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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-21】覚醒とその代償

 スペースコロニー「桃源郷」での戦いから約2週間後――。

ようやく包帯が取れたリリーは体力を取り戻すべくリハビリに励み、今日はMFドライバーに必要不可欠な反応時間のテストに臨もうとしていた。

「よし、ではこれより『反射と思考の速度計測』を開始する。参考までに貴様の前回の記録は平均0.102秒・ペナルティ無しでSランクだ。それ以上の記録はまず出ないと思うが……まあ、0.120秒以下を安定して刻めば合格だな」

反応時間の計測は普段の訓練で使用しているシミュレータで行われ、VRヘルメット内に表示される敵役の光点を認識したら照準を合わせて操縦桿のトリガーを引くという単純なものだ。

しかし、実際には光点は複数同時に出現するうえ、色によって「格闘攻撃」「射撃攻撃」「攻撃禁止」といった条件が指定されているため、素早い対応と正確な判断の両立が要求される。

試験監督のサニーズが提示している平均0.120秒という合格ラインは、陸上競技のトップアスリートの反応時間とほぼ同じ数値であり、MFドライバーに対する要求の厳しさを如実に物語っていた。


「ねえ、計測機器の操作ができるリリカさんは分かるよ? でも、サレナちゃんとエンマちゃんはこのテストで何をするの?」

シミュレータのシート調整を済ませ、テスト用のVRヘルメットを頭の上に乗せたままこう尋ねるリリー。

前回の計測時も帯同していたリリカはともかく、彼女のチーフエンジニアを務めるエンマ・フェラーリや自身の妹サレナといった「余計な人たち」がいると、どうしても気が散ってしまいそうで嫌だったのだ。

「ああ、こいつらはそれぞれの研究分野に必要なデータを収集したいらしい。この二人のためにも真面目にやれよ」

その質問に対してもっともらしい答えを述べつつ、遠回しにテストへ集中するよう窘めるサニーズ。

表向きの目的はあくまでも「リリーの復帰時期の判断」であるが、サレナやエンマが監視しているモニターは反応時間の計測に必須な装置とは考えにくい。

「わ、分かってるよ……いつも通りにやれば大丈夫だよね」

「常にコンマ1秒を切れそうな世界で戦えている貴様なら問題無い。反応時間だけなら私よりも早いからな」

訝しみながらもVRヘルメットを被ったリリーがシミュレータに収まったことを確認し、サニーズは「反射と思考の速度計測」のカウントダウンを開始するのであった。

「計測開始のカウントダウン! 5、4、3、2、1……スタート!」


 ビーッ、ビーッ、ビーッ――。

スタート直後に突然エラーを知らせるアラーム音が鳴り響き、計測は1秒も経たないうちに強制終了されてしまう。

「ストップ! おいリリー、これはゲームみたいに先行入力をするものじゃないんだぞ!」

計測機器に表示されているエラーメッセージを確認したサニーズはすぐに計測中止を宣言し、それと同時に原因を作ったリリーへ釘を刺しておく。

エラーメッセージの内容は「入力装置が初期位置に固定されていない」「0.09秒以下での複数回反応」。

つまり、意図的では無いにせよ原因自体はリリーの方にあった。

「ええ? そんなことをしてないよぉ」

「本当か? クソッ、もう一度初めからやり直すぞ。5、4、3、2、1……スタート!」

自分は何も変なことはしていないと弁明するリリーを睨みつつ、計測機器を操作するリリカの横に移動し再びカウントダウンを行うサニーズ。

ところが、注意を払ったうえで始められた再計測でも結果は全く同じだった。

今回は入力装置の初期位置に問題は無かったが、医学的にあり得ないとされる0.09秒以下での反応が複数回見られたからだ。

「リリー、貴様ァ……!」

「いてッ」

完璧主義者であるサニーズはこの非効率的な状況に少し苛立っており、リリーに詰め寄ると彼女が被っているVRヘルメットを軽く小突く。

「落ち着けよ二人とも。サニーズ、次は合否判定抜きにやらせてみないか?」

それを見ていたリリカは年長者として当事者たちを窘め、試験監督のサニーズに「3回目はとりあえず最後まで通しでやってみるべき」だと提案する。

「……こいつなら人間の限界と云われるコンマ1秒を切れると?」

「理論上はあり得ることをデータが示している。まあ、どうなるか見てみよう」

リリーの異常な反応速度を「お得意の直感」だと考えているサニーズに対し、リリカは1回目と2回目のデータを見せながら「常識を改めるべきなのは自分たちかもしれない」と指摘するのだった。


「……計測終了! 降りていいぞ」

エラーメッセージの表示条件を変更したうえで行われた3回目の計測は無事に終わり、サニーズはリリーにシミュレータから降りるよう促す。

「お疲れ様、姉さん」

「ありがと……ふぅ、それで結果はどうだったの?」

サレナからタオルを手渡され、それで汗を拭きながら合否判定について尋ねるリリー。

「負傷前と同等以上の記録が出ているから問題無い。あとは貴様の体力とフルールドゥリスの修理次第だな」

懸念されていた反応速度については全く問題無く、あとはリハビリと機体の修理作業が終われば戦列復帰は可能だと太鼓判を押すサニーズ。

「そっか……何と言うか、今日はごめんね」

最終結論を聞いたリリーは申し訳なさそうに一言だけ詫びると、そそくさとシミュレータルームから出ていってしまう。

「ん? 別に怒っているわけじゃないんだがなぁ……」

「(姉さん……能力者(イノセンティア)としての覚醒が進んでいるというの……?)」

何か悪いことをしたのかとサニーズが戸惑い気味に頭を掻く一方、サレナは姉の言動がイノセンス能力の影響によるものだと察し始めていた。


「やあリリー、テストの結果はどうだった?」

リリーがシミュレータルームから飛び出すと、たまたまその先の通路を歩いていたルナールに気安く声を掛けられる。

「あの……すみません、急いでるんで」

だが、今のリリーに立ち話に付き合うほどの余裕は無く、彼女は申し訳なく思いながらも急ぐようにその場から立ち去る。

「おや……あまり良くなかったのかな」

「ちょっと様子が変ね……何週間か前に勝手に飛び出した時の戦闘で、あちこち怪我をしたのは知ってるけど」

リリーの後ろ姿を見送ったルナールとメルリンは様子がおかしいと感じたが、何か理由があるのだと判断し詮索はしなかった。

「ふむ、またウサちゃんリンゴを作ってあげるべきかな?」

「やめときなさいよ、姉さん。ああいう時は一人にしておいた方が良いと思うわ」

得意の飾り切りで励ましてあげようと意気込むルナールに対し、意外と冷静な性格をしているメルリンは姉がお節介を焼かないよう思い留まらせるのだった。


「お邪魔させていただく」

「リリーちゃんのテストは終わったの?」

リリーと入れ違いになるカタチでシミュレータルームを訪れ、彼女のテスト結果について尋ねるルナールとメルリン。

「ええ、結果は良好でした。ただ……最初の2回をエラーでダメにして、それを気に病んでいるのかもしれない」

計測機器の後片付けを行っていたサニーズは「良い結果」とだけ答えるが、リリーの気分が優れない理由について正確には分からないらしい。

「エラー?」

「姉さんたち、これを見てくれよ。こいつは通しで計測した時のデータなんだけど、医学的にはあり得ないとされる0.09秒以下で常に反応していたみたいなんだ」

途中経過を知らずエラーと言われてもピンと来ていないルナールたちに対し、計測機器の操作を担当していたリリカはノートパソコンに計測データを表示させ、このデータには理論上あり得ない点があることを指摘する。

「ふむ……マイナス数値を示しているのはミスなのか?」

「……いや、おそらくリリーはコンマ1秒程度なら未来を先読みできる可能性が示唆されている。それがイノセンス能力の一つなのかは断言できないが……」

画面を見ていたルナールが真っ先に気付いたのは、-0.08秒など反応時間が時折マイナス表示を記録している部分だ。

これはつまり、光点が表示される前に正確な入力が行われていたことを示しているのだが、出現パターンを事前に把握していない限り先読みは不可能である。

しかも、「反射と思考の速度計測」の出題はその都度自動生成されるため、実際に答え合わせをするまで誰も正解を知ることはできない。

一つ考えられるとすれば、リリーは常人には理解できない領域で未来予測を行っている――。

断定はまだできないが、現時点においてリリカはそう結論付けるしかなかった。

「人は『未来』が『現在(いま)』になった時、初めてその結果を知ることができるとされてきたわ」

姉妹の会話を聞いていたメルリンは今更ながら普遍の真理を述べる。

「たとえコンマ1秒であったとしても、リリーちゃんは時空の摂理を自らの力で変えられる可能性を持つ……そうだとしたらまさに『禁じられた力』というわけね」

そして、彼女は僅かながら未来を変える可能性を秘めたイノセンス能力を「禁じられた力」だと評するのであった。


 一方その頃、テストが終わった辺りから気分が悪かったリリーはすぐに自室のトイレへ駆け込み、便器の蓋を開けるとまるで酔っ払いのように「リバース」してしまう。

「うッ……えッ……オエッ……!」

昼食をほぼ全て吐き出してしまった彼女は口の中を洗い流すと、弱々しい足取りでそのままベッドの上に寝転がる。

「(これで何度目かな……人がたくさんいる所に行くと気分が悪くなって、すぐ吐いちゃうようになっちゃった。昔はトウキョウの人混みとかコミケ会場でも平気だったのに)」

母親と戦ったあの日からだ。

世界一の人口密度と揶揄される東京の満員電車や同人誌即売会すら経験してきたリリーだが、イノセンスとやらに覚醒した途端そういった場所に耐えられなくなった。

「(周りの人の存在自体がノイズというか……頭の中で鳴り響く雑音みたいに感じて気持ち悪い。これがイノセンス能力の一端だとしたら……ホントに最悪)」

それは感覚があまりに鋭利且つ広大になった結果、周囲の人間の存在を過敏に感じ取るようになってしまったからである。

しかし、だからと言って周りの人を「ここからいなくなれ」などと追い払うことはできない。

「(世界は際限無く広がっているはずなのに……どうして人間は一か所に寄り集まってノイズを発するの? 今の私には脳みそが壊れそうで耐えられないよ)」

イノセンティアとして覚醒したリリーの世界は無限に近い広がりを見せているはずだ。

だが、彼女の精神は広くなりすぎた世界に全く対応できておらず、それが心身に大きな負担を掛けていた。

「(一人にして……一人がいい……もう私に構わないで……!)」

このままでは遅かれ早かれダメになってしまう――。

心を壊されないための最後の手段は、それよりも先に自ら心を閉ざすこと。

でも……リリーは本当にその選択を望んでいたのだろうか?

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