【BOG-18】オペレーション・モビーディック(中編)
「各機、引き付けてから撃て! ファイアッ! ファイアッ!」
セシルの号令と同時に3機のオーディールMはレーザーライフルを発砲。
ゲイル隊とルナサリアンの迎撃部隊の攻撃が交錯し、数機のツクヨミから火の手が上がる。
一方、ゲイル隊のほうはG-BOOSTERの増加装甲が蒼い光線を弾いてくれていた。
「よし、命中確認! これより再攻撃に移る!」
持ち前の正確なエイミングで攻撃を命中させたアヤネルは追撃のタイミングを窺う。
「再攻撃を行う時も一撃離脱を心掛けろ、ゲイル3。我々の装備はあくまでも大物狙いであることを忘れるな」
アヤネル機の動きを見ながら彼女へ注意を促すセシル。
G-BOOSTERのブースターはあくまでも機動力を向上させるものであり、運動性に関わる姿勢制御能力を上げる効果は薄い。
つまり、G-BOOSTER装備時は高い速度性能を活かした一撃離脱戦法が有効になる。
戦闘機に近い挙動を持つファイター形態のMFでは「エネルギー機動性理論」を意識した操縦が要求されるのだ。
「敵が後ろに張り付いてくる! 誰かフォローをお願い!」
敵機を狙うスレイの後方に別のツクヨミが食らい付いている。
彼女は愛機オーディールMの加速力を以って振り切ろうとするが、敵部隊は巧みなフォーメーションでそれに対抗していた。
「(おかしいな……これまで戦ってきたルナサリアンとは違うマニューバをしている)」
部下を助けるため敵機にロックオンしたセシルは違和感に気付く。
ルナサリアンの戦い方は個々人の強みを最大限活かす――悪く言えば協調性に欠けるマニューバが特徴的だった。
ところが、目の前でスレイを追い掛けている連中は統率の取れた動きで彼女を苦戦させている。
……そもそも、シンプルな白一色のツクヨミなど今まで見たことが無い。
単に北極圏での戦闘を意識した迷彩かもしれないが、それにしては工夫が無さすぎる。
「ゲイル1、ファイアッ!」
セシルの狙い澄ました一撃が敵機のバックパックを撃ち抜き、赤い火の玉へと変える。
「もう1機……捉えた!」
撃墜確認をする間も無く別の敵機へ照準を合わせ、彼女は操縦桿のトリガーを引いた。
未来位置を予測して放った攻撃はツクヨミの左脚を貫き、機動力を奪うことに成功する。
戦線から落伍した機体の始末はアヤネルに任せ、セシルはとにかくスレイを助けることに集中したい。
「チッ……ルナサリアンがこんなに執念深いなんて!」
隊長が数を減らしてくれたとはいえ、やはりしつこく付き纏ってくる敵機の存在に思わず舌打ちするスレイ。
「ゲイル2、敵機をこっちに連れて来い! 振り切れないのなら落とすまでだ!」
それを見かねたセシルは敵機のターゲティングを分散させるよう指示を出す。
彼女の技量なら反撃で仕留めることができるし、何よりも相手のマニューバを空戦で確かめたいという願望もある。
「了解しました、隊長。こいつらにストーカー行為は犯罪だってこと、教えてやってください!」
「……本当にルナサリアンなのか?」
「え?」
独り言のつもりで呟いたのだが、どうやらスレイには聞こえてしまったらしい。
「何でもない、独り言だ」
この場を上手く誤魔化したセシルは操縦桿を握り締め集中する。
自慢では無いが彼女の活躍は敵方にも広く知られているらしく、一部の敵機は狙いをスレイからセシルへと変えてきた。
……好都合だ。
真後ろに付いてくれる瞬間を彼女は待っていたのだから。
「ぐっ……!」
敵機が食らい付いたのを見計らい、セシルのオーディールは急減速を行う。
強烈なGで前方へ持っていかれそうになる身体をシートベルトが押さえ付ける。
だが、少々苦しい思いをしたおかげで減速に反応できなかった数機のツクヨミをオーバーシュートさせることができた。
「重装備でもお前たち程度なら叩き落とす!」
操縦桿のトリガーと機関砲ボタンを同時に操作し、レーザーライフルと固定式機関砲の一斉射撃を以って敵機の背中に風穴を開けていく。
攻撃を免れた機体は迷いの無い――無人機を思わせる判断力で低空へと逃れる。
しかし、流れるような回避運動を見たセシルはついに確信したのだった。
……あの敵機のマニューバは「普通の人間」のモノではない、と。
その頃、ブフェーラ隊は磁気異常探知機(MAD)とサーチライト、そして通信傍受を駆使し「ノーティラス」の捜索を続けていた。
機体側の装備による捜索はローゼルとアーダに任せ、リリスは通信傍受とその解析を試みる。
「――! ――!」
耳に入ってくる音声はザザッというノイズが酷く、全くと言っていいほど聞き取ることができない。
「(通信は辛うじて拾えている。もう少し『ノーティラス』へ接近すればクリアになるか……?)」
だが、ごく僅かに聞こえた部分からは何か焦っているように感じた。
「……! ん? あれはアンテナか?」
その時、サーチライトで水面を照らしていたアーダが人工物らしき物体を発見する。
「MADも反応を示しているわ……やはり、あのアンテナは『ノーティラス』のものみたいね」
ローゼル機のMADも磁場の乱れを観測しており、ブフェーラ隊の真下に超兵器潜水艦が隠れているのは確実だった。
「二人ともでかした! お前たちは航空爆雷の安全装置を解除し攻撃に備えておけ」
流氷の間から突き出ているアンテナを認めたリリスは通信傍受を再開し、敵艦の特定を行う。
少なくともこの戦域ではありえないと思うが、万が一友軍の潜水艦を攻撃してしまったら国際問題に繋がるからだ。
「こちら――! 敵機が――いて――だ!」
おそらく、この発言は「ノーティラス」の真上にブフェーラ隊がいることを指しているのだろう。
「それは――台詞――! 野蛮人――が――とチューレを――ぞ!」
そして、こちらは緒戦でアメリカ軍から奪ったグリーンランドのチューレ基地について言及していると思われる。
……とにかく、リリスたちが捕捉した敵艦が「ノーティラス」であることは確定した。
「よし、ブフェーラ各機は編隊を整えろ!」
彼女の指示を受け、これまで散開して捜索に当たっていたローゼルとアーダは隊長機の斜め後ろに就ける。
敵襲を察したのか、水上に出ていたアンテナが逃げるように沈んでいく。
「高度を保ち編隊を崩すな! ……投下ッ!」
リリスの号令と同時に3機のオーディールはG-BOOSTERに装備している小型航空爆雷を切り離し、投下ポイントから急いで離脱。
その直後、複数の大きな水柱が冷たいハドソン湾に立つのだった。
爆雷の攻撃を間近で受けた「ノーティラス」こと超兵器潜水艦「ナキサワメ」の艦内を激しい揺れが襲う。
立った状態で指揮を執っていたカンナヅキはバランスを崩しそうになるが、艦長席の背もたれを掴んで事無きを得る。
「攻撃か!? 状況を知らせろ!」
「本艦の周辺で爆雷が炸裂しました! 耐圧殻の損傷によりこれ以上は潜航ができません!」
潜水艦は潜航する際に水圧へ晒されるため、それを見越した耐圧構造を持たなければ圧し潰されペチャンコになってしまう。
当然、中に乗っている人間も脱出装置が無ければあの世逝きだ。
ナキサワメはアンテナが使用できるほど浅い深度にいたおかげで轟沈こそ免れたが、不運にも耐圧殻がダメージを負ったことで潜航は事実上不可能となってしまった。
水面下に身を潜めてこそ強さを発揮する艦種なのに、一番の武器である潜航能力を真っ先に奪われてしまったのだ。
「艦長、先ほどの攻撃で誘導弾発射装置をやられました!」
そう、悪い事というのは連続して起こるモノである。
ナキサワメの存在意義といえる大陸間炸裂弾頭誘導弾の発射装置も損傷しているらしい。
「何てことだ……地球人のモビルフォーミュラは潜水艦を攻撃できるというのか」
厳しい状況に思わず頭を抱えたくなるカンナヅキだが、部下の前でそのような醜態を晒すわけにはいかない。
彼女たちへ不安が伝わったら士気の低下を招き、更に状況を悪化させるからだ。
「船務士、護衛機は一体何をやっているんだ?」
艦長席に腰を下ろしながら状況報告を求めるカンナヅキ。
敵を迎撃するためフォート・セバーンの潜水艦基地から飛び立った航空部隊の動きは鈍く、たかが6機程度のMF相手に苦戦を強いられていた。
直接見なくても敵味方の通信内容に目を通せば、大まかな戦況程度は想像できる。
「……『バイオロイド』といったか? 30年前は猛威を振るったらしいが、人間同士の戦いではあまり役に立たんようだな」
ルナサリアンが地球侵攻作戦を立案する15年ほど前の出来事だった。
地球からやって来た科学者が月へ亡命を求め、彼女が持つ技術知識に強い関心を抱いたアキヅキ家はそれを快諾。
亡命した女性科学者はアキヅキ家の庇護下で月の軍事技術及び医療技術の発展に寄与するだけでなく、母星を追われた原因である「最先端技術」を持ち込んでいた。
それが「バイオロイド」と称される人工生命体であり、ルナサリアンの地球侵攻作戦における切り札の一つだ。
普通の人間と違い「量産」が可能なバイオロイドは使い潰しがある程度効くため、様々な応用例が示唆されている。
もっとも、最前線の将兵たちは「地球生まれの技術」であるバイオロイドをあまり信用しておらず、せいぜい人員の水増し程度にしか思っていないが……。
「迎撃機が信頼できんのなら、自らの手で決着を付けるまで! 全乗組員、手近な物に掴まれ! 浮上するぞッ!」
「了解、浮上します!」
カンナヅキが指示を出すと操舵士はそれに頷き、手元に集約されている潜航関連のスイッチを操作するのだった。
迎撃機を退けたゲイル隊はブフェーラ隊と合流し、本命である「ノーティラス」に対する攻撃準備を行っていた。
「なあ、リリス――」
「待て、MADがこれまでに無い反応を示している……浮上するぞ!」
先程の迎撃部隊との戦闘について話そうとするセシルだったが、彼女の声をリリスが遮る。
次の瞬間、豪快な水飛沫と共に「ノーティラス」がその威容を水上へ現した。
辺りが暗いため分かり辛いが、パッと見ただけでも全長は200mぐらいあるように思える。
「こ、これが潜水艦なの!? ルナサリアンはこんなバケモノを……」
超兵器潜水艦の真上をフライ・パスしたスレイは驚きを隠せない。
「なるほど、『モビーディック作戦』とは言い得て妙だな」
一方、アヤネルはその巨大さに感心さえ抱いていた。
「私たちの航空爆雷が命中したか……ゲイル1、今のうちに集中攻撃を仕掛けて沈めるべきだ!」
敵潜水艦がわざわざ浮上したのは「潜航ができないから」だと予想し、リリスは集中攻撃を提案する。
「ああ、言われるまでも無い! 全機、最大火力を叩き込んでやれ! この機を逃すなッ!」
セシルのオーディールMを先頭とする6機の編隊が「ノーティラス」――ナキサワメへと一斉に襲い掛かるのだった。
だが、彼女たちはまだ知らない。
超兵器たるナキサワメには炸裂弾頭ミサイル以外の「奥の手」があるということを……。