【BTF-11】皇族親衛隊、前進!(中編)
「出力最大……発射ッ!」
計器投映装置に表示されている照準と巡洋艦「羽黒」の姿がピッタリ重なり合った瞬間、オリヒメは操縦桿のトリガーを引く。
彼女のツクヨミの長銃身大型光線銃から発射された蒼いレーザーは羽黒の艦橋に突き刺さり、その真下にある戦闘指揮所(CIC)の区画まで一気に撃ち抜いてみせる。
さすがに船底まで貫通することはできなかったが、それでも4~5m級の機動兵器としては驚異的な火力だ。
とはいえ、本当に驚異的なのは対空砲火が飛び交う中でも冷静沈着に狙いを定め、敵艦の中枢部を無力化したオリヒメの技量及び精神力だと言えよう。
「お見事です、オリヒメ様! 我々も続けて援護攻撃に入ります!」
それを見守っていたスズヤは素直に称賛の言葉を送りつつ、同僚のヤマヅキ及びアリヅキと共に主君を狙う対空兵器の排除へと取り掛かる。
CICを破壊したことが功を奏したのか、敵艦が展開する弾幕は明らかに非効率的でそうそう当たるものではなくなっていた。
「対空砲火が弱くなった……! よし、今のうちに推進装置も一気に潰すぞ! 姉上は引き続き武装の無力化を頼む!」
船底にダメージを与えながら姉の小隊と合流したユキヒメは弾幕が薄くなっていることに気付き、この機を逃さないよう更なる猛攻でトドメを刺すことを提案する。
推進装置を破壊された全領域艦艇は機動力を失い、ただ宇宙を漂流するだけになってしまう。
「ええ! 構造物を片付けて全通甲板にしてあげましょう!」
妹からの提案を月面ジョークで承諾すると、オリヒメは長銃身大型光線銃を弄りながら再攻撃に備えるのであった。
「冷却材排出! 続いて出力調整……よし! 照準……よし!」
フォアグリップを後ろに引くことで冷却材を排出しつつ、エネルギーをチャージしながら照準を定め直すオリヒメのツクヨミ。
次の狙いは燃料弾薬が保管されていると考えられる飛行甲板下のMF用格納庫だ。
そこを攻撃して誘爆を引き起こすことができれば、羽黒に多大なるダメージを与え一気に轟沈まで追い込める可能性が高い。
「オリヒメ様、後方から敵機! 援護します!」
「来たわね……攻撃の邪魔をしないでいただけるかしら!」
しかし、周辺警戒をしていたヤマヅキから警告を受けたことでオリヒメは攻撃を一時中断。
擬装風船(ダミーバルーン)を射出しながら回避運動に入ることで攻撃をかわし、彼女は愛機ツクヨミを反転させつつ長銃身大型光線銃の銃口を迫り来る敵機へと向ける。
「なッ……!?」
無謀にもオリヒメに挑んだ晴嵐22型甲のドライバーは驚くことしかできなかった。
長銃身大型光線銃の銃口は蒼い光を集束させ、灰色のMFを今まさに消し飛ばさんとしている。
まさか、わずか数秒で銃身が長い武器を振り回し、接射ができる体勢に持ち込んでくるとは考えていなかったのだ。
「巡洋艦にも有効なこの一撃……モビルフォーミュラの場合はどうなるか見せてちょうだい?」
相手が絶望的な表情を浮かべていることを想像し、舌なめずりをしながら操縦桿のトリガーを引くオリヒメ。
次の瞬間、巡洋艦すら沈める一撃を至近距離で食らった晴嵐22型甲の上半身は跡形も無く蒸発。
残された下半身も高温に晒され熔解した結果、四肢の末端部分を除き完全消滅してしまうのだった。
「……まあ、そうなるわね。塵一つ残さず消滅するのも止む無し、か」
とはいえ、日本軍MFドライバーの無謀な挑戦を犬死と決めつけるのは早計だ。
エネルギー消費が激しく使用回数に限りがある長銃身大型光線銃を無駄撃ちさせた点において、彼は一定の貢献を果たしたと言える。
……もっとも、死んでしまっては何の意味も無いのだが。
「反射的に光線銃を使ってしまったけど……フフッ、馬鹿はいくらでもやって来る!」
しかも、無駄撃ちしたことは多少悔しがっているものの、当のオリヒメ自身は余裕綽々といった感じで新たな挑戦者を迎え撃とうとしている。
「その長物は取り回しが悪いはず! 一気に懐へ飛び込めば!」
「オリヒメ様ッ!」
味方の仇討ちに燃える日本軍機の突撃とスズヤの警告はほぼ同時であった。
スズヤは僚機との連携攻撃で敵機を足止めしようとするが、運動性に優れる晴嵐22型甲は射撃を巧みにかわしながら間合いを詰めていく。
「甘いッ! だからあなたはアホなのよ!」
その気迫は称賛に値するが、それだけで戦いに勝つことはできない――。
オリヒメのツクヨミは冷静沈着に長銃身大型光線銃を手放し、空いた右マニピュレータでカタナを抜刀することで敵機の斬撃を受け止めてみせる。
「こいつ……指揮官だけあって手練れか!」
「威勢だけは認めるけど、私と対等に戦う領域には至っていないわ」
114式MF用光学軍刀による渾身の一撃を悉く切り払われたことで、晴嵐22型甲のドライバーはようやくオリヒメの技量――天と地ほどの実力差に気付くが、その時には銀色の刃が自機のコックピットへと迫りつつあった。
「く、クソッ! ルナサリアンめ――!」
結局、自らの無謀さを思い知ると同時に彼は機体諸共一刀両断され、怨嗟の声を上げながら星の海に散る。
「私に挑んだのが運の尽きね……その不幸は因果地平の彼方で呪いなさいな」
手応えの無い鍔迫り合いを終え、先ほど投棄した長銃身大型光線銃を回収するオリヒメのツクヨミ。
納刀されたカタナには人を斬った証拠である真っ赤な血糊が生々しくこびり付いていた。
「姉上は派手に暴れ回っているようだが……まあいい。こちらは敵艦の推進装置破壊に集中するまで!」
戦場で大立ち回りを演じているオリヒメのことを多少心配しつつ、ユキヒメは自分に課した役割に専念する。
彼女が率いる第2小隊の仕事は、羽黒の推進装置を破壊し機動力を完全に削ぐことだ。
「貴様ら、私の合図で攻撃を集中させろ! 一気に決めるぞ!」
「「「了解!」」」
上官の号令と共にモミジ、フミヅキ、カワヅキの3人は乗機を加速させ、誘導弾発射機(ミサイルランチャー)を構えながら一斉射撃に備える。
サキモリの火力は艦艇を沈めるには若干物足りないが、ウィークポイントを同時攻撃で攻めれば多少は補うことができる。
「くッ、羽黒の推進装置を狙うつもりか!? やらせはせん、やらせはせんぞ!」
その意図を見抜いた晴嵐22型甲のドライバーは突撃銃をリロードし、牽制射撃で弾丸をばら撒きつつ第2小隊の背後へと就ける。
僚機は第1小隊の相手で手一杯なのか、彼以外の機体が迎撃に加わる気配は無い。
「ユキヒメ様! 後方より追撃を仕掛けてくる敵機がいます!」
「そのまま引きつけておけ! 防御兵装を使用しながら攻撃態勢を維持!」
フミヅキからの警告にユキヒメは「回避運動はしない」という指示で答え、電波欺瞞紙と欺瞞火炎弾――地球で言うチャフ及びフレアを散布することで妨害を試みる。
本来は対ミサイル用の防御兵装だが、場合によっては敵機の注意を逸らす手段としても使えるのだ。
「射撃開始ッ! 爆発には巻き込まれるなよ!」
防御兵装が何かしらの役に立つことを期待しつつ、僚機に一斉射撃を命じるユキヒメ。
推進装置は装甲が比較的薄いため、回転式多銃身機関砲の鉛弾と対艦誘導弾を食らったらひとたまりも無い。
「ぶ、ぶつかる!? ここで右に――!」
そして、ユキヒメたちが散布したデコイに気を取られ、反応が遅れた晴嵐22型甲のドライバーの末路は……。
「直接手を下すまでも無かったか……素人め」
推進装置へのダメージがトドメとなり、次々と誘爆を起こしながら星の海に沈みゆく羽黒。
勝手に自滅した敵機をこき下ろすと、ユキヒメはオリヒメ率いる第1小隊と合流し戦局を確認する。
母艦を失った敵MF部隊には若干の動揺が見られるものの、それでもなお駆逐艦の周囲に展開し任務を果たそうとしていた。
「この艦はもうおしまいね。乗組員たちが慌てて退艦しているわ」
救命ボートに乗り込む者、爆炎から逃れるためとにかく宇宙空間へ身を投げる者――。
その地獄のような光景をオリヒメは微笑みながら見下ろしている。
「戦意を失った者を撃つなよ。強者は時に寛容でなければならない」
「フフッ、私がそこまでの外道に見えて?」
姉の「悪い癖」に危機感を抱いたユキヒメはハッキリと忠告を述べるが、当のオリヒメは妹をからかうような口調で相変わらず笑っている。
さすがに残虐行為を働くような人間ではないとはいえ、タチの悪いイタズラ――例えば「当たるか当たらないかのギリギリに威嚇射撃を撃ち込む」ぐらいは平気でやりかねない。
「……まだ対艦戦闘を続けるのか?」
「そうね……愚かにも我が一族と同じ『アキヅキ』の名を冠する、あの駆逐艦に制裁を下さないといけないわね」
しかし、次の質問にオリヒメは真面目に――表情を引き締めながら答えてくれた。
日本海軍は主力駆逐艦に「秋月型」という名称を付けており、何の因果かアキヅキ姉妹の前に立ちはだかっている駆逐艦の一隻がネームシップにあたる「秋月」だったのだ。
「うむ、我々はあれを『ガンサク型駆逐艦』と言い換えている。しかし、それも今日で終わりだ」
当然、支配者一族と敵国の艦名が同一であることは都合が悪いため、ルナサリアンは秋月型駆逐艦を「ガンサク型駆逐艦」と呼称している。
ガンサクとは月の言葉で「偽物」「紛い物」という意味だ。
だが、偽物をこの世から抹消してしまえば言い換えはもはや必要無い。
ユキヒメは姉の方を振り向き、自分たち姉妹と同じ名を持つ駆逐艦へ引導を渡すよう促す。
それに対するオリヒメの返答は長銃身大型光線銃の冷却材排出――つまり賛成であった。
「「この世界に『アキヅキ』は我々だけでいい!」」
全く同じタイミングで愛機ツクヨミを加速させ、全く同じ啖呵を切りながら秋月へと襲いかかるアキヅキ姉妹。
「突っ込んで来るぞ! 迎撃に移る!」
母艦を失い秋月の周囲に展開していた日本軍MF部隊はすぐさま反撃に転ずるが、アキヅキ姉妹の相手はこのような雑魚どもではない。
「貴様ら如き雑兵の相手など、我々で十分!」
「オリヒメ様、ユキヒメ様! 今のうちに敵艦を!」
主君の意図を汲んだスズヤとモミジは僚機と共に敵MF部隊のターゲティングを引きつけ、アキヅキVS秋月の対決に邪魔が入らないようお膳立てを整える。
「恩に着る……さあ姉上、一気に決めるぞッ!」
「ええ、良くってよ!」
頼れる親衛隊員たちに感謝しつつユキヒメとオリヒメは濃密な対空砲火を掻い潜り、絶好の攻撃ポイントと言える敵艦の頭上に到達。
それぞれの対艦戦闘用武装である回転式多銃身機関砲と長銃身大型光線銃を真下に向かって構えると、姉妹はもう一つの「アキヅキ」を終わらせるために操縦桿のトリガーを引くのだった。
「「沈め! 『アキヅキ』の名を騙る忌まわしき艦よ!」」




