【MOD-88】混沌を呼ぶ妖花
「阻止限界」まで残り3分――。
軽格闘機1、重射撃機1、汎用機2で構成されるγ小隊は良く言えばバランス型、悪く言えば器用貧乏なMF小隊だ。
「行くぞ! 密集陣形から一斉射撃を仕掛ける! できるだけ効率良く最大火力を発揮するんだ!」
そういったチームからポテンシャルを引き出すには、サニーズのように的確な指示を出せる優秀な小隊長が必要となる。
もっとも、肝心の彼女は火力が低いシルフシュヴァリエを愛機としているため、今回の作戦ではあまり活躍の場が無かったのだが……。
「言われなくたってぇ! 全身全霊を浴びせてやるんだからッ!」
「クソッ! 南極の氷は簡単に減るのに、このコロニーはちっとも大きさが変わらないじゃないか!」
その代わりに一定の活躍を見せているのが、サニーズの妻チルドとその娘ロサノヴァだ。
前者は重射撃機のスーパースティーリア、後者は汎用性に優れるホームビルト機シルフィードに搭乗しており、強力な武装を用いて着実にコロニーの外壁を破壊していた。
「いつまでこの消耗戦を続ければ……!」
「大気圏に突っ込むギリギリまでやるんだ! 私たちが取り逃がしたら、もはやこれまでという気持ちで戦え!」
神経をすり減らす短期決戦に疲れの色を隠せないランを窘めつつ、射撃武装を全て使い切ってしまったサニーズはビームレイピアによる「直接攻撃」を仕掛けるのだった。
「阻止限界」まで残り2分――。
タイムリミットが刻一刻と迫る中、可変機主体のβ小隊を率いるレガリアは攻撃の手を緩めること無く現在の戦局を分析する。
「(状況は……あまり良いとは言えないわね。残り2分でこれだけコロニーが原形を留めているのはさすがにマズい)」
オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)の面々は大変よく頑張っているし、オリエント国防海軍第7艦隊も露払いという役割をしっかり果たしてくれている。
だが、それ以上にルナサリアンの準備が用意周到だっただけだ。
徹底した隠蔽工作で外部に情報を漏らすこと無く作戦準備を推し進め、確実に行けると踏んだタイミングで実行に移してきた。
コロニー落としの兆候をもう少し早い段階で察知していれば、もっと余裕を持って対策を打てたかもしれない。
……過ぎてしまったことを後から考えても仕方が無い。
「(最善を尽くすのみ、か……!)」
2分を切った残り時間を最大限に有効利用するべく、操縦桿を握り締める手に力を込めるレガリア。
「……! マズいぞ姉さん、所属不明の機体が複数向かって来ている! まさかとは思うが……」
そんな彼女の決意に水を差してきたのは、妹のブランデルによる不穏な報告であった。
「バイオロイド……ここで投入してくるとは、私たちの覚悟を試すつもりみたいね」
β小隊が捕捉した敵増援に関する情報は、戦術データリンクシステムによってすぐに全ての味方部隊へと通達される。
「おいおい、今更かよ? このタイミングでしかもバイオロイドとは……ったく、冗談にしてはキツすぎるぜ」
絶望的な状況へ更に追い打ちを掛けるような事態に対し、ライガは怒りを通り越して苦笑いするしかなかった。
もちろん、この反応で済ませられるのは彼が百戦錬磨の大ベテランであるからに他ならない。
「ええ、冗談ならもっと面白いことを言うべきです。このままでは冗談じゃ済まされませんよ」
「一番来てほしくないタイミングでバイオロイドを差し向けるこの采配――いえ、『その可能性』はあまり考えたくないわね」
一方、ライガよりも実戦経験が少ないクローネとサレナは明らかに動揺しており、無意識のうちに心の中の不安を口にしていた。
「いや……この感覚は間違い無い! あの女が来るよッ……!」
その時、珍しく黙り込んでいたリリーが突然声を上げ、愛機フルールドゥリスのマニピュレータで宇宙空間の一点を指し示す。
彼女の言動を見たライガとサレナは、「その可能性」がまもなく訪れるであろうことを否が応でも受け入れざるを得なかった。
「ついに自分から出てきやがったか……!」
「母さん……いえ、ライラック・ラヴェンツァリ!」
ライラック・ラヴェンツァリ――。
約30年前に世界を震撼させたバイオロイド事件の首謀者にして、オリエント連邦を代表する天才科学者として知られていた人物。
そして何より、彼女はリリーとサレナの実の母親である。
リリーたちの出自を考えると「母親」という表現には語弊があるかもしれないが、彼女らはライラックの特徴を多く受け継いでいるため、事情を知らない人にとっては普通の母娘に見えるだろう。
「30年間も息を潜めていたと思ったら、まさかルナサリアンと手を組んで地球侵略とはね……ホント、そのしぶとさは尊敬に値するわ! ハッキリ言って認めたくないけど……!」
バイオロイド事件の最終決戦で取り逃がして以来、母親に引導を渡すこと目的としてきたリリーは大型ビームブレードを抜刀し、普段の調子からは想像できないほど険しい表情を浮かべる。
いつものリリーしか知らない若手メンバーが目の当たりにしたら、さぞかしや驚くに違いない。
逆に妹のサレナや付き合いが長いライガは事情をよく知っているため、母親と感動の再会を果たしたらキレることはある程度予想できていた。
「フフッ、相変わらず元気そうにしているわね。それとも……戦争という極限状態があなたたちに活力をもたらしているのかしら?」
オープンチャンネルでリリーの言葉を聞いていたのか、しぶとさと図太さで有名なライラックは娘からの罵倒に挑発的な言動で答えるのだった。
「それはこっちのセリフよ! 今日こそは引導を渡してやるんだから!」
大型ビームブレードを力強く握り締め、リリーのフルールドゥリスはライラックとその取り巻きに先制攻撃を仕掛けようとする。
「落ち着けリリー! 俺たちには『スペースコロニーの破壊』っていう最優先事項があるだろうが! あの人に構っている暇は無いんだぞ!」
しかし、それを見たライガは咄嗟に幼馴染の前へ立ち塞がり、私怨に突き動かされているリリーの行動を窘める。
「くッ……それは分かってるけど、でも残り1分であのコロニーを壊せるって本気で思ってるわけ!?」
いつもならライガの言葉には比較的素直に応じるリリーだが、今回だけは違っていた。
彼女は「たった1分で奇跡を起こすことなどできない」と現実を突き付けることで開き直り、ライガのパルトナを力尽くで退かしながらそのまま飛び去ってしまう。
「思ってるわけないだろ……だけど、俺やレガリアが弱音を吐いたらみんなの士気に影響するんだ。1%でも可能性が残されているのならば、確信を持てるまでやるべきだ……」
幼馴染を止められなかったライガは誰とも無しにそう呟くと、もう一人の幼馴染であるサレナに新たな指示を伝えるのだった。
「サレナ、俺はリリーの無茶に付き合う。あんな危なっかしい状態で単独行動させることはできん。お前はクローネを指揮下に入れて現状を維持しろ。援護が必要だと感じたらβ小隊を頼るんだ、いいな?」
「ええ……姉さんのことは頼んだわ。あそこまで熱くなるのはさすがにやり過ぎよ」
「阻止限界」まで残り1分――。
打倒ライラックに執念を燃やすリリーは単機で敵部隊へ強襲を仕掛け、取り巻きのバイオロイドが駆るリガゾルドは無視しつつ母親に一騎討ちを挑む。
「それがあなたの新しい玩具かしら? なるほど……」
純白のMFの大型ビームブレードによる一撃を切り払いつつ、その機体性能を冷静に分析するライラック。
彼女はルナサリアン製とも地球製とも断定し難い――あるいは両文明の技術が詰め込まれた未知の新型MFに搭乗しており、フルールドゥリスを駆るリリーと互角以上の戦いを繰り広げていた。
機体性能がほぼ同等ということは、当然ながらドライバーの技量が勝敗を分かつ要因となることを意味する。
「機体性能は流石と言うべきね。30年の空白期間に見合った進化を遂げている」
ライラックの恐ろしさはいつも不敵な笑みを浮かべており、発言内容が本心なのか皮肉なのか分かりにくいところだ。
「だけど、ドライバーの腕とは少し釣り合ってないと見た」
しかし、その中でも嘘をつかない点は彼女の良い所(?)である。
「悪くはないけど良くもない。機体の完成度が高すぎるあまり、ドライバーの悪さが余計に引き立って見えてしまうのね」
この勝負は勝てる――。
確信に至ったのかライラックは様子見を兼ねた防御重視の戦い方を止め、それまでとは打って変わった攻めのスタイルで娘に剣を向けるのだった。
「阻止限界」まで残り30秒――。
作戦開始時に比べたらスペースコロニーはだいぶ小さくなった気がするが、それでもなおワシントンD.C.を吹き飛ばさせそうなほどのサイズは保たれていた。
「くッ……全砲塔及び対地対艦ミサイル一斉射撃用意ッ!」
もうコロニーを破壊し切れないことは誰もが覚悟している。
だから、少しでも「バックアップ要員」の負担が軽くなるよう、ミッコは3度目にして最後の一斉射撃を命ずる。
「艦長! まだチャージは70%やで!」
「構わないわ! 70%でも撃たないよりは良い結果になるはずよ!」
遠回しにエネルギーチャージをギリギリまで粘るべきだと意見具申する火器管制官アルフェッタに対し、それを押し退け照準を急ぐよう指示を重ねるミッコ。
「しゃあないなぁ……キョウカ、射線上から退避するよう味方機に言うてくれや!」
「は、はい先輩! ワルキューレより全機、これより砲撃支援を行うのでHIS上に表示される射線から至急退避してください。退避が完了次第攻撃を開始します!」
ミッコ艦長の気迫に圧倒されたアルフェッタはあっさりと引き下がり、キョウカに味方機の退避を頼みつつ自らは主砲と副砲の出力調整及び最終照準を急ぐ。
「射線上に味方機無し! エネルギーチャージ75!」
「他の3隻も準備完了とのことです! ミッコ艦長、攻撃指示お願いします!」
アルフェッタとキョウカからの報告を受け、ミッコは左手首にはめている腕時計をチラリと見やる。
残り時間は10秒――。
「ファイア、ファイア、ファイアッ!!」
視線を正面に戻した彼女の力強い号令の下、O.P.Aの4隻によるラストアタックが放たれる。
しかし、その一斉射撃は2度目よりも明らかに威力が低下していた。




