【MOD-84】星落とし
6月2日――。
オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)は「S.C.36 マグ・メル」に最も近い有人スペースコロニーである「S.C.22 ティル・ナ・ノーグ」へと秘密裏に移動し、そこでコロニー落とし阻止作戦に向けての最終準備を行っていた。
今回はオリエント国防海軍で宇宙方面を担当する第7艦隊の協力が得られたため、大規模な空母機動部隊を擁する彼女らと共同戦線を構築することになる。
「お初にお目に掛かります、サロ艦長。私はオリエント国防海軍第7艦隊司令及び艦隊旗艦『アドミラル・ユベール』艦長を務めるクヴィ・トレール中将であります」
スカーレット・ワルキューレのブリッジにやって来たクヴィは敬礼をした後、ハキハキとした力強い声で自己紹介を始める。
「こちらこそ初めまして、トレール中将。第7艦隊の勇名はこちらの業界でも広く知れ渡っているわ」
自分が知らないうちに海軍将校は随分と世代交代が進んだのね――。
そう思いながらもミッコはクヴィや彼女の副官らしき男性士官と握手を交わし、まずは困難な共同作戦の提案を受け入れてくれたことを感謝するのであった。
一方その頃、仕事が一段落したマリンはキリシマ・ファミリーの母艦レヴァリエの隣に停泊するアドミラル・ユベールへ飛び移り、作業員たちを掻き分けながら飛行甲板上をウロウロしていた。
「あ! ダメですよ部外者が勝手に乗艦したら!」
「保安部員が来る前に帰った帰った!」
それに気付いた一部の作業員が目の前に立ちはだかり待ったを掛けるが、当のマリンはニヤニヤと笑ったまま引き下がらない。
「おおっと、悪い悪い! ちょっと人探しをしてたら迷っちゃってさぁ」
「人探しィ?」
彼女の見え透いた嘘を訝しむ作業員。
しかし、相手は仮にも「友軍」なのであまり邪険に扱うことはできなかった。
「この艦の航空部隊に所属しているリティス・ドラゴナイトってお嬢ちゃんを探してるんだが……お前さん、彼女の居場所を知らねえか?」
「リティス? ああ、大尉なら自分の機体の整備作業を見守っているんじゃないかな。船長さん、リティス大尉の知り合いなのかい?」
質問に質問で返してくる作業員に対し、マリンは大笑いしながらリティスという若者を探す理由を語るのだった。
「ハハハッ! 今から知り合いになるつもりなのさ! あと、ボクのことを『マリン船長』って呼ぶのはやめてくれよ!」
宇宙海賊のくせに立派な巡洋艦を持っている――。
格納庫内に置かれている箱の上に座り、紙コップ入りのミネラルウォーターを飲みながら隣に停泊する黒い巡洋艦を眺める白髪の女性士官。
制服のデザインから彼女はオリエント国防空軍に所属していることが分かる。
「お、いたいた! おーい! リティス大尉!」
先ほどマリンに絡んでいた作業員が大声で呼び掛けると、白髪の女性士官は中身を飲み干した紙コップを握り潰しながら振り返る。
「……?」
「あんたの顔を一目見たいというお客さんを連れて来たよ。えーと、名前は確か……マリン船長だっけ?」
「だから、ボクは船長じゃないって言っただろ! 強いて言えば『親分』なんだよなぁ」
怪訝そうな表情を浮かべる女性士官――リティスの前でしょうもない寸劇を始める作業員とマリン。
当然ながらリティスの笑いを取ることはできなかった。
「マリン船長……じゃなくてマリン・キリシマさんですよね? 大手雑貨店のキリセイムを経営している……」
だが、幸いにもリティスの方はマリンのことを知っているらしい。
「おうよ! キリセイムの取締役というのは表向きの姿で、本当はプライベーターを率いて星の海を駆け回っているのさ!」
自己紹介の手間が省けたマリンは胸を張りながら右手を差し出し、15歳ほど年下の若者に対し握手を求めるのであった。
「は、はぁ……私はオリエント国防空軍所属のリティス・ドラゴナイトです。今は色々あってこの艦に出向しています」
地元では知らぬ者のいない名士との対面に驚きつつも、差し出された右手を握り返すことで握手に応じるリティス。
「君の噂はこっちの業界でも度々聞くぜ。『O.D.A.Fにはサンリゼ生まれの若いエースがいる』ってな。何でも、実力ではあのセシル・アリアンロッドに勝るとも劣らないんだろ?」
「周りのみんなはそう言っていますけど、セシル中佐とは直接会ったことが無いので分かりません」
まだ初対面同然なのに彼女の肩をポンポンと叩き、まるで近所のおじさんか酔っ払いのように絡み始めるマリン。
当のリティスは当たり障りの無い返答で絡みを切り抜けようとしている。
とはいえ、この二人は同じオリエント連邦・サンリゼ市出身なので、もしかしたら実家は本当に近所同士かもしれないが……。
「ま、それはともかく……同じサンリゼの民として君には期待しているんだぜ。頑張れよ若いの!」
左手首にはめている古風な腕時計で時間を確認すると、マリンはもう一度リティスの肩を叩きながら激励の言葉を述べる。
「んじゃ、次は戦場で会おうぜ」
気になっていた有望株との簡単な語らいを終え、彼女は満足げな表情を浮かべながら作業員と共に立ち去っていく。
「(変な人……でもまあ、騒ぐほどでもないか。私は私の仕事をこなすだけだから)」
その後ろ姿をリティスは不思議そうに見守っていた。
2度目のコロニー落としは実行者たるルナサリアンにとっても大変重要な作戦であり、本国と実行部隊の間では継続的に遣り取りが行われていた。
「――ええ、分かったわ。輸送経路は複数本確立しているから、その程度の損害ならば問題無い。引き続き作戦準備を進めさせるように。実行日の6月4日だけは変更できないからそのつもりでね」
側近から電話連絡を受けたアキヅキ・オリヒメは会話を終えると、通信端末を懐に収めながら椅子へと座り込む。
「輸送艦隊に何かトラブルでも?」
「とらぶる?」
「おっと、失礼……輸送艦隊に何か"問題"でも?」
その様子を見ていた科学者らしき女は通話内容について確認するが、オリヒメが「トラブル」という外国語を理解できなかったことから咄嗟に訂正し、月の言葉で改めて尋ねてみる。
地球から亡命してきた彼女は客将としてオリヒメに重用されており、今や両者の関係は単なる「雇い主と食客」から「共通の信念を持つ同志」へと変化していた。
事実、人見知りしがちで警戒心の強いオリヒメが会議室で1対1の話し合いを望むことなど、従来では決してあり得なかった。
「『星落とし』に必要な資材を運んでいた輸送艦隊が襲撃を受け、8隻中6隻が撃沈されたらしいわ」
「ほう……」
「しかも、護衛の駆逐隊にまで痛手を負わせるとは敵ながらやってくれたわね」
机の上に置かれている資料を纏めながら忌々しげに答えるオリヒメ。
襲撃された輸送艦隊は最も安全とされていた航路を通過していたはずであり、完璧主義者の彼女は「本来あり得ない場所で問題が起きた」ことに少しだけ苛立っていたのだ。
「まあ、その程度ならばコロニー落としの決行に支障は無さそうね。私も不良品の発生や事故による損失を考慮して核融合パルスエンジンを余分に調達してきたわけだし」
一方、人生経験豊富な女科学者は「そういった困難もまた一興」と余裕の表情を見せる。
オリヒメに対しスペースコロニーに関する知識を授け、軍事転用というアイデアを提案したのは何を隠そうこの女科学者だったのだ。
「とはいえ、人類史上最大級の一撃を簡単に止めることなどできない。ましてや、我々は一度コロニー落としを成功させているのよ。我々には奇跡に頼る必要の無い軍事力がある――それを証明するためにも今回のコロニー落としは確実に決めなければならない」
地球圏全体で見た場合、ルナサリアンと地球側の軍事力は概ね拮抗状態で推移している。
しかし、一部の戦線では地球側の反攻が激化しており、少しずつ劣勢に立たされているとの報告もある。
このまま戦争が長引けば慣れない土地で戦う兵士の士気にも悪影響を及ぼすだろう。
国力に少なからず差がある以上、長期戦で不利を強いられるのは間違い無くルナサリアンの方だ。
「あなたたち月の民の『アマノハコブネ作戦』を成功させるには、地球人類を皆殺しにしてでもこの戦争に勝つしかない。オリヒメ、歪んだ世界を導いていけるのはあなたのような強者だけなのよ」
母娘ほどの年齢差があるオリヒメの手を優しく握り締め、彼女が「月の絶対君主」から「三千世界の指導者」になってくれることを強く願う女科学者。
「(そして、あなたは世界の歪みを加速させなければならない。完全なる崩壊の先に救済があるのだから……!)」
だが、彼女の真意は決して言葉通りではなかった。
「(ついに2度目の『星落とし』が決行される。できればこのような状況は望んでいなかったけど……まさか、月の民がそこまで追い詰められているとはね……)」
そして、地球側の人間でありながらコロニー落としのことを知る者がもう一人――。
「(いやはや、困ったわね。地球側の反撃が予想以上に苛烈なせいで戦争が泥沼化し、当初の戦争計画には無かった『星落とし』が急遽追加されるなんて)」
艦内食堂の一番隅っこにある席を確保し、好物のニンジンスープを味わいながらレンカは携帯電話の画面を眺めていた。
この携帯電話は彼女の私物とされているが、その実態はルナサリアンの諜報機関が開発した「地球人の所持品に擬装した通信装置」であり、地球圏に潜伏する工作員と本国を結ぶ重要な連絡手段なのだ。
本国から優秀な工作員と見做されているレンカにはこの通信装置を介して直接命令が与えられ、彼女は忠実に任務を遂行してきた。
スターライガの一員として戦っているのは信頼を得るための演技にすぎない。
「(オリヒメ様……私には理解しかねます。民間人をも巻き込んだ終わり無き総力戦が、月と地球にとって本当に正しい道なのかを……)」
しかし、25年に亘る地球生活の中でレンカの心境は明らかに変化していた。
月の民とスターライガ、本当に忠義を尽くすべき相手は一体どちらなのか――。
25年前は決して悩むことなど無かったのに……。
【キリセイム】
オリエント連邦・サンリゼ市に本社を置く大手雑貨店。
腕利きの賞金稼ぎであったマリンの曾祖父(女性)が引退後に創業したとされ、数百年を経た現在では国内に300以上の店舗を有する大企業へと成長を遂げた。
ちなみに、店名の「キリセイム」とはサンリゼの民話に伝わる「働き者の妖精」に由来している。




