【BTF-9】オリヒメ、出陣
所属不明艦から砲撃を受けたスカーレット・ワルキューレではすぐに第1戦闘配置が発令され、ミッコ艦長以下ブリッジクルーはCIC(戦闘指揮所)へ移動し艦隊戦に備えていた。
「威嚇射撃……いや、それにしては敵意が前に出過ぎている。キョウカ、所属不明艦の照合を!」
「既に行っています! データ照合……解析完了! 艦種は航空巡洋艦1と駆逐艦2、摩耶型と秋月型です!」
威嚇射撃とは言い難い正確な砲撃に警戒しつつ、まずは所属不明艦の確認をオペレーターたちへ指示するミッコ。
だが、そういった指示が出ることを予想していたのか、既に艦種照合を始めていたキョウカは解析結果の報告を以ってそれに答える。
「マヤタイプとアキヅキタイプ……日本海軍のパトロール艦隊がなぜここに? ねえ、具体的な艦名まで絞り込める?」
日本艦隊が偶然この宙域を通りかかるとは考えづらい――。
偶然とは思えない接触に懸念を抱きつつも、ミッコは艦名の特定ができないかオペレーターたちに尋ねる。
このご時世、軍艦がどこを母港にしているかはインターネットで調べれば簡単に分かるため、艦名を特定できれば出撃地点から自分たちと接触するまでの航路を推測できる可能性があるからだ。
日本海軍の宇宙拠点は1か所だけなので、本土の母港から拠点経由でやって来たと考えられるが……。
「データベースともう一度照らし合わせてみます……巡洋艦が『ハグロ』、駆逐艦が『アキヅキ』と『ハツヅキ』であると思われます」
先ほどの結果を基により詳細なデータ解析を行い、キョウカは自分たちと対峙している日本艦隊が摩耶型巡洋艦「羽黒」、秋月型駆逐艦「秋月」「初月」の3隻編成である可能性が高いと報告する。
これらは比較的最近就役した、最新鋭ではないものの現役バリバリの艦艇たちだ。
「パトロール艦隊にしては一線級の艦艇を揃えているわね……まあいい。キョウカ、日本艦隊の旗艦と思われる『ハグロ』と通信回線を繋いでちょうだい。対話で誤解を解けるのならば、それに越したことは無い」
軍艦は運用するだけでも相応のコストが掛かるため、重要性が高くないエリアでの哨戒任務には二線級の少し古い艦艇を利用し、主力艦隊は決戦に備えて温存しておくのが一般的とされる。
にもかかわらず、日本海軍は3隻とはいえ一線級の艦艇で構成された艦隊を送り込んできた。
ミッコは真っ向勝負よりも平和的解決を優先すべきだと考え、旗艦を務めていると思われる「羽黒」との通信を試みるよう指示を出す。
「了解しました!」
キョウカたちオペレーターが通信回線を確保しようと頑張っている間、その努力に干渉しないようミッコは火器管制官とMF部隊へ強い口調で命令を下すのであった。
「全砲塔、仰角そのまま! 相手が本気で殺しに来るまでは無闇に反応するな! MF部隊も指示があるまでは攻撃行動を禁ずる!」
ミッコの「自分が指示を出すまで攻撃禁止」という命令はすぐにMF部隊全機へ通達され、ライガたちに代わり指揮権を託されているサニーズは全員へ指示の再確認を行う。
今は彼女がMF部隊を動かし、その行動に全責任を負う前線指揮官だ。
「全機、ミッコ艦長の指示を聞いたな? 彼女が良いと言うまでは絶対に手を出すなよ! 下手をすればニッポンという国自体を敵に回すことになりかねないからな!」
スターライガという組織は意外にも指揮系統がしっかりとしており、上位者の命令が末端まで伝わらないというトラブルは滅多に起こらない。
とはいえ、指示に対する不平不満が漏れることは決して珍しくなく……。
「クソッ、バリアフィールドの内側とはいえ一方的に撃たれるのはイライラするぜ」
「警告無しでの艦砲射撃は国際法違反じゃないのか!?」
武闘派的な一面を持つリュンクスとアレニエは命令にこそ従っているものの、日本艦隊への反撃が許されない状況に明らかに苛立っていた。
ワルキューレのバリアフィールドの範囲内にいれば艦砲射撃を食らう心配は無いはずだが、バリアフィールドは永遠に展開できるわけではない。
彼女らと同じような不満は誰もが抱いているはずだが……。
「気持ちは分かるが、変な気を起こすんじゃないぞ傭兵トリオめ! 初動はルナサリアンの航空隊に任せておけ!」
その心情を同じ戦士として理解したうえで、サニーズはあくまでもプロフェッショナルとして命令遵守を徹底させるのだった。
「クローネちゃん、そのハミルトンだかベッテルだか忘れたけど……君が受領した新型機の出番は早速あるかもね」
攻撃禁止の御触れが出されたことで暇を持て余す中、リリーは今回より投入されたクローネ用の新型機の姿を改めて確認する。
一見するとライガのパルトナ・メガミ(全高4800mm)に近いシルエットをしているが、同機よりも一回り小型なので接近すれば比較的容易に見分けが付く。
「この機体の名前は『シューマッハ』です。そんなことよりも、それはライガさんの言葉を借りるなら『直感』というヤツですか?」
機体名が未だにあやふやなリリーに新たな愛機「SNR-SF70 シューマッハ」の正式名称を紹介しつつ、彼女の言葉が所謂「直感」によるものなのかと指摘するクローネ。
「いや……さっきの艦砲射撃からは明確な敵意を感じたの。思わずドン引きしたくなるほどにね……その状態で平和的解決なんて無理な話じゃないかな」
自分が抱いた感覚を言葉で表現するのは難しいが、それでもリリーは先ほどの艦砲射撃から感じ取った「明確な敵意」の存在について述べ、戦わずに済むと考えるほど楽観主義ではないと説明する。
理屈でなければ女の勘でもない、そういった概念を超越した「直感」に基づいた未来予測だ。
「……私は人間の勘よりも自分の目で見たものを信じます。所属不明艦が倒すべき敵かは上の人たちが決めることです」
しかし、自他共に認める理論派であるクローネはあくまでも「信じるべきものは自分で決める」と答え、人間の勘に頼り過ぎることについて警鐘を鳴らす。
「(ライガもレガリアも、戦いを避けられないことは覚悟していると思うけどね……)」
鋭い直感を持つリリーと理論に基づいて行動するクローネ――。
どちらかが間違っているわけではないが、少なくとも直近の未来を正確に予測していたのは前者の方であった。
ルナサリアン側は会談中に武力衝突が起こる可能性を考慮していたらしく、艦隊旗艦ヤクサイカヅチの飛行甲板上に多数の艦載機をスタンバイさせていた。
その中には普段滅多に運用されないオリヒメ専用のツクヨミ指揮官仕様も含まれており、専属メカニックたちが出撃に備え最終チェックを進めている。
オリヒメは強力な射撃武装による撃ち合いが得意であるため、今回使用する装備は長銃身大型光線銃を主兵装に据えた対艦戦闘重視のラインナップだ。
「オリヒメ様、ご武運を!」
「緊急発進よ! 射出機無しで発艦するから、作業員を安全な所へ退避させなさい!」
出迎えてくれた専属チーフエンジニアへ敬礼を返しつつ、愛機ツクヨミのコックピットに滑り込みながら退避を指示するオリヒメ。
「了解! 全作業員は退避場所へ移動せよ!」
それを受けたチーフエンジニアは無線で作業員たちへ退避を命令し、自らも主君に向かって再度敬礼してから退避場所へと急ぐ。
「各機、これより緊急編成を実施する。機械化歩兵大隊第1小隊のヨミヅキ、ヤマヅキ、アリヅキは私の指揮下へ、同第2小隊のナヅキ、フミヅキ、カワヅキは以後アキヅキ・ユキヒメの指示に従うように」
コックピットの感触を確かめながらオリヒメは無線システムを起動させ、自身の僚機と妹の指揮下に入れるエイシを指名していく。
皇族親衛隊のサキモリ部門にあたる「機械化歩兵大隊」は専用にチューニングされたツクヨミを搭乗機とする、厳しい基準をクリアした者だけが入隊を許されるアキヅキ姉妹直属の精鋭部隊だ。
本来は最重要作戦にのみ動員される機械化歩兵大隊――。
なぜ、オリヒメは「虎の子」と言える精鋭たちの投入を決断したのだろうか?
「こちらアキヅキ・ユキヒメ、対艦戦闘は我々と姉上の部隊で行う。それ以外の部隊はヤクサイカヅチの直掩に就け。必要であればスターライガと協力しても構わないし、彼女たちから支援要請があったら手を貸してやれ」
戦闘における役割分担を決めるのは戦慣れしているユキヒメの仕事だ。
オリヒメが政治的立ち回りまで含めた「戦略」に長ける文官とするならば、ユキヒメは戦場での動き方や戦闘技術といった「戦術」に精通した武官だと言えよう。
敵艦隊には自分たちで対処し、残りの戦力は全てヤクサイカヅチを守るために使う。
場合によってはスターライガも上手く利用させてもらう――それがユキヒメの作戦であった。
「珍しいわね。誇り高いあなたが地球人を頼りにするなんて」
プライドが高いことで有名な彼女が積極的に誰かを頼るのは極めて珍しく、身内のオリヒメでさえ妹の発言には意外性を感じていた。
「スターライガとは一度だけ戦ったことがある。特にあの男――ライガ・ダーステイは強いぞ。奴の戦いぶりをもう一度見たくなってな」
地球へ降下してから間もない頃、ユキヒメはヨーロッパ戦線で2人の強者と剣を交えたことがある。
一人はオリエント国防空軍のトップエースで、彼女が自らと同じ戦士として認めているセシル・アリアンロッド。
そして、もう一人はドーバー海峡で一騎討ちを繰り広げ、これまで戦ってきた相手で最強だと認めざるを得ないライガ・ダーステイだ。
「第1小隊了解、親衛隊長の名に懸けて必ずオリヒメ様をお守りいたします」
「第2小隊了解! 久しぶりにユキヒメ様と共に戦えて光栄であります!」
第1小隊長ヨミヅキ・スズヤと第2小隊長ナヅキ・モミジからの力強い応答を確認し、オリヒメはハンドサインを出しながら全機へ出撃の合図を送る。
それを視認したユキヒメも全く同じハンドサインを繰り返すことで、指示の伝達をより確実なものとするのがルナサリアン流だ。
「みんな、出撃準備は整ったみたいね? 周辺に障害物無し……さて、出るわよ!」
スロットルペダルを少しだけ踏み込むことで愛機ツクヨミを宙に浮かせ、サブスラスターでゆっくりと移動しながら後続の僚機と編隊を組むオリヒメ。
宇宙空間は当然ながら無重力状態なので、ほんの少し勢いを付ければ簡単に母艦から離れることができる。
「私たちも行くぞ! たとえ自らを盾にしてでも姉上をお守りするつもりでな!」
それを見たユキヒメ指揮下の第2小隊もすぐに母艦から飛び立ち、姉が率いる部隊の右隣に就きながら敵艦隊との交戦に備える。
スターライガ、ルナサリアン、そして日本軍――。
それぞれの思惑が交錯する中、戦いの火蓋は切られようとしていた。
「ルナサリアンのMF部隊が発艦していく。あいつら、日本海軍とおっぱじめるみたいだぜ」
アキヅキ姉妹と機械化歩兵大隊の機影はキリシマ・ファミリーも視認しており、新たな愛機「XVM-001 スーペルストレーガ」を駆るマリンはルナサリアンが一戦交えるつもりだと確信する。
「親分、私たちはどうするんですかい? 遠目から見物というわけにもいかんでしょう」
「ボクたちの役目はあくまでもスターライガの支援だ。出しゃばって超大国を敵に回すことじゃねえ」
MF部隊の一員であるカリンはこのまま待機していていいのかと尋ねるが、親分ことマリンは冷静沈着に「今はスターライガの支援に集中する」と答える。
オリエント連邦に籍を置くキリシマ・ファミリーやスターライガが日本海軍の軍艦を攻撃した場合、二つの超大国を巻き込んだ国際問題に発展しかねないからだ。
さすがにマリンもそこまで大きな責任を背負うことはできない以上、この場では慎重に行動を見極める必要があった。
「今回はルナサリアンが迎え撃ってくれるみたいだ。まあ、奴らの実力をお手並み拝見といこうじゃないか」
血気盛んな子分たちを窘めつつ、傍観者として母艦やスターライガを守ることに徹するつもりでいるマリン。
できれば、彼女は政治的な思惑を孕んだ戦いには参加したくなかったが……。




