【BTF-24】黄昏の巨人たち
デルマーバ半島の大西洋側に面している、何の変哲も無い小さな海岸――。
観光地化されていない砂浜に16機の改ツクヨミ指揮官仕様が上陸し、大きすぎて目立つタケミカヅチの代わりに周辺警戒を行う。
鋼の巨人は状況が確認できるまで水中待機だ。
「全機、水中行動装置を分離!」
「「「了解!」」」
先んじて上陸したルナの号令でサキモリ部隊各機はオプション装備をパージすると、機上レーダーのモードを切り替えて周囲の索敵を始める。
「半径80キロメートル以内に敵影認められません!」
「この辺りに軍事拠点は無いと聞いているが……サキモリ部隊は警戒を怠るな! 索敵と露払いは我々の仕事だ!」
僚機の報告を受けたシモヅキ隊副官は警戒態勢の維持を命じつつ、隊長のルナに前進するか否かの判断を仰ぐ。
「シモヅキ隊長、このまま大隊を前進させますか? 味方艦隊との合流を考慮した場合、あまりゆっくりしていられる余裕は無いかと」
彼女は現在時刻と作戦エリアまでの距離、そして味方艦隊に回収してもらう予定の時間を照らし合わせた結果、慎重すぎると間に合わないかもしれないと意見を述べる。
「分かっているよ。私たちサキモリ部隊を前、主力のタケミカヅチ部隊を後方に配置した陣形でまずはアナポリスの潜水艦用通信施設を破壊する。タケミカヅチの火器管制装置の確認もしておきたいからね」
それを聞いたルナは副官の提案を受け入れ、陣形と進攻ルートをもう一度再確認する。
攻撃目標はあくまでもワシントンD.C.だが、アメリカ海軍の通信能力を削ぐためルート上にある軍事施設も破壊しておく。
「黒1より『巨人』たちへ、上陸したら警戒陣に移行! 周辺警戒を厳としつつ最初の攻撃目標へ向かう!」
「「「了解!」」」
ルナの指示と同時に8機のタケミカヅチはまるで怪獣のように陸へ上がり、首都ワシントンに向けて進撃を開始するのであった。
一方その頃、キリシマ・ファミリーやトムキャッターズといったお馴染みの面々と共に大気圏突入したスターライガは、ワシントンD.C.から約200kmほど離れたフィラデルフィア国際空港に停泊し緊急ブリーフィングを行っていた。
「――北アメリカに降下したルナサリアン艦隊の攻撃目標は、おそらくニューヨークかワシントンの二択。確率的には五分五分と言ったところかしら」
スターライガのMFドライバー全員をブリーフィングルームに招集し、現在追跡しているルナサリアン艦隊の動向について説明するレガリア。
片や世界最大の摩天楼を擁する大都市、片や世界2位の経済力を誇る超大国の首都。
攻撃目標としての戦略的価値や占領された際の影響力はあまりに大きすぎる。
「どちらかに賭ければいいというわけではなさそうだ」
それらを考慮した場合、ライガが指摘しているように一方に戦力を集中させるのはリスクが高い。
読みを外したら片方の都市は確実にルナサリアンの手に落ちるだろう。
「レガリアさん、戦力の分割はできないんですか?」
そんな中、珍しくブリーフィング中に挙手をしたレンカは「戦力を分割してどちらの可能性にも備えるべき」という優等生らしい意見を述べる。
「良い質問ね、レンカ。仮に私たちが一個艦隊規模の大所帯ならそうするけど、彼我の戦力差を考えると厳しいわね。大きな戦いでは兎にも角にも手数が欲しいのよ」
その提案については至極当然なものだと認めるレガリアであったが、現状の総戦力を分割しても状況は良くならないと彼女は考えていた。
「チップを賭けるには情報が足りないぜ。北アメリカに降下した艦隊の規模を見る限り、『二兎を追って二兎を得る』作戦かもしれねえ」
ルナサリアンは大戦力を以って欲張りな作戦を成功させるつもりかもしれない――。
そう語るのはテレビ会議システムでブリーフィングに参加しているマリンだ。
確かに、戦力を動かすにはまだまだ情報が足りないことは誰の目に見ても明らかである。
「それは私も気にしているわ……だから、あなたを含む機動力が高い機体の乗り手に偵察を任せたいと思っているの」
同時多発的な奇襲攻撃で地球側の通信網は麻痺しており、長距離通信でアメリカ軍に情報提供を仰ぐことは不可能に近い。
そのため、レガリアは極めてオーソドックスな「オプション装備を付けた高機動機に戦術偵察を担当させる」という作戦を打ち出し、自分たちの力で情報収集を行うことを決断する。
「へッ、そういうことならボクがやってやるぜ! ちょうどストレーガを大気圏内で動かしたいと思ってたんだ」
彼女から偵察要員として指名を受けたマリンは拳をポキポキと鳴らしつつ、未だ本格的な実戦を経験していない愛機スーペルストレーガの慣熟を名目に仕事を引き受ける。
「ならば、別方面はあたしが担当しよう。改良されたハイパートムキャットの性能確認にはちょうどいい仕事だしな」
それに触発されたわけではなさそうだが、ほんの数日前に改修作業を終えた愛機を受け取ったヤンも偵察要員に志願する。
「よし、こちらからは複数機を偵察に送り出すわ。具体的な担当空域はブリーフィングが終わり次第決めるから、その割り振り表を受け取ったらすぐに出撃してちょうだい」
地味ながらも大切な役目を担ってくれる彼女たちに感謝しつつ、レガリアはブリーフィング終了を宣言するのであった。
「以上、解散!」
割り振り表をメールで受け取ったヤンは僚機を引き連れて出撃。
彼女たちが偵察するのは南西方向の空域――ワシントンD.C.に程近いボルチモアやアナポリスといった都市がある地域だ。
「ここら辺はまだアメリカ軍が押さえているんでしょう? 奴らは一体全体どこへ行ったって言うんですかい?」
ウィングマン(僚機)を任されたベテランドライバーのシンドルはヤンの機体の上に乗り、タッグの「目」として周囲を監視する。
今のところは他の航空機と一度も遭遇していないためか、彼女はアメリカ軍の鈍さについてリーダーと議論を交わすほどの余裕を見せていた。
「今のアメリカ軍はガタガタだ。その状況下で残存戦力を何とか纏め上げ、ルナサリアン艦隊に抵抗できているだけでもマシな方だな。ま……遅かれ早かれ組織的な戦闘力は失われると思うが」
元海兵隊員のヤンは軍人時代の伝手を活かして軍事情報を集めることがある。
そんな「信頼できる情報筋」によると、6月のエアフォースワン撃墜事件以来アメリカ国内は混迷を極めており、大統領職の継承さえまともに進んでいない状況らしい。
当然ながらその影響はアメリカ軍にも及び、命令を出せる者がいないことから軍は自己判断で本土防衛を行っている有り様だ。
「大体、アメリカが考え無しに月面着陸なんて計画しなければ――」
「静かにしろ! 機上レーダーに反応……この距離で捕捉できるということは、もしかしたら大物かもしれんぞ」
シンドルがこの戦争の遠因となった「ムーントリップ計画」について批判しようとしたその時、彼女の話を遮るようにヤンは声を上げる。
4~5mの機動兵器はかなり近付かないとレーダーに捉えられないため、視程外にもかかわらずハッキリと捕捉できているアンノウンは巨大兵器である可能性が高い。
「しっかり掴まってろよ、シンドル! これだけの距離でもレーダーに映るバケモノを拝んでやろうぜ!」
上に乗っかっているシンドルのスパイラルC型が固定されていることを確認すると、ヤンは改装された愛機「HTM-14B ハイパートムキャット・カスタム」を強めに加速させるのだった。
夕暮れ時の空を飛ぶこと数分後――。
「姐さん! 10時方向にアンノウンらしき物体を……おいおい、嘘だろ!?」
肉眼と機上レーダーで監視を続けていたシンドルはついにアンノウンを発見する。
しかし、初めてその姿を視認した彼女は思わず我が目を疑った。
レーダー画面上の位置関係と遠近法に基づいて試算した場合、アンノウンの全高は最低でも25m程度はあるからだ。
「全天周囲モニターは正常だ。お前の目とセンサー類に問題が無いとしたら、あのアンノウンは本当に25mぐらいあるぞ」
一方、可変機のコックピットに収まっているヤンはモニター越しに目視するカタチとなり、画面をズームしながらアンノウンの大きさと数を見極める。
「巨大ロボットなんてジャパニメーションの中だけだと思ってたんだがなぁ」
「あたしもそう思いたいが、あいつらはアニメじゃない。本当のことだ」
MFの5倍はありそうな超兵器の登場に呆れるシンドルへ同意しつつも、夕暮れをバックに進撃してくる巨人たちは「リアル」だと窘めるヤン。
「(ジャパニメーションの巨大ロボットが複数機か……ルナサリアン艦隊は大規模な陽動で、本命はむしろこちらかもしれん)」
敵戦力をザッと確認した彼女は一つの仮説に行き着く。
ワシントンD.C.の北方約200kmに展開しているルナサリアン艦隊はあくまでも囮で、真の目的は巨大機動兵器による首都制圧かもしれない――と。
「シンドル、ここは一時撤退する。あたしたちの仕事はあくまでも偵察である以上、今は入手した情報を持ち帰ることを優先すべきだ」
「フッ、私は姐さんの指示に従うだけですぜ」
それが事実だとしたら可及的速やかに情報を伝えなければならないと判断し、ヤンはシンドルに対し一時撤退する旨を伝えるのであった。
【エアフォースワン撃墜事件】
6月4日に発生したとされるアメリカ大統領専用機が所属不明機に襲撃された事件。
これによりギャリー・ギーズ大統領(当時)を含む主要閣僚が全員死亡するという最悪の事態が発生し、アメリカは未曽有の政治的混乱に直面することとなった。
なお、2132年8月15日時点におけるアメリカ合衆国大統領は「空席」である。
【アメリカ軍の指揮権】
アメリカ軍の最高司令官は大統領であると憲法で定められており、本来は大統領や議会の承認無しに軍が行動することは認められていない。




