【MOD-73】フライング・ダッチマン
「ターゲット、ロックオン。エネルギーチャージ……ファイアッ……!」
MF用武装としては破格の高出力レーザーが巡洋艦「フレッチャー」の甲板上を薙ぎ払っていく。
前の作戦では新たな愛機クオーレのポテンシャルを活かさずに終わったカルディアだが、今回は火力が要求される対艦戦において人並み以上の活躍を見せていた。
クオーレの存在意義とも言える大型光学射撃武装「レーザーバスターランチャー(LBR)」はプロトタイプの欠点であった冷却性能を改善しつつ、エネルギーコンデンサに改良を加えることで高出力化・長射程化・高効率化を実現している。
その最大火力は巡洋艦の中口径主砲に匹敵するレベルとなった一方、エネルギーチャージ時の隙や連射が利かない点――そして取り回しの悪さはあまり変わっていない。
「やるわねカルディア。良い火力と照準精度よ」
「……ありがとう」
「私は根っからのスナイパーだから、その手の武器の扱いは苦手なのよね」
カルディアが所属するΖ小隊を率いるレンカは、癖が強く扱いづらいランチャー系武装を使いこなせている戦友の能力を純粋に評価する。
レンカ自身は精密射撃による一撃必殺を得意としているため、「点」ではなく「面」の攻撃に特化した武装はあまり使えないのだ。
そんな会話を繰り広げつつも的確なスナイプで敵機を着実に撃ち落としていくレンカ。
「接近戦? 確かに、狙撃機を相手取る時の基本戦術ではあるけど……!」
彼女は狙撃を恐れ斬り込んでくる敵機――Type72T トーチャーにも冷静に対応し、固定式機関砲と短射程マイクロミサイルで弾幕を形成しながら撹乱を試みる。
「そんなストレートな戦い方では私は落とせない!」
そして、敵機が怯んでいる隙にレンカの愛機ルーナ・レプスは間合いを一気に詰め、MF用スナイパーライフルの銃床でトーチャーのコックピットを抉り取る。
文字通りコックピット(とドライバー)を潰された敵機は制御を失ったまま墜落していく。
「わーお、随分とエグイ殺し方をするねえ」
「あの程度の腕前じゃ遅かれ早かれ死ぬわ」
一部始終を見ていたコマージからの嫌味に対し、レンカは珍しく冷淡な口調で切り返す。
スナイパーライフルの銃床には真っ赤な血糊がこびり付いていた。
「……ッ、今度はかなり素早いヤツが来た! カルディア! 3時方向から敵機!」
これまでの雑魚とは別次元の速さで迫る敵機に気付いた彼女は会話を切り上げ、装備の汚れを気にすること無くHISの擬似スコープを覗き込む。
狙撃機に乗り慣れているレンカはともかく、まだ未熟な面があるカルディアの懐に飛び込まれるのは少しマズい。
「(スパイラル……北欧で使われなかった機体の残り物か!)」
新たな敵機の正体はこの戦場に1機しかいないスパイラルB型であった。
「見つけたぞ新型……! まずはお前から叩き落としてやるぜ!」
新型――カルディアのクオーレが砲撃型の機体だと見抜いたズヴァルツは、遠距離攻撃を封じるため接近戦で一気に畳み掛ける作戦に打って出る。
レーザーバスターランチャーの一撃をまともに食らったら、MF程度の防御力ではまず耐えられないからだ。
当たり方が悪ければ跡形も無く蒸発してしまうだろう。
「こいつ……スパイラルだけあって素早い……!」
相手の意図を察したカルディアは短射程マイクロミサイルで応戦するが、オレンジ色をワンポイントにあしらったズヴァルツ機は鋭いローリングでそれを回避していく。
ズヴァルツが搭乗するスパイラルB型は少し古い機体であるものの、彼は性能差をカバーできる程度の実力は持っているようだ。
「ここまで近付けば得物は使えまい!」
「オランダ語で何言ってんのさ……!」
ビームセイバーの連続攻撃で休む暇を与えないズヴァルツのスパイラル。
防戦一方ながら冷静な操縦で時間稼ぎを図るカルディアのクオーレ。
「動きに未熟さが見えるが、良い腕をしてやがる! 末端でさえこの実力とは!」
「うるさい男……少し静かにしてほしい」
両者の戦闘能力は意外なほど拮抗していた。
「カルディア、そのまま戦ってなさい! 私がフォローしてあげる!」
狙撃機であるレンカのルーナ・レプスが飛び入り参加しても状況は好転しない。
そのため、彼女は得意の狙撃でカルディアを援護することを試みる。
仮に敵機を仕留め切れずとも間合いを開けさせるだけで良い。
「(やはり敵味方が入り乱れていると狙いづらい……だけど!)」
誤ってカルディアの機体を撃ち抜かないよう、慎重且つ迅速に狙いを定めるレンカ。
「今ッ!」
HIS上のレティクルと敵機の姿が重なった瞬間、彼女は操縦桿のトリガーを引く。
しかし、この時レンカは手応えを感じられなかった。
「くッ、外した!? あの状態で直撃を免れるなんて……」
彼女の狙撃は極めて正確であり、スナイパーライフルから放たれたレーザーは実際にズヴァルツ機の左腕を撃ち抜いていた。
だが、レンカは直撃させるつもりでトリガーを引いていたのだ。
「(連射できないのがもどかしいわね……!)」
ライフルの冷却を行いながら彼女は再び擬似スコープを覗き込む。
「(でもまあ……『王子様』が助けに来たから後は任せましょうか)」
カルディアにとっての「王子様」が現れたのを確認すると、レンカは狙撃を断念し彼女らのサポートに徹するのであった。
「(あのスナイパー、誤射しかねない位置からキッチリと俺だけを狙ってきやがった……冗談じゃねえ)」
間一髪のところでルーナ・レプスの狙撃をかわしたズヴァルツはピンチに陥っていた。
「コマージ……!」
「何とか間に合ったみたいだね」
カルディアのクオーレを守るように現れたのは、黒・緑・黄の塗り分けが特徴的な可変型MF。
「こいつじゃ歯応えが無いだろ、フライング・ダッチマン? お前の相手は……この私だよ!」
可変型MF――コマージのメサイアは右手首からビームソードを抜刀し、恋人を散々イジメていたオランダ人のスパイラルに有無を言わさず襲いかかる。
「クソッ、『黒薔薇のハルトマン』が相手じゃ分が悪い……!」
その初撃を何とか回避したズヴァルツはアサルトライフルを連射しながら機体を反転させ、左腕を破損している愛機を庇いつつ仕切り直しを図る。
手負いの機体で完調状態のエースと戦うべきではないと判断したからだ。
「あ! 逃がすものかよ!」
逃げに徹する敵機を追いかけようとするコマージ。
「待て! 奴の相手は私が引き受ける!」
その時、まるで彼女の行動を戒めるかのように白いMFが颯爽と現れ、半ば強引にズヴァルツ追撃の役割を引き継ぐ。
「お前は恋人のナイト様でもやっているんだな!」
「ちぇっ、アンドラのヤツ……お節介焼きやがって」
「コマージ……ちょっと嬉しそう」
コマージとカルディアをよそに白いMF――アマテラスを駆るアンドラは機体を軽くローリングさせ、そのまま追撃態勢へと移行するのだった。
アンドラの愛機アマテラスもまた、前の作戦ではそのポテンシャルを活かす機会に恵まれなかった機体である。
装甲展開システムによって制限時間付きながら運動性を高められるこの白いMFは、敵エースとの戦いで初めてその真価を発揮できるのだ。
「(手負いとはいえ意外にしぶといな。トーチャーでなくスパイラルを託される腕は伊達じゃないか……!)」
スターライガ系MFの標準的なレーザーライフルで攻撃を仕掛けるアンドラだが、ズヴァルツのスパイラルは懸命な回避運動でこれをかわしていく。
それどころか彼には反撃する余裕が残されているらしく、時折後ろを振り返ってはアサルトライフルを撃ってくることがあった。
「こいつ……! このアマテラスを簡単に振り切れるとは思わないことだ!」
運動性重視且つ変形機構との兼ね合いがあるアマテラスは一般的なシールドを装備しておらず、防御兵装は小型の腕部ディフェンスプレートのみと心許無い。
豆鉄砲で左腕のディフェンスプレートを壊された辺りからアンドラはフラストレーションが溜まり始め、攻撃パターンをより激しいモノへと切り替える。
「ここで弾切れとは! リロード……間に合うか!?」
さすがのズヴァルツもここまで執拗に攻撃されると反撃できず、アサルトライフルをリロードしながら回避運動に徹し続けるしかない。
手負いの敵機を素早く仕留めようと躍起なアンドラのアマテラス。
何とか持ちこたえ続けて反撃の機会を窺うズヴァルツのスパイラル。
この膠着状態を先に切り崩したのは……。
「今のはナインチェか!? 俺が援護に回る!」
その時、たまたま近くに居合わせていた一機のトーチャーがズヴァルツの窮地に気付き、彼のスパイラルを庇うように戦闘へ割って入る。
「俺に構うなッ! お前が勝てるような相手じゃないんだぞ!」
それを見たズヴァルツは無駄に犠牲を増やすだけだと判断し、かなり強い口調で味方からの援護を拒否する。
「邪魔だ! どけぇッ!」
一方、戦いに横槍を入れられるカタチとなったアンドラは明らかに苛立っており、その原因であるトーチャーにも容赦無く襲いかかった。
白いMFの左手首外側に固定装備されているビーム発生器から蒼い光の刃が形成され、空気を読めない敵機のコックピットへ鋭い一撃を振り下ろす。
「クソッ! だから言わんこっちゃねえ!」
お節介を焼いたばかりに命を散らしてしまった味方に向かって怒鳴るズヴァルツだったが、それと同時に彼はこの瞬間が千載一遇のチャンスだとも感じていた。
クリティカルヒットを狙うならば相手の意識が逸れている今しかない。
「うぉぉぉぉぉッ!」
仲間の死を力へ変えるようにズヴァルツは雄叫びを上げ、先ほどまでとは真逆の攻撃的なスタイルで一転攻勢に転じるのであった。
「こいつ……ムキになりやがって!」
スパイラルの突撃を確認したアンドラはレーザーライフルで応戦するが、ズヴァルツは巧みな操縦でそれらを全て回避していく。
「食らいやがれ!」
そして、間合いを一気に詰めた彼はスロットルペダルを複雑に動かすことで機体姿勢を変化させ、白いMFの上半身にドロップキックを叩き込む。
「くッ、やる……! このレベルならば『アレ』のデータ収集になりそうだ!」
運動エネルギーを乗せたドロップキックは確かに強烈とはいえ、それだけでMFを撃破できるだけの攻撃力にはなり得ない。
身体を激しく揺さ振られながらもアンドラは冷静に愛機アマテラスの制御を取り戻し、「アレ」こと装甲展開システムの実戦投入を決断する。
これぐらい歯応えのある相手でなければデータ取りにもならないだろう。
「何だ? 俺の知らない機能が内蔵されているのか……?」
この時、ズヴァルツはその気になればアマテラスを一気に追い込める状況にあったが、不穏な動きに臆したのか貴重なチャンスをみすみす逃してしまう。
「A.E.S、起動! これが私とアマテラスの本気だ!」
アンドラがHISを操作した次の瞬間、白いMFは突然変形を開始。
各部の装甲がスライドし、それにより生じた隙間から機体フレームを少しだけ露出させる。
その過程は変形というよりむしろ「変身」と称する方が正しい。
「180秒も必要無い……90秒でケリを付けるぞ、アマテラス!」
俗に「アメノウズメ」と呼ばれるこの形態こそ、アマテラスの動力性能を最大限発揮できる「本気の姿」であった。




