【MOD-68】決戦前の語らい
「……ん? レガリアのヤツ、こんなところで何をしているんだ?」
数日後に控えているホワイトウォーターUSAとの決戦に備え、仲間たちと共にシミュレータ訓練に精を出していたシズハ。
新鮮な空気を吸うためにスカーレット・ワルキューレの甲板上へ出てきた時、彼女はそこで夕焼け空をバックに物思いに耽るレガリアの姿を見つける。
ハーフアップで纏めた空色の髪とワインレッドの瞳がかなり映えるロケーションだ。
「あら? あなたがここに来るなんて珍しいわね」
その視線に気付いたレガリアは軽く手を振ると、星々が瞬き始めている夕焼け空を指し示す。
「あ、そうだ。せっかくだからついでに『いいモノ』を見ていったら?」
「何だ? 今は流星群の季節じゃないだろ?」
「流れ星じゃないけど……まあ、似たようなものかもね」
彼女の誘いに対する意思表示としてシズハは手すりへ近付き、そこに両腕を置きながらオレンジ色の空――母国オリエント連邦とは異なる星空を見上げる。
「見えている星座が違うと、ここが異国の空であることを改めて実感させられるな」
「ええ、同じ北半球だけど緯度が違うもの――あ! もうそろそろ『いいモノ』が来るわよ」
レガリアが空の一点を指差したその時、まるで流れ星のような――いや、流れ星より遥かに大きな物体が彗星のように尾を引きながら飛び去っていく姿が見えた。
「あれは……船か!?」
今の流れ星が彼女の言う「いいモノ」の正体だったのだろうか?
「そうよ、あれは宇宙船――ロータス・チームの母艦。この時間帯に大気圏突入すると聞いていたから、休憩のついでに見てみようと思ったの」
甲板上にいた理由をレガリアが話している間に宇宙船は減速し終えたのか、チカチカと点滅する航行灯が見えるだけで目立たない状態になっていた。
「ロータス・チーム……確か、『トリアシュル・フリエータ』とかいう気取った名前のフリゲートだっけ」
「フフッ、私たちの『スカーレット・ワルキューレ』も同じくらい気取っていると思うけど」
片やオリエント語で「宝船」の名を持つフリゲート、片や英語とドイツ語が入り混じった名前を持つ「紅の戦乙女」。
気取り方ではどちらも同じようなものだろう。
「ふぅ、それにしても綺麗な空ね。今もこの世界のどこかで戦争をしているとは思えないわ」
風になびく髪を右手で軽く押さえ、自然が生み出した美しい光景に釘付けとなるレガリア。
彼女は仕事柄世界中の空を飛び回っているが、大気の影響を受けづらい高高度で見る空は何度見ても美しい。
「(それにしても……思ってたよりも随分と美人だったんだな、レガリアのヤツ……)」
だが、シズハの視線は星空ではなくレガリアの方に向いていた。
「なあ、レガ」
空を眺めていた親友に愛称で呼び掛けるシズハ。
「え……何?」
彼女が珍しく愛称で呼んでくれたことに驚き、意外そうな表情を浮かべながら反応するレガリア。
オリエント古語で「神聖なる女王」――そこから転じて現代では「王権」という意味を持つこの名前自体は発音しづらくないためか、ほとんどの相手は短縮せずにそのまま呼ぶからだ。
「お前のところは……後継者とかは大丈夫なのか? 分家の人たちから色々言われているんだろ?」
シズハが切り出したのは貴族階級ならではの話題――将来的に家督を相続させる後継者についてだった。
オリエント連邦の法律では「当主の死後、家督相続可能な後継者が一定期間経過後も現れなかった場合、当該家系は貴族階級を剥奪される」と明言されており、一族存続のためには後継者の存在が必要不可欠なのである。
「ええ、私個人としては分家から出してもいいと思っているけど……でも、ウチの分家は右寄りで頭が固いからね。当主である私の子どもじゃないと嫌だってうるさいのよ」
レガリアが指摘している通り、仮に本家が子どもに恵まれなかった場合は分家の者を後継者へ指名することもできる。
軍需産業として知られるナトリ重工を有するカワシロ家はこの制度を利用した結果、当時分家だったナトリ家を吸収合併することで家系断絶を回避したのは非常に有名だ。
ただし、分家からの引き抜きは後継者不在時の最終手段とされているため、基本的には「本家の当主の子女」が後継者候補になることが多かった。
レガリアはまだまだ引退するつもりは無い。
当主の役割自体が終身制というのもあるが、それ以上に彼女自身が「オバサンになってきたけど全然頑張れる」と絶対の自信を持っているからだ。
とはいえ、このご時世何が起こるか分からない。
MFドライバーという危険な職業に就いているうえ、レガリアの父親ブランドル(女性)は当主を務めていた時に急性心不全で突然亡くなっている。
いつやって来るか分からない殉職や突然死のリスクを考えると、もうそろそろ後継者になり得る存在――つまり子どもが欲しいとレガリアは考え始めていた。
もちろん、そこら辺から適当に連れて来るわけにはいかないので、実質的にはそれを機に結婚して身を固めることにもなるだろう。
「私がお父様から当主を継ぐことになった時は『妾の子にシャルラハロート家の当主が務まるものか』って散々なじったくせに、分家から後継者候補を選ぼうとすると『お前が子どもを産めばいい』って弱音を吐いてくる。ホント……あなたのところの分家が羨ましいわ」
本家と分家の対立が深刻な一族の現状を嘆き、シズハの耳にも聞こえるほど大きなタメ息を吐くレガリア。
「そうか、それは大変だな……」
それに対してシズハはありきたりな言葉を掛けることしかできなかった。
「さて……そろそろ仕事に戻らないといけないわね。WUSAとの決戦に備えて打ち合わせとかをしないと」
そう言いながら背筋を伸ばした後、レガリアはシズハの肩をポンっと叩きながら微笑む。
「今日は愚痴に付き合ってくれてありがとう、シズ」
「うん……私も一応貴族階級の人間だからな。お前の気持ちは多少なりとも分かるつもりだよ」
彼女の予想外の行動に少し驚いたのか、恥ずかしそうに指で頬を掻くシズハ。
「それじゃ、あなたも訓練とトレーニングを頑張ってね。私はあなたたちの力を最大限に活かせる作戦を考えてくるから」
「あ、ああ……」
思わず見惚れてしまうほど美しい笑顔を浮かべると、レガリアはウインクしながら艦内へと戻っていく。
甲板上にはシズハだけが取り残されていた。
「(あいつの家とは家族ぐるみの付き合いだから、一緒に食事やショッピングをしに行くことも多いけど……いや、まさかな! あいつは結婚相手には困らないだろうし、あとは正式発表を待つだけだろ)」
この時、恋愛に無頓着なシズハは全く気付いていなかった。
レガリアが真剣に結婚を考えている相手が、じつはとても身近にいたことを……。
一方その頃、アメリカのグランド・キャニオン国立公園内にあるWUSA本部では、スターライガとの決戦に備え防衛ラインの構築が急ピッチで進められていた。
「ズヴァルツ君、体の調子はどうかね?」
「ハッ、英気は存分に養えました。アラスカでは不覚を取りましたが、私はその敗北を糧に己を磨いてきたのです。二度目の敗北はありませんよ」
WUSA総司令官ゴトーの部屋に呼び出されたズヴァルツ君――ラウ・ズヴァルツはビシッとした敬礼で自らのコンディションを誇示する。
アラスカ山脈上空でゲイル隊に撃墜された彼はカナダ国内の病院に1日だけ入院した後、カナダ方面基地が壊滅したとの報を受けアメリカのWUSA本部へ移動。
トレーニングを再開しながらメディカルチームから許可が下りるのを待っており、この日の朝ようやく「MFに乗ってもいいですよ」というゴーサインが出されていたのだ。
「そうか、それは良かった。アラスカでは大勢のドライバーを喪ったが、トップエースである君が軽傷で済んだのは幸運だったと言えよう」
「彼らのことは残念でした。私が真っ先に撃墜されなければ、もっと損害を抑えることができたのかもしれません」
仮にもWUSA最強と謳われる自分が最初に戦線離脱し、その結果僚機たちを死なせてしまったことに憤りを隠さないズヴァルツ。
彼の拳は自らの不甲斐なさに対する怒りで震えていた。
「気にするな、大事なのは過去の経験を基に未来をより良くすることだよ。たった一度の敗北に囚われていたら君も死ぬことになる」
アラスカでの大敗を引きずっているオランダ人青年にそう忠告しつつ、ゴトーは机の引き出しから一枚の書類を取り出す。
「それよりも……これが君に頼まれていた異動届で間違い無いかね?」
彼がズヴァルツへと手渡したのは、所属基地の異動手続きに必要な書類一式。
元々ズヴァルツが拠点としていたカナダ方面基地が壊滅した後、彼をすぐにWUSA本部へ呼び戻せるようゴトーが急いで準備した物だ。
厳密にはズヴァルツの方から頼んだわけではない。
「え? は、はあ……」
「そういうことにしておいてくれたまえ。ともかく、これで君は正式にこの基地の全MF部隊を指揮できる立場となった。より一層の戦果を期待しているぞ」
「全部隊!? あ、ありがとうございます……!」
WUSA本部には約120機のMFが配備されている。
今、ズヴァルツは一介のMF乗りでありながらこの大戦力を動かせるようになったのだ。
電話の着信音が司令室に鳴り響く。
このメロディは私物の携帯電話から鳴っているものだ。
「もしもし、シルバーストンですが――ってライガじゃない。そっちから電話をかけてくるなんて珍しいわね」
オリエント国防軍総司令官のレティ・シルバーストン元帥は息子からの突然の電話に少々驚くが、すぐに「急を要する事態なのかもしれない」と判断し話を聞き入れる態勢を整える。
「今はどの辺りにいるの? 北アメリカ? だとしたら時差はサマータイム込みで13時間かしら……そっちは夜中だから大変ね」
オリエント国防軍の総司令部が置かれているオリエント連邦・ヴワル市のタイムゾーンはUTC+6であり、これは協定世界時よりも6時間進んでいることを意味する。
一方、ライガたちがいるアメリカ本土(西海岸)のタイムゾーンはサマータイム適用状態でUTC-7(協定世界時から7時間遅れ)だ。
ヴワル市の現在時刻はランチタイム真っ只中の12時32分なので、そこから13時間遅らせればアメリカ西海岸の現在時刻――前日の23時32分が導き出せる。
レティはこの時差計算を頭の中で素早く行い、息子との会話の中に盛り込んでいた。
「まあ、世間話はこれぐらいにしておくとして……私に直接電話したということは、正規軍の手を借りたいのでしょう?」
息子の考えなどお見通しと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるレティ。
「WUSAの連中については私個人としても礼を言わないといけないわ。あいつら、我が軍が誇るゲイル隊を随分と可愛がってくれたみたいね」
WUSAによるゲイル隊暗殺未遂事件は本国にも既に伝わっており、レティもまた「地球の裏切り者」に堕ちた挙句同胞まで手に掛けようとしたWUSAを危険視していたのである。
「……そうね、直接的に第8艦隊へ命令を出すことは難しいけど、彼女たちの行動を誘導できるよう口添えはしてあげる。ただし、正規軍にはあくまでも対ルナサリアン戦線を優先させるからそのつもりで」
本来ならば息子が所属するスターライガのためだけに一個艦隊を動員するなど、職権乱用・公私混同と非難されても仕方のないことだろう。
だが、彼はかつて軍の広告塔に抜擢されていたエースドライバーであり、その国民的人気と影響力は退役から数十年を経た今もなお残されている。
また、戦争という大義名分は時にあらゆる出来事を正当化する。
「(さて……大本営での言い訳を考えないといけないわね)」
ルナサリアンの焦土作戦やアメリカ軍による捕虜虐待といった戦争犯罪に比べれば、レティの職権乱用疑惑など随分と可愛いスキャンダルであった。
【妾の子】
レガリアとブランデルは母親が異なる異母姉妹である。
前当主ブランドルとその正妻の間に生まれたのがブランデルであり、彼女は父親の特徴をよく引き継いでいる。
一方、愛人として見初められたメイドを母に持つレガリアは、父親にはあまり似ていないと言われている。




