【MOD-80】奇妙な積み荷(前編)
Date:2132/06/01
Time:02:16(STC)
Location:outer space
Operation Name:CAMEL PATROL
「はぁー、景色は最高だけど退屈だなぁ……」
「ま、そんなこと言うなよ。私らにできることはこれくらいだからな」
他の艦よりも早く簡易メンテナンスを終えたロータス・チームは哨戒任務に向けて出港し、偵察要員としてショウコとナスルを発艦させていた。
母艦の強力なレーダー波を照射すると逆探知される可能性があるため、今回は隠密性重視の観点から偵察要員の索敵能力に頼らせてもらう。
「見えるかいショウコ、あの辺りから私たちは宇宙に上がってきたんだよ」
とはいえ、生真面目なナスルもここまで動きが無いとさすがに場が持たないのか、地球上の一点――カリフォルニア半島の少し上をMFのマニピュレータで指し示す。
「でも、ヴァンデンバーグにあったマスドライバーは見えないね」
「そりゃそうさ、全長10キロのメガストラクチャーも地球規模で言えば米粒みたいなものさ」
「つまり……地球はボクたち人間の手には余るほど大きいってこと?」
文明を高度に発展させた人類は、地球と宇宙を気軽に行き来できるほどの科学技術を手に入れた。
だが、それほどの力を彼らは相も変わらず戦争に使おうとしている。
望めば望むほど平和というものは遠くへ飛び去ってしまうのだろうか……?
「ん? レーダーに所属不明艦の反応が複数……?」
ショウコと他愛の無い世間話をしながら哨戒任務を続けていたその時、ナスルは愛機スパイラルC型のレーダーが所属不明艦を捉えたことに気付く。
「どうかしたの?」
「ああ、2時方向に所属不明艦がいるぞ。数を見るに艦隊規模で行動しているようだ」
彼女はHISのズーム機能で所属不明艦の艦影を目視確認し、まずは地球製か否かを割り出す。
地球の船であれば見逃しても何ら問題無いが、ルナサリアンの艦隊だったらすぐに通報しなければならない。
少なくともナスルは事前に渡された艦影識別表を暗記しているので、シルエットを見ればある程度所属を絞り込むことができる。
「(駆逐艦が4隻に……ありゃ輸送艦か? ルナサリアンの輸送艦隊がこんなところで何やってるんだ?)」
目視で確認できる戦力は駆逐艦4と輸送艦8。
その特徴的なシルエットは明らかにルナサリアンの艦艇だ。
「おい! すぐに母艦へ通報しろ!」
「へ?」
「あれはルナサリアンの艦隊だぞ! おそらくだが……スターライガの人たちが言っていたヤツかもしれない!」
緊張感に欠けるショウコを叱りつつ、後方で待機している母艦トリアシュル・フリエータに敵艦隊発見の報を伝えるナスル。
「TF、TF! こちらペンデュラム! 敵艦隊を発見した! 私たちは監視を続けるから、すぐに応援を寄越してくれ!」
軽装備のMF2機で輸送艦隊を殲滅させることは現実的では無い。
ナスルは冷静沈着に味方を待ち、彼女らと合流してから敵を叩く腹積もりであった。
「何だって!?」
研究開発センター内のカフェテリアで食事をしていたリュンクスは受付嬢から「スターライガが敵艦隊と接触した」という報告を受け、思わず立ち上がりながら彼女へと詰め寄る。
周囲の視線など気にしている場合ではない。
「もう戦闘は始まっているのか?」
「いえ……『敵と接触した』という連絡だけだったので、そこまで詳細な情報は……」
受付嬢を解放するとリュンクスは残っていたカフェオレを飲み干し、アレニエとパルトネルに対し自分へついてくるよう指示を出す。
「一体何があったって言うんだい?」
「スターライガが敵艦隊と接触したらしい。既に戦闘が始まっているのかは分からんが、あたしらも早く帰ったほうが良さそうだな」
「それは分かるんだけど、こっちは正面玄関とは逆方向だよ」
アレニエが指摘している通り、リュンクスは「早く帰ったほうが良い」と言いながら正面玄関の逆方向――自分たちの新型機が置かれているワークショップへと向かっていた。
「まさか、新型を足代わりに使うつもりなのか?」
嫌な予感がしながらも戦友にこう尋ねるパルトネル。
「そう、そのまさかよ。シェイクダウンとデータ取りのついでに実戦デビューさせてやろうってんだよ」
その質問に対してリュンクスはニヤリと笑いながら答えるのだった。
「待たせたな、お二人さん!」
「お前らの軽装備じゃきついだろ? ここから先はあたしらに任せな」
敵艦隊発見の通報から約10分後、対艦戦用の装備をたっぷりと積んできたマリンとヤン(及び彼女らの部下たち)が合流し、ナスルたちから仕事を引き継ぐ。
「ありがたい、今回はお言葉に甘えさせてもらうよ」
「補給と装備換装が終わったらボクたちも再出撃するから!」
ナスルとショウコのスパイラルC型は偵察用の観測ポッドとドロップタンクしか装備しておらず、戦闘には到底堪えられない。
そのため、彼女らはヤンの配慮を受け入れるカタチで一度帰艦することを決めた。
「さーて、スターライガの手を煩わせないうちにチャチャっと終わらせちまおうぜ」
2機のスパイラルが飛び去っていくのを見届け、拳をクラッキングしながら敵戦力を確認するマリン。
スターライガは新型機の受領に関する作業が必要なため、今回は途中からの作戦参加になる可能性が高い。
彼女らが戦力を出してくれればもちろんありがたいが、相手は駆逐艦と輸送艦だけで構成された輸送艦隊だ。
キリシマ・ファミリー及びトムキャッターズだけで十分に対処できる戦力だと言えた。
「駆逐艦と輸送艦、どっちを先に叩く? 攻撃目標の選定は一長一短だが」
接敵の前にヤンは攻撃目標の優先順位についてマリンに確認を取る。
「あたしは駆逐艦を片付けてから輸送艦を相手すべきだと思う。対空砲火に晒され続けるのは好きじゃない」
ヤン自身としては駆逐艦→輸送艦という順番で相手取ることを望んでいた。
護衛の駆逐艦の対空砲火を沈黙させれば、後はじっくりと輸送艦を料理することができるからだ。
ただし、駆逐艦に手間取ったらその間に輸送艦が逃げてしまう可能性も孕んでいる。
「ボクは好物は先に食べちまうタイプなんだ。目当ての料理をつまみ食いできたら、怒られないうちにさっさと逃げちまうのさ」
一方、マリンは真逆の輸送艦→駆逐艦という順番を提案する。
今回の作戦目標はあくまでも「敵輸送艦隊の殲滅」だ。
彼女は最優先目標である輸送艦を素早く仕留め、それに含まれていない駆逐艦は適当に対処しようと考えていた。
「……」
「……」
見事なまでに意見が割れたヤンとマリン。
こういう時、無理に合わせようとせずそれぞれの道を往くのがオリエント人のやり方である。
……プライドが邪魔をして同調できないとも言うのだが。
「あたしたちトムキャッターズは駆逐艦の相手を引き受けよう」
「んじゃ、ボクたちは輸送艦を叩かせてもらうぜ」
機体を振ることで互いに意思確認の合図を送ると、二人が率いるMF部隊は散開しながら狙うべき敵艦へと襲いかかるのだった。
「艦長! 7時方向より接近する敵航空部隊を捕捉! 大きさから見てモビルフォーミュラだと思われます!」
敵航空部隊――トムキャッターズ及びキリシマ・ファミリーの存在はルナサリアン輸送艦隊の方でも把握しており、同艦隊旗艦を務める駆逐艦「サホヒメ」の艦長は冷静に指示を出す。
「全艦、針路そのまま! 輪形陣を密にしつつ目標宙域まで急行せよ! 敵機は対空砲火で全て撃ち落とすつもりでいけ!」
彼女が率いる駆逐隊に守られている輸送艦隊は「重要な資材」を積んでいるらしいが、指揮官であるはずのサホヒメ艦長はその中身について何も知らされていなかった。
「(敵は輸送艦隊が運んでいる『積み荷』を知っているのか? まあいい……中身が何であろうと軍人として任務を遂行するだけだ)」
MF中隊規模の襲撃ならばワダツミ型駆逐艦4隻の防空能力で十分凌げるだろう。
それに加えて護衛対象のヒメコンジン型輸送艦には申し訳程度の対空兵器が装備されており、自分の身を守ることぐらいはできるはずだ。
とはいえ、ルナサリアンの国民性はハイリスクを好まない。
「副長、最も近い味方艦隊の到着まで何分掛かる?」
「第八巡航艦隊が7分、第十四巡航艦隊が12分です。これ以外の艦隊は20分以上掛かるかと」
「よし、第八と十四に援軍要請を出せ。目標宙域にさえ到達できれば我々の勝ちだ」
「了解!」
周囲に展開する味方艦隊を呼び寄せ、自分たちを狙う敵航空部隊に牽制を掛ける――。
それがサホヒメ艦長の堅実な強行輸送作戦であった。
「お前ら、対空砲火が飛んで来てもビビるんじゃねえぞ! 怖気付いてスピードを落としたらいい的だからな!」
「「「おうッ!」」」
まずは機動力が高いヤン率いるトムキャッターズが先行し、編隊を整えながら最も近いルナサリアン駆逐艦に狙いを定める。
対艦戦の基本は一撃離脱だ。
敵艦の周囲に留まる時間が長いほど対空砲火に晒されるリスクも大きくなるため、針で縫っていくように攻撃を仕掛けていかねばならない。
MFによる基本的な対艦戦闘はその飛跡から「ソーイング(裁縫)」とも呼ばれている。
「甲板上の対空兵器を狙え! それを減らせば後が楽になる!」
MF用大型対艦ミサイル「エヴォルトランサー」で敵艦をロックオンし、最も効果的な攻撃タイミングを頭の中で計算するヤン。
適当に発射するだけでは対空砲火で容易に迎撃されてしまうので、味方との同時攻撃など命中率を底上げする工夫が求められる。
「対艦ミサイルを1発撃ち込んだ後は反転して再攻撃! 通常武装を使いながら対艦ミサイルは温存して戦え!」
トムキャッターズの機体は味方同士で常時データリンクが行われており、特にヤンの場合は味方機が狙っている敵なども分かるようになっている。
全ての味方機が同じ敵艦をロックオンしていることを確認すると、彼女はすぐに同時攻撃の号令を掛けるのだった。
「よし、槍を放てッ! ファイア、ファイア、ファイアッ!」
トムキャッターズの攻撃に晒されている敵駆逐艦はそちらの迎撃で手一杯になっている。
「ありがてえ、その間にボクたちは通過させてもらうぜ」
密集陣形を取る敵艦の間を上手くすり抜け、輸送艦隊が控える敵陣中央に向かうマリン率いるキリシマ・ファミリー。
ヤンと彼女の部下が大立ち回りを演じているおかげか、キリシマ・ファミリーの方には対空砲火があまり向かってこない。
これならば輸送艦隊を叩くのに集中することができるだろう。
「トムキャッターズの連中が囮を引き受けてくれたんだ、その勇気を無駄にするんじゃねえぞ。ボクたちはボクたちの仕事をやり遂げないとな」
マリンたちの先には8隻の輸送艦が浮かんでいる。
相対速度から察するに最大戦速で宙域を離脱しようとしているようだ。
「逃がすものかよ! お前らはここで全部沈めて、積み荷だけを海賊らしく頂いていくぜ!」
宇宙海賊たるもの、狙った獲物は絶対に逃がさない――。
輸送艦隊で運ばなければいけないほど重要な「積み荷」に興味を抱いたマリンは、ヤンやスターライガには内緒でそれを頂戴するつもりでいたが……。




