【MOD-70】決戦のグランド・キャニオン(前編)
Date:2132/05/21
Time:14:00(UTC-7)
Location:Grand Canyon,USA
Operation Name:LAST RESORT
2132年5月21日――。
グランド・キャニオン国立公園内にあるWUSA本部ではかつてないほどの厳戒態勢が敷かれ、まもなく攻め入って来るであろうスターライガを迎え撃つ準備が進められていた。
「総員に告ぐ! これよりショーン・ゴトー司令が訓示を述べられるから、作業を続けながらしっかりと耳を傾けるように!」
本部内の放送室からこのようにアナウンスすると、ヨシフ・マスカエフは握っていたマイクを上司へ手渡す。
「紳士諸君、これから我々は長年の商売敵であるスターライガとの決戦に臨む。奴らがその獰猛さとオリエント国防軍との癒着によって高い戦闘力を誇っていることはよく知られている。だが……あえて言おう! 我々の勝利は既に約束されているとッ!」
マスカエフと数名のスタッフが見守る中、まるで目の前に大観衆がいるかの如く拳と熱弁を振るうゴトー。
「その根拠は二つある……まず、奴らの総戦力は我々よりも遥かに少ない! 我々は戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦3という規模の艦隊を擁しているのに対し、奴らが戦力として計上できるのは特設航空戦艦1隻だけだ。また、航空戦力に関しても質では我々が劣るかもしれないが、古来よりある『戦いは数だよ』という言葉が示す通り、兵器の性能差は勝敗を分かつ決定的条件ではない」
自信満々にそう叫ぶ彼の指摘はあながち間違いではない。
スターライガ+αの航空戦力がせいぜいMF40機程度である一方、WUSA側は同じMFだけでも100機以上投入することができる。
しかし、戦力差では確かに圧倒的かもしれないが、ゴトーは機体性能と操縦技量のディスアドバンテージを明らかに軽視していた。
何とかして人員の士気を高め、あわよくば「暗殺されたプリンツの後釜」に就きたいゴトーの戯言はまだまだ続く。
「次に……これは悲しい知らせでもあるのだが、昨日の午後からフロリダの別荘にいるはずのプリンツCEOと連絡が取れなくなっている。この大事な時にCEOが不在であっていいだろうか……いや、良くない! おそらく、我らがCEOは卑怯にも暗殺されたのだ! これこそが我々の戦いが正しいことを示す、第二の根拠である!」
よりにもよってこのタイミングで初めて「プリンツの安否が確認できていない」という事実を明かすゴトー。
それを聞いたスタッフたちは「そんなの初耳だ」といった表情を浮かべるが、同席しているマスカエフはさほど驚いていない。
「(ゴトーめ……Mr.プリンツの死をわざと隠していたか。身の程を弁えない野心は己を滅ぼすことになるのだがな……)」
副官の冷めた視線を知ってか知らずか、ゴトーは野心を成就させるべく妄想に等しい推測を展開し始める。
「CEOを暗殺したのはスターライガが送り込んだ刺客と見て間違い無い。そう、奴らは真っ向勝負で確実に勝てる保証が無いから、こちらの有力者を消すという卑怯な手段を用いたのだ! オリエンティア的騎士道が聞いて呆れるわ!」
プリンツに刺客を差し向けたのは協力者であったルナサリアンなのだが、防衛戦の準備に手一杯だったゴトーはそれを知らないようだ。
……あるいは、自分たちの戦いの正当性を主張するために嘘をついているのか。
「それら軟弱の集団が我が防衛ラインを抜くことなどできないと、私は断言するッ! 大義は我々にあるッ! 紳士諸君よ、CEOの弔い合戦を果たすべくあと少しだけ力を貸してほしい! 君たちの勇気と力を以って奴らを打ち砕き、その首をCEOへの手向けとするのだ!」
仮にゴトーがカリスマ的独裁者であったならば、ここで拍手喝采となったであろう。
「……お見事です、Mr.ゴトー。これほどの訓示ならばメンバーたちの士気も最高潮に達しましょう」
だが、マスカエフのお世辞と拍手は明らかに冷ややかな反応だった。
放送室のスタッフたちも熱狂というよりは困惑気味な顔をしている。
「(随分と酷いスピーチだな。自覚が無いだけで余計にタチが悪い)」
喉まで出そうになっていた本音を飲み込み、マスカエフは上司に対しそろそろ移動するよう促す。
「防衛戦の指揮はベルトワーズに任せ、我々は地下シェルターの仮設司令部へ向かいましょう」
「いや、それでは前線で戦う者たちに合わせる顔が無い! 私は『メリーランド』に乗艦し直接指揮を執る!」
「え?」
だが、部下の配慮をよそにゴトーは「最前線で指揮を執りたい」と自ら危険へ足を踏み入れようとする。
「(アホが……! 司令官がむやみやたらに最前線へ出しゃばったらダメだろうが!)」
勇敢なのか無謀なのか理解し難い上司への悪態を抑え、彼を翻意させることができそうな妥協案の提示を急ぐマスカエフ。
別にゴトーがどうなろうが知ったことではないが、勝ち目の無い戦いで無惨に死なせるのは可哀想だと思ったからだ。
「仕方ありませんな……では、あなたが乗艦するスピリット・オブ・アメリカを本部の直掩に回しましょう。この艦は最大射程が長く通信能力も高い戦艦なので、後方にいても役割を持てるはずです」
「うむ……! マスカエフ君、ベルトワーズ艦長にそう伝えておいてくれ。私は準備を終えてから艦に乗る」
「ハッ!」
ゴトーが放送室から出ていくのを見送った後、部屋に残されたマスカエフはスタッフたちにそっと耳打ちする。
「お前たち、すぐに私物をまとめてC格納庫へ来い。ここを放棄して脱出するぞ」
「え? 敵前逃亡はマズいのでは……?」
「スターライガが本気を出せば、こんな基地はあっと言う間に落ちる。あの男には未来を見る目が無いのさ」
彼らに対して上司の陰口を言いふらしつつ、ポケットから携帯電話を取り出すマスカエフ。
「もしもし、私だ。飛行機の離陸準備はできているか? ――うむ、ならば15分後にはここを発つぞ」
そう言って電話を切ると、彼はポカンとしているスタッフたちに向かってニヤリと笑うのだった。
「15分で支度しろ。それ以上は待っていられんからな」
WUSAは当初「本部周辺の制空権確保はルナサリアン及びアメリカ空軍内部の協力者に任せ、自分たちは本部の守りに集中する」という計画を立てていた。
だが、プリンツを暗殺したルナサリアンは端から協力するつもりなど無く、アメリカ空軍の協力者も動きが非常に鈍い。
防衛戦を指揮しているゴトーの目論見はこの時点で既に崩れ始めていた。
「敵も援軍も来ないな……このまま永遠に待たされるのか?」
「へッ、こんな厳重な守りの基地に仕掛けてくるのは馬鹿だけだぜ」
予想されていた戦闘開始時刻を過ぎているためか、メンバーたちの中には油断している者も少なくない。
「いや……馬鹿は来る!」
MF部隊の隊長を任されたズヴァルツが部下たちの弛みを指摘していたその時、彼は北の空が一瞬だけ光ったことに気付く。
「(今のは敵襲……違う、艦砲射撃による先制攻撃か!)」
実体弾を用いた超長距離攻撃――。
攻撃の正体を察したズヴァルツは司令部よりも先にMF部隊へ指示を出していた。
「全機退避! 砲撃が飛んで来るぞッ!」
「え?」
「死にたくなかったらさっさと動け!」
状況を把握できていない僚機に怒鳴りつけつつ、左腕のシールドでコックピットを庇いながら近くの塹壕を目指すズヴァルツのスパイラルB型。
彼の機体が塹壕へ滑り込んだ直後、青空を覆わんばかりの「鉄の雨」がWUSA本部に降り注ぐのであった。
「敵襲か!? MF部隊、状況を報告せよ!」
「クソッ、気付くのが遅すぎるッ! 目の前に艦砲射撃が着弾したんだぞ!」
対応が後手後手に回っている司令部に対して声を荒げた後、頭上を守るために持っていた鉄板を放り捨てながらズヴァルツ機は塹壕から身を乗り出す。
そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「(榴弾と焼夷弾を織り交ぜた艦砲射撃か……スターライガめ、俺たちを炙り出すためにここを焼き払うつもりだな)」
空から降り注いだ榴弾によって地上施設は少なからず損害を受け、運良く直撃を免れた施設の中には焼夷弾のせいで火災が起こっているものもある。
その中にいたであろう人間がどうなったかは想像したくない。
「ナインチェより全機、生き残っている機体がいたら報告しろ!」
「こちらブラボー2、今の攻撃で隊長が蜂の巣にされた! 指揮系統を再確認する!」
「ゴルフ1よりナインチェ、俺たちの近くに展開していたデルタとジュリエットの両チームが全滅した模様。奴らとの通信が途絶している」
誰よりも早く動いたズヴァルツは間一髪のところで難を逃れたが、彼の僚機や味方部隊は大きなダメージを受けていた。
「こちらHQ、当基地の北方30マイル(約50km)付近に複数の敵艦影を確認した。艦隊規模は戦艦級1、巡洋艦級2、フリゲート1。先ほどの艦砲射撃はここから放たれたと思われる」
混乱を極めている司令部からようやくもたらされたのは、「敵は複数の艦艇で構成されている」という当初の予想とは全く異なる情報。
「航空部隊及び艦隊は基地の守りを固めよ! 繰り返す、基地から離れすぎないように防衛戦を展開せよ!」
そして、受け身の戦術に徹するあまりにも杜撰な作戦だった。
「HQ! ここにいたら艦砲射撃でまた損害が生じる! こちらから積極的に迎え撃つべきだ! 戦艦と巡洋艦と駆逐艦は固定砲台じゃあるまい!?」
司令部のやり方では先ほどの二の舞を踏むと判断し、航空戦力と海上戦力を迎撃に向かわせるべきだと進言するズヴァルツ。
彼が指摘している通り、WUSA側は戦艦「スピリット・オブ・アメリカ」を筆頭に巡洋艦「フレッチャー」「アトランタ」、駆逐艦「レイホール」「タラデガ」「ゲティスバーグ」といった水雷戦隊レベルの海上戦力を擁している。
これらは一世代前の全領域艦艇だが、近代化改修が施されているので多少はスターライガ側の艦隊と渡り合えるだろう。
完全に撃滅できるかはともかく、少なくとも進軍の足止めにはなるはずだ。
防衛ラインを抜かれたら終わりである以上、使える戦力はここで全て出し切るべき――。
それがオランダ空軍時代から現場で戦ってきたズヴァルツの見解であった。
「指示に従えズヴァルツ! 中尉相当の貴様に作戦全体を見通すことができるものか!」
「俺はお前らと違って現場にいるんだ! 今の先制攻撃でどれだけの仲間が死んだと思っていやがる!?」
だが、アメリカ軍からの天下りが多い司令部は「除隊時の階級」「アメリカ人か否か」を重視しており、階級上は尉官にすぎないオランダ人の意見に耳を貸そうとしなかった。
「チェスの駒は後から補充すればいい……とにかく、貴様は独断専行せず我々の指示を遂行せよ。ゴトー司令からMF部隊の指揮権を与えられているとはいえ、変な気は起こさないことだ」
命懸けで戦っている者たちを「ビジネスツール」としか見ていないことを明言すると、司令部はそのまま通信を強制終了させる。
「チッ……了解」
表向きはそれ以上の反論を避けたズヴァルツだったが、心の中では上層部に対する不信感が限界に達しつつある。
「(あいつらは士官学校でしか戦争を知らないから、平然とああいう態度を取れるのか……人間のクズどもめ!)」
実戦的な作戦指揮さえ執れないうえ、それに従って戦う者たちに対するリスペクトも全く無い――。
そんな連中のために命を張る気にはなれなかった。




