【MOD-69】オリエント・プライベーター同盟
無事に大気圏突入を終えたロータス・チームはアメリカ・アイダホ州南西部の高原地帯でスターライガと合流し、ホワイトウォーターUSAとの決戦に備え最終ブリーフィングに臨もうとしていた。
「お久しぶりです、ノゾミさん。直接会って話すのはエレブルー首脳会談の事前打ち合わせ以来ですね」
スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレにやって来たノゾミ、ミル、ナスル、ショウコの4人を自ら出迎え、彼女らと握手を交わしていくレガリア。
ロータス・チームとスターライガはエレブルー首脳会談の警備で共闘しているが、それ以降は別行動を取っていたため、こうして並び立つのは1か月ぶりのことであった。
「ええ、またあなたたちと共に戦うことができて嬉しいわ。微力ながら手助けできるといいのだけれど」
「自分たちを微力だなんて卑下しないでください。ロータス・チームの後方支援があれば私たちは安心して前線で戦えるんです。約束された補給ほど大切なモノは無いですから」
ノゾミとレガリアは互いの近況を報告しながらワルキューレ艦内のブリーフィングルームへと向かう。
「(ノゾミのヤツは元気そうだな。それが見れただけで良しとしよう)」
その様子をミッコ艦長は通路の角から静かに見守っていた。
今日のスカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームは珍しく満席状態となっている。
というのも、普段からこの部屋を使っているスターライガの面々はもちろん、今日のブリーフィングにはキリシマ・ファミリーやトムキャッターズの一部メンバーも参加しているからだ。
座席配置もスターライガ単独時とは大きく異なり、各組織のリーダー格(マリン、ヤン、ノゾミ)とその補佐役の計6名が最前列に座っている。
ここまで大規模なブリーフィングはあまり例が無い。
「あー、あー、マイクチェック。後ろまでちゃんと聞こえてる?」
マイクチェックを任されたライガは最後列の傭兵トリオが手を振っているのを確認し、握っていたマイクをブリーフィング担当者兼戦術アドバイザーであるステラ・アウレラに渡そうとするが……。
「おっと失礼、今回は大事な作戦だから私に直接説明させてちょうだい」
「え……あ、はい。どうぞ」
ところが、ステラが受け取ろうとしていたマイクはレガリアに横取りされてしまい、彼女は事後承諾を得るとそのまま「大事な作戦」のブリーフィングを開始する。
「みんな、静粛に! 今回のブリーフィングは私が担当します!」
手を叩きながら静粛と傾注を求めるレガリアの表情は、戦いや商談に臨む時と同じくらい真剣そのものであった。
えーと……みんな知っていると思うけれど、今回の作戦はWUSA本部の襲撃――すなわち、彼らとの決着を付ける戦いよ。
WUSA本部は厄介なことに世界的観光地として有名なグランド・キャニオン国立公園の敷地内にあり、法的根拠を盾に部外者が侵攻できないようになっています。
平時だったら攻め入ることは不可能などころか、アメリカ国内に軍事力を持って来た時点で色々な方面から総スカンを食らうでしょうね。
だけど、今は世界規模での戦争状態にある。
その混乱と先日の秘密基地襲撃でWUSA及び彼らを支持する者どもが弱体化している今ならば、本部攻略作戦を実行に移せると判断しました。
アメリカ政府や国防総省、CIA内にいる反WUSA派の支援も既に取り付けているから、国立公園内での戦闘行為に対する責任追及は心配しないでちょうだい。
……とはいえ、グランド・キャニオンは全人類で共有すべき貴重な世界遺産でもあるわ。
敵はいくらでも吹き飛ばしていいけど、地形はなるべく破壊しないようにお願いね。
さて、次は現時点で判明している敵戦力とその対応についてです。
敵方もこの戦いが決戦になると踏んでいるらしく、数日前からアメリカ国内に展開していた部隊を次々と集結させていることが確認されているわ。
妨害できる部隊に関してはアメリカ軍の有志たちが足止めしてくれたけど、それでもWUSA側の防衛戦力は私たちの総戦力を上回っていると言えるわね。
彼らはアメリカ海軍の旧型戦艦を改装した総旗艦「スピリット・オブ・アメリカ」を筆頭に複数の巡洋艦と駆逐艦を所有しており、防衛ラインを抜いて本部を陥落させるためにはこの艦隊の撃滅が最低条件になるでしょう。
火力が限られるMFでの対艦戦が面倒くさいことは皆知っているはず。
まあ、私は一人で戦艦を墜とせる自信があるけど……そんなこと新人ができるわけないもの。
そのため、今回の作戦では私たちの母艦も前線へ移動させ、敵艦隊との砲雷撃戦に参加してもらいます。
前線に出るということは敵に狙われやすくなるから、各機は作戦目標の達成を重視しつつ自分たちの母艦をカバーしてちょうだい。
作戦が終わった時、帰る所が無くなっているのはさすがに笑えないわよ。
作戦に関する大まかな説明は以上よ。
各部隊に要求する詳細な役割などはこのブリーフィング終了後に文書で通達します。
ここまでで何か質問は?
……質問は無いみたいね。
最後に、これは普段から言っていることだけど……必ず全員で生還しなさい!
それ以外は許可できない!
この部屋にいるメンバーが誰一人欠けること無く戻ってくるのを願っているわ。
以上、解散!
「各艦、続いて複縦陣から輪形陣への移行訓練を行う! 本艦を中心にレヴァリエ及びケット・シーは前方、トリアシュル・フリエータは後方へ展開せよ!」
WUSAとの決戦の前日、俗に「オリエント・プライベーター同盟(O.P.A)」と呼ばれることになる面々はスカーレット・ワルキューレ艦長ミッコの指揮の下、作戦地域へ向けて移動しつつ陣形移行の訓練を行っていた。
たった4隻なので陣形もへったくれも無い気がするが、サイズや武装が異なる4隻の能力を最大限活かすためには効率的な陣形選択が必要である。
O.P.A側の総旗艦はスカーレット・ワルキューレでほぼ確定しており、戦闘では陣形に関わらず同艦が中核を担う。
これは航空戦艦に分類されるワルキューレが攻撃力・防御力共に最も高く、敵の猛攻に晒されても耐え得ると判断されたからだ。
逆にロータス・チームの母艦トリアシュル・フリエータは戦闘能力が極めて低いため、艦隊自体が前進してもこの船は常に最後尾に就かせる。
これは最後尾ならば他3隻が壁になるため守りやすく、万が一撤退する場合も一番脆いトリアシュル・フリエータを最初に逃がすことができるという合理的な理由があった。
「うん、正規軍よりは少しまごついている感じだけど……思ったよりも悪くないわね。次は輪形陣から警戒陣への移行を試すわよ」
陣形の変更に掛かった時間をメモしながら随伴艦へ指示を出していくミッコ。
少しでも即席艦隊の連携強化を図るため、彼女は元海軍士官として経験を活かし教鞭を振るうのだった。
「警戒陣は主力艦隊を守ることに特化した陣形よ。トリアシュル・フリエータも前方へ進出し、3隻で本艦の壁となるように動け!」
一方その頃、WUSAの創設者兼CEOであるドイツ系アメリカ人のエーリッヒ・プリンツは、部下の薦めによりフロリダ州パームビーチの別荘へと避難していた。
この別荘には「核攻撃にすら耐える」と評される地下シェルターが設けられており、更には1週間の籠城戦に対応可能な備蓄食料と武器弾薬――そして、脱出用の自家用ヘリコプターや装甲リムジンまで用意されている。
実態としてはプリンツのセーフハウスと言えよう。
ちなみに、現在フロリダ州はルナサリアンの占領下に置かれている地域であり、地球人のプリンツがここにいること自体が「WUSAとルナサリアンが裏で繋がっている」という動かぬ証拠であった。
「クソッ! ルナサリアンの女狐め……!」
使用人から一枚のメモを受け取ったプリンツは怒りに震え、リビングのソファにドスンと腰を下ろす。
そのメモ用紙には「グランド・キャニオンに援軍を送れなくなりました。後は自力で何とかしてください。あしからず。 -O.Akidsuki-」と書き記されていた。
「(これでは事実上の絶縁宣告ではないか!)」
最悪なタイミングでの掌返しに激怒しつつも、落ち着きを取り戻すためにミネラルウォーターで喉を潤すプリンツ。
いずれ関係が破綻する瞬間は訪れると考えていたが、まさかこんな時に絶縁を宣言してくるとはさすがに予想できなかった。
しかも、その通告はたった一枚の紙切れに収まる程度の言葉である。
ルナサリアンはWUSAを体良く利用したら使い捨てるつもりだったのだ。
そこには初めから信頼関係もリスペクトも存在しなかった。
「Mr.プリンツ、お食事をお持ちいたしました」
頭を抱えて考え込んでいたその時、使用人として雇っている女性がドアの外から食事の用意を伝えてくる。
「(こんな声の奴いたかな……)うむ、入ってくれ」
聞き覚えの無い声に違和感を抱きつつ、プリンツは使用人に対し入室許可を出す。
「失礼いたします」
「君は新人かね? オリエント人――いや、オリエント系アメリカ人を雇った記憶は無いのだが」
部屋に入ってきたのは金髪碧眼の典型的なオリエント系女性であった。
WUSAではなくプリンツの別荘で働いている人物なのでそれはいいのだが、彼はこの若い女が使用人になったという報告を受けていない。
声も姿も知らない新入り使用人――そういえば、今日は彼女以外の使用人を一度も見ていない気がする。
「そういえば……今日は君以外の使用人は休みなのか? ドリーやエリナーも不在とは珍しいこともある」
「はい、奇しくも同じタイミングで体調不良に見舞われたとのことです。本日は大事を取って欠勤しております。一応、非番の方々に連絡を試みたのですが……」
顔馴染みの使用人がいないことを指摘するプリンツに対し、そうなってしまった原因を簡潔に説明する使用人。
「このご時世だ。電話回線が落ちていたのだろう?」
「申し訳ございません」
「気にするな、戦時下で無理矢理出勤させるほど私は鬼ではない。そんなことができるのはジャップだけだ」
申し訳なさそうに頭を下げる使用人を励ますと、プリンツは提供されたエスプレッソコーヒーのカップを手に取る。
……それには睡眠薬が仕込まれているとも知らずに。
「む……今日は朝が早かったせいか? やけに眠いな……」
エスプレッソコーヒーに混ぜられていた睡眠薬が効いてきたのか、食事開始から程なくして眠気を訴えるプリンツ。
「すまん……私は少し横になる。余り物の処理は君に任せる……別に食べてしまっても構わん」
眠気が限界に達しつつある彼は使用人にそう言い残し、シャツを脱いで寝室へ向かおうとする。
その様子を見守っていた使用人は懐から真っ黒な物体――ハンドガンを取り出す。
「おやすみなさいませ、Mr.プリンツ……永遠に」
「ん――ッ!?」
次の瞬間、リビング内に銃撃音が響き渡る。
使用人のハンドガンから放たれた銃弾は、プリンツの後頭部を極めて正確に撃ち抜いていた。
「き、貴様が……刺客だった……とは……な」
薄れゆく意識の中、怨嗟の声を吐き捨てながらプリンツは事切れる。
使用人に扮していた暗殺者はターゲットの死亡を確認すると、ハンドガンを懐へ収めつつ犯行現場から立ち去っていく。
「No.108より102へ、ターゲットの死亡を確認した。これより移動手段を自己調達して撤収する」
携帯電話に擬装した通信機で仲間へ報告し、暗殺者――ルナサリアン指揮下のバイオロイドは無人のセーフハウスを後にするのだった。
【オリエント系アメリカ人】
オリエント人の祖先を持つか、あるいはオリエント圏出身のアメリカ国民。
実際にはアメリカへ逃れてきたシナダ人やクロプルツ人の難民が大半を占める。
彼女らの多くはアメリカ社会には完全同化しない一方、ルーツであるオリエント圏からは「ヤンキーに股を開いたアバズレども」と拒否反応を示されることも珍しくなく、社会的立場は良くないとされている。




