【MOD-67】剣を抜く決意
作戦を終えたスターライガ、キリシマ・ファミリー、トムキャッターズのMF部隊はそれぞれの母艦へ戻った後、かなり遅めの休みに就く。
夜中の2時頃から起き続けている者もいたが、疲れて昼過ぎまで眠ってしまう者も多かったと云われている。
彼女らが再び活動を始めるのは夕方からのことであった。
「……みんな揃ったわね。それでは、今から合同デブリーフィングを始めましょうか」
スカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームに直接やって来たマリンとヤンが着席したのを確認し、スターライガ代表として合同デブリーフィングを執り行うレガリア。
「まずは二人ともお疲れ様。今回の作戦では期待通りの戦果を挙げただけでなく、誰一人として欠けること無く帰還することができた。私とマリンにとってはそれだけでも十分よ」
「そして、ヤンは海兵隊時代の敵討ちも果たしてみせた。作戦は大成功と言ったところだな」
彼女とマリンの言葉をヤンは素直に肯定し、珍しく笑顔を見せる。
「ああ、自分で直接手を下せなかったのは不服だが……とにかく、これで昔の仲間たちも安心して眠れるはずだ」
昔の仲間――海兵隊時代の戦友たちの姿を探すかのように天を仰ぐヤン。
彼女の復讐劇は終わった。
だが、一つの「終わり」は次の出来事の「始まり」にすぎないのだ。
生きとし生けるものには為すべきことがある。
「聞いてくれ、二人とも」
ヤンは手をパンパンと叩き、レガリアとマリンに注目を促す。
合同デブリーフィングをやりたいと切り出したのはヤンであるため、ここからが話の本題ということなのだろう。
「あたしがトムキャッターズを興したのは復讐のためだ。そして、復讐は果たされた。本当ならここで戦いから降りるつもりでいた」
ヤンの戦う動機はあくまでも「海兵隊時代の戦友たちの敵討ち」であった。
そこから先の戦い――例えばWUSAとの決戦やルナサリアンとの戦争に関わるつもりは無く、目的を果たしたら潔く引退しようと考えていたのだ。
42歳という年齢はオリエント人としては非常に若い。
今戦いから身を引けば、人生をやり直す時間は十分ある。
「……でも、あんたたちを残して戦いから逃げるわけにはいかない。15年前の過ちはもう繰り返したくないんだ」
ヤンは思い出す。
15年前のあの日、隊長の指示に従い自分一人だけ撤退した結果、全ての戦友を失った後悔を。
仲間たちが次々と死んでいく姿が思い浮かび、全く寝つくことができなかった悪夢を。
そして、戦死した仲間の遺族から「なぜお前だけ生き残った?」「お前が代わりに死ねばよかったのに」と責められた苦い経験を……。
「あたしは戦い続けるよ! WUSAとルナサリアンを討ち、この戦争が終わる日まで……!」
ヤンの強い決意表明を黙って聞き入れるレガリアとマリン。
復讐心を糧に戦ってきたことを知る者として、これまでは対WUSA戦以外に協力を要請することはあまり無かったが……。
「フフッ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ。復讐を果たすと燃え尽き症候群に陥る人もいるけど、あなたは違ったみたいね。次に為すべきことを見つけて歩み始めている」
でも、そのような配慮はもう必要無くなった。
レガリアはヤンの右手を握り締め、彼女の新たなる決意を改めて受け入れる。
「まあ、ボクは最初から心配していなかったけどな! お前が物事を途中で投げ出すような人間じゃないって……信じてたんだぜ?」
「おいおい、買い被りすぎだよ。物事を最後までやり切るのは当然のことじゃないか」
「それを本当に実践できるのが凄いことなんだぞ。ボクは口ばっかりで簡単に諦める奴を何度も見てきた。15年を掛けてでも目的を成し遂げたお前は大した奴だよ」
一方のマリンも自分なりの言葉で同業者兼戦友を激励する。
そして最後に、レガリアは最大級の賛辞をヤンに送るのであった。
「どんな困難に直面しても決して諦めず、道を切り拓いていった者たちはみな大物になった。ヤン……あなたもその中の一人になれるといいわね」
スターライガ、キリシマ・ファミリー、そしてトムキャッターズ――。
WUSAとの決戦に臨むための戦力は着実に揃いつつある。
しかし、パズルのピースはまだ一つだけ欠けていた……。
「ノゾミ姐さん、メンバーを全員集めてきました」
「ありがとう、ミル。あなたもここで話を聞いてくれるかしら?」
「当然です」
パズルの最後のピース――ロータス・チームはキリシマ・ファミリーと共にWUSAアイスランド支部を潰した後、単独で宇宙へ上がりスペースコロニー住民の疎開やそのために運航されている疎開船の護衛といった後方支援に就いていた。
これは「本来ロータス・チームは災害救援・後方支援を目的に設立したプライベーターであり、直接戦闘への参加は主業務ではない」というノゾミ姐さん――ノゾミ・セーレンセンの意向が大きかったからだ。
だが、対ルナサリアン戦争の激化によってオリエント連邦は総力戦体制への移行が必要となり、ロータス・チームにも「主業務ではない」役割が求められるようになっていた。
政府から発注された業務なので報酬額はかなり高く、一般市民の安全に関わっているという点ではやりがいのある仕事なのだが……。
「皆さん、もしかしたら薄々気付いているかもしれないけど……ブリッジに集まってもらったのは、今後の方針について大事な話があるからです」
オペレーターのミル――ミル・ニュアージュを含むメンバー全員がブリッジ及び近辺の通路に集合していることを確認し、ロータス・チームの方針について大切な話を始めるノゾミ。
後方支援主体のプライベーターといえど戦いは避けられないという現実は、代表である彼女自身が誰よりも痛感していたのだ。
ロータス・チームは現存するプライベーターの中では最も小規模な組織の一つと云われる。
保有する戦力は特設フリゲート「トリアシュル・フリエータ」と艦載機のMF2機だけ。
メンバー数もフリゲート乗組員(約80名)と本拠地の人員を合わせて300名程度しかおらず、過酷な戦闘任務に堪えられる戦力があるとは言い難い。
そもそも、この組織は最前線で戦うことを想定した体制とはなっていないのだ。
にも拘らず、ノゾミはお世辞にも戦闘向きとは言い難いロータス・チームを前線に立たせることを選んだ。
「つい先ほど、私たちの同志であるスターライガから『敵を討つために力を貸してほしい』と連絡がありました。彼女らが討とうしている敵は地球人でありながらルナサリアンに与する言わば『地球の裏切り者』であり、早急に打倒しなければ戦争終結を困難なものにするとのことです」
彼女にしては珍しい熱弁に聞き入るロータス・チームのメンバーたち。
「私は積極的に力を振るって誰かを傷付けることは好きではありません。剣を抜くのは身を守るための最終手段――それがノルキア人が信仰する『ゲトラ教』の教えですから」
本来オリエント連邦では宗教信仰は認められておらず、特にキリスト教やイスラム教といった国外の宗教に対する扱いは非常に厳しい。
ノゾミの出身地である聖ノルキア王国で国教とされていたゲトラ教も規制対象となり、聖ノルキア王国がオリエント連邦の衛星国となっていた時代に「嘆きの虐殺」と呼ばれる大規模な弾圧が行われた結果、ノルキア国民の90%以上を占めていた信徒の大半は自由と引き換えに信仰を捨てざるを得なかったという。
現在の聖ノルキア王国は国教を制定していない。
幼少期にオリエント連邦へ移住したノゾミも国籍取得に際して「宗教信仰の放棄」に合意し、表向きは宗教に一切関わらない「模範的オリエント人」として振舞っている。
しかし、敬虔なゲトラニア(ゲトラ教信者)だった両親に育てられた彼女は独学でゲトラ教を学び、秘教というカタチでその教えを同胞たるノルキア系オリエント人たちに広めていたのだ。
「……でも、同志が助けを求めているのであれば話は別です。同志と自身は一心同体なり――これもまた、ゲトラ教の教えなのですから」
ロータス・チームのメンバーはノルキア系オリエント人ばかりというわけではない。
むしろ、人数的には純血者やノルキア系以外の非純血者の方が多いと言える。
「スターライガには私の元上官――かつて片想いを寄せていた人がいます。できることならば彼女の力になりたいのです」
経典のグレーゾーンに足を踏み入れてでも戦場へ赴きたい理由を語るノゾミ。
片想いの報われない恋――若かりし頃の思い出が彼女を突き動かしていた。
「……」
その決意に対するメンバーたちの答えは……沈黙という名の肯定。
「ノゾミさん、そういうことなら先に言ってくださいよ。片想いしていた憧れの人を助けるために戦うなんて……戦うなんて……!」
静寂を破るように言葉を発したのは、2人しかいないMFドライバーの片割れであるショウコ・ゴルトティーガー。
トラのように二色に分かれたウルフカットと猫耳が特徴的な、一見するとボーイッシュでイケてる女性だが……。
「最高にロマンティックじゃないですか! ボクは今……猛烈に感動していますッ!」
握り拳をブルブルと震わせ、一人で勝手に熱く燃え上がっているショウコ。
彼女は持ち前の美貌を熱血のせいで台無しにしている、ある意味ではとても残念な美人だった。
「お、おぅ……」
「ショウコのヤツ、相変わらず赤く燃えているねえ」
周囲の反応はハッキリ言って微妙なモノであったが、少なくとも「ノゾミの戦う理由に賛同したい」という意志はショウコと同じだ。
「……まあ、猛烈に感動するかは置いといて。そういった理由ならば私は喜んで剣を抜こう。我々は人助けの為に剣を磨いてきたのだから」
もう一人のMFドライバーであるナスル・ペンデュラムも相棒の意見に同意する。
「君たち、ノゾミの考えに異議がある者は手を挙げろ。遠慮する必要は無いぞ」
彼女の発言に応じる者は誰もいない。
「決まったようだね。ノゾミ、私たちもすぐに降下しましょう……地球へ!」
「彼女の言う通りです! とりあえずスターライガの人たちと合流しないと!」
ナスルとショウコの言葉に約80名のメンバーたちは力強く頷いている。
それを見たノゾミは嬉し涙が零れそうになるのを堪え、オペレーター席の横に立っているミルへ指示を出すのであった。
「みんなの決意……確かに受け取りました! ミル、すぐにスターライガへ返信をお願い! 『我、貴女ノ同志トシテ共ニ戦ウ』と!」
「はい! ただちに取り掛かります!」
ノゾミの言葉をそっくりそのまま打ち込んだ電文を送信してから数分後、スターライガから返って来た返信には合流地点を示す座標だけが記されていた。
「この座標は……北アメリカ大陸の中西部だな。アメリカ本土上空を可能な限り避けつつ大気圏突入するとなると、今から針路を調整して太平洋上を通過できるようにしないと間に合わない」
座標を見せられた操舵士のリソ・デ・アグアは遠回しに針路変更の許可を求める。
「ええ、頼んだわよ。航法について一番詳しいあなたに任せるわ」
「了解、姐さん! 遅くとも10分後には大気圏へ深く突っ込ませるから、全乗組員を安全位置に移動させてくれ!」
眼下の広がる蒼い惑星へ降り立つため、「空飛ぶ宝船」という意味の船名を持つトリアシュル・フリエータは迅速に大気圏突入の準備を開始する。
「(ミッコ艦長……私たちも剣を抜きます。この蒼い惑星を守る同志として……!)」
最後のピースがついに動き出し、パズルは完成の時を迎えようとしていた。
【嘆きの虐殺】
1940年代から60年代にかけて聖ノルキア王国で勃発した大規模な宗教弾圧。
当時「制限主権論」を名目に衛星国への介入を強めていたオリエント連邦による聖地封鎖が原因とされており、同国が武力による暴徒鎮圧を図ったことで多数のノルキア人が死傷した。
また、侵略による国土蹂躙を避けるためにノルキア人の改宗が相次いだ結果、ゲトラ教を大きく衰退させた事件としても知られている。




