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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第3部 BELIEVING THE FUTURE

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【BTF-1】帰還

 2度目のコロニー落としが阻止されてから約2週間後――。

オリエント・プライベーター同盟の3隻は祖国オリエント連邦の領空内に大気圏突入を果たし、それぞれの拠点がある地域への帰路に就く。

ただし、キリシマ・ファミリーは宇宙に本拠地を置いているため、彼女たちだけは大気圏突入せず星の海へ留まることになった。

「こうやって二人きりでゆったりくつろげるのは久しぶりね……」

「おう、最近は戦闘の繰り返しで忙しかったからな。ルナサリアンの連中も長期休暇に入ったのかもしれないぜ」

今のマリンは最高に幸せである。

激戦続きで休む暇さえ無かったここ最近はご無沙汰だったが、昨晩は恋人のローリエと一緒にぐっすり眠れたからだ。

そして、今日も大急ぎの予定は無いのでゆっくりと過ごすことができる。

「朝早くに失礼します。親分、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

しかし、その朝の時間は突然の来客によって邪魔されてしまうのだった。


「ランスか? 入ってい――ってストップ! こっちはすっぽんぽんだ!」

自室のドアをノックしてきた副長のランス・グーに入室許可を出したのはいいが、自分とローリエが素っ裸であることに今更気付くマリン。

彼女はベッドから飛び出し慌ててブラジャーを拾おうとしたものの、残念ながら間に合わなかった。

「失礼しま――あ……昨晩はお楽しみでしたか」

「よ、よう……お前は朝から真面目だな……!」

部屋の中に裸の女が二人いて、しかも片方はベッドの上で毛布に包まっている――。

全てを察したランスはドアをそっ閉じしようとするが、それをギリギリのところでマリンの両手が食い止める。

「待て! 何か報告があるんだろ!? お前の気まずい気持ちは分かるから、せめて報告書だけは置いていってくれ! 頼む!」

戦闘時以上に必死な表情でそうせがむ親分の心情を汲み取ったのか、ランスは報告書を手渡すと無言のまま立ち去っていく。

彼女は真面目な女なので、今回の出来事を言いふらすことは無いだろうが……。


 今時珍しい紙の報告書を受け取ったマリンはそれをキャビネットの上に置き、下着と衣類を身に着けながら内容を一通り確認していく。

「それは急ぎの報告書?」

「いや、ボクのチーフエンジニアを担当しているシュドのレポートだ。こないだの戦闘中に異常を感じたから、ストレーガを分解調査させていたんだが……」

彼女はスターライガ時代から仕事を共にしているエンジニアが纏めた報告書の一枚を手に取り、それをローリエと共に眺める。

「クソッ、予想以上だな……E-OSドライヴと内部フレームにウチの技術力じゃ修復不可能な損傷があるんだとさ」

割り切るように書類を軽く叩くと、ベッドに寝転がりながら報告書の内容を簡潔に説明するマリン。

「私がここに来た時からある機体だもの。結構長く乗っていたんでしょ?」

「ああ、MF工学を独学でかじった人間が作った機体のわりには長持ちしてくれたな」

彼女の愛機ストレーガは様々なジャンクパーツを寄せ集めて組み上げられた機体であり、遅かれ早かれガタが来ることは承知の上で運用してきた。

周囲からは「2~3年持てば大往生」と酷評されていたことを考えれば、10年近く第一線で活躍できたのは幸運だったと言えよう。

だが、その幸運も機械的寿命とマリンの操縦には勝てなかったのだ。

「設計図の作成から部品調達、そして組み立てまで自分でやってきた一品物だ。愛着は当然持っているさ……でも、愛着だけじゃどうにもならないことだってある」

彼女は既に決心していた。

長年連れ添った相棒に別れを告げ、イタリア語で「魔女」という意味を持つその名前を新型機へ引き継がせることを……!


 ガングート国立墓地――。

オリエント連邦南部にある「霊峰」ことガングート山(標高8921m)の(ふもと)に位置している、オリエント国防軍の戦没者慰霊施設。

国防軍の前身にあたるヴワル-オリエント王国軍が創設された1772年以降の戦争で命を落とした兵士たちの多くがこの地に埋葬されている。

この墓地はガングート山の南側に面しているため、天気が良い日は南部のペレス海を見下ろすことができる。

しかし、今日は霧が出ているので残念ながら海は見えなさそうだ。

「(やはり、6月中旬とは思えないほど冷えるな。厚着をしてきて良かったぜ)」

宇宙から帰って来たヤンはトムキャッターズの全メンバーに1週間の休暇を出し、自らも「敵討ち」の報告をするためガングート国立墓地へと赴いていた。

15年前に喪った戦友たちは一部を除いてここに埋葬されている。

国立墓地には毎年決まった時期に訪れているので、誰がどこに眠っているのかは既に覚えてしまっていた。

「(墓地の拡張工事が進められている……今の戦争が終わったら、あそこに埋葬される奴もいるんだろうか)」

去年までは無かった新区画を横目に墓地を進んでいくヤン。

彼女が目指す墓はDエリア――比較的最近の戦没者を埋葬しているエリアに置かれていた。


 例年ならばそれなりに人が訪れているガングート国立墓地だが、今年は戦時下の外出規制により人の姿が全く見られない。

オリエント連邦は最前線から遠く離れているとはいえ、先日のコロニー落としのような緊急事態が起こる可能性も十分考えられる。

この星と人類にもはや逃げ場は無いと言っていいだろう。

「(ん……? ようやく墓参りをしている人間を見つけたな)」

目的の墓が見えてきた時、ヤンはその墓前に黒い人影が跪いている姿を確認する。

「(隊長の遺族か?)」

人影の正体が掴めない彼女はわざと足音を立てて歩き、相手が驚いて振り向くように自らの存在を示す。

「……!」

墓前で黙祷を捧げていたのは20歳前後の青年。

ヤンの存在に気付いた彼は驚いたような表情を浮かべていたが、やがてそれは憎しみに染まったモノへと変わっていく。

「あんたか……何食わぬ顔で親父の墓に来る図々しさは尊敬に値するぜ」

「君はあの時の……ロニヤ少佐の息子さんか」

だが、驚かされたのは青年が何者なのか思い出したヤンの方も同じであった。


「返してよ! 何でパパを助けてくれなかったの!? ねえ! 僕のパパを返してよッ!!」


 今から15年前、ヤンが当時所属していた部隊の隊長であるロニヤ・エルッキラ少佐の葬儀に参列した時、彼女の一人息子バルテリから浴びせられたのが前述の言葉だ。

5歳の子どものパンチなど痛くも痒くも無かったが、涙ながらに父を返せと訴える少年の悲痛な叫び――そして、それに同意するかのような遺族の冷たい視線は心に突き刺さるものがあった。

あの時はさすがのヤンも重圧に耐え切れず、花束を棺の上に置くと逃げるようにその場を立ち去ってしまったのだ。

本当はロニヤのおかげで生き残ることができたのだが、その事情を遺族に説明する機会が結局訪れないまま15年の歳月が過ぎ去り、ヤンは今も遺族の間では「ロニヤを見捨てて逃げた臆病者」として悪者扱いされ続けている。

「ああそうだ、あんたに父親を奪われたバルテリ・エルッキラだ」

自らの正体を明かした金髪碧眼の青年――バルテリはゆっくりとヤンに詰め寄り、190cm近い高身長を活かしてプレッシャーを掛ける。

一般的にオリエント人男性は170cmにも届かない小柄な人が多いため、険しい表情の大男に見下ろされるという体験をヤン(164cm)は味わったことが無かった。

「バルテリ君、君にはあたしが何食わぬ顔をしているように見えるか?」

しかし、彼女は15年前の出来事の終着駅としてここにやって来た以上、もう逃げ出すことは許されない。

全ての元凶であるホワイトウォーターUSAが壊滅した今、ロニヤ少佐に対する報告と遺族への事情説明を以ってようやく「復讐は終わった」と宣言できるのだから……。


「……」

質問に答えることができなかったバルテリの横を通り抜け、持ってきた花束とウイスキーを静かに墓前へ供えるヤン。

クロユリの花束はオリエント圏における一般的な供花、アイルランド産のウイスキーはロニヤが生前愛飲していた酒だ。

しばし黙祷を捧げると、ヤンは再びバルテリの前へと戻ってくる。

「バルテリ君、君はお父さんの戦死について何か説明を受けなかったか?」

「いや……俺が覚えていないだけかもしれないが、親父の戦死を伝えに来た軍の人は詳しい説明をしてくれなかった。父は海兵隊で特殊任務に従事していたと聞いたから、軍事機密の漏洩を避けるために詳細説明をしなかったんだろう」

今度の質問にはちゃんと答えられたバルテリはタメ息を()き、供え物がされた父の墓をチラリと見やる。

「……そのせいで一人生き残ったあなたに一族郎党で恨みをぶつけることになってしまい、申し訳なく思っている。母や祖父母には俺から事情を説明しておくから――」

「だったらこれを持っていくといい」

15年間も理不尽な恨みを抱き続けていたことを謝罪する青年に対し、その言葉を遮るようにヤンはバッグの中から古びた書類の束を差し出す。

表紙に相当する一番上の書類には「『蛇の足作戦』に関する調査報告書」というタイトルが記されていた。


「これは……?」

軍事機密の塊らしき物を渡されたことに驚きを隠せないバルテリ。

事実、表紙の下の方には赤文字で「外部への持ち出しは一切禁ずる」と注意書きが為されている。

本当はここにあってはならない物なのかもしれない。

「それはロニヤ少佐が最期に参加した特殊作戦の調査報告書だ。本来は持ち出し禁止のシロモノなんだが、昔の上官に頼み込んで特別にコピーしてもらった。オリジナルは総司令部の保管庫にあるから安心しな」

古びた書類の正体についてヤンから説明を受け、バルテリはそれなりに厚い調査報告書を読み進めていく。

報告書には作戦立案に至る背景や参加兵士一覧――そして、悲劇的な結末とその理由について極めて詳細に書き記されていた。

いくら軍関係者に問い合わせたりネットで調べても分からなかったことが、この調査報告書には全て記載されていたのだ。

ロニヤが率いていた部隊は「本来あり得ない場所」でホワイトウォーターUSA地上部隊に奇襲され、軽装備の状態で包囲攻撃に晒され続けたことで壊滅した――。

それが15年前の出来事の真実であった。


「あたしはあの作戦に参加した兵士の中では一番若かった。だから、ロニヤ少佐はあたしを含む若者だけは何とか逃がそうとしてくれたんだ。彼女とベテラン隊員たちが決死の援護射撃をする中、あたしたちは命からがら包囲網を抜け出すことができた。もっとも、あたしと一緒に逃げ延びた3人は怪我の後遺症やPTSDの影響ですぐに死んじまったがな……」

事実上唯一の生還者となったヤンは上官の制止を振り切るカタチで軍を抜け、ホワイトウォーターUSAと敵対するスターライガへ身を寄せつつ復讐の機会を窺い続けた。

そして、独立した彼女が復讐劇に必要な「役者」を揃えたトムキャッターズのリーダーとして目的を果たしたのが、今年5月の秘密基地奇襲作戦でのことである。

「ロニヤ少佐には今でも感謝している。彼女の命令が無かったらあたしはあの場に留まり続け、そして戦死していただろう。だから……隊長たちの仇を取り二度と悲劇を繰り返さないため、あたしはWUSA(ウユーザ)を徹底的に叩くべく戦った」

新任の海兵隊員に対する手荒い新人歓迎会。

戦場という極限状態でのストレス発散法として教えてくれた、酒や煙草の味。

ブリーフィングにおいて必ず大切さを説いていた、どんな状況下でも決して諦めないタフな心。

これらは全て今は亡き上官から学んだことであり、それと同時に大切な思い出でもある。

「隊長の無念は晴らせたはずだ。それと……」

当時の戦友たちの姿を探すように曇り空を見上げると、ヤンは上着の胸ポケットから一枚のドッグタグを取り出すのだった。

「15年前の約束通り、君のパパを『返しに』来たよ」

【クロユリ】

ここで言うクロユリとはオリエント圏原産の「スターシアリリー」のうち、黒い花びらを持つタイプのことを指す。

地球に元々自生しているユリ科バイモ属の花とは無関係であり、見た目以外の特徴に共通点は無い。

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