【BOG-16】北の海から来る悪魔
セント・ジョンズから北へ約2000kmの場所に存在する「ハドソン海峡」。
今やルナサリアンの手に落ちたこの海峡へアメリカ空軍及びカナダ空軍は大規模な戦闘機部隊を向かわせていた。
各地からカナダのガンダー空軍基地に集められ、北の海へ飛び立った彼らの目的は「超兵器潜水艦の撃沈」である。
「ったく、エルメンドルフから本土へ戻れると思ったら、今度はカナダの奥地で潜水艦を沈めてこいだって?」
「寒冷地での勤務がお似合いだぜ、アイスマン」
彼らが搭乗しているのは傑作機F-15E ストライクイーグルを全領域化した「SF-15E コズミックイーグル」。
豊富な兵器搭載量と長大な航続距離を併せ持つSF-15Eは今回の作戦にうってつけの機体といえる。
また、敵航空部隊と会敵した場合に備えてアメリカ空軍はF-22C スーパーラプター、カナダ空軍はCEF-18 ハイパーホーネットを護衛機として用意している。
そして、これらの機体を駆るのは開戦以来ルナサリアンとの死闘を潜り抜けてきた、実戦経験豊富な選りすぐりのパイロットたちである。
超兵器とはいえ潜水艦相手なら勝てると踏んでいたのだ。
「セブ、アイスマン、お喋りの時間は終わりだ。もうそろそろ敵が奇襲に勘付き始める頃だぜ」
SF-15E部隊の隊長――TACネーム「リトルマックス」が「お喋り小僧」たちへ注意を促す。
ルナサリアンの用意周到さには散々苦しめられてきたから、自分たちの機影が捕捉されていても不思議ではない。
……まあ、勢力圏へ侵入する際に電子戦機がジャミングを掛けてくれたので、「裏切り者」がいない限り心配は無用だろう。
「――けた、――通りだ。――を――する」
「一機――して――すな」
戦闘機部隊の無線に流れてくるオリエント語の淡々とした通信。
真っ先に混信を疑ったCEF-18のパイロット――TACネーム「スケーター」は自分たちの所属と大まかな作戦目標を伝える。
「あんたら、オリエント軍の連中か? 我々はカナダ空軍第10航空団。超兵器潜水艦撃沈のためハドソン海峡へ向けて飛行中だ。間違っても撃たないでくれよ」
彼としては純粋な善意から通信を送ったのだが、結果的にこれが作戦を失敗させる遠因となってしまう。
「……攻撃を開始せよ」
先ほどまではノイズのせいで内容を聞き取れなかったが、この言葉だけはハッキリと分かった。
「チクショウ、アンノウン急速接近中! 全機散開! 散開!」
「間に合わない!? うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
蒼い光線を目視したF-22乗りの隊長――TACネーム「V.B」はすぐさま散開を指示したものの、反応が僅かに遅れたスケーター含む数機の機体は既にレーザーで撃ち抜かれていた。
「オリエント人め、血迷ったか!?」
「オリエントの識別信号とは違う! 敵機はルナサリアン! 繰り返す、敵機の所属はルナサリアンだ!」
アメリカ軍及びカナダ軍の敵味方識別装置(IFF)には当然ながらオリエント国防軍も登録されている。
だが、一瞬だけ捕捉できた所属不明機はIFFに対して全く反応しなかった。
他にオリエント語で通信を交わす組織といえばスターライガなどオリエント系プライベーターが思い浮かぶが、彼女らが北アメリカにいるとは聞いていない。
……そうだとしたら、なぜ敵はオリエント語で話していたのだろうか?
「本隊は急いで海峡まで向かえ! 残りの戦闘機で敵を引き付けてやる!」
「こちらリトルマックス、了解。無事に生き残れたら一杯やろうぜ」
リトルマックスはそう言い残すと僚機へ指示を下し、部隊の針路を北に転進させる。
さて、敵機を引き付ける役割を請け負ったのはいいが、肝心の相手をなかなか捕捉することができない。
F-22Cなどが搭載するレーダーは相対する角度次第でステルス機も捉えられるほどの探知性能を持つ。
つまり、相手がレーダーに映らない理由は単に位置取りが悪いのか、あるいは戦闘機よりも小さい兵器――モビルフォーミュラだからなのか。
攻撃が正面から飛んで来たということは、敵編隊はアメリカ・カナダ混成部隊の方を向いている可能性が高い。
「(どこに隠れてやがる……早く姿を現しやがれ、ルナサリアンのウサギ女ども!)」
見えない敵を相手に焦りを募らせるV.Bら戦闘機乗りたち。
「位置の再確認を……下っ――!?」
通信の途絶とCEF-18の爆散はほぼ同時であった。
コックピットを正確に撃ち抜かれた機体はそのまま火の玉と化し、タイガの中へ墜ちていく。
そう、戦闘機は真下に対しては空対空攻撃ができないのだ。
一方、腕を持つMFは携行武器を全方向へ向けることができ、敵兵器の死角から攻撃を仕掛けられる。
レーダー反射断面積の小ささに極めて高い攻撃力――兵器としての特性を活かす戦法にまんまとハメられたのだった。
「ダニー!! 応答してくれ!」
「奴はもう死んだ! それよりも回避運動を優先しろ! 下から食われるぞ!」
既にいなくなった戦友の名を叫ぶカナダ軍パイロットを窘め、V.Bは味方機へ回避を指示する。
だが、彼が命令を下すタイミングは少しだけ遅かったようだ。
回避運動を取り始めた戦闘機部隊に対してMF部隊の一斉射撃が突き刺さり、パイロットたちのベイルアウト宣言や悲痛な断末魔が嫌というほど耳に入ってくる。
「これ以上は飛べない! イジェクトする!」
「なんてこった、射出ハンドルが動かねえ!」
「主翼が……ダメだ、墜ちる――!」
味方が次々と落とされる中、V.Bは冷静に敵機の特徴を観察していた。
機種はルナサリアンの「主力モビルフォーミュラ」であるツクヨミだが、迷彩塗装はこれまで見たことの無いパターンだ。
ヨーロッパ戦線でお馴染みのグレー系とは若干異なる、無機質な白一色で塗装されている。
また、マニューバも無人戦闘機を彷彿とさせる機械的なモノであり、オリエント国防空軍の動きをベースとしていることが見て取れた。
「(有人機のはずなのに機械的なマニューバ……いや、まさかな……)」
予想し得る最も嫌な答えが頭をよぎる。
気が付くと自分以外の味方は既にいなくなっており、敵機の狙いはV.BのF-22Cへ集中していた。
「……一人も守れなかったか」
次の瞬間、多方向からの同時攻撃をもろに被弾したF-22Cはエンジンへの誘爆により爆発四散する。
2年前の戦いと本戦争の緒戦を生き残ったエースパイロットはカナダの空に散ったのである。
一方、護衛部隊のおかげでハドソン海峡までは接近できた本隊。
彼らの作戦は哨戒を行っていた敵潜水艦に発見された時点で失敗だったといえる。
空襲の可能性を察知した攻撃目標の超兵器潜水艦「ナキサワメ」は既に身を潜めており、五大湖周辺の都市へ向けて発射予定だった炸裂弾頭ミサイルの目標をSF-15E部隊に変更していた。
「……! 高速で接近する飛翔体を捕捉……まさか!?」
リトルマックス機の後席に座る兵装システム士官が叫ぶ。
「チッ、お見通しってワケかよ! 全機、死にたくなければ上昇しろ! 12000ftまでは何とかして上がれ!」
そう言うとリトルマックスは愛機のオーグメンターを作動させ、SF-15Eが発揮し得る最大推力で上昇を開始する。
確かに、強力な複合サイクルエンジン「R32-PW-100」を搭載するSF-15Eは極めて高い上昇力を誇っている。
しかし、実戦においては機外に兵装を吊るしていることを忘れてはならない。
対空レーダーに捕捉される可能性を減らすため、地表ギリギリを低空飛行していた機体が爆装している状態で雲の上まで上がるのは非常に困難であった。
「こっちは大量にミサイルを抱えているんだぞ! 間に合わねえ!」
「そんなもん捨てちまえ! この場を切り抜けることを優先しろ!」
悪態を吐く僚機を一喝しつつ、リトルマックスのSF-15Eはひたすらに青空を翔け上がる。
「弾着まで8、7……いや、話で聞いていたよりも早いぞ!?」
兵装システム士官が驚きの声を上げるのとほぼ同時に炸裂弾頭ミサイルが弾着し、上昇が間に合わなかった機体たちを容赦無く呑み込んでいく。
彼らの悲鳴は爆発音やノイズでかき消され、声として聞き取ることができなかった。
「こちらリトルマックス、生き残った機体は……ダメだったか」
レーダー画面を確認したリトルマックスは首を横に振る。
「あんなにいた味方機が一発で全滅だと……?」
この悲惨な状況に兵装システム士官も愕然としていた。
「ああ、ジブラルタルで甚大な被害が出たのも納得だぜ。範囲外へ逃げればこっちのもんだが、少しでも遅れたら……『BOMB!』だ」
たった1機のSF-15Eでこれ以上何ができるというのだろうか。
フライトシューティングゲームの主人公ならともかく、リトルマックスの目の前で繰り広げられているのは「本物の戦争」である。
無尽蔵に抱えたミサイルをばら撒いて超兵器潜水艦を沈めるなど、全くもって現実味が無い。
もし、彼が現実的な対応を取るとしたら……。
「……エイドリアン、火器管制システムをこっちに回してお前はベイルアウトしろ」
リトルマックスは長年組んできた兵装システム士官――エイドリアンに機体からの脱出を促す。
「何をするつもりだマックス!?」
当然、相棒の発言に対し反発するエイドリアン。
「ここから先は俺一人でやる。お前には敵超兵器の強大さを報告する義務がある」
「だが……!」
「うるせぇ! 早くベイルアウトしないとこのままカミカゼをぶちかますぞ!」
相棒の本気を悟ったエイドリアンはヘルメットのバイザーを下ろし、射出座席のハンドルへ手を掛ける。
「なあ、相棒……犬死はしないよな?」
「別に死にに行くワケじゃねえ。最善は尽くす」
彼はその言葉を聞くと射出ハンドルを全力で引っ張り上げ、肌寒い大空へと打ち出される。
後方でパラシュートの白い花が咲いたことを確認し、コックピットへ入り込む風に耐えながらリトルマックスは機体の推力を高めていく。
「(マクシミリアン・カーペンター大尉……お前と組んだ6年間は忘れない)」
遥か彼方へ飛び去って行く「宇宙の鷲」をエイドリアンは敬礼で見送るのだった。
その頃、超兵器潜水艦「ナキサワメ」は海峡を抜けハドソン湾に身を潜めていた。
潜航中は対空電探による索敵を行うことができないが、近辺で浮上している護衛潜水艦や地上設置の電探から空の情報を受け取ることはできる。
「ほう、1機だけ『鉄の雨』から生き延びた奴がいるのか」
随伴艦の報告を聞いたナキサワメの艦長カンナヅキは感心したように呟く。
「はい、その1機はかなりの速度でハドソン湾へと向かって来ています」
「たかが1機、されど1機だ。失礼が無いよう我が艦の対空能力を以って相手せよ」
「了解です、艦長」
カンナヅキの指示を受け、火器管制官たちは自衛用の短射程艦対空誘導弾を発射できるよう準備を開始した。
対空電探が使えない以上、敵機との距離は護衛潜水艦の報告から予測する必要がある。
「こちらトヨウケビメ、本艦の上空を敵戦闘機が通過します」
「ワクムスビよりナキサワメへ、湾上空への侵入を試みる敵戦闘機を捕捉しました」
これらの情報を基にカンナヅキは敵機が射程内へ入るタイミングを計算し、誘導弾発射の機会を窺う。
「艦長、敵戦闘機と思わしき飛翔体を確認しました!」
「艦対空誘導弾発射ッ!」
潜望鏡を覗き込んでいた乗組員の報告と同時にカンナヅキの指示が飛ぶ。
艦首の魚雷発射管から射出された複数の短射程艦対空誘導弾は水中から空に上がり、捕捉した敵機へとみるみるうちに接近する。
「チッ、水中から対空ミサイルだと!」
キャノピーを失ったコックピットに響き渡るミサイルアラート。
チャフとフレアを散布しながらリトルマックスのSF-15Eは回避運動を行う。
だが、そのおかげで攻撃目標が潜んでいる位置をある程度掴むことができた。
「今はイーグルでも対潜攻撃ができる時代なんだよッ! こいつをぶち込んでやるッ!!」
その言葉と同時にハードポイントから「AUM-95 シーランサー」空対潜ミサイルが切り離され、水面下に潜む敵潜水艦へ向かって飛翔を開始する。
直後、射程距離と引き換えに高い運動性を持つ艦対空誘導弾を避け切れなかったSF-15Eは被弾。
左主翼をもがれた機体は錐揉み状態になりながら水面へと叩き付けられる。
「地球人をナメんなよ、悪魔め……!」
記憶が途切れる最期の時、リトルマックス――マクシミリアンは不敵な笑みを浮かべていた。
もちろん、ナキサワメも空対潜ミサイルの発射を指を咥えて見ていたわけではない。
「急速潜航しつつ囮を発射! 氷が守ってくれるとはいえ、この艦の防御力をあまり過信するな!」
電波欺瞞紙や欺瞞火炎弾が使用できず、運動性も高くない潜水艦がミサイルから逃れる手段は限られる。
一つは囮装置でミサイルの誘導装置を誤魔化し、母艦はその間に回避運動を取って逃げる方法。
あるいは、深深度潜航やスパイラルターンといった潜水艦ならではのマニューバによる回避。
そして、「対抗魚雷」と呼ばれる迎撃用魚雷による攻撃の排除も考えられる。
カンナヅキが選んだのは「囮を発射しつつ攻撃が届きにくい深度まで急速潜航」であった。
かなり頑丈に設計したつもりとはいえ、直撃弾に耐えられるかは分からないからだ。
もっとも、この時期のハドソン湾の表面は氷に覆われることで知られている。
地球の大自然が地球人の攻撃から月の民を守ってくれる――カンナヅキはそれを信じていた。
その結果……。
「敵機の攻撃、命中せず! さすがです、艦長」
SF-15Eが放った13発のAUM-95は大半が氷の上に着弾し、水中へ進入した数発も囮装置に惑わされ命中しなかった。
皮肉にも地球製兵器の攻撃を阻んだのは地球自身だったのである。
「いや、今回はこの星の自然環境に助けられたな。オリヒメ様が地球を欲しがられる理由が分かったかもしれん」
豊かな自然を持つ蒼い惑星に対して感謝の気持ちを示すカンナヅキ。
脅威が排除されたと判断し、彼女は操舵士へ浮上を指示する。
結局のところ、アメリカ軍及びカナダ軍による作戦は無用な犠牲を出すだけに終わった。
数多くの地球人将兵の命を奪ってきた脅威の超兵器潜水艦「ナキサワメ」。
アメリカ軍による乾坤一擲の奇襲が失敗した今、希望は「彼女たち」へ託されることになる。
オーグメンター
一般的には「アフターバーナー」と呼ばれる装置だが、この名称はアメリカの某企業の登録商標である。
複合サイクルエンジン
全領域戦闘機に搭載されている大気圏内外対応の次世代型エンジン。
最大推力はターボファンエンジンより若干高い程度だが、エネルギー効率に優れるため航続距離が大きく伸びている。
また、使い勝手は従来のジェットエンジンとほぼ同じであり、設備や運用マニュアルの流用によるコスト削減が可能なのも特徴。
実用化には極めて高い技術力が求められるため、2132年時点では日本、アメリカ、オリエント連邦、ロシア、フランスの5か国とルナサリアンだけが国産化に成功している。
電探
ルナサリアンにおけるレーダーのこと。
なお、レーダーを日本語訳した言葉も「電探」であるが、そちらとの関連性は不明。