【MOD-66】復讐は終わり、未来が始まる
「何をしている!? 早く回避行動を取らないと撃墜されるぞッ!」
「やってますよ! やっていますから司令官殿は座席に座っていてください!」
ミサイルアラートが鳴り続ける中、慌てふためくミラー司令をコックピットから追い出したパイロットは操縦に集中する。
彼が操るオスプレイはチャフとフレアを散布しながら必死に回避運動を行っているが、その程度の動きで一体何ができるというのだろうか。
今、生殺与奪の権利は彼らを狙うヤンが握っていた。
「2MRが壊滅した後、命からがら逃げ延びて友軍に救出されたあたしは、軍病院のベッドで見舞いに来てくれた上官へ直談判したんだ。『敵討ちのための報復攻撃を承認してくれ』とな……」
冥土の土産として「自分がトムキャッターズを設立した理由」を語り始めるヤン。
もちろん、その間にもマイクロミサイルのロックオンは外さない。
相手が少しでも変な動きを見せたら、たとえ話の途中であっても撃ち落とすことを心に決めていた。
海兵隊時代のヤンは過酷な訓練を黙々とこなし、任務にも忠実な模範的軍人であった。
だが、当時所属していた第2海兵連隊の敵討ちを巡って上層部と対立した結果、あくまでも復讐を望んでいた彼女は軍を辞めてしまう。
除隊後は貯金・負傷手当・退職金を全て駆使することで「目的を果たすためだけの」組織作りを開始し、合法的に軍事力を行使できる手段としてプライベーター(民間軍事会社)に着目する。
業界最大手のスターライガで4年間働いた後、その時の経験を活かし独立するカタチで誕生したのがトムキャッターズだ。
諸々の理由により有力メンバーを引き抜くことは叶わなかったが、「非純血オリエント人の元海兵隊員」という出自を持つヤンは、早期退職した退役軍人や実戦経験豊富なシナダ及びクロプルツ軍からの亡命者たちにとって、経歴の近さゆえに親近感が湧きやすい魅力的な人物だった。
少なくとも、プライドが高い純血オリエント人の高級将校たちよりは話しやすい相手だと言えよう。
……その後、何とか経営を軌道に乗せたトムキャッターズは戦力と情報を徐々に蓄えていき、十数年の忍耐を経てついに計画を実行へ移す時が来たのである。
「おい、パイロット! 今すぐヘッドセットを私に寄越せ!」
「えッ!? 無茶言わんでください! だいたい、副操縦士用のヘッドセットが隣に――」
「ええい、うるさい!」
再びコックピットへ入って来たミラーは完全に錯乱しており、何を思ったのかヘッドセットを貸すことを拒否したパイロットに対し護身用拳銃を向けると、そのままトリガーを4回も引いてしまう。
4発もの銃弾を食らったパイロットは息絶えていた――かに見えたが、彼も最期の力を振り絞り護身用拳銃の早撃ちで対抗する。
「くッ……貴様……!」
放たれた銃弾はミラーの胸部を正確に撃ち抜いていた。
「部下の身元調査は慎重に行うべきだったな……俺はCIA(中央情報局)のスパイだったのさ……!」
最後の最後で衝撃的な事実――自分がスパイだったことを明かすパイロット。
CIAはWUSAによる「汚染」が深刻な組織の一つとされているが、それを良しとしない勢力も当然ながら存在しており、彼らはこのパイロットのような工作員を忍び込ませることで対抗していたのだ。
そして今、CIAの良識派はWUSAのナンバー3と目されるミラーを抹殺するチャンスを得た。
「あばよ、地球を裏切ったロクデナシめ……次は地獄で会おうぜ……!」
パイロットの姿をした工作員の護身用拳銃が再び火を噴く。
「ぬぅッ――!?」
トドメの一発を眉間に受け、呆然とした表情のまま力無く崩れ落ちるミラー。
予想外の結末ではあったが、これでヤンの人生を懸けた復讐劇は終わりを告げるのだった。
自らに与えられた任務を果たしたパイロットは通信回線を開き直し、今もなお自機をロックオンしている赤橙のMFに一連の出来事を伝える。
「俺をロックオンしているMF……聞こえるか……?」
「誰だお前は? アーノルド・ミラーはどうなった?」
「ああ、奴さんは死んだよ……奴を抹殺するのが俺の任務だったからな……」
「何だって……!?」
パイロットがCIAのスパイであることを知らないヤンは驚きの声を上げ、それと同時にオスプレイに対するロックオンを外す。
不服なカタチとはいえ敵討ちを果たした以上、無用な殺生を行う必要は無いと判断したからだ。
「あたしの目的は果たされた。お前に興味は無い……投降するなりそのまま逃げるなり好きにしろ」
憑き物が完全に落ちたことで本来の優しさを取り戻し、戦闘能力が無い敵機を見逃す余裕さえ見せるヤン。
しかし、オスプレイのパイロットは既に虫の息であった。
「あんたたちは……スターライガはWUSAとの決着を付けるんだろ……?」
自らの役目を果たした彼は最期の力を振り絞り、アメリカのみならず地球人類すらも裏切ったWUSAへ引導を渡すよう頼み込む。
「お前……! もういい、喋るな! 操縦できるうちに機体を着陸させろ!」
「後は頼んだぞ……! 人類を裏切り侵略者へ付いた連中を……必ず……!」
「くッ!」
ヤンのハイパートムキャットが変形しながら右腕を伸ばそうとしたその時、安定飛行をしていたオスプレイは突然機首を下げ、錐揉み状態のまま地面に向かって急降下していく。
「任務……完了――!」
まるで、自らの死を以って潜入工作を終わらせるかのように……。
地面に対してほぼ直角且つ高速で突っ込んだ結果、オスプレイの墜落現場には爆心地のようなクレーターができあがっていた。
「(名も知らぬ男よ……安らかに眠れ。お前の遺言通り、WUSAとの決着はあたしたち――いや、スターライガやキリシマ・ファミリーのみんなと共に付ける)」
生存者がいないことを確認したヤンは敬礼をしてから愛機ハイパートムキャットへ戻り、上空待機中のレガリアに用事が済んだことを伝える。
スターライガの主要メンバーはヤンが戦う理由を知っており、彼女の復讐劇に微力ながら手を貸していたのだ。
「終わったみたいね……あなたの戦いは」
「レガリアさん、今までありがとうございました。スターライガの下でプライベーターの運営方法とMFの操縦技術を教えてくれただけでなく、あたしのワガママにまで付き合ってくれて……」
普段のイメージからは想像できない丁寧な口調で感謝の言葉を述べるヤン。
「フフッ、私たちは商売敵を潰すついでに手伝ってあげただけ。それに……あなたのワガママに従ってくれたのは子分たちのほうでしょう?」
それを聞いたレガリアは微笑みながらヤンの仲間――荒くれ者揃いでありながらリーダーに忠実なトムキャッターズを褒め称える。
ヤンは彼女自身が思っている以上にメンバーたちから慕われていたのだ。
「……もう一つだけあなたに伝えたいことがあります。我々トムキャッターズの今後の予定についてです。レガリアさん、帰艦したら直接そちらへお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、構わないわよ。今日は朝早くからの作戦で皆疲れているだろうし、話し合いはお昼を過ぎてからにしましょう」
丁寧な物腰に終始するヤンの「本気」を感じ取ったレガリアは、休息を挟んでから話し合いに臨むことを決めるのであった。
「何ィ!? なぜもっと早く知らせなかったのだッ!?」
「も、申し訳ございません! 通信回線のトラブルにより報告が遅れたのです……」
カナダ方面基地の壊滅――。
WUSA本部にそれが伝わったのは、スターライガ+αによる奇襲攻撃から約4時間後のことだった。
奇襲攻撃によって通信施設が真っ先に破壊されたため、事態の把握にかなりの時間を要してしまったのだ。
しかも、その時使われた連絡手段は「基地に一番近い町の公衆電話」だったという有り様だ。
「あの基地の周辺には支援者たちの協力によって防空システムが整備されていたはずだ……マスカエフ君、防空システムの被害状況は分かるかね?」
WUSAの幹部らしき男は副官のマスカエフ君――元ロシア軍将校のヨシフ・マスカエフにこう尋ねる。
「ハッ、詳細な被害状況については調査を待つ必要がありますが、現時点では防空システムに対する攻撃やトラブルの痕跡は見られないとのことです」
「ふむ……」
マスカエフからの報告を聞いたWUSAの幹部――ショーン・ゴトーはキューバ産シガーを燻らせながら考える。
カナダ方面基地を襲撃した敵の正体は一体……?
「敵は防空システムを無力化すること無く基地へ接近し、綿密に練られた奇襲作戦でこれを壊滅させた。今のアメリカ軍にそのような余力と練度があるとは考えにくい」
「Mr.ゴトーの仰る通りであります。アメリカ軍はもちろん、国防総省やCIAにも我がホワイトウォーターUSAに賛同する者は大勢おります。我々を攻撃する作戦が認可される可能性は低いと言えましょう」
ゴトーの詳細な分析に基づく指摘を頷きながら肯定するマスカエフ。
元々アメリカ人は愛国心が強い国民性を持つと云われている。
WUSAはそれに上手く付け込むことで右派や保守層からの支持を集め、アメリカ社会に強い影響力を及ぼすようになっていたのだ。
また、アメリカは退役軍人の社会的地位が高い国でもある。
軍隊という特殊な環境で過ごした彼らの多くは、同じ退役軍人が創設したWUSAに親近感を抱いており、時にその活動を有形無形のカタチで支援してきた歴史を持つ。
これは「退役軍人は敬うべき存在だが、一線を退いている以上むやみに口出しをするべきではない」という価値観を持つオリエント連邦では考えられないことだ。
「アメリカ軍でないとすれば、考えられるのはゲイルの小娘どもか……だが、奴らにはアリバイがある」
犯人としてゴトーが最初に思い浮かべたのは、数日前に抹殺しようとして取り逃がしてしまったオリエント国防空軍のゲイル隊。
しかし、彼女らは奇襲攻撃とほぼ同時刻に行われていたカナダ・エドモントンでの軍事作戦に参加しており、距離的に考えて移動は不可能であった。
彼女らの行動履歴はオリエント国防軍の公式記録に残されているはずだろう。
つまり、WUSA側がどれだけ追及したとしても、信頼できるアリバイを証明可能なゲイル隊は犯人になり得ないのだ。
「ゲイル隊の隊長であるセシル・アリアンロッドは命令に忠実な軍人とされています。彼女が軍規を逸脱し、我々に対する報復のためだけに独断で出撃するとは考えにくいでしょう」
情報収集力が高いマスカエフによる補足を受け、椅子へ腰を下ろしながら大きなタメ息を吐くゴトー。
オリエント国防軍以外でWUSAに敵意を持ち、尚且つ直接攻撃を仕掛けられるだけの戦力を有する相手など一つしかない。
「……スターライガめ、いよいよ本気で潰しに来るつもりか」
「Mr.ゴトー、徹底抗戦か撤退かご決断を。今ならまだ主要な基地機能の退避が間に合います」
上司に対スターライガ戦略の決定を迫るマスカエフ。
カナダ方面基地壊滅の原因は撤退が全く上手くいかなかったことにもある。
奇襲を食らうカタチだったので仕方なかったとはいえ、生き残った警備兵の話によると基地司令官のアーノルド・ミラーが基地を放棄するか否かをなかなか明確にしなかった結果、彼が放棄を決定した時には焼け野原になっていたという。
ゴトーとマスカエフがいる場所はWUSAの本部だ。
無能司令官と同じ過ちを犯すわけにはいかない。
「マスカエフ君」
「ハッ!」
名前を呼ばれたことで姿勢を正した副官にゴトーは命令を伝える。
「防衛部隊に対し防御を固めるよう通達しろ! 国内に展開している実働部隊も全て呼び戻せ! ここでスターライガを迎え撃ち、圧倒的戦力を以って返り討ちにしてくれるわ!」
「了解しました! ただちに作業へ取り掛かります!」
明瞭な返事をしながらマスカエフが退室していくのを見送ると、ゴトーは息つく暇も無く携帯電話を取り出し「ある人物」へと連絡を取るのだった。
「……もしもし、プリンツCEOですか? 私です、ゴトーです。じつは――」
スターライガとホワイトウォーターUSA――。
商売敵同士の決戦の時は刻一刻と近付いていた。
【非純血オリエント人】
ここで言う「非純血」とは混血オリエント人や移民2世など、「両親のどちらがオリエント人ではない」または「オリエント圏の国からやって来た移民とその子ども」を指す。
フランシス(アメリカ系オリエント人)は前者、ヤン(ラオシェン系移民2世)は後者に該当する。
【シナダ及びクロプルツ軍】
シナダとクロプルツは「オリエンティアの火薬庫」と揶揄されており、長年に亘り武力衝突を繰り返している。
それゆえに両国の軍人は実戦経験が比較的多く、優秀な者はオリエント系のプライベーターにスカウトされることも珍しくない。
トムキャッターズの場合はメンバーの3割がシナダ人及びクロプルツ人であるとされる。




