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【BOG-17】オペレーション・モビーディック(前編)

2132/04/14

17:25(UTC-5)

Hudson Bay,Canada

Operation Name:MOBYDICK

「――無様だな、結局は貴重なベテランパイロットを消耗しただけじゃないか」

ブリーフィングでアメリカ・カナダ混成部隊による超兵器潜水艦攻撃作戦の報告を聞いたセシルが嘆く。

「イーグルは複座式の機体だろう? 実質的な人的被害はかなり大きそうだな」

隊長の感想にアヤネルも同意していた。

空軍の花形である戦闘機パイロットはともかく、地味な役回りで希望者が少ない兵装システム士官を補充するのはそれなりに厳しいと思われる。

まあ、功を焦った結果である以上、外野のオリエント人がとやかく言う事ではない。

……それはさておき、セシルたちゲイル隊が受けたブリーフィング内容を改めて説明しよう。


 アメリカ空軍による全領域戦闘機を用いた奇襲攻撃の失敗――。

その最も大きな原因は「奇襲前の時点で既に存在を察知されていたこと」である。

また、撃墜された機体の残骸からアメリカ軍が命懸けで回収したデータの解析が行われた結果、爆装を施した鈍重なSF-15Eが炸裂弾頭ミサイルで一網打尽にされたことも判明している。

具体的な戦果こそ挙がらなかったが、一連の記録は我々に超兵器潜水艦へ対抗するヒントを示してくれた。

なお、ルナサリアンの超兵器潜水艦に関して今後はコードネーム「ノーティラス」と呼称する。

アメリカ空軍の高高度無人偵察機が得た情報によると、現在「ノーティラス」は修理後の試験運転のため潜航と浮上を繰り返しているという。

奇襲作戦時は不運にも潜航中且つ炸裂弾頭ミサイルも使用可能だったというわけだ。


 ……我々オリエント国防軍は二の舞を踏まない。

先の戦闘を終えた「ノーティラス」は試験運転に戻り一定のタイミングで潜航と浮上を行っているほか、本作戦の陽動として実施されるデービス海峡での艦隊決戦に対する支援攻撃の準備も進めている。

そして、前述の無人偵察機によってハドソン湾及びハドソン海峡周辺に設置されているレーダーサイトの存在及び索敵能力も判明した。

シミュレーションでは「戦闘機よりも遥かに小柄なMFならば防衛網を掻い潜ることが可能」という結果が導き出されている。

そこで、機動力が高い可変機を運用するゲイル隊こそ本作戦に適任であると判断した。

同部隊はレーダー範囲に入らないよう警戒しつつハドソン湾空域へ侵入、強力な奇襲攻撃を以って浮上中の「ノーティラス」を撃沈せよ。


 聡明なMFドライバーなら訓練で学んだと思うが、水中に対して放たれたレーザーは急激にエネルギーが減衰する。

万が一潜航を許した場合は補助兵装の小型航空爆雷で浮上を強要し、それから攻撃を仕掛けると良いだろう。

なお、今回の作戦からRM5-25系列機専用の追加装備「G-BOOSTER」を3機分用意している。

これはオーディールの特徴である変形能力と引き換えに、防御力及び巡航能力を強化する換装パーツの一種だ。

そして、ゲイル隊単独では負担が大きい任務と判断し、正規空母「マグノリア」所属の強力な援軍も連れて行ってもらう。

彼女らと共同で困難な作戦を遂行せよ。

「ノーティラス」の攻撃で命を落とした地球人は数知れない。

冷たいハドソン湾を奴らの最期の地としてやれ。

ゲイル隊、出撃。


「急げ急げ! 艦隊戦が始まる前に機体を出すぞ!」

アドミラル・エイトケンのMF格納庫ではミキがメカニックたちへ活を入れていた。

可能ならば上空へ敵機が来ないうちに3機のオーディールを発艦させたいからだ。

「一応シミュレータで試してみたけど、ちゃんと扱えるのかなあ」

「自信が無いなら降りてもいいんだぞ、スレイ。私と隊長の2人でどうにかしてやる」

「むぅ……私だってプロのMFドライバーなんだから、与えられた任務は成し遂げてみせるよ!」

とても重要な作戦を前にしながら、微笑ましいやり取りを交わすスレイとアヤネル。

オデッサでの初陣から幾つかの戦いを経験し、彼女らもそれなりに肝が据わり始めたようで何よりだ。

「ゲイル1、発艦スタンバイ」

発艦許可が出ると同時にセシルはスロットルペダルを踏み込み、推力を最大まで上げカタパルト射出に備えた。

「ゲイル1、出るぞ!」

追加装備を身に纏った3機の蒼いMFは若干重々しい動きで夕暮れの空へ上がる。

現在時刻は16時12分。

デービス海峡は少し北に飛べば北極圏が控える、オリエント連邦のヴワルや首都ラッツェンベルグとほぼ同じ緯度の海域にあり、この時間帯でも既に日が沈み始めている。

戦闘空域へ到達する頃には夜が舞い降りているかもしれない。

「(夜の海に溶け込む潜水艦を沈めろ――か。上層部め、私たちの能力を買い被りしないほうがいいぞ)」

ゲイル隊と後方に続く「強力な援軍」は夕日へ向かって飛ぶのだった。


 眼下に広がっているのは水面を覆い尽くす流氷。

白い道が海峡を越え、ハドソン湾の深部にまで続いていた。

どうせなら遊覧飛行と洒落込みたかったが、今日は仕事でここまで飛んで来たのだ。

「ゲイル1より各機、航空灯は全て消しているな? こんな綺麗な夜空でチカチカ光ってたらバレるぞ」

飛行能力を持つことからMFは航空機の一種として扱われ、航空法で義務付けられている灯火類を装備している。

軍用機であるオーディールはそれに加えて編隊灯を併せ持っているが、今回の作戦では隠密性を高めるべく全ての灯火類を消灯した状態で低空飛行していた。

また、メインスラスターやG-BOOSTERのブースター部分が発する光も目視発見される要因になるため、推進剤のブレンドを調整することで光量を少しでも抑える工夫を行っている。

コックピットのHISが補正しているおかげで味方の位置取りこそ分かるものの、それが無かったら斜め後ろの僚機すら真っ暗で見えなかっただろう。

昔、MFを紹介している児童書に「かがくのチカラってすごーい!」と書かれていたのを思い出す。


 スレイとアヤネルの返事は待つまでも無い。

彼女らの機体が灯火類を消しているのはセシル機から視認できる。

「ブフェーラ1よりゲイル1へ、我が隊も消灯時間は守っているぞ」

強力な援軍として難しい作戦に参加してくれたブフェーラ隊の隊長――リリス・エステルライヒ大尉は軽口で答える。

彼女が率いるオリエント国防空軍第2航空師団第70戦闘飛行隊は空母マグノリアを母艦とするMF部隊であり、ベースモデルのオーディールを運用しているエース部隊だ。

開戦時は本土の基地で機種転換訓練を行っていたが、その後マグノリアへ配属され第8艦隊と合流したのである。

新型機を与えられるほどの高い操縦技量に加えて、隊長のリリスがセシルと知り合いであったことが抜擢の決め手となった。

「セシル、あんたの噂は思っている以上に広まっているよ。良い隊長ぶりだっていうじゃない」

「フッ、そのおかげで厄介な連中に絡まれるようになってしまったがな」

この2人は大学時代にルームシェアしていたこともあり、戦場にいるとは思えないほどリラックスした雰囲気で語り合っている。

少なくとも隊長同士の協調性に関しては全く問題無いであろう。


「たった3機のオーディールが『強力な援軍』ねえ……」

隠密性が重要な奇襲作戦とはいえ、1個小隊しか寄越さない上層部の判断にスレイは不満を抱いていた。

「あら? 作戦に不満があるのなら貴女方の隊長へ直談判なさってはいかが?」

だが、何よりもムカつくのはブフェーラ隊の2番機――ローゼル・デュラン少尉のことだ。

デュラン家は上流階級ではそれなりに有名な一族であり、同じリバールトゥール市に屋敷を構えるアリアンロッド家とは良好な関係を築いている。

セシルの知り合いである以上あまりぞんざいな受け答えはしたくないが、どうもローゼルは「一般庶民」のスレイたちがセシルの僚機を務めているのが気に食わないらしい。

「そうだね、『お嬢様が騒がしかった』とでも言っておくよ」

「……これだから一般庶民は。そこは淑女らしくオブラートに包むべきですわ」

この状況にセシルは一抹の不安を覚えたものの、両者が「大人の女」として振舞ってくれることを期待するのだった。


 一方、互いの部隊の3番機は口数が少ないのか、2番機コンビと比べるとあまり言葉を交わしていなかった。

「ブフェーラ3からゲイル3へ、自己紹介が遅れたな。私はアーダ・アグスタ少尉だ。まあ、よろしく頼む」

「了解、アーダ。私はアヤネル・イルーム少尉。互いにどれくらい生き残れるか分からんが、火力支援は任せてくれ」

「噂のゲイル隊と一緒なら生き残れそうな予感がするよ」

そう、無駄口を叩かない二人の会話はこれだけで済むのである。

スレイとローゼルにも爪の垢を煎じて飲ませたいところだ。

「ブフェーラ1より各機、間も無く無線封鎖に入る。攻撃可能なタイミングに入るまでは通信を一切禁ずる」

もし、通信が敵に傍受されたら戦力や攻撃タイミングを予測され、奇襲作戦の強みを最大限活かせなくなるかもしれない。

情報漏れが起こりそうな隙間はできる限り塞いでおくべきだろう。

「レーダーの出力も最低限に抑えておけ。電波を照射したらバレる可能性があるからな。無線封鎖を解除する時は私が指示を出す」

最後にそう言い残すとセシルは無線を切り、コックピットの中で深い息を吐く。

機体のセンサーが得た情報を映し出しているとはいえ、頭上の夜空では綺麗な星々とオーロラが光り輝いていた。

「(そういえば、生まれ故郷の夜空もこんな感じだったな……今年中に戦争が終わるといいんだが)」

それぞれの思いを胸に、3機のオーディールMと3機のオーディールは暗闇の中を西へ翔け抜けるのだった。


 道しるべのように続く氷の上を飛んできたゲイル隊及びブフェーラ隊。

既に敵陣の奥深くまで入り込んでいるはずだが、ルナサリアン側に目立った動きは見られない。

バレていないのなら問題無いとはいえ、ここまで順調だと逆に不安になってくる。

根拠の無い余裕を見せたり、異常なまでに無反応な敵ほど(かえ)って恐ろしいからだ。

「(事前情報通りならこの辺りで『ノーティラス』は試験運転をしているらしいが……)」

流氷が漂う水面を用心深く見張るセシル。

本作戦の参加機には潜水艦を探知するための「磁気異常探知機」が装備されており、敵艦が水面近くにいれば磁場の乱れにより見つけることができる。

もっとも、暗い水面下に隠れた潜水艦を人間の目で探すなど不可能だと思われるが。

「――ス! リリス! サーチライトで水面を照らせるか?」

このままでは(らち)が明かないと判断したセシルは無線封鎖を解除し、夜間作戦用サーチライトを装備するリリスらブフェーラ隊へ索敵の補助を頼んだ。

「了解、そちらの前方へ向けて照射するよ。ブフェーラ全機、サーチライト照射!」

次の瞬間、3機のオーディールから放たれた光がセシル機の前方を明るく照らす。

先ほどまでと異なり水面(みなも)が風で揺れる様子もよく分かる。

「どうだ、明るくなっただろう?」

自信ありげに尋ねるリリス。

「――を確認! 迎撃機を上げろ! 繰り返す――!」

ところが、返ってきたのはセシルの応答ではなく敵襲を告げるルナサリアンの声であった。


 レーダーディスプレイに続々と現れる赤い光点。

サイズを見た限り迎撃機はおそらくMF――ルナサリアンで言う「サキモリ」だろう。

「隊長! サーチライトを照らしたせいでバレたのではなくって!?」

リリスの判断をいつものお嬢様口調で非難するローゼル。

「ローゼル、こういう時セシルが何と言うかよく覚えておけ。それじゃあゲイル1、全体の指揮は貴官に任せる」

それに対しリリスは「セシルの話を聞け」と逆に窘めた。

なし崩し的に指揮を押し付けられたセシルは一度咳払いした後、自らの意見を述べ始める。

「ローゼル、君の指摘は正しい。だが、いずれにせよ『ノーティラス』を攻撃すれば敵に通報されるのは時間の問題だった。逆に考えるべきだ……『敵迎撃機とノーティラスの交信が位置を割り出すヒントになる』とな」

彼女は最初からこの方法をあてにしていたワケではない。

そもそも、「この時間帯なら『ノーティラス』は試験運転で浮上している」という事前情報が間違っていたのだ。

こういった「機転」や「臨機応変さ」は実戦経験を重ねないとなかなか得られないモノであり、この戦争が初陣となるローゼルにはまだ難しい話だろう。

「……そう言われてみれば、確かにそういう考え方もありますわね」

「戦場へ身を置けばいずれ分かるようになるさ。使えるものは使えるようにならないといけないぞ」

とにかく、頑固な一面のあるローゼルが納得してくれたようでよかった。


「よし、ブフェーラ隊は引き続き『ノーティラス』の捜索を行え。迎撃機の相手は我が隊が引き受ける。ゲイル各機、分かったな?」

敵機が周囲を飛び回っている状態での捜索は難しいため、サーチライトを装備していないゲイル隊が対サキモリ戦を担当する。

「ゲイル2、了解!」

「ゲイル3、了解」

リリスの機体へ向かって合図を送り、セシルは部隊の針路を敵編隊の真正面に向けさせる。

「方位2-1-2、ヘッドオンで叩き落してやれ!」

蒼いMFと白いサキモリ――。

セシルたちが敵の違和感に気付くのはもう少し後のことであった。

ベースモデルのオーディール

オリエント国防空軍はRM5-25とRM5-25M、2種類のオーディールを運用しているが、現場では特に区別されないことが多い。

ただし、M型が配備されているのはアドミラル・エイトケンなどごく一部の艦艇にとどまる。


生まれ故郷の夜空

リバールトゥールやヴワル、ラッツェンベルグはオーロラがギリギリ観測できる南限にあたる。

なお、近い緯度にあるアイスランドの首都レイキャヴィークでは特段珍しいことではない。

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