【MOD-83】忌まわしき記憶
「――よし、撮影完了! 後は破壊工作を行うだけだが……さて、どうしたものかな」
アサルトライフルに内蔵されているガンカメラで「積み荷」の記録を残し、次はその「積み荷」を処分する方法を模索するアレクサンダー。
当初から破壊工作を目的とする作戦ならば爆発物を持ってくるのだが、今回はあいにく持ち合わせていなかった。
……いや、使える物はある。
「(少々勿体無いが……仕方ない。これが一番起爆剤として役に立ちそうだしな)」
スパイラルC型にはオプション装備としてマイクロミサイルポッドが用意されており、アレクサンダーの機体にも当然装備されている。
腰部から仮設アームを介するカタチで2基装備されているが、そのうち1基はまだマイクロミサイルが余っていた。
アレクサンダーはミサイルが装填されたままのポッドを攻撃することで誘爆を起こし、それを起点に「積み荷」諸共第十二号輸送艦を爆発四散させるつもりであった。
「リレハンメルより全機、今からこの艦に破壊工作を仕掛ける。みんなはすぐに安全な所まで退避してくれ」
Aチーム及びBチームの双方に対し退避を促しつつ、アレクサンダー――本名アレクサンデル・リレハンメルは手元のコントロールパネルを操作することで乗機のマイクロミサイルポッドを切り離す。
宇宙空間を漂い始めようとするそれをマニピュレータで確保し、今度は敵輸送艦の貨物室内に向かうようそっと押す。
「悪く思うなよ……俺たち地球人にとって、コロニー落としだけは絶対に阻止しなければいけないことなんだ。恨むのなら戦争を推し進めるアキヅキ・オリヒメを恨むんだな」
軍上層部の命令によって大罪の片棒を担がされるルナサリアンの兵士たちには同情を禁じ得ないが、ここはプロのMF乗りとして冷徹に操縦桿のトリガーを引くアレクサンダー。
アサルトライフルの弾丸がマイクロミサイルポッドに命中したのを確認すると、彼はスロットルペダルを踏み込みながら愛機スパイラルを安全な所まで移動させる。
強い衝撃を受けたことでポッド内のマイクロミサイルの信管が作動した次の瞬間、その爆発をキッカケに貨物室内の核融合パルスエンジンやその他部品が誘爆を開始。
防御力よりも輸送能力が重要視されている第十二号輸送艦の船体はたちまち崩壊していき、青白い閃光を発しながら宇宙空間に沈んでいくのだった。
「随分と派手な爆発だったな。おそらく、核融合パルスエンジンの運用に必要な小型水爆をしこたま積んでいたんだろうぜ」
チリ一つ残らないほどの大爆発を見届け、拿捕を諦めて正解だったと内心ホッとするマリン。
無理をしていたら今頃はあの閃光に巻き込まれていたことだろう。
「もしもし、ヤン? そっちの調子は――」
彼女がヤンに作戦の進捗状況を確認しようとしたその時、マリンから見て10時方向――ヤンたちが展開している方角に先ほどと同じ青白い閃光が発生する。
「おいヤン! 大丈夫か!? それは間近に食らったらマズいぜ!」
「――、そういうのは――! 今のは大当たりだったようだ!」
幸いにもヤンは爆発に巻き込まれずに済んだらしく、無線のノイズが回復した後の第一声は敵輸送艦撃沈の報告であった。
「ルナサリアンめ、核兵器を輸送していたなんて聞いてないぞ!」
「いや、今のは核融合パルスエンジンに用いる小型水爆が誘爆したんだ」
「核融合パルスエンジン……」
「そうだ、あいつらはもう一度コロニー落としを決行するつもりなんだ!」
事情を飲み込めていないヤンに対し、マリンは簡潔且つ正確に自分たちが得た情報を伝達する。
「南アメリカ大陸に大穴を穿ったという……確か、3か月前にお前らが阻止できなかったヤツだろう?」
それを聞いたヤンはただ啞然とするしかなかった。
「ああ、ボクたちキリシマ・ファミリーとスターライガは人類史上初のコロニー落としを阻止しようとしたが、自分たちの無力さが原因で失敗した」
「それは知っている。お前らに完全に非があるわけじゃねえ」
3か月前の敗北について当時居合わせていなかったヤンは彼女なりにフォローしてくれるが、マリンはその気遣いを意図的に無視しながら話を続ける。
「マスコミやSNSで発信された情報を鵜呑みにしたド素人や反戦主義者、それと自然環境のことしか考えていない環境保護団体から袋叩きにされた時はさすがに堪えたぜ」
今となっては軽い感じでこう語っているものの、過剰なまでの批判を受けて苦しんでいたのは間違い無くマリン自身だ。
彼女のSNSアカウントへ寄せられた批判コメントの中には、とてもじゃないが公の場には公開できないようなものもあったという。
……だが、個人攻撃という最も厳しい試練をマリンは持ち前の明るさと精神力で乗り越えてきた。
「だから、ボクは3か月前に安全な場所で口だけは一丁前だった連中の鼻を明かしてやりたいんだ。お前らがシェルターの中でブルブル震えていた間、こっちは命懸けの実戦を繰り返すことで強くなった――ってな」
「フッ……お前は元々人並み以上に強かったが、それに驕ること無く戦いの中で成長を続けている。ライガさんやレガリアさんから高く評価されている理由がよく分かるよ」
「それはこっちのセリフだぜ。お前だって場数を踏む度に強さを増しているじゃないか」
社長令嬢という恵まれた家庭環境からあえて厳しい世界に足を踏み入れ、戦いの中で成長を続けていくマリン。
決して裕福とは言えないラオシェン系移民の家庭に生まれ育ち、復讐心を越えた先に見い出した未来を力の源としているヤン。
出自は全く異なる二人であるが、実力と人間性についてはお互いに一流だと認め合っていた。
「……しかし、輸送艦が全てコロニー落とし絡みだとしたら少々気掛かりだ。5~6隻は傭兵トリオやロータス・チームと一緒に沈めたが、少なくとも2隻は戦闘宙域外への離脱を許してしまった」
キリが良いタイミングで私的な会話を切り上げ、ヤンは敵輸送艦に与えた損害について報告する。
機転を利かせた彼女の判断で敵輸送艦の撃ち漏らしは最小限に留めたものの、元々離れた位置を航行していた2隻については攻撃が間に合わなかった。
後の事を顧みないのならば計算上は追いつけたとはいえ、その場合は推進剤切れで宇宙を漂流するハメになっていただろう。
「まあ、取り逃がした2隻が戦略的価値の低い物品を運んでいる可能性に期待しよう――ん?」
逃がした魚は小さかった――。
現実主義者のナスルが珍しく希望的観測を述べたその時、彼女のスパイラルのHISに無線の着信を知らせるアイコンが表示される。
「こちらペンデュラム……本当か? うむ、了解した。すぐにみんなへ伝える」
おそらくはロータス・チーム代表のノゾミから何らかの指示を受けたナスルは通信を終えると、この宙域にいる全ての味方に対し通信内容を伝えるのであった。
「みんな、異変に気付いたルナサリアン巡航艦隊がこちらへ向かってきているらしい。この小戦力で巡航艦隊とやり合うのは分が悪い。今回の作戦で得られた情報を届けるためにも一度撤退しよう」
ナスル――厳密には彼女を介して伝えられたノゾミの提案を受け、作戦に参加していた面々はスペースコロニー「S.C.09 ベンサレム」まで後退。
マリン、ヤン、そしてノゾミは作戦中に得られた情報の分析とそれに基づいた今後の方針を話し合うため、スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームに集まっていた。
「戦闘中にガンカメラで撮影された写真を見やすく加工した物を持って来た」
作戦会議に遅れてやって来たライガは茶色い封筒から数枚の写真を取り出し、全員が見れるようテーブルの上に置いていく。
仮にもスターライガのリーダー格でありながら雑用もこなす辺り、彼の性格の良さというかお人好しぶりが窺える。
「ありがとよライガさん。ボクの部下は核融合パルスエンジンだと言っていたし、ボク自身もそう思っているんだが、みんなもその見解で間違い無いか?」
ライガから受け取った写真を確認したマリンは、自身の見解が正しいか否かを他の面々に問う。
「ふむ……俺は加工前の写真も見させてもらったが、お前さんの部下と同じ意見だ」
写真の加工作業に立ち会っていたライガはマリンの推測に全面同意する。
「あたしもそう思う」
「コロニーを持たないルナサリアンが本来必要とはしない核融合パルスエンジン……使用目的は皆が思っている通りだと思うけど、これだけの基数をどうやって調達したのかしら?」
ヤンとノゾミも写真を眺めながら概ね同じ意見を述べる。
使用目的、調達方法、今後の方針――。
気になることはたくさんあるが、話し合いに長い時間を割く余裕は無かった。
「……その写真と関係があるのかは分からないけど、じつはウチの偵察衛星が興味深い映像を記録していたの」
司会進行役のレガリアはパンパンと手を叩くことで注目を促し、自身の隣に置いている立体映像投映装置で「興味深い映像」とやらを流し始める。
その映像の再生時間は3分32秒。
元々の距離と解像度の関係で見づらいが、中央には建造中のスペースコロニーらしき物体が映っているようだ。
画面外のキャプションには「2132/05/31 17:25 S.C.36 Mag Mell」と表示されている。
「ん? あれは宇宙船の航跡か?」
「それも複数だ。建設資材輸送用の貨物船ではなさそうだな」
再生開始から数十秒ほど経過したところでマリンとヤンは画面右側から複数の宇宙船が現れたことに気付く。
彼女らが言う「航跡」とは全領域艦艇の推進装置が発する青白い光のことだ。
「そうね。この部分を拡大して見やすくなるよう処理を入れてみましょう」
手元のタブレット端末をレガリアが操作すると、映像の一部分が拡大され宇宙船の姿がより明確に映し出される。
「あ……こいつ、ついさっき戦ったルナサリアンの輸送艦じゃねえか!」
「ああ、間違い無い! この特徴的な艦影はルナサリアンだ!」
それを見たマリンとヤンは互いに顔を見合わせ、先の戦闘で撃沈した輸送艦と瓜二つであることを確認するのだった。
「おそらくだけど、あなたたちが戦った輸送艦隊は2度目のコロニー落としに必要な資材を運んでいたみたいね。そして、作戦用に目を付けたのが建造途中で作業が止まっているマグ・メルだったというわけ」
顎を撫でながらルナサリアンの次の一手について自分なりの予想を述べるレガリア。
「建造中のコロニーならば住民はいない。兵士たちは良心の呵責に悩まされること無く作戦に従事できるし、戦時中の混乱を利用すれば『建造中に偶然起きた事故』と偽装することもできる。敵ながらよく考え抜かれた作戦ね……」
コロニー落としは決して許される行為ではないが、彼女はアキヅキ・オリヒメが立案したであろう作戦内容には少しだけ感心していた。
どれだけ非人道的だと罵られようと、戦争に勝つためにはあらゆる手段を講じる――。
その勝利への執念だけは認めざるを得なかった。
「でも、どれだけ綿密に練られた作戦であっても成功させるわけにはいかない。次に標的となる場所はまだ分からないが……とにかく、俺たちはあの悲劇を二度と繰り返さないためにここまで戦ってきたんだろう?」
ライガの言う通りだ。
今から約3か月前、スターライガが阻止できなかった最初のコロニー落としは南アメリカを中心に12万人の命を奪った。
2度目のコロニー落としの被害想定は予想落下地点を割り出さなければ分からない。
しかし、次にコロニーが落ちたらもっと多くの人が死に、二度と治らない深い傷を残すことになる――ライガは強い恐怖感を抱いていた。




