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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第2部 MOON OF DESIRE

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【MOD-77】LAST RESORT

裏切り者はついに討たれた。

獅子身中の虫であった彼らは蒼き勇者たちの手で駆逐され、蒼い惑星の(うみ)はひとまず出し尽くされた。

しかし、これは戦いの通過点にすぎない。

次なる敵は蒼空よりも高い場所――星の海を泳いでいるのだから。

※「新訳オリエント神話-第9章 砕月編-」より抜粋。

「Mr.ゴトー、足元に気を付けてください!」

「う、うむ……!」

幸運にもCIC(戦闘指揮所)を離れていたことで難を逃れたゴトーは乗組員たちによる案内の下、艦に搭載されている救命ボート兼用の艦載艇で脱出を図ろうとしていた。

「底部カーゴドア開放! 進路クリア!」

「MD-LB1より周辺の味方機、可能であれば艦載艇の護衛を頼む! 我々は敵の攻撃に対しあまりにも脆弱だ!」

「定員数を満たした艦載艇から発艦させろ! 早くしないとこの(ふね)ごと沈むぞ!」

死に体のスピリット・オブ・アメリカの底部に配置されているカーゴドアが開かれ、その中から数隻の艦載艇「LCU」が発進し蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「おい! 周りは敵だらけじゃねえか! 本当に大丈夫なんだろうな!?」

「戦闘する意思の無い艦載艇に対する攻撃は禁止されている。俺たちを撃ったらあいつらが国際法違反だぜ」

LCUは非武装なうえに機動性も低く、敵に狙われたら撃沈されないよう祈るしかない。

一応、「戦闘能力の無い輸送任務専門の艦載艇」は国際法により保護されているとはいえ、攻撃を正当化するための口実などいくらでも作れるからだ。


「バルトライヒより全機、敵艦から複数の艦載艇が発進したのを確認したわ。だけど、あれに攻撃をしてはダメだからね。うっかり手を出したらこっちが悪者扱いされるわよ」

スピリット・オブ・アメリカから脱出してきた艦載艇の存在を認めたレガリアは、作戦参加中の全味方機に対し国際法の遵守を強く求める。

彼女の政財界への影響力を以ってすれば口封じできなくもないが、色々と後処理が面倒なのでバカなことはしてほしくないというのが本音だった。

「あれは放っておいてもそのうち沈むな。補給も兼ねて一度帰艦するかい?」

「そうだね、ボクも機体もそろそろ腹ペコだよ」

ロータス・チームのナスルとショウコをはじめ、多くのドライバーはこの時点でそれぞれの母艦へ戻ることを決める。

帰艦しない機体も大半が母艦の直掩へ就いたため、グランド・キャニオンの空は戦場とは思えないほど静かになった。

「……」

「どうした、リリー? お前が黙り込むと何だか悪い予感がするんだがな」

念のため僚機共々上空待機を選んだライガはリリーが突然喋らなくなったことを不審に思い、軽口を交えながら幼馴染へ声を掛けてみる。

頼んでもないのによく喋るリリーが突然黙り込むのは、大抵の場合「良くないこと」の前兆だからであった。


「あの艦載艇……あれに倒すべき敵が乗ってるから……沈めなくちゃ……!」

まるで高熱にうなされているかのように「艦載艇をやれ」と呟き始めるリリー。

「おいおい、ちゃんとレガリアの話を聞いてなかったのか? 原則として艦載艇に対する攻撃は国際法で禁じられているんだぞ」

それを聞いたライガは表向きこそ窘めていたが、じつを言うと彼自身も艦載艇の一つから「ザラザラする敵意」のようなモノを感じ取っていた。

その「ザラザラする敵意」にリリーはかなり敏感に反応しているのかもしれない。

「お前の直感が鋭いのは知っているが……でも、それだけを頼りに動くのはリスクが大きすぎる。やらかした時の言い訳も上手く思いつかないしな」

「いずれにせよ、彼らには戦う力もその意欲も無い。私たちも一度帰艦したほうがいいかもね」

戦いの決着は既に付いている。

余計なことをして事態を複雑化させる前にライガとサレナは話し合い、二人はリリーを無理矢理引っ張ってでも帰艦することを決める。

「姉さん、あなたは疲れているのよ。今日は帰って休みましょ?」

リリーの愛機フルールドゥリスの右マニピュレータを掴み、最大推力で引っ張りながら飛行するサレナのクリノス。

姉が少しでもスロットルペダルを踏んでくれれば大分楽なのだが、肝心の彼女はさっきから無言の抵抗を続けていた。


「ライガさん、艦載艇の中にWUSA(ウユーザ)のお偉いさんが乗ってるかもしれないってのはマジか?」

α小隊が帰艦の途に就いていたその時、どこかで盗み聞きしていたのか通信回線に割り込んできたヤンが突然食い付いてくる。

「お偉いさんが乗っているかは分からないな。欲張ってスコアを稼ぐつもりならやめといたほうが賢明だぜ。プラスどころかむしろマイナスになるかもしれん」

その情報には信頼性が足りないことを指摘し、トムキャッターズを率いる若者へ「バカなこと」をしでかさないよう注意を促すライガ。

しかし、当のヤン自身は彼とは異なる考え方を持っていた。

「裏を返せば『お偉いさんが乗っていないとは断言できない』とも言えるな。なあ、ここは一つあたしに任せてくれよ」

「何だって?」

「あたしがお偉いさんの乗っている艦載艇を探し出し、そいつだけを撃沈する。他の奴には一切手を出さねえ」

WUSAの重役が乗っているかもしれない艦載艇を特定し、撃沈するのはその1隻だけに留めることで被害を最小限に抑える――。

言葉で説明するだけなら簡単だが、これを有言実行するのは決して簡単ではない。

大体、艦載艇の乗員を外部からどうやって特定するつもりなのだろうか?

ヤンは超能力者ではないはずだが……。


「……それができれば大したものだが、どうやって識別するつもりなんだ? お前が透視能力を持っているのなら別だがな」

「ああ? そんなの操縦室の窓から乗員区画を覗き見ればいいだろ。あの型の艦載艇は仕切りが無いはずだ」

ライガは嫌な予感がしながらも一応尋ねてみるが、ヤンから返って来たのはあまりにも原始的且つ無茶な答えだった。

「なんて女だ……お前、なかなかにクレイジーだぜ」

「へッ、あんたよりはマシだと思いますがね」

自らの行動履歴を残すためのアリバイ作りを切り上げ、愛機ハイパートムキャットを変形させながら艦載艇の方へと向かうヤン。

「あの人……何と言うか……」

それを見ていたクローネは少し困惑しているらしく、どう反応すればいいか分からず言葉に窮する。

「大丈夫だ、あいつは若いが良い腕をしている。まあ、どうなるか見てみよう」

一方、そういったおてんば娘の扱いに慣れているライガはヤンの力量を信頼しており、彼女のやり方を遠くから見守ることにした。

「通信傍受で得た情報からターゲットの存在を割り出せばよかったのでは?」

「……おいおい、それはもっと早く言ってほしかったな」

クローネがかなり真っ当なやり方を上司に提案した時、ヤンのハイパートムキャットは既に交戦状態に突入していた。


「高速で接近してくる敵機を確認! 見たことの無い可変機だ!」

「とにかく、艦載艇には絶対近付けさせるな! 必要であれば自らを盾にしろ!」

高速接近中の敵機――ハイパートムキャットを視認したWUSAのMF部隊は、予想される針路を塞ぐように展開することで迎撃を試みる。

WUSAが運用するトーチャーの機動力はハイパートムキャットに遠く及ばない。

突破を許してしまった場合、推進剤が少ない状態で追いかけるのは不可能だろう。

何としてでもここで追い払わなければ艦載艇が危険に晒されてしまう。

「し、針路を変える気が無いのか!? このまま突っ込んでくるつもりなのかよ!」

「むしろ好都合だ! 集中攻撃で蜂の巣にしてしまえ!」

残り少ない弾薬が込められた銃器を構え、低彩度の赤橙が特徴的な敵機へ狙いを定めるWUSA側のMF部隊。

攻撃タイミングは一瞬且つ一度だけ。

リーダー格のドライバーは頭の中で様々な要素を計算し、「その瞬間」が来るのを待つ。

「……今だッ! 撃て撃てッ、撃ち続けろッ! 銃身が焼けるまで撃つんだッ!」

指示が伝わるまでのタイムラグや相対速度を考慮した結果、彼は気持ち早めに僚機へ一斉射撃を命令する。

全弾命中とはいかずとも、まぐれ当たりでそれなりの有効打は期待できるかもしれない――。

しかし、彼の期待は本当に「期待するだけ」に終わってしまった。


 WUSA側のMF部隊が集中攻撃を開始した直後、赤橙の大型可変MFは彼らの中央を強行突破しながら艦載艇の方へ飛び去ってしまう。

一斉射撃はおそらく一発も命中しなかった可能性が高い。

「何てスピードだ! それに俺たちのど真ん中を突っ切るとは大胆過ぎるぜ!」

「あ、あいつこそが『クレイジードライバー』なのか……!」

推進剤に余裕を残していた数機のトーチャーは追跡を図ったものの、フルスロットルで飛行してもハイパートムキャットのスピードには全く追随することができず、彼らは推進剤切れを避けるため追跡を断念せざるを得なかった。

「(敵機は何とかやり過ごしたな……よし、後はこのまま一直線だ!)」

一方、無駄弾を撃つこと無く敵を退けたヤンは機体を人型(ノーマル)形態に変形させ、速度を調整しながら艦載艇との接触を図る。

艦載艇の船首に張り付いて内部の様子を確認し、目的の人物が見当たらなければそのまま見逃す。

もし、運良く見つけることができたらその時は……「サヨナラ」だ。

「(遠くからの識別は困難か。やはり、一隻ずつ確認していくしかないな。我ながら非効率的なやり方だと思うが……)」

手近なところを飛んでいるターゲットに目を付けると、ヤンのハイパートムキャットは「MD-LB1」と描かれている艦載艇を「襲撃」するのだった。


「うわぁッ!? な、何だこいつは!?」

「て、敵機だ! 敵機に張り付かれている!」

艦載艇の乗員にとって敵機に狙われることは恐怖体験以外の何物でもない。

非武装の彼らはダメもとで味方に救援要請を送り、後は神にお祈りしながら奇跡が起こるのを期待するしかなかった。

「勘弁してくれよ! エイリアンやプレデターと戦うのはごめんだ!」

「待て! 敵機のドライバー……ジェスチャーで何か伝えようとしているぞ」

もはやこれまでと死を覚悟したその時、2人の乗員は敵機のドライバー――ヤンがMFのコックピットから両手を振っていることに気付く。

具体的に何を言いたいのかは理解できなかったが、どうやら彼女は「この艦載艇を攻撃する意思は無い」と伝えたいらしい。

「(上手く伝わったかな? まあいい、こっちが手を出さなきゃあっちも分かってくれるだろ)」

愛機ハイパートムキャットの身振り手振りを使ってまで意思表示を行うと、ヤンはMD-LB1を解放し次の艦載艇を目指す。

「一体何がしたかったんだ、あの機体……!」

「とにかく、俺たちは情けを掛けられたようだな……」

事態を呑み込めていないがとりあえず窮地を脱したと判断し、冷や汗を拭う艦載艇の乗員たち。

そんな彼らがヤンの目的を察するのは、もう少し後のことであった。


 その後もヤンは2隻の艦載艇を同じように調べたが、結果を先に言うとどちらもハズレに終わっていた。

「――ん? おい、誰か私に話し掛けなかったか?」

「いえ、我々はリーダーからの通信待ちでしたが……」

「そうか……混線で何かしらの音声を拾っただけか」

そんな中、先ほどから突然聞こえるようになってきた「誰かの声」が気になり、部下の誰かがイタズラしているんじゃないかと訝しむヤン。

しかし、部下たちは「無線の出力を落としているので受信しかできない」と反論する。

「あるいは高機動戦闘を続けていたせいで耳がおかしくなったかな……ともかく、この作戦が終わったら少し休むとするか」

「そのほうがいいっスよ、リーダー。あんたはいつも頑張り過ぎですから」

耳鳴りのような「誰かの声」は疲労に由来する幻聴だろうと割り切り、ヤンは自分がやると宣言した仕事に集中する。


――左。あなた――見て左の――。それに――が――はず……!


……いや、今のはハッキリと聞こえた。

声の主は分からずじまいだが、「彼女」はWUSAの重役が乗る艦載艇を知っているらしい。

あなたの現在位置から見て左の艦載艇――。

船体側面に「MD-LB4」と描かれているそれは、奇遇にもヤンが怪しいと見ていた艦載艇そのものだった。


「MD-LB1より入電! 俺たち艦載艇を狙っている敵機がいるようだ!」

「F***! 報告が遅いんだよ! もう目と鼻の先にいるぞ!」

先ほどのMD-LB1と同じく赤橙のMFの取り付きを許し、絶体絶命の危機に瀕する艦載艇MD-LB4。

「何だ!? 何が起こっているというのだね!?」

その騒ぎを聞きつけたゴトーは部下の制止を振り払い、乗員たちのいる操縦室へ押し入りながら状況報告を求める。

「こ、こいつ……俺を直接殺しに来たとでもいうのか!」

だが、部下の報告よりも先に彼は状況を察してしまった。

「Mr.ゴトー、地獄でお仲間が待ってるぜ……!」

赤橙のMF――ヤンのハイパートムキャットの手刀が、鋭い一撃を以って自分の命を刈り取ろうとしていることを……。

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