【MOD-72】決戦のグランド・キャニオン(後編)
「(クソッ、戦闘機部隊は何を遊んでいるんだ! 一方的にやられているじゃないか!)」
双眼鏡で航空戦の様子を見守っていたズヴァルツは唇を噛み締める。
スターライガ側の先制攻撃によって対空兵器の大半が破壊されている以上、戦闘機部隊に少しでも数を減らしてもらわないと航空攻撃でそのまま蹂躙されてしまう可能性がある。
にもかかわらず、彼らは遠目から見て分かるほどの勢いで次々と撃墜されており、迎撃部隊として機能しているようには思えなかった。
「ナインチェ! 艦隊が動き出したぞ……!」
「What?!」
味方機が自機の肩部装甲を叩いたことに気が付き、煩わしそうな声を上げながらそちらの方を振り向くズヴァルツ。
「艦隊前進だと? あのベルトワーズ艦長の判断とは思えんが……」
その視線の先にはWUSA艦隊の巨大な艦艇が浮かんでおり、ズヴァルツたちの頭上を時速300km/hほどの速度で通過していくところであった。
「艦長! 敵艦隊が前進を開始しました!」
「あちらから動いてくれるとはね……バカめ!」
オペレーターのキョウカから報告を受けたミッコはパンっと両手を組み、相手の判断ミスを嘲笑いながら攻撃指示を出す。
「全砲塔一斉射撃用意! 目標、敵巡洋艦アトランタ――くッ、射線に入っているのはトムキャッターズのMF部隊!? ワルキューレよりケット・シー、そちらのMF部隊を今すぐ射線から退かしてちょうだい! 早くッ!」
射線上を飛んでいたトムキャッターズ所属のスパイラル4機が捌けてくれたことを確認し、ミッコは味方の砲撃が最も効果的に決まるタイミングを見計らう。
現代の戦闘艦艇には高度な照準用コンピュータが搭載されているが、その性能を最大限活かせるかは艦長以下乗組員の手腕に懸かっている。
「2番砲塔は仰角を7度下げて! あと、レヴァリエは主砲の方向を右に11度修正!」
CIC正面の大画面スクリーンを見ながら事細かに微調整を指示するミッコ。
ベテラン艦長である彼女は「こうすればこうなる」というのを経験的に分かっているのだろう。
「全砲塔エネルギーチャージ!」
「80、90……100! いつでもイケるで艦長!」
主砲及び副砲の操作は火器管制官であるアルフェッタの仕事だが、彼女がトリガーを引くにはミッコ艦長の許可が必要だ。
「……撃ち方始めッ!」
「了解!」
ミッコの号令と同時にアルフェッタは手元のコンソールにある「ATF(全砲塔砲撃)」と書かれた赤いボタンを押し込む。
「ファイア、ファイア、ファイアッ!」
次の瞬間、スカーレット・ワルキューレの計8基28門の砲塔から蒼い極太レーザーが放たれ、WUSA艦隊の巡洋艦「アトランタ」に襲いかかるのだった。
「く……取舵一杯ッ! 砲撃を回避しつつ反撃せよ!」
「ダメです! 回避運動間に合いませんッ!」
当然、集中砲火の対象にされたアトランタは左旋回で砲撃をかわしつつ反撃位置へ就こうとするが、一世代前の旧型巡洋艦ゆえに運動性が低く回避し切れない。
「うおッ、当たったのか!? 損傷状況を知らせい!」
被弾の衝撃と思われる揺れに耐えながら状況報告を求めるアトランタの艦長。
「艦首と右舷にダメージを受けていますが、戦闘に支障はありません! しかし、これ以上の被弾は――」
艦の損傷状況をモニタリングしているオペレーターが何か言おうとしたその時、先ほどよりも激しい衝撃がアトランタのCICを襲う。
コンソールの上に置かれていたメモ用紙や筆記用具が散乱し、CIC内には何かしらの異常を知らせる警報が鳴り響いている。
「今のは直撃かもしれん……みんな大丈夫か?」
最高責任者である自分が取り乱してはダメだと考え、艦長は零れずに済んだコーヒーを飲みながら冷静沈着な姿を演じる。
本当は勝ち目の無い戦いになど参加したくないが、乗組員たちを置いて逃げ出すわけにはいかなかった。
被弾を最小限に抑えたアトランタは主砲を敵艦へ向けたまま反撃の機会を窺う。
「さすがはあの名将ミッコ・サロが指揮する艦だけはある。そう簡単に隙を見せてはくれないか」
だが、敵艦――スカーレット・ワルキューレは図体の大きさを的確な回避運動でカバーしており、適当に砲撃しても分厚い装甲とバリアフィールドで容易に弾かれてしまう。
逆に航空戦艦であるあちらの攻撃を食らった場合、巡洋艦は呆気無く轟沈してしまうだろう。
「か、艦長! 第2推進装置に被弾! 推力が低下していきます!」
「どのくらい持ちこたえられそうか!?」
核融合炉のエネルギーを推進力に変換する推進装置は、水上艦で言うならばウォータージェットに相当する最重要部位であり、この部分のダメージは速力及び運動性の低下に直結する。
完全な機能停止はできれば避けたいところだったが……。
「機関部からの報告では既に火災が発生しており、このままでは第1推進装置へ延焼・誘爆の恐れがあるとのことです。彼らは『推進装置1基でも最低限の動力性能は確保できる』と言っています」
「うむ……」
オペレーターからの報告を聞いた艦長は少しだけ考え込む。
今のところ直撃は免れているとはいえ、船体へのダメージは着実に蓄積している。
このタイミングで推進装置をパージすべきか――。
「……よし、第2推進装置を切り離せ! もう片方に当てないよう気を付けろ!」
様々な可能性を考慮した末、彼は機関部に第2推進装置のパージを命じるのだった。
「艦長! 敵艦が推進装置をパージしました!」
レーダー画面に映っているアトランタの光点が二つに分かれたのを見たキョウカは、小さい方が「切り離された推進装置」だと判断しミッコへ報告する。
「敵艦ってどの艦!?」
「すみません! アトランタ、アトランタです!」
「さっきから断続的に被弾していたものね……かなりダメージが蓄積していても不思議ではない。よし、全艦ここで一気に畳み掛けるわよ!」
一方のミッコはセンサーカメラの映像で手負いの巡洋艦を視認し、レヴァリエとケット・シーを加えた一斉射撃で撃沈を試みる。
ここまでの戦闘から敵艦隊の防空能力は2隻の巡洋艦――アトランタとフレッチャーが主に担っていることが分かっているため、この2隻を沈めればMF部隊もかなり楽になるだろう。
「主砲副砲照準合わせ!」
ミッコの指示に合わせてスカーレット・ワルキューレ、レヴァリエ、ケット・シーの砲塔がWUSA艦隊へと向けられる。
これほど密度が高い砲撃ならば一隻には確実に当たるはずだ。
「撃ち方始めッ!」
ここぞというタイミングで攻撃開始の号令を出すミッコ。
照準も攻撃タイミングも全て完璧であったはずだが……。
「全速前進ッ! 射線上に割り込ませろッ!」
複数本の蒼い極太レーザーがアトランタを貫こうとしたその時、一隻の駆逐艦がかなりの速度で射線上に飛び込んでくる。
「ゲティスバーグがッ……!」
援護防御に入った駆逐艦「ゲティスバーグ」はアトランタが食らうはずだった砲撃を全て受け止め、瞬く間に爆発炎上し地上へと墜落していく。
そう、ゲティスバーグは捨て身の行動で僚艦を庇ったのだ。
「ゲティスバーグ! 応答しろ! すぐに退艦命令を出せッ!」
「ダメです! 応答ありません!」
「艦の中枢部にまで被弾したみたいですから……CICもおそらくは……」
命を救われるカタチとなったアトランタの艦長は通信で総員退艦を促すが、ゲティスバーグからの応答は返ってこない。
被弾の瞬間を見ていた操舵士が指摘しているように、もしかしたらCICは砲撃で破壊されブリッジクルーも全滅してしまったのかもしれない。
「……彼らに助けられたおかげで、少しだけ長生きできたな」
愛用のベレー帽を深く被り直しながら仲間たちの死を悼む艦長。
ゲティスバーグの勇敢な行動が無かったら、今頃はアトランタが爆沈していただろう。
「総員、彼らの死を無駄にするな! 残された者は最善を尽くさねばならない!」
「「「了解!」」」
手負いの船体を引きずるように戦闘を継続するアトランタ。
たとえ勝ち目の無い――勝利に意味が無い戦いだとしても、男たちには退けない理由があった。
ゲティスバーグの轟沈から戦いの流れは大きく変わった。
「敵艦隊の連携が崩れたわ! この機を逃さないで! 雷撃戦用意!」
レヴァリエの艦長であるローリエは艦を敵陣の内側へ突入させ、接近戦で有効な両舷艦対艦ロケット弾「トーピード」による雷撃を試みる。
「舵角そのまま! 右舷ロケット弾一斉射!」
黒い巡洋艦の右舷から放たれた大量のロケット弾は青空を真っ直ぐ飛翔し、まるで魚雷のように駆逐艦「レイホール」の左舷へと突き刺さった。
対空射撃により数発ほど迎撃されてしまったが、それが無意味なほどの直撃弾を与えたので問題無い。
「敵駆逐艦への命中を確認! 本艦の攻撃により大破した模様です!」
「取舵一杯! ランス、誘爆に巻き込まれないよう急いで離脱するわよ!」
「了解! 取舵一杯!」
ローリエの指示を受けた操舵士ランスは操舵用のステアリングを限界まで回しつつ、3本のスロットルレバーで推力を微調整しながらレヴァリエを右旋回させていく。
黒い巡洋艦が離れていった直後、既に火災を起こしていたレイホールの船体は大爆発と共に分断。
ついさっきまで駆逐艦だった物体は真っ赤な火の塊となって墜ちていく。
「(悪く思わないでね。私たちはあなたたちのようにならないために戦っているのだから……!)」
明日は我が身――その時が来ることが無いよう、ローリエは気を引き締めながら次の一手を考えるのだった。
「みんな! アトランタが……アトランタが沈むぞ!」
「何だとッ!?」
味方の衝撃的な報告を聞いたズヴァルツはすぐにアトランタの方を振り向く。
彼にとっては国外派遣される際に母艦として乗り込むことが多い、比較的思い入れのある艦だったが……。
「既に満身創痍だったとはいえ……クソッ! 俺たちがいながら守り切れなかったとは!」
その視線の先にあったのは、艦尾部分から炎を噴き出しながら降下していく巡洋艦の最期。
そして、もはや手の尽くしようが無い艦から脱出する艦載艇たちの姿だ。
「おい! 脱出する連中を守ってやらねえと落ち武者狩りが始まっちまうぞ!」
「落ち着け! スターライガはそんなことはしない!」
すぐに艦載艇の護衛に就こうとする僚機の肩部装甲を掴み、冷静に戦場を見るよう窘めるズヴァルツ。
所属の関係上敵対しているとはいえ、ズヴァルツ自身はスターライガの実力と高潔さを純粋に認めていた。
だからこそ、「スターライガが非武装の艦載艇を攻撃することはあり得ない」と信じていたのだ。
「それよりも味方艦隊の攻撃に巻き込まれることの方が心配だ。ゴトー司令はメリーランド(スピリット・オブ・アメリカ)に乗ってるんだろ?」
「ああ、今回のあの人は妙にやる気だな」
「あの男なら戦果を挙げるために味方を巻き込むこともやりかねん。イェーガー、適当に味方を纏めて艦載艇の護衛退避を頼めるか?」
先ほどとは逆に僚機のバックパックをポンっと叩くと、ズヴァルツのスパイラルB型は編隊を離れ単独行動に移る。
「ナインチェ! お前はどうするんだ!?」
「さっきから事前情報に無い新型が飛び回っている。俺はそいつを何とかしてみる」
「そ、そうか……どの新型のことか分かんねえけど、一応気を付けろよ」
心配するイェーガーに向けてマニピュレータでサムズアップを作り、何処へと飛び去っていくズヴァルツ機。
「(サロ艦長指揮下の敵艦隊も厄介だが、航空戦力を放置しておくもマズい。MFの効果的運用はスターライガの十八番だからな……!)」
彼が警戒している「スターライガの新型機」とは一体……?




