【MOD-75】黒と黒
「ルミアッ! 上方から敵機!」
ルミアのシャルフリヒターが生身の歩兵たちへ攻撃しようとしたその時、彼女のカバーに回っていたリゲルが大声で敵機の存在を知らせる。
「やらせはせん……やらせはせんぞ!」
漆黒のMFを狙っているのは何の変哲も無いトーチャー。
味方――ロケットランチャーを担いでいる歩兵たちが追い詰められているのを偶然発見し、この機体のベテランドライバーは純粋な善意から助太刀に入っていたのだ。
「ああ! 面倒なタイミングで来やがって!」
直上から迫り来る敵影を視認したルミアは機体を急減速させると、機体の右マニピュレータで保持していたギガント・アックスを天に向かって放り投げる。
MFの全高と同程度の長さを持つ両手斧が投擲される様はなかなかの迫力だが、この攻撃を受ける敵機にとってはたまったモノでは無い。
「う、うおぅッ!?」
予想外の攻撃にはトーチャーのドライバーも反応することができず、彼は機体ごと真っ二つにされてしまう。
横回転で飛んできたギガント・アックスの柄がコックピット付近を抉るような当たり方をしており、生存は絶望的かもしれない。
「(ありがとよ、ジョン・ドウ。お前のおかげで装填時間が稼げたぜ……!)」
しかし、名無しのドライバーの援護は決して無駄ではなかった。
シャルフリヒターとトーチャーが戯れてる間に歩兵たちはロケットランチャーの装填作業を終わらせ、漆黒のMFへと狙いを定める。
名無しのドライバーが命と引き換えに作ってくれたチャンスだ。
この瞬間を逃すわけにはいかない。
「ファイア、ファイアッ!」
リーダー格と思わしき男の号令と同時に複数発のロケット弾が放たれ、まだ態勢を整えていないシャルフリヒターに襲いかかる。
「クソッ、地上と空中の挟み撃ちとはやってくれる!」
さすがのルミアも不安定な状態から回避運動へ移ることは難しく、ここは被弾も止む無しとダメージリミテーションに徹するつもりでいたが……。
「ルミアッ! 危ないッ!」
その時、彼女のシャルフリヒターを押し退けるように琥珀色のMF――クシナダが射線上に飛び込み、ロケット弾の攻撃をほぼ全て受け止めてみせる。
「ミノリカ!? 無茶するんじゃねえ!」
「あのおてんば娘! 急に飛び出したと思ったらそういうことか!」
クシナダのドライバーであるミノリカの無茶に双子の姉シズハは頭を抱え、それに助けられるカタチとなったルミアも心配そうな声を上げる。
普通のMFならば決して無傷では済まない攻撃であったはずだが、クシナダは「普通のMF」とは一味違う機体だったのだ。
「や、やったのか……!?」
ロケットランチャーによる一斉攻撃の命中率は悪くなかった。
だが、歩兵たちはなぜか手応えを感じていなかった。
「いや……煙の中に機影が……嘘だろ!?」
歩兵の一人が黒煙を指差した直後、その中から一斉攻撃を食らったはずのクシナダが元気な姿で現れる。
「増加装甲……」
「え?」
「あの機体は増加装甲を装着していたから、味方の援護防御に飛び込んだんだ。愛機の防御力を信頼しているからこそ為せる業だ」
黒煙を振り払うように出てきたクシナダの足元には増加装甲らしきデブリが散乱しており、MF乗りから転科したベテラン歩兵の指摘が正しいことを示唆していた。
「もうッ! 姉ちゃんもルミアも心配し過ぎ! こいつは……クシナダはタフな機体なんだから!」
増加装甲のパージを終えたミノリカのクシナダは両腕を前方へ突き出し、前腕部を変形させながら中距離用の固定武装「腕部パルスレーザーガン」を展開する。
これは鈍重なクシナダの自衛用武装として考案された物だが、直撃すればMFに大ダメージを与え得る程度の攻撃力は有している。
当然、生身の人間に直撃したら一瞬で蒸発してしまうだろう。
「(本当は生身の人間をMFで痛めつけるマネはしたくないんだけど……でも、先に撃ってきたのはそっちなんだからね……!)」
頭の中の罪悪感や躊躇いを振り払うと、ミノリカは逃げ惑う歩兵たちから視線を逸らしながら操縦桿のトリガーを引くのであった。
パルスレーザーの直撃を受けた者たちの末路は悲惨だった。
ある者は身体に大穴が開き、またある者は上半身が完全に消滅していた。
ミノリカの射撃の腕が悪くないこともあり、歩兵たちの9割と装備の大半は彼女の非情な攻撃により焼き払われてしまった。
「はぁ……人を撃つのってホントに後味が悪い……」
操縦桿から両手を放し、タメ息を吐きながら首を横に振るミノリカ。
「そう思えるのはお前が真っ当な人間である証だ。だから、お前は戦争屋には向いてないんだよ」
「ルミア……」
「私は人が死ぬときに感傷に浸るのが苦手なんだ。お前と違って育ちが悪いからイカれているのかもな」
彼女の複雑な心境を察したのか、ルミアは機体を横付けしながら琥珀色のMFの左肩をポンっと叩く。
「戦災孤児だった私が今は戦争で生計を立てている――皮肉な話だろ? WUSAの連中にも家族がいるだろうにな」
「……!」
物心が付いた頃には既に両親がおらず、孤児院で「本物の親の愛情」を受けること無く育ってきたルミア。
戦災孤児でありながらMF乗りとして戦争に関わっている――その矛盾を最も自覚しているのは他ならぬ彼女自身だったのだ。
「とにかく、私が言いたいのは……戦場に出ている奴は誰もが罪を背負っているということだ。だから……一人で抱え込まなくてもいいんだぜ」
「……ありがと、少しだけ気持ちが落ち着いた気がする」
ミノリカがいつも通りの感じに戻ったことを確認すると、ルミアは自分たちが目指すべき場所であるWUSA本部のコントロールセンターをチラリと見やる。
奇遇にもそれは人員輸送用のMV-22B オスプレイが飛び立つのと同じタイミングであった。
「あの機体……! お偉いさんだけは逃げるつもりか!」
「待てシズハ! 所属が断定できるまでは攻撃するな!」
灰色のティルトローター機に気付いたシズハはすぐに飛び出そうとするが、その近くにいたリゲルの愛機リグエルⅡの制止に阻まれる。
「リゲルの言う通りだぞ。あれが民間機だったら大問題になっちまう。まずはIFF(敵味方識別装置)で撃っていい相手かどうか確かめるべきだ」
先ほど投擲したギガント・アックスを回収し終えたルミアも親友の意見に同調し、電波を照射することでMV-22がWUSA所属か否かを確かめる。
……もっとも、機体側面に描かれているマークから所属は既に分かっているのだが。
スターライガは高度な戦術データリンクシステムを独自開発しており、その情報を受信するための装置はキリシマ・ファミリーやトムキャッターズといった同業者にも供給されている。
オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)が運用するこのシステムは俗に「草の根ネットワーク」と呼ばれているが、彼女らのそれは正規軍に匹敵する能力を有していると云われ、正確な情報共有がもたらす数々のメリットはO.P.Aの活動を陰ながら支えていた。
「お? データリンクがまた更新されたな……なるほど、非武装のオスプレイが離陸しているのか」
当然、受信装置を搭載しているマリンのストレーガにもデータリンクは反映され、Δ小隊の捕捉したMV-22を示す光点がレーダー画面に追加される。
何の偶然かMV-22に一番近いのはマリンが率いるMF小隊だった。
「あいつらは落としてもいい機体なのか?」
「おう、お前らがやってくれるのならな。私はオスプレイ相手じゃやる気が起きん」
彼女の問い掛けに答えたルミアは「落としていいよ」と軽い感覚で言ってのける。
「それに……非武装の機体をやるのは好きじゃないのさ。撃墜スコアとしてはあまり価値が無いのに、後味の悪さだけが残り続ける――命令が無い限り手は出さない主義だ」
一般的には荒くれ者と捉えられがちなルミアだが、彼女には彼女なりの美学というものがあるのだろう。
「……意外と繊細なんだな、あんた」
「ああ、そこまで図太いわけじゃない」
ルミアの意外な一面に少々驚きつつも、マリンはレーザーライフルの銃口をティルトローター機へと向けるのであった。
「(そうだよな……人を平気で殺せる奴をスターライガが雇うわけなんてないよな)」
マリンが個人製作したストレーガはホームビルト機としては高性能だが、基礎設計の限界や資金的な都合もあり伸びしろはあまり残されていない。
そのため、今回はキリシマ・ファミリーのメカニックたちに作らせた即席ブースターユニットを装備し、機体性能の陳腐化を強引な手法とマリンの技量で補っていた。
「クソッ、このブースターを付けるとケツが重くて照準を付けづらいぜ……!」
「それを作らせるためにメカニックをこき使ってたのは親分だろ?」
自分で編み出した魔改造へ悪態を吐くマリン親分に対し、彼女のサポート役に徹していたカリンは思わずツッコミを入れる。
「どうせ2~3回しか使わないから」という理由で重量配分の計算を少しサボった結果、ブースターユニットを装備したストレーガは操縦性が致命的に悪い機体となってしまった。
機動力が高すぎて曲がらないくせに、空力特性が悪いのか全体的に挙動が不安定。
しかも、重心位置がおかしいせいで奇妙な慣性モーメントが働く――。
普通に考えれば酷い機体だが、なまじ才能があるためかマリンはこれを完璧に乗りこなしていた。
いや、今のストレーガは彼女にしか扱えないシロモノだと言うべきだろうか。
「あのオスプレイどもはボクが全部やる。お前らは周辺警戒を頼む」
ストレーガが苦手なドッグファイトは子分たちに任せ、マリンはジャンク品から自作したスロットルペダルを思いっ切り踏み抜く。
その視線は4機のティルトローター機へと向けられていた。
「(オスプレイの最高速度は550km/hぐらいだっけ? 速度差があると狙いづらいんだよな……)」
MV-22はどう頑張っても時速550km/h程度しか出せない一方、ストレーガはミリタリー推力でも時速900km/h近くを発揮する高速機だ。
速度差の開きは相対速度が大きくなることを意味しており、結果として照準を定める時間が限られることに繋がる。
減速すれば狙いは付けやすくなるが、マリンのストレーガは中低速域での操縦性が特に悪い。
端的に「停まると死ぬ」と揶揄される、まるでマグロのような機体なのだ。
あまり隙を晒すべきではないことも考慮すると、彼女は減速は必要最小限に留めたいと考えていた。
「(こんな奴らに高価な弾を使うのはもったいねえ。無反動砲の徹甲榴弾で十分だぜ)」
強力な光学兵器や誘導兵器を思う存分使えるスターライガと異なり、総予算に対する弾薬代の割合が大きいキリシマ・ファミリーでは「一撃のコストパフォーマンス」も決してバカにできない。
「よっしゃ、そのまま真っ直ぐ飛んでいろよ! 4機まとめて撃墜してやるからな!」
マリンは最もコストパフォーマンスが良いと考えられる徹甲榴弾を選択し、無反動砲を二丁持ちで構える「ダブルバズーカスタイル」で敵機に襲いかかるのだった。
【ジョン・ドウ】
日本語で言う「名無しの権兵衛」に相当する言葉であり、特定個人を指す名前ではない。
【ダブルバズーカスタイル】
無反動砲やロケットランチャーを二丁持ちした状態で戦う、MFならではの戦闘スタイルのこと。
これを生み出したのは現役時代のレティ・シルバーストン元帥であるとされ、彼女はこの戦い方で驚異的な戦果を挙げたという。
癖が若干強い武装を用いることから相応の技量を要するが、完全にモノにできれば戦術の幅を広げることができる。




