【MOD-74】純白の太陽神
「変身だと……!? クソッ、そんなのありかよ!」
白いMF――アマテラスの「変身」を目の当たりにしたズヴァルツは本能的に危険を察したのか、仕切り直しを図るべく後退を試みる。
「逃がしはしない!」
一方、180秒という制限時間があるアンドラは飛躍的に向上した運動性を活かし、素早い追撃で敵を仕留める作戦に打って出る。
「うぅッ……! この加速力はさすがに堪えるか……!」
事前に把握していたとはいえA.E.Sの効果は凄まじく、身体へ圧し掛かってくるGに思わず呻き声を上げるアンドラ。
機体強度的には300秒(5分)ほど持つと云われているが、人間の方は確かに180秒程度が限界だろう。
それ以上は殺人的な加速で死ぬ可能性がある。
「(でも、この機動力ならば一気に肉薄できる……! 持ってくれよ、私の身体!)」
精神的なリミッターとなる「死の恐怖」を振り払い、彼女は機体性能を引き出すべくスロットルペダルを更に踏み込むのだった。
超高速戦闘を繰り広げる2機のMF。
「(なんて機動力してやがる! ただ飛んでいるだけじゃ振り切れねえ!)」
ズヴァルツのスパイラルB型はレンカの狙撃によって左腕を失っており、特に高速域におけるバランスを著しく欠いていた。
速度が出ている状態で旋回しようとすると異常振動が生じるため、空中分解という最悪の事態を回避するには気持ち控えめに操縦するしかない。
しかし、機体の動力性能をフルに引き出さないとあっと言う間に追いつかれるわけで……。
「くッ、これ以上はもはや引き離せんか……!」
射撃武装の間合いよりも内側に近付かれたことでズヴァルツはアサルトライフルを投棄し、不利な格闘戦に引きずり込まれるのを承知の上でビームセイバーへと持ち替える。
「遅いッ!」
その直後、白いMFを駆るアンドラの鋭い一閃がスパイラルに襲いかかった。
「チッ、パワーが違いすぎる!」
並のドライバーであれば為す術無く切り伏せられていただろうが、ズヴァルツは攻撃時のエネルギーを受け流すことで難を逃れる。
とはいえ、量産型を少し弄った機体と最新鋭のワンオフ機ではパワーの差は歴然だ。
「意外にしぶといな……だが、その調子だと長くは持つまい!」
アンドラのアマテラスの攻撃は激しさを増していき、重い一撃が着実にズヴァルツを追い詰めていく。
そして……!
じつに8度目の交錯を迎えたその時、2機のMFによる一騎討ちは終局を迎えようとしていた。
「食らえッ!」
「しまった! 右腕まで……!?」
激しい鍔迫り合いを何度も繰り返した結果、ズヴァルツのスパイラルの右腕がついに壊れてしまったのだ。
肘部分の関節がダメになったのか、それより先の部位が操縦桿の動きとほとんど連動していない。
つまり、今のスパイラルは両腕を失った状態に等しいと言える。
「これで終いだ! フライング・ダッチマン!」
もうアマテラスは変則的な機動を取ることは無い。
手負いの敵機相手に搦め手は必要無い――アンドラは倒すべき敵を真っ直ぐ睨みつけていた。
「ッ……!」
回避不能だと判断したズヴァルツは咄嗟に右操縦桿を操作することで機体の右腕を動かし、コックピットだけは守れる姿勢を取る。
次の瞬間、アマテラスのビームブレードがスパイラルの腹部を貫く。
白いMFはそのまま右腕を振り上げ、蒼い光の刃で敵を一刀両断するかと思われたが……。
スパイラルの腹部に強烈な一撃を見舞った直後、何を思ったのかアマテラスはビームブレードの出力を落としながら離れていく。
「な……情けを掛けるつもりか!?」
完全にナメられていると感じたズヴァルツは憤慨するが、勝ち目が無いと一番理解しているのは彼自身だ。
結局、彼はすぐに射出ハンドルを引いてベイルアウトすることを決断した。
死に体のスパイラルからズヴァルツを乗せた射出座席が飛び出し、グランド・キャニオンの青空に白いパラシュートの花を咲かせる。
負かした相手にはもはや興味が無いのか、彼を落とした白いMFは撃墜確認のような素振りを見せるとそのまま飛び去ってしまった。
「(奴が本気を出してから90秒も持たなかったな……俺もまだまだ未熟者か)」
彼がベイルアウトしたのは味方艦隊よりも低い高度であり、このままでは地上のWUSA本部へ着地することになるだろう。
しかし、スターライガの猛攻によりWUSA本部は甚大な被害を受けている。
無事に帰還しても再出撃は叶わないかもしれない。
「(WUSAも今日で見納めか。さて、転職先はどうしたもんかね……できれば家族を養える仕事がいいんだが)」
もはやWUSAに明日は無いと判断したズヴァルツは、残党狩りから逃れる方法と転職先について考え始めていた。
「(奴を落とすのに掛かった時間は82秒か。あの男がかなりの実力者であるのを考慮すれば、まずまずの結果かもしれん)」
A.E.Sの稼働限界を迎えたアマテラスの内部フレームから白煙が漂っている。
これはA.E.Sが凄まじい熱量を発生させていた証拠である。
スライドさせていた装甲が再び可動し、白いMFは通常モードへと戻っていく。
毎回白煙が発生するほどの排熱能力では機体が持たないので、この辺りは更なる改良が必要かもしれない。
「おっ! アンドラ、例のオランダ人はやっつけたの?」
「彼女の実力ならそうそう負けないと思うけど」
アンドラのアマテラスを確認したコマージとカルディアはすぐに合流し、単独行動で得た戦果について尋ねる。
「ああ、奴は撃墜したけどあえて脱出の猶予を残しておいた。別に殺す必要は無かったからな」
「……そうだね、私たちは人殺しがしたくてMF乗りをやっているわけじゃない。可能ならばコックピットを避ける努力はしないと」
テストドライバー上がりのアンドラとオリエント国防空軍から移籍してきたコマージは全く異なる経歴を持つ。
ただし、「自らが持つスキルを活かして平和に貢献したい」という願いは二人とも同じだ。
「私もそう思っているけど……でも、レンカさんは違うかもしれない」
「え?」
カルディアの不穏な発言に首を傾げ、言葉にし難い不安を抱くコマージ。
「(レンカと私の戦う理由が違う? 一体どういう意味なんだ?)」
まさか、その不安が後に現実のモノになろうとは……。
艦隊の半数に加えてトップエースのズヴァルツまで失ったWUSAの防衛線は急激に崩れ始める。
「タラデガとの通信途絶! 指揮能力を喪失したものと思われます!」
「艦長、フレッチャーより入電! 『我、既ニ戦闘能力無シ! 直チニ総員退艦セリ!』とのことです!」
駆逐艦「タラデガ」と巡洋艦「フレッチャー」が戦線離脱した結果、WUSA側に残された戦力は艦隊旗艦の「スピリット・オブ・アメリカ」だけとなってしまった。
「くッ、この艦もかなり消耗している。ここからの逆転は厳しいな……」
「そんな弱音を吐いている場合かベルトワーズ! 危機的状況を打開するのが貴様の腕の見せ所だろう!?」
戦況の厳しさを冷静に分析するベルトワーズに対し、CICの隅っこに座らされているゴトーは理不尽な怒りをぶつける。
これにはさすがのベルトワーズもカチンときたのか、彼は艦長席を離れゴトーの座席へと歩み寄ると……。
「な、何だね? 私と戯れて――」
「戦闘中にペチャクチャ喋るんじゃねえ。気が散る」
「ッ……!」
上司の襟首を掴みながらそう言い放ち、ベルトワーズは淡々と艦長席へ戻る。
「……貴様、戦闘が終わったら叱責してやる」
その剣幕にゴトーは恐れをなし、ただ空しく強がるしかなかった。
WUSA側の防衛線が崩れ始めたことでスターライガ側は戦力を散開させる余裕が生まれ、一部の部隊を地上施設の攻撃及び敵司令部の破壊に回していた。
「Δ各機、死角から狙ってくる敵に気を付けろ。歩兵の重火器でもやり方次第ではMFを撃破できるからな」
ルミア率いるΔ小隊の4機はWUSA本部の滑走路へと降り立ち、そこから生き残りの地上施設を叩きつつ敵司令部を捜索する。
「やけに静かだ。どこに隠れてやがる?」
装甲が薄いことで有名なアゲハを駆るシズハは特に神経質になっており、不意討ちに気を付けながら移動していく。
「ああ、見えざる敵ほど怖いモノは無い。レーダーに映らない伏兵は目視で早期発見に努めないとな」
彼女の意見へ同意し周囲の様子に目を光らせるリゲル。
一部のMFには熱源探知用の赤外線センサーが装備されているが、これは主に敵機から放出される赤外線を探知する物であり、人間の体温程度の物体を捉えることは難しい。
周囲により高温な熱源が存在しているため、相対的に温度が低い物体は捕捉しづらいのだ。
「お前ら、情けないやられ方はするんじゃねえぞ。バズーカで吹き飛ばされたら笑い飛ばしてやる」
両手持ち前提の大型格闘武装「ギガント・アックス」を右肩に担ぎ、ルミアの愛機シャルフリヒターはホバー推進で先頭を突き進む。
Δ小隊の面々にとって、漆黒の大型MFを操る小隊長の姿はとても頼もしいモノであった。
機上レーダーでは捉えられない生身の歩兵に警戒しつつ、瓦礫の山と化したWUSA本部を進んでいくΔ小隊。
「て、敵機発見!」
「今だ! 攻撃開始ッ! 撃て撃て!」
その様子を物陰から確認したWUSA側の防衛部隊は対戦車ロケットランチャー「PSRL-1」を一斉に構え、Δ小隊の進行方向を狙うように攻撃を仕掛ける。
PSRL-1はかの有名な「RPG-7」をベースとする古い武器だが、命中箇所次第でMFを撃破し得る威力は今もなお色褪せていない。
「ッ! 全機散開、散開!」
自分たちを狙うロケット弾を視認したルミアはすぐに回避運動を指示し、それと同時に彼女自身はロケット弾の発射地点を探り始める。
歩兵が携行可能なロケットランチャーでMFを狙う場合、高い命中率を確保するためには300m以下の近距離で攻撃しなければならない。
「(射手はまだ近くに潜んでいるはず! 移動される前に叩き潰さないと面倒だ!)」
奇襲を受けるカタチとなったΔ小隊だが、特にルミアは冷静であった。
彼女はロケット弾の飛跡をある程度目で追っており、どこから飛んできたのか既に把握していたのだ。
「移動するぞ! 今の攻撃で俺たちの位置がバレた!」
「あいつら、かなり統制が取れている。小隊長がかなり優秀なんだろうな」
奇襲攻撃で一機も仕留められなかった防衛部隊はすぐに移動を開始する。
PSRL-1に限らずロケットランチャー類は発射時のバックブラストが凄まじいため、一度攻撃したら敵に位置がバレる可能性が高い。
急いで退避しなければ手痛い反撃に遭うことだろう。
「うおッ!?」
「大丈夫かイーサン! 立てるか?」
「あ、ああ……少し耳鳴りがするが、足は動きそうだ」
防衛部隊が装備を担ぎながら走っていたその時、彼らの真後ろで突然大きな爆発が起こり、後方にいたイーサンら数名が爆風の影響で転倒してしまう。
怪我人が出なかったことは不幸中の幸いだが、敵は既に防衛部隊の位置を分かっていると見て間違い無い。
「あの機体……まさか……」
「チッ、こんなに早く見つかってしまうとは……!」
漆黒のMF――シャルフリヒターの機影を確認した防衛部隊の面々は覚悟を決め、PSRL-1を再び構え直す。
「見つけたぜネズミども……悪く思うなよ」
一方、ルミアのシャルフリヒターが左腕に携えている無反動砲「REG-2B」もまた、その砲口で生身の歩兵たちを睨みつけていた。




