【MOD-65】DAYBREAK'S ASSAULT
無反動砲の連射でコックピットを潰されたC-130は制御を失い、エンジン出力最大のまま滑走路を直進していく。
当然、その進路上にはマリンの愛機ストレーガがまだ立っていた。
「親分ッ!」
「しょうがねえ、もうちょっと細かく粉砕するか!」
僚機の警告よりも先に黒いMFは横移動で滑走路上を離れ、左手に持っている無反動砲で輸送機へトドメを刺す。
胴体側面に成形炸薬弾の一撃を受けたC-130は一際大きな爆炎を上げると、爆発を何度も起こしながら滑走路を逸脱していった末、原形をほとんど留めていない状態で草地の上に停止する。
「(燃料への引火だけであそこまで爆発するとは思えねえ。やはり、あの輸送機は相当ヤバい『ブツ』を積んでいたようだな)」
輸送機は誘爆しやすい「何か」を運び出そうとしている――。
そう判断したマリンは残る2機のC-130に対しても狙いを定め、「何か」の運び出しを阻止しようと試みる。
機体の右手に持っている無反動砲で前の機体を捉えつつ、後続機にはマイクロミサイルのロックオンを済ませておく。
「へッ、ストレーガの火力を輸送機で受け止めてみな!」
マリンが右操縦桿のトリガーとミサイル発射ボタンを押した次の瞬間、黒いMFから放たれる成形炸薬弾とマイクロミサイルの弾幕が輸送機たちに襲いかかるのだった。
「じ、10時方向から攻撃! 回避回避ッ!」
「ダメです! 避けられません!」
飛行機に取って離陸滑走中というのは最も隙が大きい状態であり、ストレーガの一斉射撃をモロに浴びた2機のC-130は先にやられた機体と同じ末路を辿る。
誘爆しやすい「何か」を満載した3機の輸送機が大爆発を起こした結果、辛うじて残っていたB滑走路も使い物にならなくなってしまう。
この基地を拠点としていたMF部隊は先のアラスカ山脈上空の戦闘で既に壊滅しており、戦闘機部隊も離陸する前にスターライガの手で全て地上撃破された。
防衛戦力がほとんど失われてしまった以上、陥落はもはや時間の問題だ。
「オリエント人どもめ! 一矢報わねえと死んでも死に切れねえ!」
もちろん、残りわずかな防衛部隊に投降という選択肢は存在しない。
地上作戦用に整備されていた3両の戦車「M1A2 エイブラムス」を持ち出してきた彼らもまた、「オリエント人に屈服するぐらいなら死んだほうがマシ」という歪んだ思想の下、最期の抵抗に臨もうとしていた。
「誤差修正+2、HEAT-MP(多目的対戦車榴弾)装填!」
「ターゲットは撃墜確認を行っており、こちらの存在に気付いていない模様!」
砲手及び操縦手からの報告を受け、車長は味方車両に対しターゲット――マリンのストレーガへの一斉射撃を指示する。
「アルファ2、3、俺の合図で一斉攻撃を仕掛けるぞ。初撃で仕留められればそれで良し。ダメなら射撃位置を変えて仕切り直しだ」
「「了解!」」
3両のM1の120mm戦車砲が黒いMFへと向けられ、全体の指揮を執っているアルファ1車長の合図を待つ。
「3、2、1……ファイアッ!」
ハッチから身を乗り出している彼が右手を振り下ろした次の瞬間、合計3門の戦車砲が一斉に火を噴くのであった。
正規の戦車兵ではないことを考慮した場合、防衛部隊員たちの砲撃精度は極めて正確なものだったと言える。
状況次第では直撃弾も期待できただろう。
だが、今回は相手があまりにも悪すぎた。
「ターゲットロスト! 着弾直前に回避したようです!」
「どこへ逃げやがった――まさか、直上か!?」
アルファ1の車長が上空を見上げたその時、真っ白な霧の中から突然2発の砲弾がアルファ2及び3の頭上に現れ、戦車の弱点である上面へと着弾する。
構造上最も脆い部分に直撃弾を受けたM1は一瞬で爆発炎上し、頼りになるはずだった即席戦車部隊は早くもアルファ1だけとなってしまう。
「あの機体……最初からこれが狙いだったのかッ!」
相手のトリッキーな戦術にまんまとハメられた挙句、貴重な味方車両を失ったミスを悔やんでも悔やみ切れないアルファ1の車長。
「一発撃たせた後の隙を突いて仕留める! そんなオンボロ戦車でボクとやり合うつもりとはバカな奴らだぜ!」
一方、カウンター戦法で瞬く間に2両のM1を仕留めたマリンは連射が利かない無反動砲を放り捨て、ビームブレードによる格闘戦で最後の1両にトドメを刺すことを決める。
戦車は至近距離に近付かれると何もできないため、懐に飛び込んでしまえば彼女の勝ちだ。
「よっしゃ! タンクキラーの称号は頂きだ!」
蒼い光の刃を正面に向かって突き出し、フルスロットルで突撃していくマリンのストレーガ。
「砲塔を180度回頭させろ! このまま迎え撃つしかない!」
それに対して砲塔だけを真後ろに向かせ、相討ちも覚悟の上で次発装填を行うアルファ1のM1。
一般的に戦車でMFを倒すことはかなり難しいとされているため、相討ちに持ち込めれば上等であった。
「このまま突き殺すッ!」
「間に合った! ファイアッ!」
ストレーガが格闘戦の間合いに入ったのと、M1の砲塔が完全に後ろを向いたのはほぼ同じタイミング!
コンマ数秒の差で先に攻撃を当てることができたのは……。
「ッ!? ま、間に合わなかった……のか……!」
ビームブレードの一撃で乗員区画を貫かれ、爆発炎上すること無くM1はその場で無力化される。
車内にいた操縦手、砲手、装填手はビームの高熱によって蒸発しており、車外に上半身を乗り出していた車長は即死こそ免れたものの、下半身に致命的な火傷を負ったことで既に虫の息となっていた。
「ひ……人の皮を被った……悪魔……どもめ……」
記憶が途切れる直前、死に際の車長が最期に見たのは基地全体を呑み込まんとするほどの火災旋風。
……そして、その中に浮かび上がる「人の皮を被った悪魔ども」の闇よりも黒い影だった。
WUSA秘密基地の燃料及び弾薬貯蔵施設は敷地面積の約20%を占めており、区画内にはタンクローリーや信管が付けられたままのミサイルが放棄されていた。
当然、そこへ「火種」を放り込めば容易に大火災を発生させることができる。
貯蔵施設の破壊を担当するΖ小隊は、まず作業員を攻撃することで可燃物の退避作業を断念させ、少しでもよく燃え上がるよう念入りに下準備を行う。
表向きの理由は「非戦闘員を巻き込まないための最後通告」であるが、スターライガは不殺生を主義とする組織ではない。
そのため、ブリーフィングでは「味方以外は全て破壊し尽くしても構わない」とまで言い切られていた。
「随分とよく燃え上がるじゃない。WUSAの連中、何万バレルの燃料を隠し持っていたのかしら……」
貯蔵施設が大爆発を起こし、火災旋風へ呑み込まれていく様子を遠巻きに監視するレンカ。
火の手が弱かったらダメ押しの再攻撃を行おうと考えていたが、ハッキリ言ってその必要は無さそうであった。
あちこちで誘爆を繰り返した結果、火災の規模は予想以上のレベルに達しつつある。
「……」
「これじゃ、まるで私たちが悪魔みたいだね」
「……ッ!」
その様子を無言のまま見続けるカルディアの心情に気付いたのか、彼女が思っていることをそっくりそのまま代弁するコマージ。
「……もしかしたら悪魔以下の所業かもしれない。これは無差別爆撃――人類が考え得る最悪の戦争犯罪と変わらない!」
「ああ、攻撃対象が市街地じゃなかったのがせめてもの救いだね……」
自責の念からか珍しく激昂するカルディアに対し、コマージは咄嗟に思い浮かんだ苦し紛れの言葉で慰める。
戦友としても恋人としても、それ以上に気の利いた言葉は何も思いつかなかった。
「(私は地獄に堕ちてでも戦い続ける覚悟がある。だけど、カルにはそんな生き方はしてほしくない。私が彼女を幸せにすることができれば、きっと……!)」
戦争が終わったらカルディアをMFドライバーから引退させ、「普通の女の子」に戻ってもらう――。
その日、コマージの戦う理由に新たなる動機が加わった。
コマージとカルディアは本質的に「善人」であり、人を殺めることに明確な罪悪感を抱いている。
それは戦士としては未熟であることかもしれないが、真っ当な人間としては当然の認識でもあった。
「残念だったわね、アンドラ。今回はせっかく投入した新型の性能を試す機会は無いみたいよ」
「まあいいさ。次の戦いはおそらくWUSAとの決戦になる……その時には否が応でも試すことになるはずだ」
一方、レンカとアンドラは決して悪人ではないが、彼女らは「自分たちは戦争で生計を立てている」という罪を受け入れ、それを背負って生きていくことを自ら選んでいた。
そのため、目の前で起こっている出来事について表面上は平静を装っていたのだ。
「WUSAの連中を野放しにしていたら、ここに貯蔵されていた武器弾薬は私たちオリエント人の頭上に降り注いでいたかもしれん。そうなる前に手を打てたと思えば……」
まるで自分たちの破壊行為を正当化するかのように呟くアンドラ。
しかし、真っ赤な火の海を見つめている彼女の声は明らかに震えていた。
「……クソッ、カルディアの言う通りだな。私たちは力を手に入れた結果、いずれ悪魔に成り果てるということか」
「『咎有りて死せず、其れ即ち魂の苦痛なり――』」
「ん? 何だその諺は?」
レンカがアンドラに向けて言い放ったのは、オリエント人にとっては聞き慣れない諺。
その意味は……「大罪を犯した者は死ねずに苦しみ続け、やがて魂を蝕まれることだろう」。
「(だけど、月の民で言う『大罪』はもっと別のモノだったはず……詳しい内容は忘れちゃったけど)」
彼女が「大罪」の意味を思い出すのはもう少し後のことであった。
WUSA秘密基地に抵抗する力はもはや残されていない。
遅ればせながら基地の放棄を決定した司令官は専用機である「CMV-22B オスプレイ」へ乗り込み、どさくさに紛れて離脱しようとしていた。
ティルトローター機のオスプレイは垂直離陸が可能なため、滑走路が破壊されていてもヘリポートからそのまま離陸することができる。
基地司令を含む主要メンバーを5機に分乗させ、火災旋風から逃げるように飛び去ろうとするオスプレイ編隊。
だが、護衛機無しで逃げるのはあまりにも無謀な行為だったと言えよう。
「アーノルド・ミラー! あたしのことを忘れたとは言わせないぜ!」
オスプレイ編隊が霧の海の上に出てきたその時、彼らに対し突然誰かがオープンチャンネルの航空無線で話しかけてくる。
パイロットたちは訳が分からないといった感じだったが、基地司令――アーノルド・ミラーだけはオリエント訛りの英語に聞き覚えがあった。
「お、お前は……第2海兵連隊の生き残りか!? 確か、一人だけ逃がした隊員がいたとは聞いていたが……」
「ああ、そうだ! 貴様のせいで壊滅した2MRの無念を晴らすため、あの時の亡霊としてカナダくんだりまでやって来たのさ!」
ついに海兵隊時代の部隊を壊滅させた仇へと辿り着いたヤン。
彼女の愛機ハイパートムキャットはオスプレイ編隊の後方へ回り込み、5機のティルトローター機を既にロックオンしている。
「貴様には少し話したいことがある! だから、取り巻きの4機にはさっさと退場してもらう!」
次の瞬間、ハイパートムキャットから放たれたマイクロミサイルの弾幕がオスプレイ編隊に襲いかかり、ミラーの乗機を除く4機は予告通り「退場」させられてしまうのだった。
【咎有りて死せず】
本来の意味は本文中で示されている通りだが、そこから転じて「罪の意識があるのなら生きて償え」という戒めの言葉として使われることも多い。
その点においては「美しく残酷に死ね(=罪は死を以って償え)」という価値観を持つ、贖罪よりも粛清を重視するオリエント人とは対照的と言えよう。
【第2海兵連隊】
海兵隊時代にヤンが所属していた部隊。
通称の2MRは英語表記の「2nd Marine Regiment」に由来する。
十数年前、オリエント圏の紛争地域へ派遣された際にWUSAの罠によって壊滅的な損害を受け、その弔いのために名前だけが残されている。
なお、オリエント国防海兵隊における「連隊」は他国よりも規模が極めて小さいことに留意されたい。




