【MOD-85】月の手に堕ちた星の都(前編)
Date:2132/06/05
Time:06:00(STC)
Location:outer space
Operation Name:STARDUST MEMORY
ルナサリアンによる2度目のコロニー落としの実行日は分からない。
そのため、オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)とオリエント国防海軍第7艦隊は24時間体制での監視を行っていた。
「ふわぁぁ……眠い……」
ブリッジ内のデジタル時計で現在時刻を確認したキョウカは大あくびをしながら立ち上がり、別の座席で仮眠を取っている主任火器管制官のアルフェッタに交代を促す。
「アルフェッタ先輩、起きてくださいよー」
「んあ? あと5分寝かせてや……5分でいいんやで」
だが、手元の時計で時刻を確かめたアルフェッタは再び毛布に包まってしまう。
6時間ほどブリッジで缶詰にされていたキョウカは既に我慢の限界であり、寝起きが悪い先輩の身体を何度も揺り動かす。
「私、交代してさっさと寝たいんですけどー」
「うーん、もう少し待ってくれや……」
キョウカとアルフェッタがしょうもない争いを繰り広げる一方、10分ほど前に仮眠から目覚めた操舵士のラウラは既に仕事を開始していた。
「……?」
スカーレット・ワルキューレの船体各所に装備されているセンサーカメラの映像を確認していたその時、彼女は艦首カメラの映像にだけ動きがあることを認める。
「キョウカ、アルフェッタ! そんなことをしている場合じゃないぞ! ルナサリアンの奴ら、いよいよ動き出したかもしれん!」
不審な兆候を見かけたらすぐに報告せよ――。
ミッコ艦長から予め指示を受けていたラウラは同僚2人を呼び出しつつ、艦長席にある通信装置でミッコとレガリアに通報するのだった。
「こちらブリッジ、ルーデンドルフです。マグ・メル周辺のルナサリアン艦隊が動き始めたのを確認しました。至急ブリッジへお上がりください」
6月5日、協定宇宙空間時にして午前6時ちょうど――。
スペースコロニー「S.C.36 マグ・メル」を占領しているルナサリアン艦隊は核融合パルスエンジンの設置作業を完了し、本作戦の旗艦となっている戦艦「オオヤマツミ」からの制御で全エンジンをトラブル無く始動させる。
「艦長、核融合パルスエンジンの始動を確認しました。今のところは全て問題無く稼働しています」
「うむ……輸送艦隊が襲撃された時はどうなることかと思ったが、最初の関門は潜り抜けたか」
2度目のコロニー落としの指揮を任されているオオヤマツミ艦長は副長の報告を聞くと、軍帽を脱ぎながら水を飲んで一息つく。
最前線で戦う彼女たちには「戦況を一気に覆す必勝の策」としか伝えられておらず、何を目的にコロニー落としを行うのかについては全く知らされていない。
「最初の星落としでは二次被害を含めて12万人の命が失われたと聞く」
「今回の攻撃目標は地球上で最も重要な都市圏の一つだそうです。人口は約70万――」
「それ以上は言うな! 軍人は上の命令に従わなければならない」
聡明な副長が攻撃目標――ワシントンD.C.の人口について触れようとしたところで艦長は待ったを掛け、混乱を招いたり士気を下げるような発言を行わないよう忠告する。
「……たとえ、それが70万人の民間人を虐殺するものであったとしても」
オオヤマツミの艦長には幼い娘がいる。
その70万人の中には自分の娘と同じくらいの子どもがたくさんいるかもしれない――。
そう考えると彼女は戦意を失ってしまいそうになるが、一軍人としてここで引き返すことは許されなかった。
ルナサリアン艦隊の動きを察知したO.P.Aと第7艦隊はただちに前進を開始し、それと同時にほぼ全ての艦載機を発艦させ戦闘宙域へと向かわせる。
「バルトライヒよりO.P.Aの全機、聞いてちょうだい」
大編隊が整い始めたところでレガリアは通信回線を開き、スターライガを含むO.P.A側の全味方機へ改めて作戦内容を伝える。
「昨日のブリーフィングでも言ったけど、私たちの役割はコロニーに対する直接攻撃――言わば本命よ。道中の敵戦力は先行する第7艦隊が叩いてくれるから、私たちは燃料弾薬を温存しながらとにかく先を急ぎましょう」
第7艦隊を指揮するクヴィ中将との協議の結果、スペースコロニーの破壊は3か月前の経験があるO.P.A側が担当することになった。
一方の第7艦隊は先行して敵艦隊を叩くことで進路を抉じ開け、O.P.A側の進軍をサポートする。
戦力比はおよそ3:1。
3隻もの正規空母を擁する第7艦隊だけでもルナサリアン艦隊の総戦力を上回っているため、コロニーへの接近に関しては特に問題無いだろう。
やはり、本作戦の成否は少数精鋭のO.P.A側に懸かっていた。
「対空砲火の光が見え始めた。先遣隊がドンパチやり始めたようだな」
「私たちも急ぐぞ。こっちが手間取れば手間取るほど、正規軍の連中に損害が生じる」
「おう、あいつらの腕を信頼していないわけじゃないが……持ちこたえさせるにしても限度がある」
先行する正規軍の航空部隊をルナサリアン艦隊が迎撃し始めたのを確認し、ライガとサニーズとルミアも敵機との交戦に備える。
「(レガリアさんもライガさんも命懸けでこの戦いに臨んでいる……そうね、もう私は迷わない! スターライガの一員として私は墜ちゆく星を狙い撃つ!)」
そして、本来は工作員としてO.P.A側の邪魔をしなければならないレンカの決断は……。
その頃、ルナサリアン艦隊と接敵した第7艦隊は戦艦及び重巡洋艦を前面に押し出す陣形へと移行し、戦艦を旗艦とする敵艦隊と激しい砲撃戦を繰り広げていた。
「わあ、ここから見ても分かるぐらいリティス大尉って凄い動きしてるわねぇ」
「特別な技術は何も使っていないんだ。あの人は基本的な操縦技術だけで機体性能を限界まで引き出している……ありゃ逆立ちしても敵わないよ」
「あれに付き合わされる僚機には同情せざるを得ないな」
しかし、第7艦隊の中で一番戦果を挙げていたのは一機の蒼いMFであった。
彼女は味方部隊との連携攻撃で軽空母を1隻沈めただけに留まらず、今度は単独で巡洋艦を食おうとしている。
「ドラグーン1、またスタンドプレイみたいになっているぞ! 僚機が追従できるように行動してやれ!」
「二人のことはここからでも見えています。何かあったらすぐに戻れますから」
それを見かねたアドミラル・ユベール航空隊のベテランパイロットはドラグーン1――リティスに注意を促すが、当のリティス自身はそれを無視して対艦攻撃を続行する。
追加装備「G-BOOSTER」を装着している彼女のオーディールはお手本のような回避運動で対空砲火をかわしつつ、敵巡洋艦の真上で反転し急降下攻撃を仕掛ける。
「ドラグーン1、シュート!」
次の瞬間、蒼いMFの増加装甲から大量のマイクロミサイルが発射され、敵艦の甲板上に次々と降り注ぐのだった。
爆発炎上している敵艦はもう長くない――。
これ以上の追加攻撃は必要無いと判断し、放置気味の僚機がちゃんと生きているかを確認するリティス。
元々放任主義的なところがある彼女は開戦直後に急遽小隊長となったばかりで、それ以前は遊撃を主任務とする部隊で3番機として戦っていた。
つまり、単刀直入に言ってしまうと指揮が苦手なのだ。
「後ろに張り付かれてる! 隊長、援護お願い――って、やっぱりどっか行ってるし!」
放置されている僚機の一人――ドラグーン隊で最も経験が浅いレンコ・カツラギは敵機に背後を取られ、ここ最近で最大のピンチに直面していた。
高性能なオーディールに乗っているのに格下のツクヨミに追い詰められている姿は情けないが、実戦部隊への配属初日に開戦を迎えたレンコの技量では仕方ない面もある。
「……遠いところには行ってない。今援護してあげるからじっとしてて」
「ミサイルアラート!? 追加装備を付けている状態じゃかわし切れない!」
「慌てないで! 2~3発なら直撃しても増加装甲が肩代わりしてくれるから!」
複数の敵機に追いかけられているレンコ機を見つけたリティスはスロットルペダルを踏み込み、回避行動を維持するよう指示しながら敵味方の位置取りを予測。
「レンコ! 左に切り返して!」
「り、了解!」
そして、レンコのオーディールが右旋回から左旋回へと切り替えるタイミングで自機を射線上に割り込ませ、チャフとフレアを散布することで敵機のマイクロミサイルを強引に逸らす。
「くッ、振り切られたか!」
「かなりの手練れが紛れ込んだぞ! 警戒しろ!」
このアクロバティックな「援護防御」にはルナサリアンのエイシたちも感心せざるを得なかった。
今度はリティスのオーディールの背後に2機のツクヨミが食らいつく位置関係となる。
「単独戦闘は禁止! 2機で1機を仕留める!」
「ええ、分かってる!」
蒼いMFに巧みな連続攻撃を仕掛けてくる2機のツクヨミ。
だが、速度性能ではG-BOOSTER装備状態のオーディールの方が明らかに上であり、リティスはその加速力を以って敵機を突き放す。
「隊長さん、あんたを狙う敵機を俺が撃てばいいんだな?」
その時、2機のツクヨミの後ろに新たな蒼いMFが現れ、背後から手痛い一刺しを突き付ける。
ドラグーン隊は放任主義の隊長の下でバラバラに戦っている印象が強いが、決して連携が取れないわけではない。
部隊の2番機にして唯一の男性であるフォルカー・モルダバイトは頃合いを見てリティスの援護に回り、彼女を追いかけることを断念した敵機へ攻撃を開始する。
「ファイア、ファイアッ!」
フォルカーのオーディールの上面に装着されたレーザーライフルから蒼い光線が放たれ、無駄の無い射撃で2機のツクヨミを立て続けに撃墜していく。
「これで今日の撃墜スコアは4機目! 機体の調子が良いから、まだまだ行かせてもらうぞ!」
爆発炎上する敵機の間を上手くすり抜け、隊長のリティスやレンコと合流を果たすフォルカー。
地球上におけるエース部隊の代表がゲイル隊とするならば、宇宙で最も戦果を挙げているエース部隊はリティス率いるドラグーン隊であった。
本作戦に戦艦級を主力とする大部隊を投入しているルナサリアン艦隊であるが、じつは戦線の後方に「視察」という名目で空母と戦艦を1隻ずつ待機させていた。
「始まったようね、博士」
「やはり、スターライガは時間通りに仕掛けてきた。オリエント国防海軍が予想以上に健闘しているのが気掛かりだけど、作戦自体に支障は無いと思うわ」
ルナサリアン艦隊の総旗艦である正規空母「ヤクサイカヅチ」のブリッジ内で意見を交わしつつ、戦いの動向を見守るオリヒメと地球人の女科学者。
普段は月で報告を受け取ることが多い彼女らだが、今回は重要な一戦ということもあり座乗艦を引っ張り出してまで最前線に赴いていたのだ。
「それにしても……貴女が戦艦を個人所有していたとは初めて知りましたわ。地球では個人で軍艦を買うことができるのかしら?」
ヤクサイカヅチの隣に停泊している戦艦を横目に見ながらこう尋ねるオリヒメ。
彼女が気にしている戦艦はルナサリアンの所属ではなく、女科学者が亡命直後に「自家用宇宙船」という名目で持って来たものだ。
「所定の手続きと資金が用意できればね。もっとも、私の『ネバーランド』は除籍された艦の部品を組み合わせて建造したものだけど」
ネバーランド――。
それが女科学者の「自家用宇宙船」に与えられた名前だった。
「そういえば、これは諜報機関を通じて調べさせたことなのだけれど……」
「何? 人の過去を詮索するのはあまり感心しないわね」
基本的に誰に何と言われようと余裕の表情を崩さない女科学者であるが、この時だけは少し反応が違った。
「いえ、それは関係無くて……いや、少し関係があるかもしれない」
一瞬険しい表情を見せた女科学者へ弁明しつつ、オリヒメは諜報機関が入手してきた情報を基に一つ質問してみる。
「貴女の娘さんは二人ともスターライガに所属しているみたいね。子どもたちと私――博士はどちらを応援してくださるのかしら?」
この難しい質問への返答に女科学者が悩むことは無かった。
「当然、子どもたちが自分を越えてくれることに期待しているわ。私は客将である以前に母親なのだから」
「娘はいずれ母を越えていくもの――か。独り身の私には関係無い話ね」
冷酷非情だと思っていた女科学者が人間らしい答えを示したことを受け、月の絶対君主は「この人は善なのか悪なのか分からない」と改めて痛感させられるのであった。




