【BTF-31】舞い降りる白百合
部下の命を奪った漆黒のMF――クリノスにトドメを刺すべく、カタナを力強く振りかざすルナの改ツクヨミ指揮官仕様。
「ッ! 何奴!?」
ところが、彼女の一撃は突如目の前に現れた3本指の簡易マニピュレータに阻まれてしまう。
同じような装備をクリノスも使っていたが、位置関係的にこの機体が放ったものではないことは明らかだ。
「白いモビルフォーミュラ……こいつの同型機か? しかし、なぜ電探に反応しなかった!?」
新手の登場を察知したルナが紫色の空を見上げると、その視線の先にはクリノスと同型と思わしき純白のMF――フルールドゥリスの姿があった。
リリーのフルールドゥリスは直前まで機上レーダーや敵味方識別装置を停止させていたうえ、索敵しづらい死角から接近することで奇襲攻撃へと繋げていたのだ。
「サレナちゃん、歯ぁ食いしばりなさいッ!」
「……ッ!?」
ワイヤーアンカーを巻き戻した純白のMFは地面に降り立つや否や、サレナのクリノスに強烈な平手打ちを見舞う。
片膝立ちで何とか堪えていた漆黒のMFもこれには耐え切れず、体勢を崩しそのまま尻餅をつく。
「な、何をしているんだ彼女たちは!? 理解が追いつかないぞ!」
スターライガ側の事情を知らないルナにとって、目の前の出来事はあまりにも唐突すぎる同士討ちにしか見えなかった。
動揺のあまりカタナを落としてしまった黒いサキモリを尻目に、先ほど平手打ちをぶちかました妹へと歩み寄るリリーのフルールドゥリス。
「互いにいい歳だから今更説教するわけじゃないけど……でも、お姉ちゃんからこれだけは言わせて」
あどけなさが残る顔立ちからは全く想像できないが、ラヴェンツァリ姉妹の実年齢は現時点で100歳ちょうどだ。
リリーの言う通り年齢的には説教が必要な時期を終えているべきであり、実際にサレナは周囲がとやかく言わないで済む程度には成熟している。
「イノセンスの力を素直に受け入れなさい。そうすれば純化された思考を以って『澄み切った世界』が見えるようになるから」
にもかかわらず、リリーが「修正」を織り交ぜてまで妹にイノセンスのあり方を説いているのは、それが人類史上最初の能力者――ファースト・イノセンティアとしての役目だと感じたからであった。
そして、自分と同じ精神的苦痛を味わわせないためにも……。
「ここから先は私に任せて、サレナはワルキューレに戻りなさい」
「……」
力尽くの説得でようやく落ち着きを取り戻し、ごく僅かに残されたエネルギーで何とか動き始めるサレナのクリノス。
「(よしよし、やっぱりサレナちゃんは良い子ね)」
妹の後退を見届けたリリーは心の中で一息つくと、一連の出来事を遠巻きに見守っていた黒いサキモリの方を振り向いて微笑む。
「一騎討ちにお邪魔してゴメンね。でも、たった一人の妹をイジメる奴は……許さないんだからッ!」
その声音こそいつも通りのアニメ声だったが、ヘルメットの奥に見える蒼い瞳は全く笑っていなかった。
「くッ! 手負いでなければここまで強力だとは!」
技術士官でもあるルナは純白のMFを一目で「クリノスの同型機」だと見抜き、細心の注意を払いながら過酷な連戦へと臨む。
完調状態のリリーとフルールドゥリスの組み合わせは非常に手強く、ダメージが蓄積しているルナの機体では攻撃をかわすだけで精一杯だ。
「(技量はこっちが上だが……しかし、機体の性能差と気迫は如何ともし難いな)」
操縦技量に関しては自らに分があるとしつつも、それ以外はほぼ全面的に負けていると冷静に分析するルナ。
今日のリリーはこれまでに無いほど気合が入っており、その見えざるプレッシャーにルナは明らかに気圧されていた。
「本当はこんな作戦望んでいないんでしょ!? ならば、なぜ戦い続けるの!?」
互いに格闘武装を切り結ぶ一進一退の攻防が続く中、ルナの心に触れたリリーは率直な疑問をぶつける。
「私は誇り高き月の軍人だ! たとえ個人的には受け入れ難い命令であろうと、組織の一員として遂行しなければならない!」
一般市民を巻き込む可能性がある作戦など、普通の人間ならば好き好んでやるわけが無い――。
当然、ルナも戦争犯罪への積極的な加担を拒む程度の良心は持ち合わせている。
だが、彼女は職業軍人だ。
たとえ胸糞悪い内容であったとしても、上層部の命令には従うしかない。
「君は優しい心を持っているのに……もったいないよ、そういう生き方!」
「懲罰兵を乗せた巨大兵器を突入自爆させる――そんな指揮官が優しく見えるか!?」
しかし、リリーの指摘には敵ながら思うことがあったのか、ルナは無意識のうちに最終手段を明かしてしまっていた。
「と、突入自爆って……備えあれば憂い無しとはよく言ったものね」
それを聞いた時には心の中で多少動揺したものの、表面上は平静を装いながら戦い続けるリリー。
「あなたたちスターライガが退いてくれれば、タケミカヅチの最終手段を使わなくて済む。逆に聞くが、あなたたちはなぜ自分の国以外を守ろうとする?」
何度目か分からない鍔迫り合いを経て互いに距離を置いた後、今度はルナの方からリリーへ「戦う理由」を問い掛ける。
「私の大切な人がそれを望んでいるからよ」
「誰が為に戦う――か。我々月の民と同じはずなのに、随分と異なる意味合いに聞こえる」
リリーもルナも自分以外のために戦っている点は同じ。
決定的に異なるのは「戦いを捧げる相手が誰か」であった。
「……あなたとは違うカタチで会いたかったな。結局、私は軍人であることを捨てられないようだ」
生まれた星が同じならば共に戦う道を選べたかもしれない――。
地球人と語らうのも悪くないと笑みを浮かべながらも、あくまでも月の戦士としてアキヅキ家に忠義を尽くそうとするルナ。
「最後まで祖国に殉じることを望むのね……ならば!」
イノセンス能力でその覚悟を汲み取ったリリーは愛機フルールドゥリスのリミッターを解除。
主兵装である大型ビームブレードをフルパワーモードに切り替え、全身全霊を懸けた本気の一撃を黒いサキモリへと叩き込むのだった。
最初の斬撃は直撃には至らなかったものの、ルナの改ツクヨミ指揮官仕様の左腕を斬り落とすことには成功する。
「……ッ!」
「チェストォッ!」
そして、相手が怯んだ僅かな隙にリリーのフルールドゥリスは力強い袈裟斬りを繰り出し、黒いサキモリを今度こそ一刀両断してみせた。
「(やっと成功した……私とフルールドゥリスの最高の連撃……!)」
上半身を両断された改ツクヨミ指揮官仕様の残骸に背を向け、大型ビームブレードを左腰ハードポイントに収める純白のMF。
今使用したパターンアタックはシミュレーションでもなかなか安定せず、これまで実戦では封印していたリリー独自の戦闘機動であった。
「リリー! お前また勝手に飛び出してきたのか!」
決闘が終わるのを見計らっていたかのように取り巻きと戦っていたライガたちが現れ、相変わらず1人欠けた状態ながらα小隊はようやく再合流を果たす。
幼馴染の復活がよほど嬉しいのか、言葉のわりにはあまり責めているようには感じられない。
「ええ、まあ……主役は遅れてやってくるって言うでしょ?」
能力者としての「壁」を越えたリリーも持ち前の明るさを取り戻し、いつものような調子で軽口を叩く。
「リリーさんはどちらかと言うとヒロインじゃ……」
「それよりも、だ。お前の好きそうな巨大ロボットがなかなかに手強くて、戦線を一気に押し上げている。復活直後で悪いが早速働いてもらうぞ」
クローネの至極当然なツッコミをスルーしつつ、リリーに対し巨大ロボットことタケミカヅチとの戦いへ参加するよう求めるライガ。
隊長を含むシモヅキ隊が全滅した今、残る敵は3機のタケミカヅチだけだ。
「もちろんよ! サレナちゃんが抜けた分はリリーが頑張るんだから!」
そう意気込むリリーにもはや迷いは見られなかった。
少なくとも今は……。
一方その頃、護衛戦力を全て失ったタケミカヅチ部隊はスターライガの集中攻撃に晒され、目標地点まであと少しというところで足踏み状態に陥っていた。
「そ、操縦室に火が……!」
「あたしたちはもうダメだ! 後は頼む――!」
足止めを食らっている間に致命傷を受けた機体の首回りから大きな爆発が起こり、その通信を最後に鋼の巨人は立ったまま沈黙してしまう。
「また1機やられた!」
「クソッ! シモヅキ隊長との通信も途絶してるし、このままじゃ全滅だぞ!」
右隣に座る操縦補佐官の報告を受けたカレハヅキ・シノは視界に入る全ての敵機をロックし、怒りのままにタケミカヅチのほぼ全武装を発射する。
短期間とはいえ同じ釜の飯を食った同僚たちの死には思うところがあったのだ。
「シノ、先に行きな! 1機でも市内中心部に到達すれば勝ち確定なんだろ!?」
そんな中、まだ生き残っているタケミカヅチの搭乗員はシノに目標地点へ向かうよう促す。
「あ、ああ……」
それが「自分を捨て石にして進め」と同義であることを察し、煮え切らない返事で答えるシノ。
「できれば原隊でお前と会いたかったよ。それじゃ、この戦争が終わったら一杯やろうぜ」
現世では二度と叶わないであろう約束を交わすと、戦友はいつものように笑いながら最期の戦いへと臨む。
「……その時は『夢望郷』でな」
静かにそう呟いたシノはスロットルペダルを踏み込み、猛攻撃を受ける僚機から目を逸らすように目標地点――ホワイトハウスへと特攻をかけるのだった。
【夢望郷】
月の伝承に登場する理想郷のこと。
そこから転じて天国の代名詞として用いられる場合もある。
ちなみに、オリエント神話にも類似した概念として「ヴワル」という言葉が存在する。




