【MOD-81】奇妙な積み荷(中編)
「(輸送艦の足を止めるには……やはり推進装置を狙うのがベターか)」
ルナサリアン輸送艦隊が運んでいる「積み荷」が気になって仕方ないマリン。
そのため、彼女は敵艦の推進装置だけを破壊することで無力化する作戦を狙っていた。
「野郎ども! お前らは対空兵器を潰せ! 推進装置はボクが一人でやる!」
「親分、お言葉ですが……撃沈させるのならば側面から集中攻撃を掛けるべきでは?」
「気が変わったのさ! あれの中身を頂いて一儲けしようってんだよ!」
作戦内容の変更をマリンはあえて黙っていたが、子分の一人であるマリータから指摘を受けたことでついに白状する。
「とにかく、だ! うっかり撃沈するのは勘弁してくれよ? さもないと予定が狂っちまう」
子分たちにある程度は手加減するよう伝えると、マリンの愛機ストレーガ(今回もブースターユニット装備)は編隊を離れ敵艦の後方へと回る。
既製品を改造して製作した専用レーザーライフルで狙いを定め、彼女は右操縦桿のトリガーを引く。
「へッ、こりゃ的が大きすぎて逆に外せないぜ!」
その銃口から放たれた蒼い光線は、2基の推進装置を正確に撃ち抜いていた。
「だ、第一及び第二推進装置の両方が停止! 艦の制動が利きません!」
「姿勢制御装置で対応しなさい! 推進装置の損傷確認及び動ける者は艦尾部分の応急修理を急いで!」
キリシマ・ファミリーに狙われたヒメコンジン型輸送艦「第十二号輸送艦」のCIC(戦闘指揮所)では一時的に混乱が発生するが、開戦前に予備役から復帰したベテラン艦長は冷静沈着な対応でその場を収める。
現役時代に軽空母を指揮していた彼女にとって、不測の事態に慣れていない新兵ばかりの輸送艦を押し付けられたことは屈辱的な扱いだったが、国家に忠義を尽くす月の軍人として不平不満を表へ出すわけにはいかない。
「十二号輸送艦よりサホヒメ、至急援護求む! 本艦は敵の攻撃により推進装置を損傷し、自力航行が著しく困難だ!」
「こちらサホヒメ、了解。貴艦を曳航するためにイヤを援護へ回す。それまでは何とか持ちこたえてくれ!」
駆逐隊の旗艦を務めるサホヒメから援護の確約を受けると、第十二号輸送艦の艦長は自身よりも遥かに若い部下たちへ新たな指示を出すのであった。
「何をしているの? 味方の艦が曳航してくれるのだから、こちらも甲板上で索(ワイヤー)を繋ぐ準備を急がせなさい!」
一方その頃、第十二号輸送艦の対空兵器を手際良く潰したマリンたちは、どうにかして敵艦の拿捕を試みようとしていた。
責任者に降伏を突き付けて無血開城できればそれに越したことは無いが、相手は正規の訓練を受けた軍人である。
そう簡単に艦を明け渡してくれるとは考えにくい。
ルナサリアンの組織内で腐敗が進んでいれば話は別だが……。
「うわッ!? クソッ、サーチライトを直接照らしてくるとはやってくれるぜ!」
攻撃能力が無いことから見逃していたサーチライトの照射を受け、たまらずその光源に対して攻撃を仕掛けるマリン。
対空兵器を全て潰されてもなお徹底抗戦する姿勢を見る限り、内部腐敗に付け込んで懐柔する作戦は全く通用しないだろう。
ならば……海賊らしく力尽くで乗っ取るしかあるまい。
「素直に降参すればいいのによ……バカな奴らめ!」
「ヤバいぜ親分! バカはむしろこっちかもしれん!」
マリンが敵艦への取り付きを指示しようとしたその時、子分のナイナが不明瞭な報告でそれを遮る。
「何だよナイナ! 誰がバカなのかハッキリしろ!」
「そうじゃなくて……! 敵駆逐艦が1隻こちらに向かって来てる! ありゃ相当怒ってるぜ!」
ナイナのスパイラルC型が指し示す方向には、確かにルナサリアン駆逐艦の鋭く尖った艦首が見えていた。
「クソッ、しょうがねえな……! 各機、輸送艦のことは後回しだ! まずは厄介な駆逐艦を叩きのめすぞ!」
「「「おうッ!」」」
駆逐艦のほうが脅威度が高いと判断したマリンは急遽指示を変更し、敵艦の側面から攻撃できるよう編隊を動かしていく。
「こちらシャンマオ! マリン、そっちに敵艦が向かっているぞ!」
「ああ、分かってる! たった8機じゃ手数が心許無い! お前らも合流してくれよ!」
「こっちはこっちで別の敵艦と戦闘中だ! 他所を当たってくれ!」
彼女は遅ればせながら情報を寄越してくれたヤンに応援を求めるが、当のヤン自身も護衛艦隊を構成する駆逐艦の相手で大変忙しく、とてもじゃないが他人を手助けする余裕など無かった。
「他所だって? この状況で頼れるのはお前らトムキャッターズだけなんだぞ!」
「ロータス・チームとスターライガを忘れるんじゃない!」
「……! あいつら、パーティに来るのがちょっと遅かったようだな!」
戦闘開始から遅れること十数分後、装備換装のため帰艦していたナスルとショウコが母艦トリアシュル・フリエータを連れて合流する。
興味深いことに彼女らは見慣れない3機の新型機と行動を共にしていた。
「おいおい、パーティをおっぱじめるのなら招待状ぐらい送ってほしかったな!」
「リンさん? あんたのスパイラル――いや、よく見ると全然違う機体だ。それが噂の新型機か?」
「ああ! こいつはスタークキャット、あたしのために開発されたヘビーでアームズな機体さ!」
ヤンが新型機に対し言及してくれたのがよほど嬉しかったのか、リュンクスは新たな愛機スタークキャットのことを上機嫌になりながら紹介する。
ちなみに、ヤンが一瞬だけスパイラル・カスタムと誤認したのは彼女の目が節穴だったわけではなく、スタークキャットは実際にスパイラルから発展した内部フレームを持つ機体として位置付けられている。
「ということは、後ろの新型に乗ってるのはアレニエとパルトネルだな? 灰色の方はともかく、もう片方は随分と面妖な機体のようだぜ」
傭兵トリオの機影を確認したマリンが言及しているのはアレニエの愛機アラーネアについてだ。
彼女の美的感覚で言えば、灰色――パルトネルのテレイアは幾分かまともだが、フレキシブルアームを大量装備するアラーネアは面妖に映るらしい。
「何さ! 見た目だけで私の機体にケチ付けるってのかい!?」
「いや、何と言うかな……蜘蛛が苦手なボクとしてはすっげえキモいデザインだぜ」
「キモ……!? こいつ、もうちょっと遠慮しろっての!」
アレニエとマリンのやり取りは大体いつも通りなので、周囲はあまり気にしていない。
「ヤン、マリン、新型のシェイクダウンに付き合ってもらうぞ。こっちは受領したばかりの機体に乗っているんでね」
パルトネル含む傭兵トリオが最も懸念していたのは、出来立てほやほやの新型機が想定通りの性能を発揮できるか否かであった。
今回のオリエント・プライベーター同盟(O.P.A)の戦力構成は非常に珍しい。
ほとんどの作戦で主力を張るスターライガの面々はメンテナンスなどで出撃できず、母艦スカーレット・ワルキューレも後方に待機している。
代わりにスターライガ代表として前線を任されたのは新型機へ乗り換えたばかりの傭兵トリオだ。
彼女らの操るスタークキャット、アラーネア、テレイアが高性能機であることは間違い無いが、それを初陣でどこまで引き出せるかは実戦にならないと分からない。
戦力としては少々不確定要素になってしまうだろう。
一方、他の組織が主力機として運用しているスパイラルC型は既に信頼性が確立されており、メカニカルトラブルで戦線離脱する可能性は低い。
特定個人に使い込まれたおかげで初期不良が出尽くしているストレーガとハイパートムキャットも同様だ。
戦場において信頼性に勝る武器は存在しないのだ。
多少性能が劣っていたとしても、抜群の信頼性と耐久性で確実に動いてくれる――。
そういった兵器はいつの時代も戦士たちに愛され、彼らの戦いを支えてきた。
「技術者の兄ちゃんは『考えられ得る初期不良は洗い出したはず』と言っていたが、あたしらのハードなシゴきに耐えられるかは分かんねえ」
研究開発センターで案内してくれた青年技術者の言葉を借り、信頼性についてはさほど心配していないと語るリュンクス。
「ま……人間と違って機械はイジメても直せるから、ちょっとばかり酷使するくらいのほうが丁度いい。トラブルが出たら戦闘詳報を送りつけてやろうぜ」
彼女はアレニエとパルトネルにハンドサインで合図を出すと、一緒に行動しているロータス・チームを突き放すように小隊を前進させるのだった。
まずは迅速な移動に必要な機動力(最高速や加減速)の評価についてだが、これに関しては後方から必死に追従しているナスルとショウコがその身を以って味わっていた。
「うわぁ! 3人とも速すぎますよぉ! 置いてかないでー!」
スロットルペダルを奥まで踏み抜いているのに傭兵トリオの機体に引き離され、思わず情けない声を上げるショウコ。
ドライバーの操作に対するレスポンスはもちろん、そこからの加速力や速度性能はスパイラルを明らかに凌駕している。
今は味方なので足並みが崩れないよう調整してくれているものの、この機動力は敵にとっては間違い無く脅威になるだろう。
「もうそろそろ敵艦の対空砲火が飛んで来る。アレニエの機体以外は射撃機のようだが、どのタイミングで攻撃態勢に入るつもりなんだ?」
機動力に度肝を抜かれているショウコに対し、冷静沈着なナスルは新型機の火力に着目する。
敵を倒すことが目的の実用機には強力な武器が必要不可欠だ。
パルトネルのテレイアは背部にレールキャノン、リュンクスのスタークキャットは全身に豊富な銃火器を装備している。
アレニエのアラーネアはそういった射撃武器が確認できないため、格闘戦に特性を振った機体であることが分かる。
「リン、こっちはレールキャノンの射程内に入ったぞ。敵艦のどこを狙えばいい?」
「推進装置をぶち抜けるか? あたしの機体は中距離戦での撃ち合いを重視してるから、この間合いだと対艦ミサイル以外の有効打が無い」
「フッ、結局はボクのレールキャノンが頼りか。アレニエは手も足も出せないからな」
傭兵トリオの3人は簡単な話し合いの結果、弾速が速く迎撃困難なレールキャノンを運用できるパルトネルに先制攻撃を任せることにした。
レールキャノン――。
一般的には「レールガン」とも呼ばれる実体弾射撃武装であり、MFの分野では固定武装の電磁投射砲をこう呼称する。
携行可能なタイプは「レールランチャー」という名称が用いられるため、現状では試作武器や愛称を除くと正式に「レールガン」と呼ばれる物は存在しない。
……それはともかく、電磁投射砲の特徴は「圧倒的な弾速と破壊力」「大気の影響をほとんど受けない直進性」「バリアフィールドを貫通可能」の三点に集約される。
誘導兵器ではないのでドライバーには高い射撃能力が要求されるが、照準をしっかり合わせて命中弾を与えれば大抵の兵器を数発で破壊できるほどだ。
非装甲の脆い相手ならば一撃必殺にもなり得る。
堅牢な軍艦を短時間で沈めるのはさすがに難しいものの、バリアフィールドを問答無用に貫けるので相性自体は悪くない。
「プロト・レールガンと同じ弾丸を使えるのはありがたいな。さて……ボクの本分は高機動戦闘だが、たまにはスナイパーのように狙い撃ってみるか」
愛機テレイアの姿勢を安定させ、親指で使用武器を切り替えながら操縦桿のトリガーに人差し指を掛けるパルトネル。
敵艦は青色のバリアフィールドを展開しようとしているが、実体弾のレールキャノンならば気にしなくていい。
「照準……入った! テレイア、ファイアッ!」
HIS上のレティクルと敵艦の推進装置が重なった瞬間、パルトネルは左右の操縦桿のトリガーを引く。
2基の砲身に蒼い電流が迸り、灰色のMFのレールキャノンユニットから蒼白く発光した弾丸が撃ち出される。
その弾丸が青い光の壁を貫き、敵駆逐艦の推進装置を撃ち抜いたのはわずか数秒後の出来事であった。




