【MOD-82】奇妙な積み荷(後編)
「おおッ! 敵艦の動きが明らかに鈍くなった!」
敵駆逐艦の艦尾部分――推進装置のある区画で起きた爆発はマリンからも視認することができた。
制動を担う推進装置にダメージを負ったことで敵駆逐艦は速力を落とし、そのまま止まってしまいそうなほどの速度で宇宙空間を漂い始める。
「マリン、駆逐艦の相手はこっちで引き受ける! お前らはさっさと輸送艦を沈めろ!」
先制攻撃に成功したリュンクスは「駆逐艦の相手は任せろ」と意気込むが、遅れて来た彼女にはマリンの意図が伝わっていないらしい。
「ああ、輸送艦を拿捕するまでの時間稼ぎは頼むぜ!」
「拿捕だと? おかしいな、あたしたちはそんな指示は受けていないぞ」
「気が変わったのさ! 奴らが運んでいる奇妙な『積み荷』……運が良ければ高く売れるに違いねえ!」
独断での作戦変更を開き直った言い訳で無理矢理押し通そうとするマリン。
そして、彼女はかなり強引な理屈で自分の行動の正当化を図るのだった。
「それに……もし、奴さんが核兵器でも運んでたらどうする? 迂闊に攻撃したらこの宙域一帯が吹き飛ぶかもしれないぜ?」
敵輸送艦が核兵器を運んでいるという証拠は無い。
しかし、敵輸送艦が核兵器を運んでいないという証拠も無い。
「ボクだってそこまでバカじゃねえ。マジでヤバいブツだったら悪用されないように処分するつもりだ」
結局、この場にいる面々の話術ではマリンを上手く説得することは叶わなかった。
レガリアならばピシャリと窘めることができたかもしれないが、ここにはいない人間に頼っても仕方がない。
「……チッ、しょうがねえ。そこまで言うのならやってみせろよ」
愛機スタークキャットの武装をMF用携行式榴弾砲「ハウィッツァー」に持ち替えつつ、半ば自棄気味に頑固なクソガキの言い分を認めてしまうリュンクス。
右操縦桿のトリガーを何度も引くことでハウィッツァーを対物ライフルのように連射しているのは、言うことを聞かないマリンに対する苛立ちの表れだろうか。
「ったく、これだから気が強いお嬢様育ちの相手は嫌いなんだよ……!」
「いやいや、あんたもマリンも世間一般からすれば同じ社長令嬢だと思うんだけど……」
「同族嫌悪――あるいはブーメラン発言とでも言いたげだな?」
敵駆逐艦の主砲を吹き飛ばしながら愚痴るリュンクスに対し、ようやく対艦攻撃に参加できたアレニエは思わずツッコミを入れてしまう。
一定以上の成功を収めた経営者の家に生まれ育った、気が強く荒っぽい社長令嬢――。
その出自は皮肉にもリュンクスとマリンの両方に共通していたからだ。
「そうだな……確かに、あいつを見ていると昔の自分を思い出す。と言ってもあいつとは5歳差だが」
対空砲火を巧みな操縦で掻い潜り、ハウィッツァーから徹甲榴弾を放ちながらリュンクスはあいつ――5歳年下のマリンについて言及する。
「あたしも反抗期の頃は随分と両親に迷惑を掛けた。家業は継ぎたくないとワガママ言って家を飛び出し、それから10年ぐらいは一度も実家に帰らなかったな」
戦闘中に適した話題とは言い難いが、それでもなお独り言のつもりで話を続けるリュンクス。
「人の死で利益を得るのが嫌だったのさ……もっとも、傭兵稼業も似たようなものだけどな」
今、その話をしている間にも対艦攻撃で戦死者が生じているかもしれない。
言動と行動の矛盾は彼女自身が最も理解していた。
「無益な殺生は避けるべきだが、時には仕事として命を奪う必要がある――ボクたちが傭兵を続けている限り、永遠に向き合わなければならない矛盾だ」
意外にデリケートな戦友の悩みにパルトネルも少なからず共感を示す。
「そういえば、あんたが傭兵になった理由で一度も聞いたことが無いわね。顔と体が良いんだからモデルや女優としてもやっていけたんじゃない?」
が、今度はそのパルトネルに対しアレニエが絡んでくる。
敵艦に取り付きながら戦闘とは無関係な話題を振ってくるあたり、可愛い顔に似合わない彼女の図太さが窺い知れる。
「……その業界にはあまり入りたくなかった。でも、どうしても大金が必要な事情があったから傭兵になったのさ」
その質問に対するパルトネルの答えは、肝心な部分をはぐらかす歯切れの悪い言葉だった。
とりあえず黙々と対艦攻撃に励む傭兵トリオの3人。
ロータス・チームの加勢(ただし2機だけ)もあり、戦力の少なさを考えれば相当のハイペースで敵艦隊を撃滅していた。
マリンたちが拿捕しようとしている輸送艦に向かっていた駆逐艦は傭兵トリオだけで何とか撃沈し、現在はトムキャッターズの逆方向に展開する敵艦を相手取っている。
「……ああッ! どいつもこいつもシケた面しやがって!」
その時、スタークキャットの必殺技「一斉射撃」を敵艦に撃ち込んでいたリュンクスが突然大声で叫び始める。
「ど、どうしたのさ突然? とうとう頭がおかしくなっちゃった?」
それが通信回線へ飛び込んできたことに思わず驚き、その影響で愛機アラーネアの操縦を誤りそうになるアレニエ。
「ここは戦場なんだぞ! もっとパァーってやらねえと間が持たねえんだよ!」
「シケた空気になったキッカケはお前の身の上話だったはずだが?」
リュンクスは皆が皆静かに戦っている状態が逆に不安――つまり戦場は騒がしいのが当たり前だと言っているが、パルトネルが指摘している通りこの状況を作ったのはリュンクス本人である。
「そうだそうだ! 自分が作り出した状況には最後まで責任を持ちなよ!」
「騒がしい戦場がお好みかい? これだから戦争屋ってヤツは……」
「急にうるさくなってきたな!」
流れに乗ずるカタチでアレニエとナスルからも冗談交じりに詰られ始め、珍しくいじられキャラとなったリュンクスは苦笑いしながら悪態を吐く。
「ええっと……気合を入れろってことかな? えいえいおー!」
ショウコはもはやボケているのか天然なのかよく分からない。
「クソッ、言いたい放題言ってくれるぜお前ら……!」
しかし、皮肉にもそのおかげで「戦場の空気」はリュンクスの望み通りになりつつあった。
「よし、俺の合図で同時にパワーを掛けて鉄板を退かすぞ。1、2の3……だぁ!」
「この中に親分の言う『積み荷』があるのか……?」
一方その頃、第十二号輸送艦に完全に取り付いたキリシマ・ファミリーは二手に分かれて拿捕を試みようとしていた。
マリンが直接指揮を執るAチームがブリッジ付近で脅しを掛けている間に別働隊のBチームが貨物室に穴を開け、中身の確認及び回収を行うという作戦だ。
Bチームの指揮を託されたアレクサンダーは愛機スパイラルC型のビームソードで甲板を溶断した後、僚機のヨルディスと共に切り落とした鉄板を宇宙空間へ投げ飛ばす。
「地球製の輸送艦に近いレイアウトならば、この辺りが貨物室のはずだが……」
作業中の警戒は残りの味方に任せつつ、アサルトライフルに装着しているフラッシュライトで貨物室と思わしき内部空間の様子を探るアレクサンダーのスパイラル。
この区画は与圧が為されていないのか、乗組員らしき人影は全く確認できない。
……つまり、第十二号輸送艦が運んでいる「積み荷」は与圧を必要としない物品である可能性が高い。
「スペースコロニーの姿勢制御に使う核融合パルスエンジンのようだ」
「ほう、詳しいなヨルディス」
「私の両親はコロニー関係の技術者だったからな。二人とも建造作業中の事故で死んでしまったが、幼い頃は両親の仕事に憧れてコロニーの図面を眺めていたんだ」
「積み荷」の正体については生粋のスペーシアン(宇宙居住者)であるヨルディスが答えを示してくれた。
だが、仮にそうだとすればスペースコロニーを所有しないルナサリアンがなぜそんな物を運んでいるのだろうか?
「よおBチーム、何か進展はあったか?」
Bチーム側に動きがあったことに気付いたのか、ブリッジに愛機ストレーガのレーザーライフルを向けながら無線で状況報告を求めるマリン。
「ああ親分、あんたが言っていた『積み荷』らしき物を発見した」
「お手柄だぜアレックス! んで、結局のところ『積み荷』の正体は何だったんだ?」
「ヨルディスのヤツは核融合パルスエンジンだと推測していたが……」
アレクサンダーからの報告を聞いたマリンは首を傾げて考え込む。
「核融合パルスエンジンねえ……一体全体、何に使うつもりなんだろうな?」
「コロニーの姿勢制御に使うヤツだろ? でも、ルナサリアンがコロニーを所有しているなんて話は聞いたことが無い」
スペースコロニーとルナサリアン――。
初めは両者の接点が掴めなかったマリンであったが、過去の経験とアレクサンダーの一言をヒントにその意図を察し始める。
両者が密接に関わっていた事件がつい最近起こったではないか。
「……そうか! ルナサリアンめ、2度目のコロニー落としをやるつもりなんだ!」
「何だって!?」
マリンの推測に思わず反応したのは宇宙で生まれ育ったヨルディス。
彼女のようなスペーシアンにとって、故郷を奪われた挙句兵器として利用されるコロニー落としは何よりも許し難い行為だったのだ。
本当にルナサリアンが2度目のコロニー落としを敢行するつもりなのかは断定できない。
しかし、輸送艦隊の予想針路上には建造中のシリンダー型コロニー「S.C.36 マグ・メル」が存在する。
建造中のスペースコロニーに護衛艦隊付きで向かう、大量の核融合パルスエンジンを積んだルナサリアン輸送艦隊――。
よほどの楽観主義者でもない限り、これだけの要素を並べ立てられたら普通は危機感を抱くべきだ。
「クソッ、こりゃ暢気に海賊らしく頂いていくなんて言ってられねえや。Bチーム、問題のブツの回収はできそうか!?」
予想外のカタチで得られたこの情報をすぐに伝えなければならないと判断し、Bチームに対し『積み荷』を確保できるか否かを尋ねるマリン。
一基でも回収できれば何かわかることがあるかもしれない。
「いや、一基を運び出すのに2~3機は必要なサイズだ。これを持っていきながら戦場をうろつくなんて自殺行為だぜ」
だが、核融合パルスエンジンのサイズを確認したアレクサンダーは回収困難だと返答する。
運ぶだけならMFの大出力でどうにでもなるだろうが、遠くから見たらさぞかし狙いやすいに違いない。
さすがの彼も的にされるのは御免であった。
「そうか……仕方がない、仕方がないなぁ。『積み荷』の写真だけ撮ってこの艦は沈めちまおう。2度目のコロニー落としでどこを狙うのかは分からねえが、いずれにせよ3か月前の二の舞を演じるわけにはいかないぞ」
思い返せば今から丁度3か月前、この戦争が始まるキッカケとなった最初のコロニー落としをキリシマ・ファミリーとスターライガは防ぐことができなかった。
「(戦争を知らないド素人や偽善塗れの反戦主義者からボロクソに叩かれた悔しさをバネに、ボクたちは強さを磨き上げながら戦い続けてきた。ここが正念場だぜマリン・キリシマ……!)」
あの時の二の舞は演じたくない――。
強い決意を胸にマリンは右操縦桿のトリガーを引くのだった。




