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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第2部 MOON OF DESIRE

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【MOD-79】飛べ、星の海へ

 ヴァンデンバーグ空軍基地――。

アメリカ・カリフォルニア州にあるこの基地には西海岸唯一の格納式マスドライバーが存在し、オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)の4隻はこれをカタパルト代わりに用いることで宇宙へ上がる。

「司令! 第3防衛ラインを担当していた部隊との通信が途絶しました! このままではマスドライバーが攻撃に晒されます!」

「ええ、分かっています……! スタッフたちの作業を急がせて!」

打ち上げ作業の進捗状況を確認しながら基地司令は指示を出す。

彼女は「格好の的」であるマスドライバーの使用に異議を唱えていたが、軍上層部の圧力とスターライガ側の熱心な説得に折れるカタチで仕方なく許可を出し、やると決めたからには命を懸けてでもO.P.Aを星の海へ送り出すつもりでいた。

今、ヴァンデンバーグ空軍基地には大量のルナサリアン航空部隊が殺到しており、マスドライバー防衛を託された基地航空隊がそれを何とか押さえ込んでいる。

「誘導、航法、制御、計測、通信、航空力学――各担当者より確認、オールグリーン! 司令……打ち上げ許可願います!」

マスドライバーとそこにセットされている特設航空戦艦は問題無い。

懸念事項は朝方から基地上空を覆っている分厚い雨雲だが……天候回復を待っていたら防衛ラインを抜かれてしまうだろう。


 管制室のスタッフたちを見渡した後、基地司令はヘッドセットのマイクを手に取りながら特設航空戦艦へ通信回線を繋ぐ。

「ヴァンデンバーグ基地よりスカーレット・ワルキューレ、打ち上げ準備が完了しました。時間がありません、この通信を終えたらカウントダウンを開始します」

特設航空戦艦「スカーレット・ワルキューレ」の艦長と最終確認を行いつつ、制御担当のスタッフに対しハンドサインでカウントダウン開始を指示する基地司令。

「カウントダウン、20、19、18、17、16――」

「さ、最終防衛ラインも突破されました! このままでは……!」

「ここまで来たら引けないわよ! カウントダウン続行!」

「――15、14、13、12、11、10――」

管制室の窓からもマスドライバーへ迫る敵航空部隊の姿が見えてきた。

だが、ここで打ち上げを中止したらこれまでの努力が水の泡となってしまう。

ヴァンデンバーグの基地司令は意外に頑固なおばさんなのだ。

「打ち上げ10秒前! いい航海を!」

「――7、6、5、4、3、2、1……射出(ローンチ)!」

カウントダウン終了と同時にスカーレット・ワルキューレはマスドライバーから射出され、その巨体を感じさせないほどの加速力で見る見るうちに上昇していく。

「(あなたたちの目的は知らないけど……でも、私たちは役目を果たしたわよ)」

基地上空の雨雲にはドーナツのような穴がぽっかりと開いていた。


 大気圏離脱から約2時間後――。

無事に宇宙へ上がったO.P.Aの4隻はオリエント連邦が所有するスペースコロニー「S.C.09 ベンサレム」へと寄港し、そこで艦艇の簡易メンテナンスを行いながらスターライガの新型機受領を待つことになった。

スターライガはベンサレムに研究開発センターを置いており、今回戦力として加わる新型機はそこで最終調整を進めていたからだ。

「……」

「わぁ、クローネちゃんはいつも真面目だねぇ」

「これも『新人』の仕事ですから。それに、宇宙空間での機体の動きを学ぶ機会は最大限活かさないと」

簡易メンテナンスの一環としてスカーレット・ワルキューレの船体に付着した氷を除去していくリリーとクローネ。

雨や雪が降っている地域から直接宇宙へ上がるとよく起こる現象であり、これまでに様々な対策方法が講じられてきたものの、近年はMFに除氷用装備を持たせて直接取り除くのが一般的だ。

リリーたちと同じくメンテナンス作業に駆り出された面々の機体には専用装備が与えられ、薬剤噴射や赤外線照射で氷を融かした後、ガラスワイパーで水滴や薬剤の残りを拭き取っていく。

最後に大判バスタオルのようなウエス(機械器具清掃用の布切れ)で仕上げを行えば、その部分の除氷作業は完了となる。


「……」

汎用性が高い愛機スパイラルC型を操り、地味ながらも大事な作業へ黙々と取り組むクローネ。

「退屈だなぁ、作業用のアニソンメドレーでも聴きながらじゃないとやってられないや」

一方、元々この手の作業が苦手なことに加え、戦闘特化の格闘機であるフルールドゥリスが細かい作業に向かないリリーからはあまりやる気が感じられない。

仮にライガとサレナがいたら二人からお叱りを受けていることだろう。

「リリーさん」

「何? ごめん、ちょうど今サビのところで聞こえなかったんだけど」

「先日は体調が優れなかったそうですけど、今はもう大丈夫なんですか?」

普段口数が少ないクローネからの積極的な質問に驚きつつも、リリーは「体調不良は解決された」と自信を持って答える。

「平気平気! 片頭痛なんて昔からわりとよくあることだし!」

「は、はぁ……」

「クローネちゃんだってたまに頭痛になるでしょ?」

「まあ、風邪をひいた時は……」

片頭痛にしては少し奇妙だった症状を「昔からの持病」だと結論付けるリリー。

しかし、その片頭痛こそが「変革」の予兆であることを彼女は知る由も無かった。


「ここがスターライガの研究開発センターか……こういう施設を見ると、本物の軍隊との違いが分かんねえよ」

「この手の施設を公然と構えられる影響力も大したものだ。軍事施設に匹敵する設備を持っている以上、反対派をどう説得したのか気になるな」

整然とした施設内の通路を歩きながらその規模に感心するリュンクスとパルトネル。

オリエント国防軍やアメリカ軍の同種の施設よりは小規模だが、優秀な人材と最新鋭の設備に由来するR&D能力の高さは正規軍以上と評されている。

現在スターライガが運用しているMFのうち、ルーナ・レプスやアマテラスといった特殊性の強い機体はこの研究開発センターで生み出された。

全体的な雰囲気や設計から製造まで行える点を「F1チームのファクトリー」と形容されることもある。

「しかし、私ら傭兵にこんな重要施設を見せていいのかい? もしかしたらここで見たことを言いふらすかもしれないよ」

一介の傭兵にすぎない自分たちを信用しているのかと尋ねるアレニエに対し、彼女らの引率を担当する青年技術者は笑いながら次のように答える。

「いや、レガリアさんはあんたたちのことを信頼していると聞いている。あんたは自分を『外様の傭兵』だと思っているだろうが、古参メンバーからは仲間として認められているんだぜ」

「金にたかるメス犬」だと自虐しながらもスターライガの私闘に協力してきたリュンクス、アレニエ、パルトネルの3人組。

いつからか、彼女らは名実共に「スターライガの一員」として扱われるようになっていた。


 青年技術者が傭兵トリオを案内した場所は「ワークショップ」と呼ばれる作業場。

ここには格納庫並みの整備用機材が備えられており、受領を控える新型機の最終調整作業が進められていた。

「さあ、あんたたちのために作られた専用機とご対面だ。きっと気に入ってくれると思うぜ」

青年の笑顔からは作り上げた新型機に対する絶対的な自信が表れている。

傭兵トリオを待っていたのは、開発中のデータだけは見せられたことがある3機のMF。

組み上がった実機を間近で見るのは今回が初めてだ。

「ほう……こいつはなかなかにクールじゃないか。ボクが想い描いていた理想の機体そのものだ」

バインダー兼用の背部レールキャノンユニットが特徴的な「PL-X410 テレイア」の装甲に触れ、満足げな笑みを浮かべるパルトネル。

比較的高い運動性と小口径レールキャノンの火力を両立したテレイアは、あらゆる戦場に対応可能なオールラウンダーとして仕上げられている。

「何なのさ、そんな男に堕とされた女みたいな顔しちゃってさ」

普段は王子様のように凛々しい戦友の「らしくない表情」を指摘するアレニエだが、そういう彼女も自分専用の愛機を前に内心笑いが止まらない。

「いやー、冗談のつもりで出したアイデアをそっくりそのまま採用しちまうかねぇ……」

アレニエは1年ぐらい前に酒の席で言い放った「MFにフレキシブルアームをいっぱい付けようぜ!」という発言を後悔していた。

なぜなら、彼女のために開発された「YM-GER74 アラーネア」には蜘蛛の足のように4+2本のフレキシブルアームが装備されていたからだ。


「……んで、このヘビーでアームズな機体があたしの新たな相棒ってワケかい?」

全身に分解整備中の重火器が装備されている機体の前に立ち、作業中のメカニックへこう尋ねるリュンクス。

彼女が言う「ヘビーでアームズな機体」の正式名称は「RN-GED150 スタークキャット」。

豊富な重火器による火力投射で敵を畳み掛ける、撃ち合いに特化した重射撃機だ。

「何かご不満でも?」

「いや……その逆だね。こいつは最高じゃないか」

リュンクスは元々射撃を得意とするドライバーであり、現在乗っているスパイラル・カスタムはペイロードの関係で重武装化できないことにずっと不満を抱いていた。

だからこそ、全身弾薬庫とも言えるスタークキャットは彼女が一番求めていた機体なのである。

「これだけ良い機体を作ってくれたのなら、開発費のローン返済には一生働かないといけないかもな」

「そうそう! 私、契約金からの控除と貯金の取り崩しを合わせても10億ぐらいしか用意できなかったんだけど……普通に考えるとその金額じゃ新型機は作れないよね」

完成した新型機のクオリティについては文句の付けようが無い。

問題なのはそれだけの高性能機を作るのに掛かった開発費の支払いだが……困ったことにその金額はリュンクスとアレニエの総資産額を軽く上回っている。

片や葬儀屋と石材店を営む実業家の一人娘、片や大手ゼネコンの創業者一族の娘――。

彼女らは一般庶民よりも遥かに裕福な家庭で生まれ育ったが、それでもMFの開発費を全額負担することは叶わなかった。


 自分たちだけではどうしようもない巨額の開発費に悩む傭兵トリオ。

「あ、そのことについてなんだが……心配する必要は無いぜ」

それを見ていた青年技術者はリュンクスの肩を叩くと、支払明細表が表示されたタブレット端末を彼女に手渡す。

「あんたたちが払うべき金額はそれだけでいい。高級取りの傭兵なら払えない額じゃないだろ?」

傭兵トリオに対する請求金額は一人当たり約2億クリエン(=2億円)。

これは彼女らの契約金から諸々の必要経費を控除した、最終的な年俸にほぼ等しい。

……今年の契約金が吹き飛ぶのは少し辛いが、それでも一生分のローンを背負うよりは遥かにマシだ。

「たった2億だと? これじゃどう考えても開発費を回収できないはずだが……」

支払明細表を何度も見直し、何か騙されているんじゃないかと訝しむパルトネル。

2億クリエン程度ではCADとシミュレータの運用コストぐらいしか支払えないだろう。

「レガリアさんから伝言を預かっているぜ。『あなたたちのために作った新たなる力。それを正しい事に使ってくれるのであれば、その行為を開発費の支払い義務履行と見做す』――だってさ」

青年技術者が伝えたのは、レガリアが傭兵トリオに寄せている強い信頼と期待の気持ち。

「やれやれ……あの人は他人をおだてて使うのが上手いことで」

伝言を受け取ったリュンクスは半ば呆れたように肩をすくめる。

「(だけど、あんたになら最後までついていってもいいかもな……!)」

しかし、自分たちを高く評価してくれていることを心の中では嬉しく思っていた。

【格納式マスドライバー】

ヴァンデンバーグ空軍基地のマスドライバーは普段は防波堤に擬装されており、運用時は海を割るようにその姿を現す。

一般的なマスドライバーよりも各種コストが高くなってしまうが、標的にされるリスクや景観への影響を抑えることできる。

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