘、どうしましょうか?」
戦場に一人取り残されたヴァイルへ同情するスレイ。
彼女がどんな模範解答を望んでいるかなど、とっくに見当は付いていた。
「ルーキーを放っておくワケにもいかんだろう……ヴァイル、一時的に私の指揮下へ入れ」
「え……!?」
予想外の命令に思わず躊躇いをみせるヴァイル。
「部隊は違えど同じO.D.A.Fじゃないか。大丈夫、ウチの鬼隊長についていけば生き残れるぞ」
それに対しアヤネルは自分たちの「鬼」隊長を信じてくれるよう促す。
「ゲイル1からゲイル3へ、余計な一言で出世のチャンスを潰さんようにな」
「まあ、根は優しい人だけどマニューバがえげつないからね」
「スレイ! お前もなあ……!」
戦場とは思えないほどリラックスした遣り取りにヴァイルは思わず笑みを零した。
純粋な操縦技量の高さや丁寧に整備された機体だけではない。
戦争という極限状況でも正気を保ち続ける「心の強さ」こそ、ゲイル隊が生存率100%を誇るエース部隊たる所以だろう。
「――とまあ、私の部下は少々うるさいが腕は確かだ。君のことを十分フォローしてくれるだろう」
そして、その部隊を率いるのはセシル・アリアンロッド中佐。
実力、実績、人格を兼ね備えた国防空軍最高のエースドライバーの一人である。
「……了解しました。これからは貴官の指揮下に入ります、いつでもご命令を!」
エース部隊の末端に未熟な自分が混じって良いものか――。
そう思いながらもアヤネルたちの後押しを受け、ヴァイルはゲイル隊と共に戦うことを選んだ。
「よし、私の機体に掴まってくれ。君の敵討ちを手伝うぐらいはできる」
指揮下に加えた彼女のスターメモリーを自機の背中へ掴まらせ、セシルはスロットルペダルを踏み込む。
もちろん、目指すのは超長距離狙撃でこちらを苦しめるスナイパーの居場所だ。
「(これで10機か。まあ、雑魚を狙っていればこんなものだな)」
本日10機目の撃墜を確認すると、超大型狙撃銃が冷却できるようニレイは攻撃の手を緩める。
このレベルの光学兵器になると発熱量も凄まじいため、水冷式の冷却装置と排熱機構を銃に内蔵することでオーバーヒートを抑えているのだ。
周辺の大気温度が低いこともあり、超大型狙撃銃の銃身からは真っ白な湯気が生じていた。
「……隊長! 高速で接近する敵を3機捕捉しました!」
その時、双眼鏡で敵部隊の動向を確認していた副官が声を上げる。
それを聞いたニレイはすぐにレーダー画面へ視線を移す。
「素早いな……可変型の機体か? 『オーディール』とかいう名前だったと思うけど」
彼女のツクヨミ指揮官仕様は超大型狙撃銃を構え直し、計器投映装置のズーム機能を利用しながら索敵を行う。
「おいおい、敵機は4機いるじゃないか。しっかりしてくれ」
「え? 4機?」
隊長からの指摘に対しキョトンとする副官。
確かに、レーダー画面上では機影は3つしか映っていない。
ニレイの言う4機目とは一体何者なのだろうか。
「接近してくる敵部隊は2機種で構成されている。そのうち3機は『オーディール』だが、1機だけそれに掴まる『スターメモリー』が――って、あいつ……さっき逃がした奴だ」
そう、副官はレーダーに頼り切っていたので想像できなかったのだ。
オーディールにスターメモリーが掴まっていれば、画面上では「MFより一回り大きい物体」として映し出される可能性を。
「しかも……結構な大物を引き当てたかもしれない。あの型の『オーディール』は噂のゲイル隊と見た!」
敵方の精鋭部隊を照準器に捉え、狙撃手としての血が騒ぎ始めるニレイ。
とはいえ、あまり興奮していては精密射撃などできるワケが無い。
心を落ち着かせるために一旦深呼吸し、操縦桿を握り直す。
「……」
自らの心音と呼吸音しか聞こえない領域まで集中力を高め、彼女は操縦桿の引き金を引くのだった。
いつもの感覚なら必中――のはずなのだが……。
「隊長、独断で戦闘空域の外れに来て大丈夫なんですか?」
大勢の味方部隊がいるチューレ基地上空を離れ、作戦には無い敵スナイパーの排除を狙う隊長へ疑問を呈するスレイ。
「問題無い、対地攻撃は爆装している部隊のほうがよくやってくれる――攻撃来るぞ、避けろッ!」
いつもならセシルの指示とほぼ同時に動くが、今回のスレイとアヤネルは反射的に散開していく。
その直後、蒼い光線が彼女らの機体の近くを掠めていった。
「あのレーザー、直撃したら融けるかもな……! 確実にかわしていこう!」
口振りからは余裕さえ感じられるが、内心では思わず肝を冷やしたアヤネル。
言葉で自らを奮い立たせるのが彼女なりのやり方なのだろう。
「ゲイル1から各機、今の攻撃は連射が利かないタイプと見た。次の一撃が来るまでに距離を詰めていくぞ!」
ここは大胆に打って出るよう部下たちへ促すセシル。
一撃が極めて重いことはヴァイルが十分理解している。
だが、これだけ強力なレーザーになると発熱量やエネルギー消費も凄まじいはずであり、現代の技術水準を考えれば連射は不可能――というのがセシルの予想だった。
そもそも、戦場でチンタラ飛んでいたら攻撃可能になった瞬間、真っ先に狙い撃たれてしまうのだ。
「ヴァイル、しっかり掴まっていてくれ。激しい回避運動で振り落とすかもしれないからな」
「大丈夫です、私のことは気にせず戦ってください」
機体を限界まで振り回すセシルの操縦は「映像を見ただけで酔う」と揶揄されるほど激しいことで知られる。
大丈夫だと言い張るヴァイルは度胸があるのか、あるいはセシルのヤバさを知らないのか。
いずれにせよ、彼女は激しいGへ晒されるハメになるだろう。
「……来るッ!」
次の瞬間、自機へ向けて攻撃が来るのを察したセシルは鋭いバレルロールで蒼い光線をかわしていく。
機体上面にMF1機を乗せながらも驚異的な運動性を発揮するオーディールM。
事前の発言通り、このマニューバは「乗客」を考慮したモノではなかった。
「うぐっ……!」
スターメモリーでは滅多にお目に掛かれないGを体感し、女の子とは思えない呻き声が出てしまうヴァイル。
機体フレームの軋む音まで聞こえてくるような錯覚を抱くが、Gから解放されたことで何とか一息つくことができた。
「へばっている場合じゃないぞ、ヴァイル! 前方から敵航空部隊が多数接近している!」
ヴァイルのことも若干気遣いつつ、アヤネルは隊長へ敵増援の出現を伝える。
レーダーディスプレイでは全領域戦闘機よりも大きな機影の存在がいくつか認められた。
「どうするんだ、隊長? 私は貴女についていくつもりだが……」
「強行突破だ!」
部下の質問に対して食い気味に返答するセシル。
無論、これは彼女が「確実に行ける」と踏んだうえで出している指示だ。
「おそらく、スナイパーは後方から高みの見物をしているはずだ。ならば、こちらからインファイトへ持ち込んでぶん殴ってやる」
敵スナイパーの攻撃範囲をウロウロしていたら超長距離狙撃の脅威に晒され続けるうえ、今度は敵機の動向にも注意を払わなければならなくなる。
片方に気を取られ、もう一方に隙を見せてしまう――そういう状況に陥るリスクはあまり好ましくない。
つまり、最も厄介なスナイパーを先に排除し、取り巻きは邪魔な機体だけ叩き落す――これがセシルの立てた戦術だった。
「ゲイル1より各機、全力で私についてこい! 落伍した奴から狙い撃たれると思え!」
彼女はそう叫ぶと愛機オーディールを急加速させ、後方にいたヤタガラスやツクヨミを振り切っていく。
スレイとアヤネルの機体も隊長機に続き、ゲイル隊は敵スナイパー――ニレイのもとへ翔けるのだった。
その頃、ニレイは少なからず焦りを抱いていた。
「くッ……あいつら、私の射線を完全に見切っているのか!?」
連射が利かない超大型狙撃銃による攻撃はこれ以上不可能と判断し、より汎用性の高い狙撃光線銃へと持ち替える。
「隊長、ここは連携攻撃で敵を追い込みましょう」
ニレイほどではないが副官も高い射撃技術を持っており、演習では約10000m先の標的機を撃ち抜く成績を残している。
「分かった、私の射撃に合わせてくれるとありがたい」
「任せてください!」
副官の心強い返事に安心したニレイは照準器を覗き込み、躊躇無く引き金を引く。
それと息を合わせるように副官のツクヨミも狙撃光線銃を放ち、二条の蒼い光線が敵部隊へと襲い掛かった。
「ダメだ、避けられた!」
だが、手数を倍以上に増やしても敵部隊は見事な回避運動で狙撃をかわしていく。
これまで屠ってきた雑魚とは全く次元の異なる、驚異的な操縦技量を持っているらしい。
「攻撃を続けろ! 連続で撃ち込めば必ず隙ができるはずだ!」
チャンスだと感じたらすぐに引き金を引き、精度と攻撃速度の両立を狙うニレイ。
彼女の狙撃は確実に敵機へと近付いていた。
「狭差か……次は直撃させる!」
天啓が舞い降りる――!
完璧なタイミングで光の矢を放った……はずだったのに。
隊長機と思わしき蒼いモビルフォーミュラは化け物じみた機動で狙撃をかわしていたのだ。
さて、ここからはついにゲイル隊の反撃が始まる。
「なるほど……スナイパーは大型機を足場代わりにしていたというわけね」
「移動できる狙撃ポイントとは、ルナサリアンもよく考えたものだ」
サキモリが大型機の上面でスナイパーライフルを構えている――という状況に、スレイとアヤネルは思わず顔を見合わせた。
ちなみに、ファイター形態のオーディールはコックピット内部が見えないため、彼女たちは互いの視線が合っていることに気付いていない。
「こういう時は『足場』を崩すに限る。各機、まずは大型機を撃ち落とすぞ」
MFドライバーとしてのプライドが高いセシルは鈍重且つ非武装な輸送機への攻撃に意欲的なタイプではないが、今回は珍しく自ら輸送機の方……厳密にはその上にいる敵スナイパーへと突撃していった。
「ったく、また隊長を避けながら攻撃をしなくちゃいけないのか」
以前よりも若干マシになったとはいえ、例の如く突撃戦法を取るセシルに呆れるアヤネル。
「しかも、今回はヴァイルちゃんを乗っけてるからねえ。相変わらず無茶をする人だよ」
同僚の言葉に共感しつつもスレイはMF用空対空ミサイル「MR-202 ルミナスアロー」の安全装置を解除し、ルナサリアンの全領域戦略輸送機へ狙いを定める。
「スレイ、間違っても隊長たちを吹き飛ばすなよ。まあ、あの人はわりと頑丈そうな気もするが」
「はいはい、分かってるって……」
ミサイルのシーカーが敵機を捉え、ロックオンを示す電子音と共にHISへ「SHOOT」という文字が表示される。
最近のミサイルは誘導性能の進化が著しく、適切なタイミングで発射すれば確実に敵機のウィークポイントへと向かってくれる。
まあ、実際に命中するかどうかは別の話だが。
「ゲイル2、シュート!」
「ゲイル3、ファイア!」
スレイ機は空対空ミサイル、アヤネル機はレーザーライフルというそれぞれの得意武器で敵輸送機に攻撃を仕掛けるのだった。
O.D.A.F
「Olient Defense Air Force」の略称。
オリエント語の文法の都合上、英語とは異なる語順となっている。




