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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-4】ウサギからの手紙

 6月某日――。

溜まっていた仕事を一通り済ませたレガリアはようやく休みを取ることができ、屋敷の屋上にあるプライベートエリアで久々の休暇を満喫していた。

シャルラハロート家が所有する屋敷――旧ヴワル城は歴代当主が代々受け継いできた「王権」であり、建築基準法への対応や補修工事などを除くと建築当時の姿をほぼそのまま維持している。

これは初代当主に対する配慮として「屋敷の原形を崩すほどの改装をしてはならない」という家訓が定められているためだ。

レガリアがプライベートエリアの増築を決定した際は分家から「家訓に抵触するのではないか」と非難に晒され、屋敷のデザインに取り込まれた設計案を採用することで何とか説得したという出来事もあった。

そういった困難を経て造られたためか、彼女は自らの理想を突き詰めたプライベートエリアを(こと)(ほか)気に入っており、雪が降り積もる冬場以外はここで休暇期間の大半を過ごすことも珍しくない。

「(空は蒼く澄み渡っているけれど……軌道エレベータが見えないと否が応でも戦時下であることを認識させられるわね)」

プールサイドに置かれているビーチチェアから起き上がり、ここでしか見ることができないヴワル市の360度パノラマを一望するレガリア。

しかし、軌道エレベータ兼太陽光発電施設「ステルヴィオ」は非常事態宣言の発令に伴い一時解体されているため、オリエント連邦の象徴たる天高く伸びる空の柱の姿はどこにも無かった。


「お嬢様、お休み中のところ失礼いたします」

レガリアがヴワル市の摩天楼を眺めながら物思いに耽っていたその時、下のフロアへと繋がっている出入口扉から専属メイド秘書のメイヤが現れ、急ぎ足で主人のもとにやって来る。

「何かあったのかしら?」

「はい、先ほどスカーレット・ワルキューレの通信システムに不在着信が残されていることが判明したのですが……」

少し長話になるかもしれないと判断したレガリアはメイヤに腰を下ろすよう提案し、二人仲良く同じビーチチェアに座ってから話の続きを聞く。

通信システムに不在着信が残ること自体はれっきとした仕様であり、整備のために一日中システムを停止させているとよく溜まってしまう。

休暇明けのオペレーターの最初の仕事は「不在着信の整理」とまで云われているほどだ。

それ自体はメイヤも知っているはずなので、彼女が急いで報告に来たのはもっと別の理由があるに違いない。

「問題の不在着信を携帯電話で撮影してきたので、これを見ていただくのが早いかと」

そう言いながらメイド秘書は私物のスマートフォンを取り出し、撮影してきた写真を立体映像として投映する。

「ふむ――何なのよこれ!?」

「お、お嬢様!?」

写真に写されている文章に目を疑ったレガリアはメイヤから携帯電話を奪い取り、その内容をもっとよく確認するのであった。


「(アキヅキ・オリヒメが我々との直接会談を希望している……一体何が目的だというの?)」

プライベートエリアでのリラックスタイムを切り上げ、寝室で普段着に着替えてからスターライガ本部へと赴くレガリア。

屋敷とスターライガ本部は関係者用の地下通路で接続されており、部外者との接触や目撃を防ぎながら両施設を行き来することができる。

「ねえ、ちょっと尋ねたいことがあるのだけれど」

「はい、何でしょうか?」

本部併設の地下ドックに到着したレガリアは入り口近くで作業をしていたラヴェンツァリ姉妹――と瓜二つの人物に声を掛け、スカーレット・ワルキューレの整備状況について確認する。

ラヴェンツァリ姉妹はそれぞれ休暇を満喫しているはずなので、金髪碧眼という特徴が似ているだけで彼女たちとは別人だ。

……ここまで酷似しているとドッペルゲンガーのようでなかなかに気持ち悪いが、こればかりは仕方がない。

「ワルキューレの通信システムの整備は終わっているのかしら?」

「はい、個体間脳波通信の情報共有によると10分前に全てのメンテナンスが終了し、現在は再起動後のシステムチェック中とのことです」

「そ、そう……ちょうど良いタイミングだったみたいね(個体間脳波通信って何?)」

ロボットのように淡々と話すラヴェンツァリ姉妹のそっくりさんに別れを告げ、レガリアは「自分が知らない能力」に戸惑いながらも航空戦艦のブリッジへと急ぐ。

どうやら、30年前の事件後に保護した第1世代バイオロイドには、まだ解明されていない能力が多数隠されているようだが……。


 レガリアがスカーレット・ワルキューレのブリッジに上がると、そこではシステムエンジニアたちが電子機器の動作チェックに当たっていた。

「みんなお疲れ様。働き詰めで疲れが溜まり始めているかもしれないけど、この(ふね)が出港すればフルタイム勤務は減るから、もう少しだけ頑張ってもらえると助かるわ。現代の船舶は高度な電子制御の塊――あなたたちのように優秀なシステムエンジニアがいなければ、電子機器の維持管理さえままならないのだから」

現代戦では必要不可欠なソフト面の整備に貢献している人々に労いの言葉を掛け、普段はキョウカが座るオペレーター席に腰を下ろすレガリア。

コンソールの周りには手書きのメモや可愛らしい小物が残ったままとなっており、キョウカの趣味嗜好を窺い知ることができる。

「レガリアさん……もしかして、先ほどメイヤさんが撮っていった不在着信への返信ですか?」

「ええ、可及的速やかに返信しなければならない内容だったわ。これをキッカケに戦争の早期終結を目指せるかもしれない」

「ほほう、それは助かります。私にはハインツ=ハラルドの空軍基地に勤務している娘がいるのですが、できれば彼女へ出撃命令が下りないうちに戦争が終わってほしいものでして」

通信システムの起動を手伝ってくれる現場責任者と言葉を交わしつつ、レガリアはキーボードをポチポチ押しながら不在着信に対する返信メッセージを作成していく。

彼女はお嬢様として大切に育てられたためか、タッチタイピングはあまり得意ではないらしい。

「うーん……後でコンピュータに強い人に教えてもらわないといけないわね」

一文字ずつ丁寧に入力している姿からは健気さを感じられるが、このペースだと完成までには少し時間が掛かりそうであった。


 -ADD Akidsuki Orihime-

先日送られてきましたメッセージの内容を拝見いたしました。

貴女と我々は違う星の人間ですが、戦争の早期終結を望む気持ちは同じはずです。

地球人類で唯一月の民と直接対話が行える立場にあることを最大限活かすべく、貴女の申し入れを喜んでお受けいたします。

来たる2132年7月1日、貴女が指定した宙域で接触を図りましょう。

こちらからは2名の使者に加えて少数の護衛を派遣させてください。

それに対する「有望な返答」を期待しております。

 -Regalia Scharlachrot- 2132/06/23


 アキヅキ・オリヒメ名義で送られてきたメッセージへの返信を書き上げたレガリアは屋敷の寝室に戻り、柔らかいベッドの上に寝転がりながらスマートフォンで電話をかける。

「……もしもし、ライガ・ダーステイさんの電話でお間違い無いでしょうか?」

「はい、ダーステイです――ってお前か。そっちから電話をかけてくるなんて珍しいな」

レガリアの通話相手は故郷ヴェレンディアで休暇中のライガであった。

彼はスターライガの象徴にしてナンバー2の立場にあり、最重要機密を把握しておかなければならない義務を持つ。

ルナサリアンによる直接会談の要望は、取り扱いに細心の注意を払う必要がある典型的な最重要機密だと言えた。

「何か急を要する話か? どんな内容であっても俺は覚悟して聞くつもりだが……」

「ええ、じつを言うとね……」

ライガが「大切な話」に適した静かな場所へ移動したことを電話越しに確認すると、レガリアはルナサリアンから送られてきたメッセージ――コードネーム「ウサギからの手紙」の内容について一通り説明する。

民生用の携帯電話は盗聴されるリスクも考えられるため、ここでは必要最低限の状況説明だけに留めておく。

詳しい説明は休暇期間が終了した後、日々の点検で盗聴器を設置されないようにしているスターライガ本部やスカーレット・ワルキューレ艦内で行えばよい。

「ここに来て戦争の流れが一気に変わり始めたか。ルナサリアンとのホットラインがついに役立ったな」

話し合いというこれまでよりも一歩踏み込んだ行動ができることに対し、戦争終結に向けて希望が射し込んできたかもしれないと明るい表情を浮かべるライガ。

「……」

一方、アキヅキ・オリヒメの真意を読めないレガリアはそこまで楽観的にはなれなかった。

「(未来はそんなに悪くない、だから悲観しないで――なんて言い切れないわね)」


 休暇期間最終日――。

故郷や自宅に帰った者もそうでない者もスターライガ本部へと舞い戻り、所定の手続きを済ませてからスカーレット・ワルキューレに乗艦していく。

逃げ出したり遅刻したりする者はおらず、今のところは休暇前と同じ約900名の乗組員が無事に揃いそうであった。

「ようみんな、おはようさん」

「「「おはようございます」」」

家族と過ごすことで英気を存分に養ってきたライガはブリッジクルーたちと挨拶を交わしつつ、艦長席に座るミッコ艦長と打ち合わせ中のレガリアに歩み寄る。

「おはよう、ライガ」

「ああ、まさか休暇中に事態が大きく動くとはな……『それ』について他の連中には伝えたのか?」

彼がそれ――「ウサギからの手紙」について話したがっていることを察したレガリアはミッコ艦長との話し合いを一旦切り上げ、部屋の隅に移動してから会話を続行する。

「いえ、把握しているのはあなたとミッコ艦長だけよ。混乱を招くといけないから、他のメンバーには後で事情を説明するわ」

スターライガメンバーの大半は「ルナサリアンが降伏するまで戦わないといけない」と覚悟しているはずだ。

その決意が揺らいでしまうことを防ぐため、レガリアは少なくとも宇宙へ上がるまでは「ウサギからの手紙」を最重要機密として扱うつもりでいた。


「ライガ、後で私の部屋に来てくれないかしら? 詳しい説明と打ち合わせはそこで行いましょう」

ルナサリアンとの直接会談は確かに最優先事項であるが、多忙なレガリアとライガのスケジュール表に空白部分は無い。

立ち話に割ける時間はせいぜい5分程度と言ったところだろうか。

「分かった、じゃあ俺は先にパルトナの様子を確認してくる。一応ジェリーから修理と改修が終わったことは聞いているが、自分の目で見てみないといけないからな」

休暇前の戦闘で大破させてしまった愛機パルトナ・メガミの状態を確かめるため、チーフエンジニアと会う約束をしているライガはそう言い残しながらブリッジから退室していく。

「(……とは言ったものの、使者として誰を連れて行くかはまだ決めてないのよね。スターライガの最高責任者として私は出るつもりだけど……)」

直接会談に連れて行ける人数は多くても使者2人+護衛で5~6人程度と思われる。

それ以上の大所帯になると相手方の警戒を招き、交渉に支障が生じる可能性もあるからだ。

そのうち1人はレガリアが自ら志願するとして、残りの人選――特にもう一人の使者については悩みどころだが……。

【ステルヴィオ】

ヴワル市北東部に存在する世界初の軌道エレベータ。

名称はオリエント古語で「星へ至る道」という意味。

人や物資を乗せるための「籠」を昇降させるケーブルとそれを守る外壁はモジュール化されており、緊急時には一時解体することで攻撃対象とされるリスクを減らすことができる。


【ハインツ=ハラルド】

オリエント連邦南部に位置するスワ市の一地区。

元々は「ハインツ」「ハラルド」という異なる区であったが、2109年に合併し現在の名前となった。

アークバードが本社を構える企業城下町として有名なほか、山奥には南部一帯の防空を担うハインツ=ハラルド空軍基地が存在する。


【ADD】

オリエント語において「宛名」を意味する記号。

オリエント圏ではこれを相手の名前の先に入れることで、その手紙やメールが誰に宛てたものか表す。

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