【MOD-89】GAME OVER
そして、彼女らは「その時」をついに迎えてしまった。
「やったか……!? おい、状況確認急げッ!」
一斉射撃の爆炎でスペースコロニーの姿が視認できない中、ケット・シーの艦長代理兼操舵士を務めるシリカはオペレーターに状況確認を急がせる。
巧みな操船で大きめのデブリをかわしつつ、戦況に関する報告が上がってくるのを待つ。
「リーダー……じゃなくてシリカ姐さん!」
「何だ!? 状況はどうなっている!?」
シリカを呼んだオペレーターの表情に希望的観測は感じられない。
「コロニーは阻止限界ラインを越えてもなお健在――作戦は失敗です……!」
その報告を聞いた瞬間、ケット・シーの戦闘指揮所(CIC)内は深い沈黙に包まれる。
オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)の一角として彼女らは戦ってきたが、それが最高のカタチで報われることは叶わなかった。
「……スターライガから指示があるまでは戦闘を継続する。引き続き対空警戒を怠るな」
「り、了解!」
「作戦失敗が明確になったからって、私らだけ撤退するわけにはいかないだろ?」
戦意を喪失しかけていたブリッジクルーたちに気合を入れ直すと、シリカは操舵輪を回しながら最前線で戦うMF部隊の身を案じるのだった。
「(結果はどうであれ、勝敗は決した――そう願いたいんだがな)」
確かに、「2度目のコロニー落とし」を巡る戦いの決着は既に付いており、その運命を覆すことはできない。
「その程度の実力で母親に歯向かうとは……あなたはつくづく悪い子ね。そういう身の程知らずにはお仕置きをしてあげる!」
「お仕置きぃ? 冗談じゃないわ! あんたなんか大気圏突入で燃え尽きてしまえばいいのに!」
大気圏を掠め始めたコロニーが赤い炎に包まれていく中、ライラックとリリーは大気圏突入ギリギリの高度で激しい死闘を続けていた。
ライラックが操る未知のMFは極めて高い戦闘力を誇っているらしく、彼女自身の操縦技量と合わせて着実にリリーのフルールドゥリスを追い詰めていく。
取り巻きのバイオロイドたちは加勢してこない。
娘との親子喧嘩に横槍は不要ということなのだろう。
「(何なのよッ!? 私は30年もスターライガのみんなと腕を磨いてきたのに、あっちの進化はそれよりも先を行っているというの!?)」
とはいえ、フルールドゥリスの性能は未知のMFにも決して後れを取っていないはずだ。
一つ考えられるとすれば……やはり、ドライバーの実力差なのか。
「星が墜ちていく――この戦いはルナサリアンの勝ちね。今計算してみたけど、あのコロニーはアメリカのワシントンD.C.に落下し、ホワイトハウス周辺を跡形も無く消滅させるはずよ」
お前たちの頑張り過ぎだと言わんばかりにコロニーの落下地点を暴露し、事実上の勝利宣言を行うライラック。
「ふざけないで! アメリカが滅亡したからって戦争に負けるわけじゃないのに!」
その勝利宣言は時期尚早だと強く反発し、これは戦術的敗北にすぎないと主張するリリー。
両者の戦いは舌戦まで交えた凄まじい殺し合いへと発展していた。
「ミッコ艦長! コロニーの状況は……!?」
コロニーの阻止限界ライン突破から約2分後、ルナサリアン艦隊をあらかた排除したオリエント国防海軍第7艦隊がようやくO.P.Aとの合流を果たす。
「残念ながら……」
「そうですか……クソッ、我々がもっと早く合流できていればッ!」
ミッコの返答から全てを察した艦隊司令のクヴィは首を横に振り、艦長席の肘掛けを悔しそうにバンッと叩く。
「申し訳ありません! 我々が未熟だったばかりに……!」
「君たちのせいじゃないわ! 今は誰かを責めるよりも目の前の戦闘を終わらせることを優先しましょう!」
自分たちの不甲斐なさを責め続けるクヴィをそう諭しつつ、O.P.A側の味方艦に状況報告を求めるミッコ。
本作戦におけるO.P.A全体の指揮は彼女に一任されているため、報告次第では戦闘を切り上げ撤退することも考慮しなければならない。
「こちらキリシマ・ファミリー母艦レヴァリエ。戦闘は終息に向かいつつあるようですが、阻止限界ライン付近で散発的な戦いが続いているみたいです」
レヴァリエの艦長を務めるローリエの報告によると、阻止限界ライン付近という結構危険な場所で戦闘を継続している連中がいるらしい。
というより、MF部隊の動向はCIC内で常にモニタリングしているので、「連中」が誰なのかミッコは既に把握していた。
「はぁ……間違って大気圏内に落ちなければいいんだけど」
かなりの無茶をしでかしているであろうリリーの身を案じつつ、ミッコは正面モニターを見ながら深いタメ息を吐くのだった。
戦線の後方で撤退するか否かの話し合いが行われていた頃、最前線では相変わらずリリーとライラックの親子喧嘩が繰り広げられていた。
「そこッ! 貰ったッ!」
劣勢に立たされる展開が続く中、リリーのフルールドゥリスはようやく完璧なタイミングで攻撃を仕掛けることに成功する。
「ッ!」
試製拡散レーザーライフルは距離が離れるほどレーザーがばらける発射モードを使用できるため、普通のライフルとは異なる攻撃範囲にライラックは少しだけ翻弄されてしまった。
その結果、彼女が駆るMFは回避運動にわずかながら迷いが生まれ、避け切れなかった一発を被弾したことで右マニピュレータを失ってしまう。
持っていた北洋式大型光刃刀(大型ビームソード)の喪失はともかく、戦闘中に修理できないマニピュレータの損傷は文字通り手痛いダメージだ。
「フフッ、苦手な射撃で直撃弾を与えてくるとはね……少しだけあなたに対する評価を改める必要がありそうだわ」
それでもなお余裕綽々といった表情を全く崩さないライラック。
まるで「自分に当てただけでも偉い」とでも言いたげな、上から目線の傲慢な態度は良くも悪くも彼女らしい。
「なるほど……データ収集はもう十分。大局は既に決しているし、もうそろそろ終わりにしましょうか」
現時点におけるリリーの実力を把握できたライラックはこれ以上の戦いは無意味だと判断し、娘を黙らせるべく「最強武装」のセーフティをついに解除するのであった。
ライラックが駆る未知のMF――「LVX-32CA エクスカリバー・アヴァロン」はバックパックに放熱板のようなエアロパーツを付けているが、当然ながらそれはエアロパーツでなければ放熱板でもない。
いや、厳密には「エアロパーツと放熱板の機能を兼ねた謎の武装」とでも言うべきか。
「オールレンジ攻撃があなたたちスターライガのモノだけと思ってもらっては困るわね」
彼女がそう言い放った次の瞬間、エクスカリバーの放熱板が突然バックパックから分離し、白い機体の周囲を漂い始める。
その砲口は相対する純白のMFへと向けられていた。
「オールレンジ攻撃……まさか、ルナサリアンも実用化に成功していたというの!?」
本能的に危険だと察知したリリーはすぐさまスロットルペダルを踏み込み、愛機フルールドゥリスを反転させながら回避運動を試みる。
「逃げても無駄よ! 行け、我が僕たち!」
それを見たライラックもすぐに6基のオールレンジ攻撃端末へ指示を送り、純白のMFの回避運動を潰すように攻撃を仕掛けていく。
「冗談じゃないわ! リリカさんのベーゼンドルファーよりもマシな動きをする端末なんて!」
完全初見ながら持ち前の直感で三次元的な攻撃をかわし続け、とりあえず間合いを取ることに成功したリリー。
しかし、エクスカリバーのオールレンジ攻撃はベーゼンドルファーの試作武装「オルファン」とは比べ物にならない精度を誇っており、いつまでも回避に徹するのは現実的ではない。
「(こっちの推進剤も結構キツイし……何か打開策を見つけないとマズいわね……!)」
オールレンジ攻撃端末はMFほどの速度は出せないため、普通は全速力で飛べば容易に振り切ることができる。
だが、元々頑固で負けず嫌いな面があるうえ、倒さなければならない相手を前に熱くなっているリリーが「その選択肢」を選ぶなどあり得なかった。
「(そういえば……リリカさんとシミュレータで模擬戦闘をした時、『フェアリアの制御に集中し過ぎると自機に手が回らなくなる』って言ってたっけ……)」
レーザーが四方八方から飛んでくる中、リリーはスターライガで唯一オールレンジ攻撃を扱えるリリカとの模擬戦闘について思い出す。
あの時も死角からの精密射撃に散々悩まされたが、フェアリアに意識を向けすぎて周辺警戒が疎かになっていた隙を突いて一本取ったはずだ。
もっとも、その大番狂わせで得た一本以外は基本的に惨敗であったが……。
「(6基のフェアリアを同時に扱うともなれば、その制御と周辺警戒を同じレベルでこなすのは簡単じゃないはず……)」
そう考えたリリーは飛来してくるレーザーを小型ディフェンスプレートで防ぎつつ、少し離れたところから僕を飛ばしてくる白いMFの様子を観察する。
「(一応、立ち止まったところを狙い撃ちされないよう常に動き続けてはいるけど、フェアリアに全集中しているから動きは鈍いみたいね)」
やはり、端末と機体の制御を完璧に両立する術はライラックといえど確立していないらしく、彼女が操るエクスカリバーは単調な機動に終始している。
その点に気付いた時、リリーは「これはもしかしたら何とかなるかも」とわずかながら勝機を見い出す。
端末の1回あたりの稼働時間は1~2分程度と非常に短く、再使用するためには母機のハードポイントに戻してリチャージする必要がある。
リチャージに掛かる時間は母機の出力にもよるが、概ね45秒程度だと予想される。
オールレンジ攻撃を掻い潜って勝負を決めるには、その45秒間で一気に肉薄して攻撃を仕掛けるしかない。
「(フェアリアが帰っていく……よし、ここが勝負所というわけね!)」
稼働限界を迎えたフェアリアが母機に向かい始めたのを確認すると、純白のMFは試製拡散レーザーライフルを連射しながら突撃するのであった。
「この瞬間を待っていたのよッ!」
全弾撃ち尽くした試製拡散レーザーライフルをそのまま投棄し、大型ビームブレードへ持ち替えながら間合いを一気に詰めるリリーのフルールドゥリス。
「ッ……!」
端末を戻したばかりでオールレンジ攻撃を使えないライラックはシールド内蔵レーザーライフルで反撃を試みるが、ノれているリリーは蒼い光線を小型ディフェンスプレートで弾きながら突っ込んでいく。
状況は完全に入れ替わったかに見えた。
「ライラック・ラヴェンツァリ! 覚悟ッ!」
純白のMFの大型ビームブレードが白いMFのコックピットに迫る。
死を間近に控えていても平然とした表情を崩さないライラック。
なぜならば……。
「甘いのよッ!」
次の瞬間、彼女は娘の無謀さを窘める忠告と同時に歪んだ笑みを浮かべる。
「何がさッ!?」
「行け、サーヴァント!」
リリーの全身全霊の一撃を咄嗟に構えたシールドで何とか受け止めると、ライラックはリチャージが終わっていないはずの僕――正式名称「サーヴァント・デバイス」を2基射出し、純白のMFの死角から精密射撃を仕掛ける。
「しまったッ!?」
ここでリリーは「罠に誘い込まれた」と気付くが、残念ながら時すでに遅し。
2基の端末から放たれたレーザーはフルールドゥリスのメインスラスターと右脚を正確に撃ち抜き、その機動力を完全に奪い取るのだった。
メインスラスターと脚部のスラスターはMFの総推力の8~9割を担う重要部位であり、そこにダメージを負うと動力性能が著しく低下してしまう。
「くッ、こんなところで!」
機体が中破したリリーはそのまま押し切ろうとするが、総推力の7割近くを失ったフルールドゥリスは押すも退くもできない状況に陥っている。
姿勢制御用のサブスラスターはまだ生きているものの、それだけで3t近い機体を加速させるのは非常に難しい。
「サーヴァントの推進剤を全て使い切らず、少しだけ残しておいたのが功を奏したわね。残念だったわねえ、私がサーヴァントを射出しなかったらあなたの勝ちだったかもしれないのに」
まるで娘の全力を嘲笑うかのようにライラックはそう言い放つが、実際エクスカリバーのシールドには大きな傷跡が残されており、彼女自身は客観的事実を以って娘を評価していることが分かる。
「本当に残念よ……娘の命を自らの手で奪わなければならないなんて」
リチャージが完了したサーヴァントを全て射出し、6基の端末でフルールドゥリスのコックピットに狙いを定めるライラック。
彼女が指示を送ればいつでもリリーを殺せる状況が整えられていた。
「(ライガ、サレナちゃん……ごめん。ここから逆転する方法は何も思いつかないや……)」
手負いの機体では逃げることも迎え撃つこともできない――。
私怨に駆られた無茶な行動の結果、絶体絶命の危機を迎えたリリーは死を覚悟したが……。
【北洋】
ルナサリア語においては西洋(欧米)や東洋(東アジア)に対応する言葉として、主にオリエント圏のことを表現する時に用いる。
当然ながら南洋という言葉もあるが、これは主にアフリカ大陸や南アメリカ大陸を指す。
【フェアリア】
元々は現代オリエント語で「妖精」を意味する単語。
そこから転じてスターライガではオールレンジ攻撃端末の秘匿名称として用いられ、ベーゼンドルファーの「オルファン」完成後は同じタイプの武装全般を指すようになった。
なお、エクスカリバー・アヴァロンの「サーヴァント・デバイス」も名前が異なるだけで、技術的にはフェアリアの一種である。




