【MOD-71】決戦のグランド・キャニオン(中編)
「一次攻撃の命中を確認!」
「よし、敵基地の被害状況は分かるか?」
主砲及び副砲のコントロールを担当する主任火器管制官アルフェッタからの報告を受け、ミッコ艦長はオペレーターのキョウカに対し状況確認を求める。
「ハッ、詳細不明ながら施設・航空戦力共に相当の損害を受けたものと思われます。ただ、敵主力である艦隊は依然健在の模様です」
「動かざること山の如し――守りの戦術でこちらを迎え撃つつもりみたいね」
一連の報告から「敵の司令官は際立って有能というわけではない」と判断し、アルフェッタに加えてミサイル類専門の第2火器管制官フィリア・ペルサキスにも指示を出すミッコ。
「主砲及び副砲は次発装填の後、もう一度敵施設へ砲撃! VLS(垂直発射装置)の対艦ミサイルは敵艦隊を狙え!」
「「了解!」」
WUSAにとってはまさに「虎の子」であろう主力艦隊――。
その息の根を確実に止めなければ、スターライガ側にも少なからず被害が生じるだろう。
「(実戦経験の差が決定的な違いを生むことを教えてあげる……!)」
正直言って大したことの無い相手とはいえ、久々の艦隊決戦を前にミッコは心躍っていた。
「戦いの主導権はこちらにある……さあ、始めましょう!」
普段はあまり表に出さない「船乗りとしての自分」を思う存分披露できるからだ。
スターライガ側の航空戦力は一次攻撃よりも先に全機発艦しており、艦砲射撃の射線に入らないよう少し迂回しながら攻撃目標を目指している。
「そういえばドタバタしてて言い忘れてたんだけど、誕生日おめでとう姉さん」
姉のルナールが5月20日に103歳の誕生日を迎えたことを思い出し、戦闘開始直前という微妙なタイミングで突然祝いの言葉を切り出すメルリン。
……が、オロルクリフ3姉妹は三つ子なので誕生日と年齢は全員同じである。
強いて言えば母親のお腹の中から出てきて、この世界で産声を上げた順番は異なるかもしれないが。
「いやいや、姉さんたちも私も誕生日は同じでしょ?」
「この歳になると忘れっぽくなっちゃってさぁ……」
「実家の財務諸表は覚えているのに?」
三女のリリカは「言い忘れ云々は多分ウソ」と勘繰っているが、当のメルリンは笑いながらその言及をはぐらかす。
良くも悪くも大物である父親――オロルクリフ家現当主のメンタルを受け継いでいるのか、3姉妹は戦場という極限状態でも緊張感を露わにしないことが多い。
だからこそ他愛の無い世間話を交わすことでリラックスできているのだ。
「お前たち、どうやら誕生日プレゼントを持って来てくれたみたいだぞ」
その時、妹たちの会話を遮るようにルナールが特有の言い回しで敵機発見を伝え、戦闘準備へ移行するよう促す。
「昨日は誕生日だったからな。プレゼントには『勝利の栄光』を頂こうじゃないか」
彼女は愛機ストラディヴァリウスの火器管制システムのロックを解除し、右手の遥か彼方を飛ぶ敵編隊の姿を睨みつけるのであった。
WUSA本部から迎撃に上がってきた戦力はF-16C ファイティングファルコンが約40機。
MFの運動性には全く太刀打ちできない旧型戦闘機ではあるが、物量作戦で攻められるとそれなりに厳しい戦いとなるだろう。
「MFは上がってこないな」
「MFに勝てるのはMFだけ――おそらく、私たちを迎え撃つために温存しているのよ」
「戦闘機部隊の相手はどうする?」
迎撃機との戦いに時間と燃料弾薬を割くべきか議論を交わすライガとレガリア。
その気になれば全滅させることは容易いとはいえ、迎撃機は本当に倒すべき敵ではない。
相手もそれは分かっているはずであり、スターライガ側を少しでも消耗させるべく迎撃しに来たと見て間違い無い。
「バルトライヒより全機、敵機には構わず今の針路を維持! ただし、纏わり付く敵がいたら最低限の自衛戦闘で振り払いなさい!」
最低限の消耗で敵主力部隊との戦いに臨みたいと考えているレガリアは、作戦参加中の全機に対し自衛以外の戦闘は行わないよう命ずる。
「私たちの相手はF-16にあらず……本当の敵は後方に控える主力艦隊よ!」
「だが、奴さんはこっちに用があるみたいだな」
彼女が味方へ発破を掛けることで作戦目標を周知徹底させる一方、敵部隊の動向を観察していたサニーズは大編隊が一直線に向かって来ていることを指摘するのだった。
「それにしては様子が変だな。目視できる距離なら空対空ミサイルを発射できるはずだが、あっちはまだ手を出してこない。いくらWUSAと言えどミサイルの使い方さえ分からない無能とは考えにくいぜ」
ルミアの指摘は確かに一理ある。
F-16は視界外から攻撃可能な中射程空対空ミサイル「AIM-120D AMRAAM」を装備でき、迅速な敵機撃墜が求められる迎撃戦はまさに使いどころのはずだ。
ところが、どういうわけかWUSAの戦闘機部隊はAMRAAMを装備していないらしく、サイドワインダーのような短射程ミサイルを使える間合いになってもまだ攻撃してこない。
このままではMFが最も得意とするドッグファイトに引きずり込まれてしまう。
「上層部の指示の不明瞭さかメカニックのミスか知らないけど、一度空に上がったら自力で対処しないといけない」
組織力の低さに翻弄される敵パイロットたちへ同情しつつも、戦場で剣を交えるのならば手加減はしないと心を鬼にするレンカ。
「相手の攻撃チャンスで最も危険なのは、ヘッドオンの初撃と反転後の再攻撃の2回。そこを凌げばWUSA本部までは一直線ね」
大編隊の後方に位置するヒナはすれ違った後の再攻撃にも注意を払うよう皆へ促す。
今後の戦局を左右する航空戦力同士の激突――。
ファーストコンタクトで優位に立つのはどちらだろうか。
じつを言うと、AMRAAMの未装備はWUSA側にとっても不測の事態であった。
「おい、もう格闘戦のレンジに入っちまうぞ! サイドワインダーの誘導性で奴らを捉えられるのか?」
「上の連中がこんがらがっていたのが悪いんだ! 対艦兵装で出るよう指示したのはどこのどいつだよ!?」
彼ら戦闘機部隊は元々「敵航空戦力を迎撃せよ」という指示を受けており、パイロットたちはそれを忠実に守っていただけにすぎない。
ところが、司令部が心変わりを起こしたのか出撃前に「戦闘機部隊は対艦攻撃に回す」という方針へ切り替えた結果、現場では大きな混乱が生じてしまった。
司令部の指示が部隊全体へ上手く行き渡らなかったのだ。
結局、パイロットたちは優先的に攻撃すべき目標が不明瞭なまま出撃することを強いられ、対MF戦には不十分な装備で接敵せざるを得なかった。
「ここまで来たらもう退けない! 先制攻撃で一機でも多く撃墜しろ!」
部隊長ポジションのパイロットは指揮下の全機へ攻撃許可を出し、スターライガ側のMF――ルナールのストラディヴァリウスをロックオンする。
AMRAAMであればマルチロックオンができるのだが、現在装備している「AIM-9X サイドワインダー」にそのような機能は無い。
「ファイア、ファイア、ファイアッ!」
次の瞬間、約40機のF-16から80発近いサイドワインダーが同時に発射され、強行突破を図るスターライガ側へと襲いかかるのだった。
これだけの飽和攻撃を受ければひとたまりもあるまい――。
80発のうち数発でもまぐれ当たりすれば良いと期待するWUSA側であったが、彼らはスターライガの対応力を甘く見ていた。
「やったか――なッ、かわされただと!?」
ロックオンした黒いMFの回避運動を目で追っていた部隊長は驚愕する。
奴は正面から迫り来るミサイルを最小限の動きで回避し、戦闘機部隊との間合いを一気に詰めてきたのだ。
「だ、ダメだ――!」
「味方がやられ……う、うわーッ!」
先に攻撃を仕掛けたアドバンテージを活かすどころか、反撃に遭い返り討ちにされていく戦闘機部隊。
対するスターライガ側は全く損害を受けていないらしく、涼しい顔をしながら敵陣中央を強行突破していく。
「Dammit! なんて連中だ……」
「パロット! 正面に注意ッ!」
部隊長――TACネーム「パロット」は全く気付いていなかった。
味方の損害が気になって周囲を見回していた結果、自機を狙う敵機が迫っていることを……。
「正面……!?」
味方機から警告を受けたパロットはすぐに視線を戻す。
彼が正面を向いた時、真っ先に視界へ飛び込んだのはレーザーライフルを携えた黒いMF――ストラディヴァリウスの姿だった。
コックピット内には空中衝突防止装置の警告音が鳴り響いているが、わずか数十メートルの距離とマッハ1以上の相対速度では機体を少し傾けるのが限界だ。
「避けられるか!?」
幸い、相手に特攻を仕掛ける意図は無かったらしく、黒いMFはF-16のキャノピーを掠めていくようにすれ違っていく。
しかし、その銃口は明らかにパロットの眉間へと向けられていた。
「く、クソッ――!」
「どうしたパロット! 無事なら応答してくれ!」
「ああッ! パロットがやられた!」
次の瞬間、コックピットに直接レーザーを撃ち込まれたパロットのF-16は姿勢を乱し、制御不能な状態のまま急激に高度を落としていく。
このままでは地面に墜落するだろうが、どちらにせよパイロットは既に「消滅」しているので関係無い。
「落ち着けウォッチドッグ、お前が指揮を引き継げ!」
「情報が錯綜しているぞ! 誰が墜とされていて、誰がまだ生き残ってるのか報告しろ!」
「あーもう滅茶苦茶だよ!」
隊長機を含む多くの味方を失ったことで混乱状態に陥る戦闘機部隊。
WUSA司令部が明確な指示を出せなかった結果、一番割を食ったのは前線で命を張って戦う者たちであった。
双方の航空戦力の戦いはWUSA旗艦「スピリット・オブ・アメリカ」のCIC(戦闘指揮所)で常にモニタリングされている。
当然、彼らは自陣営の損害が拡大していく様を否応無しに見せつけられていた。
「戦闘機部隊の動きが鈍いではないか! 奴らは一体何をやっている!?」
それに耐えかねたゴトーは戦局が芳しくない責任を味方へなすり付け、スピリット・オブ・アメリカ艦長のベルトワーズに詰め寄る。
ベルトワーズ艦長は航空隊の指揮を執っているわけではないので、彼を責め立てたところで状況は全く好転しないのだが。
「おそらく、指揮系統が上手く機能していないのです。十分な準備時間も無く臨時編制した戦力である以上、そういった混乱が起こるのも仕方ないかと……」
「言い訳を聞いているのではない! 我々が求めているのは戦果なのだよ!」
「(チッ……指揮系統が働いていないのはテメェのせいだろうが)」
ゴトーからの理不尽な叱責に対する怒りを抑え、トレンチコートの襟元を整えながら「戦果」を出すための案を提示するベルトワーズ。
「……ならば、本部の守りは地上部隊とズヴァルツ指揮下のMF部隊に任せ、我が艦隊が前進するべきです。敵艦隊の戦力が情報通りであれば、艦隊戦で正面から押し潰せるでしょう」
「ぜ、前進だと?」
「おやおや、プリンツCEOの職務代行者ともあろう方が戦いを恐れるのですか?」
先ほどまでとは一転して腰が引けているゴトーの言動をベルトワーズは嘲笑う。
かつてアメリカ海軍で腕を振るっていた彼もまた、決して有能とは言えないゴトーを嫌う者の一人だったのだ。
「お、恐れてなどいない! それでは命懸けで戦っている部下たちに示しが付かん!」
乗組員たちの冷たい視線を察したゴトーは恐怖を否定し、ベルトワーズに煽られるがまま艦隊前進を命ずる。
「艦長、我々の方から敵艦隊へ仕掛けるぞ! 戦力差を以ってすれば奴らなど簡単に叩き潰せるはずだ!」
「了解しました――スピリット・オブ・アメリカより全艦に告ぐ。これより我々は前進し敵艦隊との砲撃戦に突入する。敵艦隊よりも航空戦力に注意しろ。スズメバチに刺されて死ぬことだってあるからな」
随伴艦に一通り指示を出し終えたベルトワーズはゴトーの方を振り向き、CIC内の空席に座っておくよう促す。
「ゴトー司令、戦闘中は艦が揺れることがあるのであそこの座席にお座りください。もちろん、シートベルトも着用しておくように」
「うむ……それは良いのだが、君は立ったまま指揮を執るのかね?」
「ええ、私は動き回ってクルーと遣り取りしなければならない時があるので」
自分のことは気を遣わなくていいと述べつつ、上司が座席に着くのを見守るベルトワーズ。
「始めるか……よし、艦隊前進ッ! 戦力的には我々が有利とはいえ、相手はあのスターライガとその一味だ! 一瞬でも気を抜いたらこちらが沈められると思え!」
スピリット・オブ・アメリカを中心に据えた輪形陣で前進を開始するWUSA艦隊。
航空戦力同士の激突に続いて両陣営の艦隊も砲火を交えようとしていた。




