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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-2】それぞれの帰るべき場所

 ドッグタグ――正式には「認識票」と呼ばれているそれは頑丈な軽金属で作られており、たとえ遺体がチリ一つ残さず消滅したとしてもドックタグさえ無事ならば個人識別が可能である。

海兵隊を含むオリエント国防軍では2枚1セットでの着用が義務付けられ、着用者が死亡した際は取り外された1枚を遺族に返還する規則となっている。

「これは最期の別れ際にロニヤ少佐から託された物だ。本当はもっと早く返したいと思っていたんだがな……」

じつはロニヤの遺体は15年経った現在も発見されておらず、そのため彼女が身に着けていたであろうドックタグも遺族には返還されていなかった。

その意味ではヤンがドッグタグを持ってきたことで、ようやくロニヤは愛する家族のもとへ帰って来れたとも言えるだろう。

「父さん……!」

亡き父の形見を手渡されたバルテリはそれをしっかりと握り締め、碧い瞳から一筋の涙を流す。

15年前の涙は悲しみと怒りによるものであったが、15年後に流しているのは安堵感がもたらす嬉し涙だ。

「おかえりなさい、父さん……!」

親子の感動の再会を見届けると、ヤンは黙ってその場から立ち去ろうとする。

目的が果たされた以上、もうここにいる必要は無い――。

彼女はそう考えていたのだが……。


「待ってくれ! 最後に一つだけ尋ねたいことがある!」

いつの間にか涙を流し終えていたバルテリに大きな声で呼び止められ、後ろを振り向くこと無く立ち止まるヤン。

「あんた……今もどこかで戦っているのか?」

「フッ、握るモノが銃からMFの操縦桿に変わっただけさ」

「MFだって?」

バルテリがそう聞き返した時、ヤンの姿は既に濃霧の中へと消えていた。

「(あの人は戦場で辛い経験をしながらも、それを乗り越えて新たな戦いに身を投じている。父さんが殿(しんがり)を務めてでも彼女を逃がした理由がようやく分かった気がするよ)」

受け取った形見をオーバーコートのポケットに収め、金髪碧眼の青年は濃霧の切れ間から覗いている蒼空を見上げる。

澄み渡った空よりも高いところ――星の海から大切な人が自分のことを見守ってくれていると信じて。

「(俺、もう一度だけ母さんを説得してみることにする。今はシステムエンジニアとして働いているけど……本当は父さんと同じ軍人になりたかったんだ)」


 エソテリア市――。

オリエント連邦中西部にある小都市群の一つで、中世オリエンティア時代の貴重な史跡が今も残されている歴史の町。

中世時代から変わらない旧市街地と近未来的なビル群が共存している風景が市内中心部の特徴だ。

ロータス・チームはエソテリア市北部のメイレン区に本拠地を置いており、創設以来初となる大規模戦闘を経験してきた彼女らは約3か月ぶりに帰港を果たした。

「ありがとうございました。メイレンへ帰郷するためにわざわざ船に乗せていただいて」

「いえ、こちらこそ色々な話を聞けてよかったわ。私が知らないところで様々な出来事が起こっていたみたいね」

本拠地内の乾ドックに入渠(にゅうきょ)したトリアシュル・フリエータから下船し、他愛のない会話をしながら関係者用出入口へ向かうキョウカとノゾミ。

元々本拠地の敷地内に自宅を持つノゾミはともかく、帰郷のためロータス・チームと合流していたキョウカは大きなキャリーバッグを引っ張っていた。

本当はスターライガの本拠地があるヴワルから国営高速鉄道「ギャラクシア・エクスプレス」でエソテリアに帰るつもりだったのだが、ミッコ艦長が気を利かせてくれたおかげで「乗客」としてトリアシュル・フリエータに移乗することが許可されたのだ。

キョウカがかつてロータス・チームの一員だった経歴に加え、ミッコとノゾミの良好な人間関係もこの特別許可が下りた要因であった。


「そういえばご両親は元気になさっているの?」

「はい、父も母も特に変わったところはありません。私が危険な戦場に赴いていることはさすがに心配していて、気が付くと不在着信が溜まっていますけどね!」

「フフッ、心配してくれる人は大切にしたほうが良いわよ」

両親を大切にするように言い伝えると、ノゾミは予め呼んでおいたタクシーへ乗り込むキョウカを実の母親のように見送る。

本拠地内の社員寮以外に住んでいるメンバーの大半は一旦市内中心部に戻る必要があるため、駐車場に待機しているタクシーたちは全ていなくなってしまうだろう。

「(さて、次の出港に備えて色々とやるべきことがあるけど……今日は家に帰ってゆっくり休もうかしら)」

背筋を思いっ切り伸ばし、私物が入ったスーツケースを持ち運びながら自宅に向かって歩き始めるノゾミ。

彼女は久々に得られた1週間の休暇をできる限り満喫することで英気を存分に養い、ますます激しさを増すであろう今後の戦いに備える。

事が起きたらすぐに対応しなければならないとはいえ、戦士にも休息は必要なのだ。


 トランシルヴァニア島――。

ヴワル市の象徴たるヴワル湖の中央に浮かぶ、ヴワル-オリエント王国時代には王城が存在していた自然の要塞。

ヴワル-オリエント王国は1922年の王制廃止を以って終焉を迎えるが、王家の直系血族たるシャルラハロート家は現在も先祖代々の土地であるこの島に屋敷を構えている。

失われた王国を偲ばせる歴史資料としての価値はもちろん、近年はシャルラハロート家の当主となったレガリアが分家の反対を押し切り観光地化を推し進めていることでも有名だ。

しかし、島の地下にスターライガの本拠地があることは意外にも知られていなかった。

「ドック出入口確認、進路クリア」

「入港用誘導電波の捕捉及びHQ側の受け入れ態勢も問題無し。艦長、入港準備が完了しました」

操舵士のラウラとオペレーターのファビア(キョウカの代役)からの報告を受け、艦長席に座るミッコはジェスチャーで入港の意思を伝える。

「……了解。ワルキューレよりHQ、これより本艦は最終アプローチに入ります。安全な入港のために協力をお願いします」

ファビアとスターライガ本部の交信を聞きながら背筋を伸ばし、最近こり気味の肩をポンポンと叩くミッコ。

今年の3月5日に111歳を迎えた彼女にとって、3か月以上に亘る遠洋航海と数々の戦いは心身に堪えるものだったに違いない。

無論、それはスカーレット・ワルキューレに乗艦している約900名のメンバー全員も同じことだ。

数か月ぶりとなる陸上での休息、大切な家族との再会、生まれ育った故郷への帰省、愛する人とのひと時――。

各々の楽しみを乗せた紅の戦乙女はトランシルヴァニア島の地下にある専用ドックへと進入し、作業員たちに出迎えられながら錨を下ろすのであった。


 スターライガメンバーに与えられた休暇期間は全員共通で1週間。

それをどう使うかは自由となっているが、少なくとも最終日の出港6時間前には全乗組員が艦内にいなければならない。

その点、本部の目と鼻の先に邸宅を構えるシャルラハロート姉妹はギリギリまで休暇を満喫できる、僻地に戻る面々からすれば大変羨ましい立場にあると言えた。

「ごめんなさいね。本当はどこかのスペースコロニーで降ろすつもりだったのだけれど、結局ここまで連れて来ることになってしまって」

艦から降りたレガリアは自身の不在中に屋敷を維持管理してくれていたメイドたち全員を集めて労った後、すぐに応接室へと移動し可及的速やかに対処しなければならない「仕事」に手を付ける。

そう、エリア51奇襲作戦の際に助けたトーマス・グッドイヤー博士の処遇についてだ。

「いえ、こちらこそ亡命希望を聞き入れてもらったうえ、航海中に快適な生活環境を提供していただきありがとうございました」

6月中旬とはいえ母国アメリカよりも遥かに寒冷な気候に戸惑っているのか、借り物のフライトジャケットを着ているグッドイヤーは暖かい紅茶を飲みながら時折寒そうに体を震わせる。

逆にレガリアの方はカーディガンを脱いで長袖ブラウス姿となっており、傍から見ると両者の季節感は完全に食い違っていた。

一応、6月という時期的にはレガリアの服装が適切だと思われるのだが……。


「君を亡命させるために必要な手続きなどについては既に話を付けています。今は戦時下のごたごたで難しいかもしれないけど……戦争が終われば落ち着いた暮らしができると思う。アメリカ軍で特殊研究に従事できるほどの頭脳ならば就職先には困らないはずよ」

グッドイヤーの向かい側にある上席へと腰を下ろし、亡命者としての暮らしも悪くないだろうと青年を励ますレガリア。

「……もうそろそろ迎えの時間ね。メイヤ、彼を屋敷の正面玄関まで案内してあげなさい」

「かしこまりました、お嬢様」

彼女は私物のスマートフォンで現在時刻を確認すると、メイド秘書として長年仕えているメイヤ・ワタヅキに客人を見送るよう指示を出す。

メイヤはスターライガの最古参メンバーとしてバイオロイド事件を戦ったが、その時の負傷によりMFドライバーを引退することを余儀無くされたため、現在はスターライガ所属以前と同じメイド秘書の立場に戻っている。

「それでは博士、君の第二の人生が充実したものとなることを願っています」

「待ってください! Ms.シャルラハロート、最後に一つだけお尋ねしたいことがあります!」

会話を切り上げる意思表示としてレガリアが席から立ち上がろうとしたその時、グッドイヤーは大きな声を上げて彼女を引き留める。

「うん? 何かしら?(メイヤ、一つぐらいなら構わないでしょう?)」

主人が質問に答えるつもりであることを察したメイヤは彼女とアイコンタクトを取り、客人に差し出していた右手を一旦引く。

「Mr.グッドイヤー、時間が差し迫っておりますので……本当に一つだけですよ」

「ええ、一つだけでいいんです。僕が……いえ、私がどうしても尋ねたいのは――」

灰色の髪と金色の瞳が特徴的なメイド秘書から忠告を受けてでも、グッドイヤーが知りたかった事とは……?


「あなたたちは……スターライガは地球とルナサリアン、どちらの味方なのですか? あるいは――」

スカーレット・ワルキューレの艦内で聞いた話によると、スターライガがエリア51を奇襲したのはルナサリアンとの裏取引があったからだという。

普段は「地球の一員」として戦っている彼女らだが、あの時だけはホワイトウォーターUSAと同じく「地球の裏切り者」だったのだろうか?

「ストップ、その話は止めにしましょう。あまり詮索するとロクな目に遭わないわよ」

スターライガは誰の味方なのか? あるいはどの勢力にも(くみ)せず、状況に応じて相手を選んでいるのか――。

グッドイヤーの疑問に気付いたレガリアはここで話を遮り、「君にこれ以上話すことは無い」と言わんばかりに席を立ち上がる。

「……分かりました」

調子に乗って踏み込み過ぎたことを後悔し、残った紅茶を飲み干しながら項垂(うなだ)れるグッドイヤー。

今のレガリアの反応から「スターライガとルナサリアンには何かしらの繋がりがある」ということだけは分かったが、更に真相を引き出す機会は逃してしまった。

やはり、大学時代から研究一筋だったグッドイヤーに心理戦など無理だったのだ。


「まあ、強いて言えば……」

しかし、こういう時に完全に突き放すこと無く手心を加えてしまうのが、良くも悪くもレガリアの人柄である。

彼女はポールハンガーに掛けていたカーディガンを取り、それを羽織りながら青年の質問に答えてあげるのであった。

「私たちは独自の方法で戦争終結について模索している――それだけは覚えていてちょうだい」

【ギャラクシア・エクスプレス】

オリエント連邦全土に路線網を持つ磁気浮上式高速鉄道。

ギャラクシアとは現代オリエント語で「銀河」を意味するため、日本では「銀河鉄道」と呼ばれることもある。

鉄道網の維持管理や運行業務は国営企業である連邦鉄道公社が取り仕切っている。


【ヴワル-オリエント王国】

オリエント連邦の前身にあたる国家。

政治体制はヴワル王家(現在のシャルラハロート家)による世襲君主制であった。

残されている数少ない資料によると、少なくとも1772年から1922年にかけて存続していたことが分かっている(1923年に連邦制へ移行)。

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